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9月11日、リビアのベンガジで米国領事館が襲撃され、スティーブンズ大使を含む公館関係者4人が死亡する事件が起きた。一部の報道では、ロケット弾や小銃を保持した武装グループの犯行と伝えている。現在のところ、それはイスラム過激派グループ、またはカダフィ旧政権支持グループではないかとの見方があるが、まだ判明していない。
この総領事館襲撃事件の直接の動機は、「イノセンス・オブ・ムスリム」(イスラム教徒の無邪気さ)というユダヤ系(イスラエル系との表記もある)米国人サム・バシルという人物が制作したイスラムを冒涜する描写のある映画であると指摘されており、You Tubeに投稿された同映画への抗議活動がエスカレートしたものだと当初は報じられていた。
ただ、ベンガジでは最近、イスラム過激派グループの活動が活発化しており、米国としては海兵隊の派遣を行う検討に入っていたといわれている。
2001年9月11日の米国同時多発テロの記念日に米国の海外施設がイスラム教徒によって襲撃され、米国人の被害者が出たことには何らかの関連性があるように思う。
イスラムに対する冒涜に関しての過去の大きな事件には、1989年のサルマン・ラシュディ著の小説『悪魔の詩』問題(同書籍を邦訳した筑波大学の五十嵐教授が殺害された。同事件は時効となっている)、2004年のオランダでのイスラムを批判した映画監督の殺害、2005年のデンマークでのムハンマドの風刺漫画新聞掲載問題などがあった。
ここで3つの点を指摘しておきたい。
第1は、イスラム教徒にとって宗教を冒涜されること(コーランの破損、預言者への冒涜など)に対する抗議は、必ずしも非暴力によってなされるものばかりではないという点である。器物や施設に対する破壊行為や公館への侵入など暴力行為が見られる点は、非暴力抵抗運動をとるガンジー主義とは異なる。その根底には、「平和の家」と「戦争の家」という2つの世界があるとの認識があり、イスラム教徒(前者に住む)と非イスラム教徒(後者に住む)を区別し、異教徒への公平・公正の適応を変える場合もある。
第2は、中東における反米主義の存在である。拙著『中東を理解する』(pp.148-150)でも紹介したが、ドイツの中東研究所のルービンシュタインとスミスは反米主義を発生の仕方によって4つのパターンに分け、中東、イスラムで多いパターンを指摘している。パターン(1)は、特定の問題の処理における米国の政治手法が要因で生じるもの(無意識的に反米の態度をとる)。(2)は、ナショナリズム、反帝国主義、イスラム主義などの自らの立場が要因で生じるもの。(3)は米国への依存体質が強い自国の政権への反発から生じるもの。(4)は自らの立場の正当性を強めるために国内の反米的国民感情を煽ることから生じるものであある。中東地域では、このうち(2)(3)が、またイスラムの名の下では(2)(4)が見受けられると指摘されている。
今回のエジプト、チュニジア、ヨルダン、モロッコでの抗議行動は(2)のパターンだと考えられるだろう。
第3点目としては、リビアでの事件は総領事館での戦闘状況に鑑みれば、上記の抗議行動とは異なるもののように見える(12日付けロイターは、「計画的襲撃」とのリビア高官による見方を紹介している)。
犯行グループとして考えられるものを挙げると、(1)アルカイダ、(2)アルカイダとは異なるイスラム同胞団系過激グループ、(3)カダフィ旧政権支持者、(4)イランまたはシリア政権関係者などが考えられる。
今回の事件に関係する可能性のある中東情勢関連報道で、注目される情報資料には次のようなものがある。
(1)問題となっている映画は今年7月に投稿されたと見られる。
(2)国際テログループのアルカイダの指導者ザワヒリ容疑者が9月11日に、今年6月に同グループのナンバー2のアブヤヒヤ・リビ(リビア出身者)が米軍によって殺害されたことを認め、聖戦継続を呼びかけるメッセージをウェブサイトで流した。
(3)ベンガジは元来イスラム色が強い地域であり、カダフィ政権崩壊時もアルカイダ関係グループ(アンサル・アル・シャリア)の存在が注目されていた。
(4)リビアの石油に投資するア外国企業ドバイザーや外国人従業員のリビア復帰が遅れる。
明日は金曜日でイスラムの集団礼拝の日である。
問題映画への抗議行動は、中東・イスラム諸国の人々のみならず、先進国内のイスラム教徒の間にも広がると見られる。
最悪のシナリオは、市民による抗議活動の中に、以前より反米・反イスラエルの武力闘争を計画してきたグループ・個人が入り込み過激な行動に走ることで、一般市民が先導され暴力がエスカレートすることである。
シリア問題、イランの核開発問題も渦中にある。
選挙を前にしたオバマ米大統領に、また大きな外交課題が突きつけられている。
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中東地域情勢
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8月28日、ドイツのZDFテレビが、ドイツ国内でシリアの反体制派がアサド後の政治プロセス(政権以降の手順、治安組織改革、新憲法の制定など)についての協議を実施していると報じた。また、イタリアも関係国の首脳会議開催に努力している。
一方、アサド大統領が、29日、民間テレビ「アッドゥニヤ」のインタビューに答え、「まだ勝利するには至っていないが、現場の状況は好転している」と語り、治安回復への自信をのぞかせた。
シリア情勢は、戦闘状態が長期化していることで、アサド政権、反体制勢力のどちらが勝利しても、あまりに大きなものを失ったという状況になることは確かである。
失われたものとは、次のようなものである。
第1は、国民融和と治安である。
今後、宗教の観点ではアラウィー派、キリスト教徒、ドゥルーズなどの、民族ではクルド、アルメニア、トルクメンなどのマイノリティの人々が、マジョリティであるスンニー派アラブの人々とどう折り合って生活していくのかが注目される。
第2は、インフラ(水道、電気設備など)、建物の破壊である。
これらの再建にはかなりの時間と資金が必要となるだろう。
第3は、軍や官僚機構など公的組織が受けた打撃である。
バアス党体制下の軍や官僚機構から、スンニー派を中心に離反者がでており、組織の再生は可能かが注目点である。
また、国内外の避難民の帰還という大きなテーマもある。
8月上旬、サウジアラビアでアブドラ国王の発案で24時間テレビを放映してシリア支援のための募金活動を実施、4億4000万サウジ・リヤルを集めた。
ちなみに、日本政府は8月24日現在までに総額およそ1300万ドルの緊急無償資金協力を行っている。
しかし、シリアの復興のためには、より莫大な資金が必要となる。
日本のこれまでの中東地域における復興支援では、アフガニスタンについては復興会議で大きな役割を果たした。
一方、パレスチナ問題では、独自の役割を見つけられず、請求書だけを受け取り資金を拠出するという外交場面も見られた。
果たして、シリアに対する支援では、日本はアフガニスタン型か、パレスチナ型か、どちらになるのだろうか。それとも、文化国家シリアの特性を生かした新たな形の支援を行うのだろうか。
トルコ、米国、フランスはシリア領内に限定的な飛行禁止地域を導入することを検討している。また、米、英では化学兵器の拡散への対策も協議している。
国際社会は資金援助のみでなく、政治的にシリア問題にコミットしている。
日本も、望むらくは、今日のシリアの地政学的な意味と歴史的、文化的なシリアの価値を踏まえた長期的な対シリア外交政策を立案してほしい。
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中東地域では、シリア危機に加え8月24日の国際原子力機関(IAEA)とイランの協議が物別れに終わったこと、8月20日以降にレバノンのトリポリで反シリア派と親シリア派住民の武力衝突が起きたことなど、不安定さが増している。
特にイランの核兵器開発疑惑については、イランが遠心分離機を増設し、すでに30%濃縮(今までは20%)を数か月前に実現し、今後60%濃縮を計画しているとの報道も見られている。
もしかすると、イランの核開発は、イスラエルが対イラン攻撃を実施する「レッドライン」としていたところをすでに超えた可能性もある。
注目すべきは、24日の協議でも争点となったテヘラン郊外のパルチン軍事施設を、26日から始まっているテヘランでの非同盟諸国会議開催(首脳会議は8月30〜31日、およそ120カ国)という舞台でどう活用するかである。
一部報道では、エジプトのモルシ大統領が同会議参加の傍ら、ブシェールの核施設を見学する予定だと伝えている。
イランはこの非同盟諸国会議でIAEAや国連安保理常任理事国プラス・ドイツとの間で疑惑があると指摘されているものを覆い隠し、“マジック・ショー”を見せ、核開発の正当性をアピールすると思われる。
その道具の一つとしてグローバル・メディアも活用するだろう。
すでに、26日の準備会合のオープニングスピーチでサーレヒ外相が、非同盟諸国会議メンバーは、同メンバー国に対する一方的制裁に立ち向かうべきと語っている。
そうした報道を見たイスラエルの一般市民は、ネタニヤフ首相やバラク国防相の「対イラン攻撃の主張」に耳を傾けるようになるのだろうか。
オバマ米大統領やEUがイスラエルの対イラン攻撃を回避させる努力を続けている間に、イランは着実に核開発を進展させているようだ。
こうした構図は、シリア問題でも見られている。
8月24日の国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)の報告にあるように、シリアから近隣諸国への難民は20万人に達し、同国内でも120万人が避難生活を送っている。
死者は国連調査で1万8000人に上っている。
さらに、23日から25日の3日間で、アサド政権はダマスカス近郊の町タラヤで、テロ集団の残党の浄化を名目に、市民を虐殺したと報じられている(200人の遺体が発見されたという)。
これまでのシリア問題については、米英仏や国連が主導し、中国、ロシアが反発しながらも問題解決の糸口を見出そうとする構図があった。
しかし、イランが明確にアサド政権を擁護する動きを示す中で、トルコ、サウジアラビア、エジプトの外交スタンスが大きく変化しているようだ。
今後、シリア危機解決に向けての外交努力では、アサド政権の存続をカギに、イラン、エジプト、サウジアラビア、トルコといった中東域内大国が主導し、ブラヒミ特使を含め国連を活用していくようになる可能性がある。
これはイランにとっては、シリア問題に関する会議のメンバーにさえなれなかった時点から見て大きな外交成果である。
仮にアサド政権が存続することになれば、イランは中東地域の大国として覇権争いを一歩リードすることになる。
それは、米国のイラク、アフガニスタンからの撤退後、中東地域での「力の空白」を誰が埋めるかという、ロシア、中国も参加するパワーゲームが表面化してくることを意味する。
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8月24日、イランと国際原子力機関(IAEA)が核開発問題でウィーンにおいて協議を行う。
また、そのイランの首都テヘランで、26日〜31日、非同盟諸国会議が開催される。
この一連の流れの中で、イランは開発途上国の原子力開発の正当性を主張するとともに、主権国家への国際介入のあり方を問うと思われる。
こうしたイラン外交の狙いは、シリア情勢にも影響を与えるだろう。
欧米を中心とする国際社会は現在、対シリア政策において化学兵器拡散阻止、避難民支援、反体制派への資金的支援という行動を軸としている。
おそらく上記のイランの外交によって、そうした国際社会の行動軸の反体制派への政治・軍事支援への移行が鈍ることも考えられる。
このような動向を踏まえ、以下に、8月23日のTBSニュースバード(15時放映)の番組で解説させていただいたことの一部を紹介したい。
今後のシリア情勢を考える上で何らかの参考になれば幸いである。
第1は、国際レベルでの分析である。
シリア問題は2011年3月からおよそ1年半が経過する中、2万4500人近く(うち市民1万7300人)の犠牲者を出している。
この間、国際社会は以下の(1)〜(9)の段階で対応している。こうした対応の過程は、他の紛争や政変で見られるものと大きな差はない。しかし、おそらく地政学的リスク(イスラエルおよび湾岸アラブ諸国への配慮)からであろう、慎重で時間をかけているとの感は否めない。
今後、国連または有志連合としては、(10)(11)(12)に関しどう対応するのか、「保護する責任」と「主権国家への不介入」という2つの原則の間でのせめぎ合いの中で推移するだろう。
そのことが、今後の国際ガバナンスのあり方にも関わる「国際社会の分岐点」ともなるように思う。
<国際社会の対応>
(1)人道支援・難民保護
(2)国連・アラブ連盟の合同監視団派遣
(3)国際会議開催
(4)国連総会での非難決議の採決
(5)経済制裁の強化(有志)
(6)シリア国民評議会の強化
(7)政治勢力の対話を呼びかけ
(8)反体制派への武器支援(カタール、サウジアラビア)
(9)避難民支援の強化
(10)国際刑事裁判所の活用
(11)シリア国民評議会の正式承認(閣僚メンバー発表)
※以下の(12)(13)はは①②が同時並行もありうる。
(12)−①国際介入でシリア領内に安全地域を確保するとともに、飛行禁止区域をつくる
−②ブラヒミ特使のもとでの和平努力への支援
(13)−①安全地域への脅威に対する有志連合による武力行使
−②ブラヒミ案のもとでの停戦実現、確保
第2は、国家レベルでの分析である。
今後のシリア情勢のシナリオを参考までに作成してみた。
(1)アサド政権が地中海沿岸部(サヘル地域)を拠点に体制を固め、領土的に反体制派と住み分けを図る。
(2)ブラヒミ特使の調停努力で停戦が実現し、アサド政権関係者の身柄の安全保障を確保した上で、国連監視下で反体制派を含めた総選挙を実施し、新体制をつくる。
(3)アサド政権の軍事力の行使は続き、反体制派はブラヒミ特使の調停案を受諾する。
(4)反体制派によるアサド政権の要人に対する暗殺や爆弾テロなどが効果を上げたり、体制からの離反者の増加により反体制派が軍事的に優勢に立ち、アサド家関係者は国外に脱出する(政権放棄)。
イランが、(1)トルコの分離独立を志向するクルド労働者党(PKK)の活動の活発化、(2)レバノンのトリポリでの親シリア派と反シリア派の対立、(3)サウジアラビア東部州での反体制派グループ「アワミヤ自由軍」の創設などに関与したとの報道が流れる中で、サウジアラビア、カタール、トルコといった中東の国々は、対シリア政策においてより慎重な政策選択をする蓋然性が高くなっている。
また、国際社会にとってイラン核開発問題の方がシリア情勢よりも、国際エネルギー市場、国際経済へのインパクトが大きい。これはイスラエルのイラン攻撃とも関係している。したがって、イランがシリア危機を交渉カードとして示した場合、国際社会がシリア問題で妥協する蓋然性は小さくない。
シリア情勢は、アレッポでの攻防戦をはじめ各地での犠牲者の増大をにらみながら、9月の国連総会に合わせて停戦に向け、各国が外交活動を本格化させると考えられる。
果たして、それがこの地域の安定化につながるかどうかはまた、別問題である。
ハマでの虐殺と異なりシリア全土に広がった市民レベルでの怨嗟のエネルギーは、おそらく、湾岸戦争後のイラクのシーア派の反乱の時よりも大きいことは確かである。
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<シーア派ベルトの意義>
イスラムにとってもエルサレムは聖地である。そのエルサレムは第3次中東戦争(1967年)で全体がイスラエルの占領下に置かれることになった。そして、1980年7月、イスラエルはエルサレムを「永遠の首都」と宣言した。
そのエルサレムの解放のための戦いは、イスラムの人々にとって聖戦である。
イランが、レバノンのヒズボラ、シリア、そしてパレスチナのハマスとともに強硬的な対イスラエル闘争を展開するのは、この聖地の回復が目的だといわれている。
また、一方、聖地の回復には預言者ムハンマドとゆかりがあるヨルダンやモロッコ両王家や、聖地マッカ、マディーナを有するサウジアラビアをはじめとするスンニー派が多数を占めるそのほかの国の統治者も努力を払っている。
しかし、1979年2月にイスラムの理念を掲げ王政を打倒したイラン(イスラム共和国)は、シーア派の人々との連帯を深め、スンニー派諸国以上にエルサレムの解放と占領国イスラエルおよびその同盟国アメリカとの対立姿勢を強めている。つまり、自らの存在意義の一つがそこにあると考えているともいえる。
この観点からすれば、イランにとってシリアはレバノンのヒズボラとの結節点であり、レバノンのヒズボラ同様に対イスラエル戦線の最前線の地である。したがって、現在のシリア危機は、イランにとっては死活問題だと認識される。
また、イランにとってのシリア危機は別の側面もある。
イランは核開発問題について国際的に疑惑がもたれており、シリア危機後、国際社会は国際秩序づくりの観点からイランへの圧力を一層強めると予想される。イランはこの点からも、自国への圧力の中心となる米英仏の主導でシリア問題の解決が進むことを阻止したいと考えているだろう。
<イランの政策>
7月21日付のイランの「ケイハン」(Kayhan)紙が、7月18日のシリア治安閣僚らが爆殺された事件を受け、アサド大統領の政策選択として、被占領下にある土地(ゴラン高原)の解放を目的とした限定戦争か、抵抗枢軸(ヒズボラ、ハマス、シリア)を動員した全面戦争を行うシナリオを提示した。
その後、ブログ記事「動き出したイラン」(8月8日)でまとめたように、イランはジャリリ最高国家安全保障会議事務局長にシリア、レバノン(その後イラク)を訪問させた。そして8月9日にテヘランでシリア問題に関する国際会議を開催した。
シリアをめぐるイランの政策が見て取れる動きを以下に整理してみる。
(1)トルコ関係
7月下旬、トルコの反政府活動組織であるクルド労働者党(PKK)により、トルコのシェムディンリ(最南東部のハッキャリ県)で軍事衝突が発生。
8月9日付のイラン紙「レサラット」(Resalat)に、トルコが対シリア軍事作戦をとる場合、シリアはイスラエルにミサイル攻撃を行うことや、ヒズボラも対イスラエル攻撃を行う可能性があるとの警告記事が掲載される。
(2)レバノン関係
8月15日、シーア派民兵グループ「メクダド・グループ」による拉致事件(トルコ人1人、シリア人30数名との報道あり。サウジ人1人が含まれているとの報道もある)が発生。
シリア自由軍(FSA)によると、メクダドのメンバーであるハッサン・メクダドをヒズボラのメンバーの1人としてシリア領内で拘束している(なお、1500人近くのヒズボラのメンバーがすでにシリアに入っているとのコメントも見られている)。
今回のレバノンでの拘束事件はその報復だと見られている。
(3)イラク関係
ジャリリ氏の訪問などでシーア派の連帯を確認。
(4)欧米関係
イランのサレヒ外相が8月7日、ワシントン・ポストに寄稿し、」国際監視下でのシリアの総選挙の実施」を提案。
また、ダマスカスで、イランの参詣庁が正式に許可を出していない48人(イランの革命防衛隊メンバーが含まれている)が、シリア自由軍に拘束されたことや、トルコのシャムディンリでの戦死したPKK戦士がイラン出身者であったことからも、イランがシリア問題で軍事的関与を深めていることがわかる。
こうしたイランの動きについて米国は、8月14日、パネッタ米国防長官が記者会見で「イランの関与を停止するよう、イラン政府に要求した」と述べている。
<治安維持から戦争体制へ>
シリア情勢は、今や市民による反体制運動から新たな局面を迎えている。それは、アサド政権が崩壊の危機に瀕しているため、シリアへのイランの関与が深まっていることを意味している。
中東情勢に詳しいイギリス人ジャーナリストのパトリック・シールは今年2月に、(1)シリア軍の体制の強さ(アラウィー派が中心)、(2)新冷戦ともいえるロシア・中国の対応ぶりを挙げ、アサド政権は存続すると指摘した。
しかし、イランはそれだけでは同政権の存続は危ういと見ているのだろう。国際社会に「予想不可能な事態」になると連想させるような、(1)クルド問題での緊張、(2)シリアによる対イスラエル攻撃、(3)ヒズボラ・ハマス・シリアによる対イスラエル攻撃などの紛争のシナリオを明示している。
その要因を分析すると、(1)対イラン経済制裁御強化により国民の政府批判が厳しくなっている、(2)イランとシリア両国の財政状況が悪化している、(3)アサド政権が弱体化しているという状況が重なり、イランが現状打開に打って出ざるを得なくなっているとの事情が見え隠れしている。
<気になるシナリオ――ヒズボラの軍事行動の激化>
2006年7月31日、国連安保理がイランの核開発を求める決議案を採択(1696号)、翌8月末の決議実施を求めるという動きを前に、7月12日、レバノンのヒズボラが動きイスラエル領を侵犯した。これを受けイスラエル軍はレバノンに侵攻、局地戦が勃発した(イスラエル軍のレバノン撤退は10月1日)。
また、この紛争の停戦案において、ロシア・中国と米国の対立が国連内で起き、ヒズボラの武装解除は実行されなかった。
このヒズボラを動かしたのはイランだと見られている。
というのも、このイスラエル・ヒズボラ紛争によってイランは自国の核問題から国際社会の注意をそらすことに成功したからだ。
今回のシリア危機で、イランは2006年と同様にヒズボラを動かし、シーア派対スンニー派の対立や、レバノン内での拉致事件によってトルコ、サウジ、カタルとの交渉ポイントを探るなど、シリアのアサド政権に対する国際社会の圧力を弱めようとしているかに見える。
そうだとすれば、シリア危機は、すでに国際紛争へと向かいつつあるのではないだろうか。情勢次第では、イスラエルを再度巻き込んだものとなる蓋然性がこれまで以上に高まっているようだ。
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