中東地域情勢

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緊張高まるイラン情勢

中東地域では、イラクのフセイン体制の崩壊によって、イラク南部からイラン、シリア、レバノンとイスラムのシーア派が多く分布している三日月形の地域の存在感が増している。中心となっているのはイランである。
 
そのイランが核兵器を開発できる環境を着実に整えている。これは他の中東地域諸国にとっては脅威である。特に、これらのシーア派地域の指導者たちがエルサレム(イスラムの3大聖地の1つ)の解放を主張していることから、イランが核兵器を持つ可能性があるということは、イスラエルおよびその同盟国である米国にとって安全保障上の死活的問題であり、大きな脅威である。
また、イスラム法(シャリアー)の法根源の解釈がシーア派と異なるスンニー派の湾岸諸国にとっても、イランの核開発や軍拡は脅威だと感じている。
一方、国際社会は、これら湾岸諸国が自己防衛の観点から核兵器の保有という政策選択をする恐れがあることを懸念している。国際社会は、イランによる核兵器保有は世界のエネルギー供給の中心地帯で核拡散が起こるドミノ現象を招くと想定しているからこそ、国連安保理を中心にイランのウラン濃縮活動の阻止に努め続けているといえる。
 
その阻止行動の中で、最近、注目される動きがあった。
それは、世界の金融機関の決済情報サービスを提供している「国際銀行間通信協会」(SWIFT)が、EUの経済制裁の対象となっているイランの金融機関(30社以上)へのサービスを317日から停止したことである。また、EUの保険会社は7月以降、イラン産の原油や石油製品を積んだ船舶への保険サービスを行わない方針を示している。
これらによって、イラン経済は資金繰りが難しくなり厳しい局面に追いつめられることになる。
 
314日、ロイターは、ロシアの「コメルサント」紙(14日付)を引用し、米国がロシアに対し、イランが申し入れた6か国との協議(安保理常任理事国およびドイツ)が「最後のチャンス」になるとイラン側に伝えるよう依頼したと報じた。
この報道に合わせるように、米国の民間研究機関から、イランが核兵器用起爆装置の実験をしたとの疑惑が持たれているバルチン軍事施設内の建物の衛星写真が公表された。なお、イランは今年1月、2月に国際原子力機関(IAEA)の同施設への訪問を拒否している。
また、315日付「タイムズ・オブ・インディア」紙は、インドのイスラエル大使館の公用車爆破事件で、イラン人3人に逮捕状が出たと報じている(3人は国外に逃亡)。
こうして見ていくと、イランは6か国との協議を前に、早くも苦しい立場にあるといえる。
 
国際エネルギー機関(IEA)によると、イランの2月の原油生産は日量338万バーレルとなり、2002年の水準となっている。今後もEUによるイラン産原油の全面輸入禁止により、イランの輸出水準は下降することが予測されている。
そのことは、イラン国内の物価高騰と合わせて、イラン革命体制のあり方への批判として現れつつある。
同国のイスラム体制は、こうした状況への対応として、314日にアハマディネジャド大統領を国会喚問し、責任を負わせる環境を整えつつあると考えられる。
 
こうしたイランの指導体制内の対立が、「最後のチャンス」を生かすことに繋がっていくのだろうか。また、このような状況で、国際的に追い詰められる中で、革命防衛隊の一部が暴発しホルムズ海峡およびその周辺で何らかの事件が起きる危険性をコントロールしきれるだろうか。
 
314日、ワシントンでの米英首脳会談後、オバマ大統領はイラン問題に触れ、「外交的に解決する余地は小さくなりつつある」との発言を行った。
イランと、北朝鮮やシリアとの関係が報じられる中で、イランに対する国際世論も厳しさを増しつつある。例え「交渉」が実現したとしても、イランにとってはハードルが高いものとなるだろう。
 
現在、国際社会は対イラン交渉において、交渉窓口を開く以外に、公海(ホルムズ海峡)の安全航行を堅持するため、インド洋での軍事力を増強している。加えて、313日にイスラエルのミサイル艦がスエズ運河を通過し紅海に入ったとの情報もある。6か国とイランとの協議の状況いかんでは、イラン問題が一気に緊張するとも考えられる。
その背景には、イラン問題が決着に向かえば、行き詰まりを見せているシリア問題や北朝鮮問題に影響を与えられることがあると考えられる。
一方、イランへの軍事圧力強めることは、イラン側がペルシャ湾の封鎖を試みることや、サウジアラビアをはじめ湾岸産油国のエネルギー関連施設へのテロ行為を行うなどのリスクが高まることでもある。
 
最悪のシナリオは、中東からのエネルギー供給が途絶えることだろう。果たして、国際社会はこのリスクをコントロールできるのだろうか。
 
今日の中東地域の政治変動を考える時、次の2点の影響を考慮する必要がある。
1は、2003年のイラクのサッダーム・フセイン体制の崩壊である。このことにより、中東地域内でイランの存在感が強まった。また、中東地域の市民の中に長期政権下でも自分たちの力で政権打倒はできるのではと考える人々が出てきたことである。
2は、中東諸国と歴史的なグローバル経済とのカップリングが進んだ点である。このことで、政権構造改革で問題を抱えたチュニジア、エジプト、リビア、イエメン、シリアにおいて経済格差、雇用問題が深刻化した。また、これらの中で市民運動によって政権交代がなされた国でも市民の生活環境改善が図られず、政治不安が継続している。
 
この2つの観点を踏まえて、大規模な市民抗議活動から315日で1年が経ったシリアを見ると、1万人に迫る市民の犠牲者を出しているバッシャール・アサド政権の統治が続く蓋然性は、長期的には低いといえる。
しかし、現在のところ、シリアの現政権は同国各地で支持集会を開催し、その存在感を示せている。それは何故だろうか。この疑問に答えるためのヒントは、湾岸戦争後のイラクのサッダーム・フセイン政権の統治(19912003年)に見出すことができる。
 
この時期、イラクはクウェート侵攻に失敗し、国連の経済制裁下に置かれ、クルド人やシーア派の民衆蜂起も見られた。その難局を、サッダーム・フセインは権力が及ぶ範囲の縮小と、息子のウダイおよびクサイ、そして出身地域であるティクリートの地縁関係による強固な体制作りによって乗り切った。
また、外交的にも孤立化が進む中で、ロシア、中国、フランス等のパイプを活用し、国連の「石油と食糧の交換スキーム」の拡大から実質的に経済制裁緩和を引き出し、支配下の人々への資金物資の配分を遂行していった。そして、イラクという国民国家の中であっても自らの体制に帰属しようとしない人々を切り捨てたのである。例えば、今日、自治区となっているクルド地域である。
 
こうしたフセイン体制が崩壊の道を歩み始めたのは、大量破壊兵器に関する国連の査察問題に同政権が挑戦し始めてからである。
仮に、フセイン体制がこの査察を受け入れ、大量破壊兵器を持っていないことについて積極的に説明責任を果たしていれば、別の結果になっていただろう。そう分析する根拠は、政権を倒すには国内外の圧力が弱かったからである。国内では、当時イラクで運動を行っていた反体制派は今日のシリア同様に分裂していた。また国際圧力については、ロシア、中国が同政権を支援しており、国連安保理決議で新たな武力容認決議を採択できる状況にはなかった。
つまり、フセイン政権は、大量破壊兵器の査察問題での対応ミスによって軍事力を使っての国際介入を導いてしまい崩壊したといえる(もちろん、イラクへの国際介入の要因について、米国のネオコンの政策への圧力を強調する研究者も少なくない)。
何故ミスをしたのか。有志連合による対イラク武力行使の国際法的根拠は国連決議678号(湾岸戦争停戦に際して採択された武力容認決議)である。その決議は、1991年の停戦後12年の間、履行されていなかったため、何とか切り抜けられると過信したと考えられる。
 
シリアのアサド政権は、イラクのフセイン政権と(1)バアス党という政治構造、(2)少数派による指導体制、(3)宗派対立や民族対立の存在などの共通点がある。
現在、このアサド政権は、当時のフセイン政権同様に支配領域を縮小し、政権基盤の強化を図ろうとしているのだろうか。また、対外政策として孤立することを回避する外交を行っているのだろうか。
まず、前者の支配領域の縮小はまだ起きていないように見える。ただ、今後、人権保護地域がトルコとの国境付近のシリア領内に設置されるようになれば変化が生まれ、政権からの「切り離し」が進む蓋然性は高い。
また、対外政策については、フセイン政権よりもバッシャール政権の方が有利な国際環境にあるといえる。つまり、ロシア、中国に加えイランとの密接な関係があり、隣国レバノンにはイランの支援を受けているヒズボラが存在し、さらにはイスラエルの隣国であるという地政学的問題もある。
これらの点は、アサド政権の政策の幅を広げる要因となっている。
 
ここまで、イラクの旧フセイン政権とシリアのアサド政権を比較した。
バッシャール政権が、人権問題についての国際圧力に強硬な抵抗を示さず、憲法改正、国会議員選挙と“民主化”を進めると、イランや北朝鮮と同様に経済制裁下でも体制が維持される蓋然性は高まると考えられる。
こうした状況に変化が生じるとすれば、(1)国際社会が反体制運動の一体化を強く促し、武器支援を行う、または(2)反体制派が分裂しても、市民の自衛を目的に武器供与を行うことが実施された時であろう。
この2つのいずれが起きても、シリアが内戦化する蓋然性は高まる。
 
これらのことに鑑みれば、シリア問題について、国際社会は人権保護と、内戦や地域紛争に拡大していくリスクをどのようにバランスするかの答えが出せず、イラクのフセイン政権の時と同様に問題解決には長い時間がかかることになると分析できる。
仮にそうなれば、イラク同様に反体制派運動への弾圧が強化され、経済制裁の悪影響により無辜の市民の命が失われ続けるだろう。
また、そうなった時、イラクの時と異なる点は、イラン・シリア同盟がより強固になり、中東地域や国際社会はより大きな火種を抱えることになるという点だろう。 
そうだとすると、紛争時における「平和構築」の枠組みに含まれる「平和強制」という軍事力行使と同じような観点に立って、国際社会は国連安保理において、市民保護に限っての武力を容認する議長案をつくり、アサド政権への外交圧力を高めることを検討する時期にきているといえそうだ。

3.11から1年を迎えて

東日本大震災から1年を迎えた。町中でも246分の黙祷が呼びかけられた。
今後、日本はどうなるのだろうか。そんな思いに駆られては不安を募らせることが多くなった。それは、首都直下型地震をはじめ地殻変動で地震が起きやすくなっているという報道が頻繁に流されるようになったからだろうか。また、3.11の地震の経験や津波の映像のインパクトがあまりにも強かったからかもしれない。
 
しかし都内で暮らす私には、東北地方をはじめ大規模に被災した地域の方々が受けられた傷の大きさははかりしれない。ただ、3.11後に青森、岩手、宮城で仕事やボランティア活動を行った者の1人として言えることは、目にした空間には映像ではとらえきれない無常感が漂っていたということだ。そして、そこには愛する者を失った人々のやり場のない悲しみや悔しさなどが織り込まれていた。
その空間で感じた、偶然生まれた「逝ってしまった者」と「生き残った者」の、「被災者」と「支援者」の間にある境の越え難い深さも、私の不安を募らせているのかもしれない。
 
1755年のリスボン大震災後、ヨーロッパでは「神(創造主)の慈悲」に対する疑念の声が上がった。東日本大震災の追悼式典でも、被災され家族を失った方が「神も仏もあるものかと思った」と語っておられた。
その言葉から、「喪失」の衝撃がいかに大きいかを改めて感じた。
人は誰もが死に向かって歩んでおり、死への恐怖から平安を求めて祈ったり、他者と寄り添い合う。しかし、生と死の境を強く認識させられる経験をした人の心には、深い孤独感が生まれるのではないかと思う。そして、その孤独感が時に、他者に近寄り難さを感じさせる。そこから真の自立心が生まれているように思う。
 
東日本大震災の復旧・復興においてのボランティア活動で、ボタンの掛け違いが指摘されることがあった。
それは時に、支援者の側が、被災者の方々との間に横たわる「境」、被災者の方々の孤独感から生まれる「自立心」に気がつかないことがあるからかもしれない。
 
先般、「東日本大震災から1年を前にして」をテーマとするシンポジウムでモデレーターを務めた。その折、被災地から離れた地域に暮している者として、今、何ができるでしょうかと質問した。被災地からお越しいただいた講師の答えは、「自分の郷土の文化を大切にし、故郷で人的ネットワークを築いてください」というものだった。
私の質問自体が、支援者の傲りを含んでいたと自戒した。
 
日本政府が、こうした被災者の方々の自立性を尊重し、特区の設置をはじめ規制を思い切って外した復旧・復興支援をすれば、効果が上がるのではないだろうか。
私たちも、被災者の方々の自立した姿をみながら、自分の人生において、時間や資金をどのように投資するかを自ら選択していく必要があるのではないだろうか。私がこのところ感じている不安は、政府や企業などに頼る気持ちから出てくるものかもしれない。
このように考えると、この国がどうなるかは、一人一人が自立してどう生きるかに関わることではないかと思えてきた。

2012年の中東情勢の見方

臨時増刊号『週刊東洋経済』(220日発刊)が「世界の火薬庫になる中東:2012年の5つのポイント」を指摘していた。そのポイントとは、(1)米国はイランを攻撃するか、(2)エジプトの民数革命は第2段階へ、(3)サウジアラビアは生き残れるか、(4)シリアのアサド政権は崩壊するか、(5)米軍撤退後のイラクが政治的に安定するか、というものだ。
どれも興味深い点である。これを少し補足してみよう。
 
(1)は、イスラエルがイランを攻撃するか、その際、米国はどのようにイスラエル支援を行うかが焦点となる。
(2)は、政変があったチュニジア、エジプト、リビアでトルコ型の世俗的な民主主義が育つかが注目される。
(3)は、バーレーンのシーア派の反体制勢力の抗議活動が再活発化し、サウジ国内の東部州をはじめとするシーア派の人々の抗議活動と連携した動きとなるかが注目点だ。
(4)は、シリアのアサド政権の崩壊がレバノン内戦やアラブ諸国からの対イスラエル攻撃に結び付くかが気になる。
そして(5)については、イラクのみでなくアフガニスタン、パキスタンの政治的安定化に米軍の撤退がどのように影響するかが重要な点である。
このように、1つの課題に地域的関連性を持たせて見ていくと、さらに2012年の中東情勢を見ていく上で深みが出てくるだろう。
 
また、短期的な時間軸で地域情勢を分析する場合でも、やはり中期的な観点を取り入れて、(1)経済格差の拡大(個人間、国家間、地域間など)、(2)人口動態から見たユース・バルジの存在、(3)ソーシャルメディアの普及状況、(4)教育水準の向上など、社会・経済動向を念頭に置いておくことが大切だ。
 
社会科学分野では、時間軸と空間軸をどのように組み合わせるかで、現在の状況についての見え方がかなり違ってくる。時間軸を長い歴史の中において、連続性の観点や過去との比較から分析することで新たな面が見えてくることもある。
その一例が、シリアのバッシャール・アサド政権による市民の抗議活動への弾圧は、父親のハーフェズ・アサド氏によるムスリム同胞団の蜂起に対する徹底した弾圧(ハマ事件)を念頭に置いているとの分析である。
 
時には、現状分析に未来予測を加えることも大切だ。
シリアの例でいえば、バッシャール・アサド政権がこのまま市民への弾圧を続け、抗議活動を鎮圧できたとしても、父親の時代のように「治安国家」として市民をコントロールできる状態に戻れるか、との問いをかけてみる。その答えはおそらく「No」だろう。
それというのも、相互依存度が増加している国際社会において、強まる経済封鎖の中で現在のシリアの体制を維持し続けることは難しいと考えられるからだ。
バッシャール・アサド大統領がこうした点を強く認識するようになれば、現在の市民弾圧政策を変更せざるを得なくなるだろう。その時は、おそらくイエメン型の退陣を選択するのではないだろうか。
そのカギは、たぶん中国が握っている。具体的には中国がシリアの「人道支援」にどう関与するかが1つのポイントだろう。
 
先に紹介した『週刊東洋経済』で指摘していた5つのポイントもさることながら、私が中東情勢で気に留めている点は、アラブ諸国の市民の「〜への自由」(政治参加や社会参加)を求める社会運動は継続するか、である。未来予測をすれば、答えは「Yes」だと考えている。
アラブ諸国の政治指導者たちは、現在、抗議活動への短期的対策に追われている。そして、雇用政策や教育政策の変更など、自国の若者たちが「希望」を持てる未来を語れていない。何より、抗議活動に参加している若者たちは、もはや現在の政治指導者たちへの信頼感を完全に失っている。
32日、イランで任期満了に伴う国会議員選挙が実施されている。一方、ロシアでは34日の大統領選挙を前に、プーチン首相の選挙活動が活発化している。
選挙を実施する両国の社会的共通点としては、(1)一部の知識層や中間層からなる反体制デモが行われている、(2)リーマン・ショック後、国民の所得が伸び悩んでいる、(3)物価高が市民生活に影響を与えている、(4)行政機構内で汚職や縁故主義が見られる、(5)インターネットへの監視を強めている、(6)生活格差が拡大しているなどが挙げられる。
 
また、両国共通のキーワードは「体制」ではないだろうか。
ロシアには、全体主義から資本主義への移行期に起きた混乱の苦しみが今でも国民の記憶に残っていることで、社会の現状に不満を抱きつつも体制変化のリスクを恐れる人々が少なからずいる。その人々と既得権益者と合わせると、体制支持者は半数近くになると見られている。
 
イランでは、1979年のイラン革命体制(イラン・イスラム共和国)におけるイスラム法学者の統治体制(ベラヤティファギ)を守ることに強く固執する革命関係者を中心とする既得権益者と、社会生活レベルでの自由化を求める市民の意識の溝が広がりつつあると思われる。
さらに政治指導層内部では、対外的危機(例えばイスラエルによる攻撃、欧米の内政干渉)をアピールすることにより、不満を高めている国民の意識を外に向けようとするアハマディネジャド大統領の路線と、イスラム体制を強固にすれば外圧に対応できるとするハーメネイ最高指導者との路線対立が20114月から表面化していた。
この保守派勢力内の路線対立の影響は、アハマディネジャド大統領の勢力基盤だと見られていた革命防衛隊内部にも広がっている。
 
この両陣営の対立の様相が今回の国会議員選挙で変わろうとしている。それというのも、国会議員候補者資格審査において、イスラム法学者の影響力が強い憲法擁護評議会が大統領側の候補者を非資格としたため、定数290人の多くが保守派でハーメネイ師路線の議員によって占められる結果となることが予想されているためだ。
イランの一般市民は、このような状況の選挙にあまり意味を見出していない。
また、アハマディネジャド政権は、その政策が「ねじれ国会」によって承認を受けられない状況が生まれ、20136月の大統領任期まで1年以上を残してレームダックとなると考えられる。
 
こうしたイランの政治状況は核開発問題に関する国際協議にどのような影響を及ぼすだろうか。
一般的には、保守体制が強化されることから、交渉は困難になるとの分析が大方ではないだろうか。
しかし、故ホメイニ師やハーメネイ師(最高指導者)をはじめイラン革命を起こした政治指導者たちが貫いてきたことは、「革命体制の堅持」である。例えば、その目的のために、ホメイニ師はイラン・イラク戦争において「苦渋の選択」だとの表現を使いつつ平和を選んだ。
 
国際社会が、この点を認識し、イラン革命体制の権威を傷つけないような交渉ができれば、核開発問題の解決の糸口が見つけ出せるのではないだろうか。
その際、イラン革命以来、イランと米国の間で何度となく話し合いのパイプをつないだ日本の外交の経験が生かせるのではないかと思う。
 

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