中東地域情勢

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2012年の国際社会は本年よりも、政治指導者にとって政策目標や目標値を定めることが一層難しい年になるだろう。
なぜなら、政策決定に関与するアクターがこれまで以上に多様になることに加え、「自由」と「平等」といった、相対する究極的価値基準の選択に迫られる可能性が高まると思うからだ。とりわけ「アラブの春」と呼ばれる政変が起きた国の政治指導者たちは、国づくりの難しさを経験することになるだろう。
 
現在のところ、チュニジア、エジプト、リビアなどの政変後の中心的政治勢力がイスラムという価値基準(神のもとでの公正と公平)を政策形成、意思決定に取り入れる動きが目立つようになっている。これは、政策形成においては目標集団の特定化やニーズの確認を心がける(政策マーケティング)ことが当然とされている先進諸国の多くとは異なる方に向かう動きといえる。
さらに、全国民を対象として政策が実施されることが少なくないため、マイノリティ(宗教、民族)への対応問題が生じてくる。すでに、エジプトのコプト教徒の反発や世俗的政府を望む人々の懸念がメディアで話題となっている。
 
このマイノリティ問題では、マジョリティとの摩擦の状況に焦点を当てることも重要だが、国づくりの観点からは、政府が各政策をマイノリティにどのように強制(coercion)しているかに注目する必要がある。
この点について、アメリカの政治学者のセオドア・ローウィ(Theodore J. Lowi)は(1)強制がどのように適用されるか、(2)強制がどのように起こり得るかを考察し、関与するアクターとの関係性を分析する必要があると指摘している。
この考えを踏まえると、アラブの政変を起した国で、仮にイスラム教徒の多数を中心においてイスラムによる社会規範を全国民に強制することになれば(例えばタリバンの実質支配下のアフガニスタン)、イスラムの正義の名のもとでの正義が繰り広げられることになる。
 
政変が起きたアラブ諸国は現在、選挙制度や行政機関などの改革を行う政策を実施している段階にある(構成的政策)。しかし、これらの国は今後、社会問題に対応して個人や企業の活動を制限する政策(規制政策)や階層間や企業・個人間での資源分配を決める段階を迎えることになる(分配政策)。
この時、各政策がマイノリティのニーズにどのように配慮できるかが政治を安定させるカギとなる。その際、政策立案者が自覚すべきは、イスラム教徒が多数を占める社会空間に生きていることで、自分自身がイスラム的社会規範の順守というソーシャルプレッシャーの中で社会化されているという点である。
この自覚こそが、多文化共生が実現された安定的国づくりの第一歩となる。
2011年の中東地域での政変は、今後、この地域にどのような問題をもたらすのだろうか。
ハンチントン博士の「文明の衝突論」を踏まえ、イスラム主義が台頭し、欧米社会が形成してきた国際秩序とぶつかることを懸念する人もいるだろう。また、イスラエルがさらに右傾化し、イランをはじめとするイスラム諸国と対立を深める蓋然性が高まるのではと不安を抱く人がいるかもしれない。さらに、国際政治の観点から、米国の中東地域での威信が低下することで同地域の勢力バランスが変化し、脅威となる地域大国が台頭することを予想する人もいるだろう。
2012年は、中東地域に関わる多くの研究者や実務家が様々な観点でこの地域全体の問題を検討しなおさねばならない年となるだろう。そして、それぞれが見出した問題を解決するための手段について模索する1年になるだろう。
 
そこで、私としても自身の情報分析の反省点を以下にまとめてみる。
1は、各国で起きた市民の抗議活動について、他の社会問題との関連性を十分検討し、それを踏まえて、大きなシステム変化として捉える試みをしたかという点である。
例えば、中東の若者層の雇用問題について、先進国と新興国間で起きている「大収縮」という人、物、資金の移動・変化との関連性について分析できていないことが挙げられる。
 
2は、政策に伴う相反性を十分認識した上で中東諸国の政策を分析できていたかという点である。
具体的には、民営化政策、外国投資の優遇政策などの経済の自由化によって、政権中枢に近い人々と周辺におかれた人たちの間で富の格差が拡大している点である。大規模資本企業が誕生すると、その国の国民経済の発展に注目が集まる。しかし、チュニジア、エジプト、リビアにおいて、蓄財をしていく国家指導者やその親族と、恩恵に預かれない国民の間にある不公平さが落とした影の大きさを見誤っていた。
 
3に、市民抗議活動に参加している一人一人が問題だと考えている内容や、現状認識が多様であるため、まとまった市民運動として捉え、解釈することが難しかった。
例えば、チュニジア、エジプトの抗議活動では、アルバート・アインシュタイン研究所のジーン・シャープ博士が唱えている「ガンディー主義に基づく非暴力運動により政権打倒」の強い意志を持つ人々も存在した。また、イスラム主義者や労働組合の組織的な参加もあった。そして、欧米においてソーシャルネットワークを通しての呼びかけで、不特定多数の人が一カ所に突然集合し、ダンスなど何がしかのパフォーマンスを行い解散するという「フラッシュモブ」と呼ばれる行動が見られてきたが、そのような感覚で集まった人たちもいただろう。どこに焦点を当てるかによって、何通りもの解釈ができる。
 
4は、情勢の変化が急速であるため、問題の構造の変化や、その変化をもたらした要因について十分に把握しきれないまま分析し、今後のシナリオが描ききれないケースもあった。リビアのケースで、フランスのサルコジ大統領のトリポリ勢力の承認や国連安保理での決議1973号(保護する責任に基づく武力介入の承認)の採択などはその事例である。そのため、その後のリビアの内戦の推移についてシナリオが描きにくかった。
 
グローバル化が進み、相互依存度が高まっている国際社会で出てくる問題は、(1)全体性、(2)相反性、(3)主観性、(4)動態性などの要因から複雑性が増している。
このことは、「アラブの春」と呼ばれる政治変動だけでなく、地球規模で起きている社会問題全般に言えることだろう。
これらの反省点を踏まえ、今後、2012年の中東地域の政治・社会変動については、基本に返って、集団行動の(1)目標、(2)価値観、(3)計画性について抑えた上で情勢を分析していこうと肝に銘じている。
それにより、問題の本質を見出し、解決の糸口を探るために少しでも役立つことができればと願っている。
メリーランド大学公共政策大学院長のドナルド・ケトル博士は、その著書『なぜ政府は動けないのか』の中で、「転機」を迎えているアメリカについて、「同じ政府のままでは同じように失敗することになる」と指摘し、革新的なガバナンス手法の必要性を説いている。
その一方、マーケティングの権威フィリップ・コトラーはイノベーションについて、飛躍的なイノベーション(ラディカル・イノベーション)と同じくらいか、それ以上に小さなインクリメンタル(斬新的)イノベーションを絶え間なく生み出すことの重要性について述べている。
 
この1年にわたり続いている「アラブの春」と呼ばれる市民の体制への抗議活動を振り返ると、革新的に独裁的な長期政権を打倒する成果が上がっている。それは、中東諸国の市民の社会運動にとって大きな転機になっていると言える。
しかし、すでにその先駆けとなる動きは起きていた。拙著『中東を理解する』(20103月)の冒頭で指摘したように、スーダンの女性ジャーナリストのルブナ・アフマド・フセインが20097月に起こした「ズボン裁判」問題が同国の社会空間に革新的な変化をもたらしている。
 
この問題は、首都ハルツームのカフェでズボンをはいて食事をしていたルブナの行為が、イスラム法に基づくスーダンの法律に反するとして、逮捕されたことに端を発している。この逮捕に対し、ルブナがジャーナリストであり、国連職員でもあったことから、国際的連帯が生まれ、抗議行動が行われた。その結果、主権国家スーダンの司法に対する大きな圧力がかかり、ルブナの刑は軽減された。そして、このルブナの抵抗自体がスーダンの女性の地位や人権意識の向上に結び付く成果を上げた。
 
この事例のような市民の社会参加や自由を求める声は、2003年のイラクへの国際介入後の20046月のG8サミット(シーアイランド・サミット)で発表された「拡大中東・北アフリカ構想」(BMENAI)が実施される中でのインクリメンタル・イノベーションの1つとしてとらえることができるのではないだろうか。
日本の中東研究者の中には、BMENAIが中東諸国の政治・経済に革新的変化を生んでいないことから、政策評価としては厳しい論調がある。
そうした面がないわけではないが、社会開発の面では、中東諸国に「人間の尊重」にスポットライトを当てた改革に着手することを促している。このことで、識字率、デジタル知識の向上をはじめ人間の社会的能力が徐々にではあるが高められ、集団での抗議活動を生む潜在能力となっていった。
 
「アラブの春」はこうした国際社会からの圧力と、(1)2008年のリーマンショックの波紋、(2)食糧危機、(3)ユースバルジ(若者層が突出した人口構造)、(4)ソーシャルネットワークの普及などの要因とがあいまって、市民の社会運動へと結実していったと見ることもできる。
このように、「アラブの春」は革新的な政治変化ではあるが、2003年のイラクへの国際介入からの8年間という時間軸に沿ってみていくと、そこに歴史の連続性も見えてくる。
今年も残すところ僅かとなった。
振り返ってみれば、中東地域では各国が「国のかたち」を問い直す年になったと言えそうだ。
 
シリアでは3月に市民の抗議活動が表面化してから、約5000人を超える死者が出ているが、依然として鎮静化の兆しは見えてこない。1223日には治安機関を標的とする2件の自爆テロが起きるなど、新しい局面も見られている。
また、エジプトでも治安部隊がデモ参加女性に暴力を振るっている映像が流れたことで、軍への抗議デモが再燃、増加している。
20101217日にチュニジアで果物売りの青年が焼身自殺をしたことを契機にアラブ地域に広がった市民による社会運動は、1年が経過した今も継続している。
 
これまで社会運動が継続性している要因として、多くの人々が双方向でコミュニケーションがとれる通信システムが普及したことが大きいといえるのではないだろうか。
おそらく、かつて旧ソ連圏、東アジア、中南米で起きた独裁政権を打倒してきた運動に比して、市民活動家たちのネットワーク化が急速に進んだことは確かだろう。それにより、多様な人々が運動に参加することになった。
しかし皮肉なことに、多様な人々の参加したことが政権打倒後の国づくりを難しくしていることも確かである。
したがって、アラブ世界では市民による抗議運動が2012年に入っても鎮静化に向かう蓋然性は低いのではないだろうか。おそらく、補助金や公務員の雇用枠を拡大して市民活動を一端は下火に向かわせた産油国などでも、石油収入の分配の不公平や縮小が見られた場合、市民の抗議活動が再燃する蓋然性が高い。
 
国づくりの難しさはイラクでも見てとれる。同国では、20033月からの国際介入から今日までで、10万人以上のイラク人が死亡し、米軍も4500人以上の死者を出している。この12月に米軍の撤退は終了したが、国民融和には依然課題が残っている。
特に、シーア派、スンニ派に分かれた利益集団間の対立はくすぶり続け、現在は、統治体制内におけるハシミ副大統領(スンニ派)対マリキ首相(シーア派)の構図となって表れている。
さらにイラク問題では、イランの核開発問題で経済制裁を強める米国に対し、イラク内のシーア派と強い結びつきを築いているイランの影が濃くなっている。このため、今後のイラクの国づくりの進展は、米国・イランの緊張関係がどうなるかが重要なポイントとなってくるだろう。
 
こうして見ていくと、2012年の中東地域が安定化に向かう蓋然性は低い。
そのことと、米国、フランスなどの大統領選挙およびその結果がどのようにかかわってくるのか、注視する必要があるだろう。
 
1127日、アラブ連盟はカイロで外相会議を開催し、対シリア経済制裁を採択した。同制裁によって(1)シリア政府の対外資産凍結、(2)中央銀行との取引停止の措置が取られる。なお、(1)政府高官の渡航禁止、(2)航空機乗り入れ禁止については後日協議が行われる。
シリア・アラブ諸国関係は、投資や貿易の結びつきが深く、経済制裁が長期化すればシリアにとって大きな痛手となる。
 
そこで、今後のシリアのシナリオを考えてみる。
1.シリア領土内に人道の観点から市民の保護を目的とする衝地帯を設置し、その地域を自治地域にする。
2.アサド家内での権力の移譲(バッシャール大統領から、故ハーフェズ・アサド大統領の弟リファト・アサドへ)を行い、反体制運動の「国家民主評議会」(元バアス党員が中心)のグループを中心に政治体制をつくる。
3.アラブ連盟、国連などの仲介努力で政権交代が行われる(イエメン型)。
4.国連安保理で協議し、武力容認決議が採択され、アサド政権の主要軍および軍事施設が破壊され、市民蜂起によって政権が打倒される(リビア型)。
5.テロなどで現行の政府の中枢の人間が死亡し、社会混乱が起きる。
 
以上のシナリオ以外に、状況によっては内戦化の恐れがある。
どうやらバッシャール・アサド政権の運命の日はそう遠くはないかもしれない。

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