中東地域情勢

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英仏米をはじめ国際社会が、シリアの化学兵器使用を理由に、国連憲章24項で定められた主権国家の(1)内政不干渉、(2)武力不行使、(3)領土不可侵を超えて介入(intervention)する根拠としては、本ブログでも何度か取り上げている「保護する責任」が挙げられる。
このこと関しては、フランスのオランド大統領が827日、各国の駐フランス大使を前に演説し、化学兵器使用者に対して「適切な対応をとることがわれわれの責任だ」と述べている。
また、ホワイトハウスのカーニー報道官は同日、記者会見で、化学兵器使用について「なに内も対応しなければ国際基準が崩壊する」とまで言及している。
この2人の発言は、今日の国際秩序を守るためには、化学兵器使用による市民の殺害という行為に対して毅然とした対応をとるという意思を示したものだと言える。
ロシアも中国も、この点に関しては意義を挟むことができないだろう。
以下では、その国際介入の正当性について、5つの観点から検証してみる。
 
1.介入行動の国際法的根拠
国際社会には19931月に署名され、974月に発効した化学兵器禁止条約が存在する。同条約には201212月で188カ国が締約しており、国際行動規範として定着していると言える。
ただし、シリアはエジプトとならんで未署名である(中東地域ではこの他にイラク、イスラエルが未締結である)。したがって、シリアには同条約を順守する義務はなく、この点では正当性が不十分との見方もできる。
例えば、イラクやリビアへの武力介入では、国連安保理決議に基づくものである。一方、1999年のユーゴスラビアへのNATOによる空爆は安保理決議がないまま実施された。
現在のところ、国際社会は英国を中心に安保理での決議採択に向けた努力を行っている。また、安保理での採択がロシア、中国などの反対により否決されることが考えられるため国連総会での採択(強制力はない)により正当性を得ることも検討されている。
米国をはじめ関係国の国民世論を考慮すると、なんらかの国際承認が必要だろう。
 
2.シリアの周辺国の賛同
アラブ連盟(21か国、1機構)は27日、カイロで緊急会合を開催し、「シリア政府に責任がある」として「国際社会はシリアでの人道的悲劇を止めるため厳しい姿勢で臨むべき」との声明を発出している。
ただし、同声明にはシリアの隣国であるレバノンとイラクは賛同していない(なお、アルジェリアも賛同していない。また、シリア問題の調整役であるブラヒミ国連・アラブ連盟共同特別代表も国連決議が必用と述べている)。
つまり、シリアの隣国である5カ国の態度は分裂しており、ヨルダンおよび非アラブのイスラエルとトルコが英仏米と協調行動をとっており、レバノン、イラクはこれとは異なる立場である。
 
3.介入は最後の手段か
オバマ大統領はシリアに対し「レッド・ライン」を超えるなという警告を行ってきた。仮に、化学兵器を使用したのがアサド政権であったとすると、この警告が無視されたことになる。
米国は825日の時点で(1)被害者の症状、(2)目撃者の証言、(3)国連による現地調査への要請にもかかわらず5日間も現場への砲撃を続けたこと(証拠隠蔽工作の可能性)を理由に、アサド政権が化学兵器を使用したと暫定的に判断していた。
その後、米国の外交専門誌「フォーリン・ポリシー」に27日、米国情報機関がシリア国防省高官と化学兵器担当司令官の会話を傍受できていたとの記事が掲載された。
オバマ政権は、また、関係国の情報機関の協力で得た情報も含めて情報資料の公開を行う方向である。
アサド政権が化学兵器使用者かどうかを検証し、そのことが確定すれば、国際社会は、警告にもかかわらずアサド政権が国際規範を守る意思がないと判断し、最終的に武力行使を政策選択することになる。
 
4.介入の目的と方法
イラクやリビアの事例から、英仏米は介入の目的をアサド政権の打倒においているとの見解を、ロシア、中国、イランは共有している(研究者の中にも同様の分析をしている者がいる)。
その理由として、(1)英仏米が国連の調査団の査察結果を待たずに武力行使を計画していること、(2)反体制勢力内がまとまらず、アサド政権が戦局を有利に動かそうとしている時期であることが挙げられる。
特に(2)については、最近、反体制勢力に加わっているイスラム過激派とクルド人との対立が深まり、イラクに大量の難民が出るなど、分裂状態が悪化している。
したがって、ロシア、中国、イランは、今回の軍事介入はリビアの時と同じく、シリア軍の主要軍事力をたたくことで反体制派を支援しようとしていると見ている。
こうした見方に対し、現在、報じられている介入方法は次のようなものであり、この点からすれば政権打倒を直接目指すものであるとは言い難い。
(1)攻撃目標は、化学兵器貯蔵施設を避け、それを運搬する部隊や兵器である(化学兵器貯蔵施設への攻撃は周辺住民に被害が出る恐れがあるため)。
(2)攻撃日数は23日であり、その方法は巡航ミサイル攻撃および爆撃機による空爆である(地上での大規模な部隊の展開はない。ただし限定的な特殊部隊の活動はある)。
仮に、こうした攻撃目標と方法で作戦が実施されるとすると、短期的には化学兵器の再使用の阻止という目的との整合性があると言える。
一方、空爆が長期化するなど過度になった場合は、介入目的と結果の整合性が著しく乏しくなってくる。
したがって、報じられている期間で作戦行動が停止されるかどうかが注目される。
 
5.介入後の適切な見通し
英仏米が軍事介入したとして、アサド政権もしくはその支援者の化学兵器使用を完全に阻止できるかといえば、その蓋然性は低い。
むしろ、アサド政権やその支援者側が「レッド・ライン」を超えたことへの懲罰的な介入だと受け止め、その懲罰に対する報復を行う可能性がある。その場合、報復をシリア国内ですぐには実施せず「時間をかけた報復」「国外での報復」を行うことも考えられる。
また、レバノンのヒズボラ勢力やイラン、さらにはロシアなどがアサド政権への支援を続ける限り、戦局の急激な変化はないだろう。
ただし、アサド政権側も英仏米および周辺の協調国に反撃する蓋然性はそう大きくないだろう。
したがって、短期間の攻撃作戦に留まるならば、英仏米は化学兵器使用への対応、市民の保護という規範を示すという目的は達成できるといえるだろう。
 
以上、見てきたように、現在、新興国の台頭などによりこれまでの国際秩序が崩壊しつつある中で、新たな規範をだれが、どうのように構築するかが難しい時代になっている。
例えば、「人権」や「民主主義」「大量破壊兵器拡散防止」などの価値にともなう国際協調の形成では、欧米と新興国の間で対立が見られている。
「レッド・ライン」という言葉はイランの核開発問題でも使われている。「レッド・ライン」をどこに引くのか、環境問題も含め様々な問題でグローバルガバナンスのあり方の再考が求められている。
 

エジプト情勢について

エジプトの治安部隊(内務省管轄)は84日、カイロ市内のラバ・アルアダウィヤとカイロ大学前の広場を占拠していた市民を強制排除した。この治安行動に関係して、エジプトでは治安機関とモルシ支持勢力(ムスリム同胞団系組織)の衝突が発生し、保健省によると全国で421人、負傷者約3570人が出ている(ロイター通信、15189分配信)、この市民の抗議行動について考えてみる。
 
<政治変動について>
まず、今日起きている市民の抗議行動を整理する上で、初歩的な政治用語の確認をしておく。
政治変動は大雑把に次の3つのパターンに区分できる。
(1)旧体制指導者が主導して体制を変えるものを「体制改革」(transformation)。
(2)反体制グループが主導して、体制を崩壊ないし瓦解させるものを「体制変革」(replacement)。
(3)体制と反体制グループとの共同行為によって体制を変えるものを「体制転換」(transplacement)。
2011年のアラブの春と呼ばれている1月のチュニジアのベンアリ政権、2月のエジプトのムバーラク政権、8月のリビアのカダフィ政権、12月のイエメンのサーレハ政権の政治変動は、(2)の体制変革である。
こうした体制変革は、冷戦終焉期の東欧民主化革命(1989年革命)でも見られた。同年6月にはポーランド、10月にはハンガリー、11月にはチェコスロバキア、12月にはルーマニアで起きている。そして、その後、ユーゴスラビア、アルバニアへと飛び火している。また、19985月にインドネシアのスハルト政権に起きたことも同様のものだと言える。
これらの市民運動の共通点は、サバイバル・ポリティクス(survival politics)が機能していることだ。
オーストラリア国立大学教授のテッサ・モーリス=スズキによると、サバイバル・ポリティクスは「自分たちの生命や生活が脅かされていると感じたとき、一般の人々が起こす新しい活動」と定義されている。
つまり、長期政権や独裁制が強い体制下で人間が尊厳を持って生きていく上で、最低限必要なBHNbasic human needs)が充足できない事への変革運動である。
 
<広がる市民の意識連帯>
さて、同じ市民による行動でも、199911月にシアトルで開催されたWTO閣僚会議に対する5万人の市民による抗議行動や、その後の先進国首脳会議などへの市民抗議活動は、体制変革を求めたものなのだろうか。
また、2011年に見られた「反格差デモ」はどうだろうか。反格差デモは5月にスペイン、8月にイギリス、9月にアメリカで行われ、1015日の国際行動デーでは82カ国951都市で起きた。
前者の市民抗議行動は、公民権運動や女性の権利運動などに見られるような、政策過程のあり方や意思決定(政策選択)の転換を求めるものだと言える。後者も、同様の目的を持っているが、抗議活動においてリーダー不在、ソーシャルメディアで参加呼びかけ、高学歴者の参加(階級対立を超えた参加)という新たな特色が見られている。
 
<エジプトの広場で抗議する人々について>
●反モルシ側
201373日、モルシ大統領の権限が剥奪され、憲法が停止された。
この市民と治安機関がとった行動についての評価は様々である
この行動は本来、モルシ大統領とムスリム同胞団に対して体制改革を迫るものであった。それが、モルシ政権において、急速に進むムスリム同胞団(支持者およそ1000万人といわれている)の勢力基盤が強化される一方で、国民生活は悪化し、政権への不信感が高まるなかで、サバイバル・ポリティクスが働き、体制変革へと状況が変化していった。
こうしたことに鑑みれば、「民主主義ではなく“デモ”クラシー」であるとの表現や、「市民が感情で動いている」などの分析は必ずしも妥当だとは言えないのではないだろうか。
仮に、モルシ大統領やムスリム同胞団が「市民の声」(タマッルドは請願書への2000万を超える署名を集めた)に応えて柔軟な政策選択を行っていれば、サバイバル・ポリティクスは機能しただろうか。
おそらく、その蓋然性は低く、体制改革で留まっていたと分析できるだろう。
●モルシ支持者
モルシ支持者は大きく3つに分けられるだろう。
1は、ムスリム同胞団が軍事クーデタと意識づけている体制変革をもたらした市民行動は、体制改革を促すものに止まるべきであったと考える人々である。
また、第2は、これを機に、軍や世俗主義の政治グループを政治的に弱体化させ、自分たちの力を維持しようとしているムスリム同胞団やその関係組織の人々である。
そして、第3は、イスラムに基づく国づくりを追求する強硬的な人々である(地方にもいるムスリム同胞団支援者たち)。
これらの人々の行動はサバイバル・ポリティクスが働いたものなのだろうか。
 
<注目される暫定政府と同胞団の交渉>
89日、アハラーム紙は、アフマド・アブドゥルアズィーム・アーミルの署名記事を掲載した。
その記事は、米国、EU、カタール、UAEといった国際的な仲介による、暫定政府とムスリム同胞団の副団長シャティール氏との交渉内容に関するものであった(情報提供者は匿名の同胞団関係者とされており、同内容の確認は取れない)。
同記事によると、シャティール副団長は、次の4点に同意していると報じている。
(1)モルシ氏は大統領職に戻らない。
(2)解散された諮問議会は復活させず、議会選挙を実施する。
(3)停止された憲法は無効とせず、修正を加える。
(4)公表されないことを前提に暫定政府の行程表に同意する。
そして、同意の条件は次の5点だとしている。
(1)拘束された同胞団指導層の段階的解放。
(2)同胞団およびその指導者の資産凍結の解除。
(3)同胞団の認可した市民団体を解散させない。
(4)自由公正党を解散させない。
(5)人権組織に関する新しい法を制定し、同胞団を市民団体であることを承認する。
この交渉は、モルシ氏とシャティール氏自身の拘束解除問題をめぐって成果を得ることができず、87日マンスール暫定大統領は、国際的仲介は失敗したと表明した。
仮に、この交渉が行われていたとすれば、ムスリム同胞団側は、自らの組織とその関係組織の温存戦略として、暫定政府に「軍のクーデタ政権」というレッテルを貼り、市民の一部を体制改革へと駆り立てていることになる。
 
<対立の長期化>
811日付アル・ハヤート紙で、ハーリド・アズブ記者は「ムスリム同胞団は国家をあたかも自分の戦利品であるかのように考えてしまった。その代償として、軍、警察、司法、高級官僚を敵にし、敗北したが、同胞団支持者をそれらとの衝突に追いやった」と記している。
一方、暫定政府側は、サバイバル・ポリティクスが働いて立ち上がった市民のことを考えると、国家統治を再びモルシ氏および同胞団に委ねることはできない。
また、治安・経済回復を行うことは急務となっている。
この両者の深い溝に鑑みれば、対話解決という理想的政策をとるよう要望する国際社会の提案(つまり外圧)は、解決策とはなりえない。
したがって、今後も暫定政府を支持する人々と同胞団を支持する人々との間で国論は二分され続けると考えられる。
そこに、アルカイダ関係者や、シナイ半島のイスラム過激派、さらにはエジプトの混乱を望む外国勢力などが入り込む蓋然性は高い。
815日、暫定政府はエジプト全土に1か月の非常事態宣言を発令するとともに、ムスリム同胞団関係者の逮捕を実施した。
また、前日の14日には、一部の知事を交替させている。
しかし、そのことで同胞団支持者の活動を押さえることは難しい。
今後の注目点は、エジプト市民の中から同胞団に対する厳しい批判が起きるかどうかという点だろう。
 
広島、長崎に原子爆弾が投下されてから68年が過ぎた。
長崎市長の田上富久氏は本日(89日)の平和宣言で、日本政府に被爆国としての原点に立ち返ることを求めた。
その中で、同市長は、今年4月にジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で80カ国が賛同した核兵器の非人道性を訴える共同声明に日本が署名しなかったことに触れた。また、NPTに加盟せずに核兵器を保有しているインドへの日本の原子力協力はNPTを形骸化させるとも指摘した。
 
4月の共同声明に署名しないという、日本政府が取った政策選択の要因には次のようなことがあると考えられる。
1に、日本は米国と安全保障条約を締結し、その核の傘の下で安全安心を維持している。
2に、対中国戦略からインドとの関係強化が重要になっている。
こうした説明は、国益の観点からすれば一定の理解は得られるだろう。しかし、核兵器廃絶は地球規模の「平和」という国際公共財を追求する国際行動である。果たしてそれよりも国益を優先させた政策選択は、唯一の被爆国である日本にとってふさわしいものだったのだろうか。
 
仮に、国益優先は現実主義的意思決定だとすると、共同声明に署名しないことを補う核拡散防止に向けての外交政策が必要となる。
安倍首相は、長崎原爆の日の式典のあいさつで、昨年、日本が国連総会に核軍縮決議を提出し採択されたこと、来年広島で「軍縮・不拡散イニシアティブ」の外相会合を開催することなどに言及した。
これらの政策に加え、より具体的な行動、例えば中東地域における核開発問題に取り組む政策も重要ではないだろうか。
 
イランではロウハニ師が新大統領に就任したことで核開発問題の交渉の進展が期待されている。
しかし、85日付ウォールストリートジャーナルは、イラン西部のアラクに建設中の重水炉施設で来年夏までに核爆弾用のプルトニウムが抽出できると欧米諸国が分析していると報じた。また、米国のシンクタンク「科学国際安全保障研究所」(ISIS)は84日、イランが現在有している高濃縮ウラン(20%324㎏で、最短1ヶ月で原子爆弾1個を製造できるとの報告を発表している(1個を製造するためには濃縮20%であれば250㎏が必要)。
 
一方、ロウハニ大統領は、過酷な経済制裁を解除するために「見識と理性による外交」を提唱し、ハーメネイ最高指導者からの賛同も得ている。
被爆国である日本の対イラン政策として考えられることは、知日家であるロウハニ大統領に、核開発に関する情報の開示を行い、透明性を高め、国際社会と信頼を醸成するよう助言することだろう。また、核兵器の保有を望むイラン国内の保守的強硬派に対して、イラン市民が強い意思を示せるよう、広島、長崎の被爆体験を多元的に伝えることを目的とした文化交流事業を実施することも一つだろう。それにより、イランの政治指導者たちが、核兵器保有をはじめとする武力による勢力均衡ではなく、「国際協調」へと意識を向ける可能性も生まれる。その先に、ロウハニ大統領が湾岸地域の新国際秩序形成に参画し、中東の紛争地の1つに平和がもたらされる道が見えてくるかもしれない。
 
かつて、日本政府が対米配慮の外交を展開する中で、対イラン政策が日米対立の前線となったことがある。その反面、米国とイランのパイプ役として日本外交が機能したこともある。それは、日本が独自のエネルギーの安全保障政策として対イラン外交を堅持したことで、同国との信頼関係が構築された時代であった。
今日、日本政府は国際平和の観点から、唯一の被爆国という原点に立ち返り、「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきでない」「二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせない」という立場で、交際社会とイランの仲介役を果たすべきではないだろうか。
そうした外交を、次世代を担うこどもたちに示すことが今の大人たちの責務ではないだろうか。
 

エジプトの政治動乱

73日、シシ国防相がモルシ大統領を解任し、4日、マンスール最高憲法裁判所長官が暫定大統領となった(副大統領、国会議長に次ぐ3位の権限継承ポスト)。この出来事は、同国の市民社会の亀裂(クリーヴィッジ)が表面化した。
 
政治的安定状態が後退し、クリーヴィッジ構造が表面化する政治現象についてはロッカンとリプセットが1960年に指摘している。それは、政党の背景にある集団の対立関係について歴史的観点で注目したものである。
 
<表面化した亀裂>
今回のエジプトのケースについてこのクリーヴィッジの構造を考えてみると、「宗教の個人化」と「宗教の国家化」の対立関係が見えてくるのではないだろうか。
モルシ大統領の支持基盤のムスリム同胞団は、イスラム法(シャリア)を重視した社会構築を目指している人たちである。この政治思想は、エジプト現代史の流れで見れば、同国内に西洋化が浸透することに対するイスラムの生活規範を堅持するという運動だと言える。
近代化に関する文化変容の観点で見ると、それは抵抗変容である。
この政治思想は、極端な場合、「国粋主義」や「イスラム過激派」のような原点回帰を提唱することもある。
 
エジプト社会で、世俗性が高まる中、宗教を個人の心の問題としてとらえるような人々も生まれた。そうした人々は、宗教の問題に国家が介入することをあまり望ましいと思わない。非合法であったムスリム同胞団内部でも政治路線の対立が起き、分裂した経緯がある。こうして別れたグループの中には武装闘争も辞さない過激派も生まれている。
この「宗教と個人」という観点からエジプトの社会空間を大雑把に分類すると次の4つに分けられるのではないだろうか。
(1)イスラムを心の問題と捉える人
(2)イスラムを民法レベルの社会規範と捉える人
(3)イスラム法によって社会統治が行われるべきと考える人
(4)イスラム法の統治を、武装闘争を行ってでも実現すべきだと考える人
 
今回のエジプトの出来事は、(1)(2)の市民勢力と(3)(4)の市民勢力の間の亀裂が表面化していることを示している。
 
<なぜ対立が表面化したのか>
シャリアによる統治を望まない人々にとって、モルシ政権の施策は「最大多数の最大幸福」を目的とするものではないと映ったのではないだろうか。つまり、モルシ政権の目的は、ムスリム同胞団の体制固めにあると考えたのだろう。
 
例えば、モルシ政権は、軍人や警察官に選挙権を与えない憲法を発令し、大統領が司法権を超えた政治命令を発令できるとの宣言をした経緯がある(後に撤回)。また、人事において同胞団のメンバーを重用していた。
その一方、インフレ、失業問題などの経済問題の改善は遅々として進まず、特に観光収入や海外投資の減少から外貨が不足し、輸入に障害をきたした。さらに治安は悪化していた。こうした状況の中、革命の成果を実感できない市民は政府に改善要求を出し続けていたのだが、モルシ大統領はその声を受け止めなかったようだ。
こうして、自分たちの生活が悪化する中でムスリム同胞団が勢力を拡大していくのを目にしていた人々が反モルシのデモに繰り出した。
 
ここから見えることは、ムスリム同胞団と軍の対立ではなく、ムスリム同胞団と2200万人以上の政治改革を要求する署名を集めたタマッルド(反乱の意、救国戦線、人民潮流などの組織の連合体)の対立である。
市民レベルで見れば、統治のあり方を問題視しているのである。このことを忘れて軍の政治介入の正当性の有無のみ議論するのは、ことの一面のみしか見ていないことになる。
 
<なぜ今だったのか>
モルシ大統領の統治のあり方を問題視することは、「選挙で多数をとったからといって少数の声を無視して政策を一方的に実施してよいのか」という民主主義の根本的な問いかけをすることだろう。この問いかけは、先のトルコのエルドアン政権に対する市民の抗議行動でも見られた(現在も継続している)。
 
それでも、なぜモルシ政権の就任から1年となるこの時期に軍が動いたかの疑問は残る(大統領の任期は4年)。
歴史的に、軍はムスリム同胞団と対立関係にあり、必ずしも中立的ではなく、現状、タマッルドの立場に近いと言える。今回の一連の動きの中で、軍は、タマッルドの要求をモルシ大統領に伝え、改善を迫っている。
これに対し、モルシ大統領は、失策を続けているガンディール首相の解任を拒否し続けた。その一方、タマッルドよりであったヌール党などのイスラム急進派を再び味方につける目的で検事総長を新首相とする組閣を行い、批判の方向を変えようとした。
 
625日、こうした動きに対し、タマッルドはモルシ大統領宛に「最後の警告」と銘打った文書を送っている。同文書の中で、「失策の最大の責任者であるあなたが、失政批判にさらされた内閣の改造について語るなど言語道断」と強く批判、大統領の退陣を強く迫った。
それというのも、モルシ大統領が試みようとした組閣は、国民融和を図る方向ではなく、ムスリム同胞団を強めるものであったからだ。
当時、サウジアラビアを訪問中のケリー米国務長官は、内閣改造がきっかけで事態が打開できることを希望すると述べている(626日付アル・ハヤート)。この発言は、米国がエジプト情勢を把握しており、モルシ大統領に国民融和を行うよう圧力をかけたものとも考えられる。
 
<今後の注目点>
ムスリム同胞団は、対話の扉を閉ざし、モルシ大統領の復権を求めてタマッルドの存在を否定するかのように「軍事クーデタ」であることを主張し「シシ国防相に権力を渡さない」として、支持者に動員をかけている。
これにより事態は、治安部隊(内務省主管)対ムスリム同胞団支持者の武力衝突へとエスカレートしつつある。
一方、シシ国防相は、モルシ大統領の解任をテレビで放映して以来、表舞台での活動はみられていない。
 
今後の注目点は、短期的には(1)現在行われている組閣が、どれだけ広い範囲の政治勢力を組み込めるか、(2)ムスリム同胞団の支持者の暴力行為がどれだけエスカレートするか、(3)アルカイダの指導者ザワヒリの発言に促された外国人テロリストの活動がエジプト国内でどの程度起きるかである。
 
かつて、エジプト国内でイスラム過激派のテロが続発し、観光客が激減した(日本人観光客も犠牲になった)。
これに対し、市民はイスラム過激派に対する怒りをあらわにし、ザワヒリをエジプト国外に追い出すまでとなった。
今回、ムスリム同胞団を支持する市民の抗議がエスカレートすれば、観光客の減少は続き、エジプトの経済的打撃はかなり大きなものとなるだろう。それは、サウジアラビアやカタールの経済支援では補いきれないものとなる可能性がある。
 
ムスリム同胞団側からは、「平和的抵抗」を続けるとの発言も出ている。ムスリム同胞団は自らの統治と権力への欲望を抑え、エジプトのすべての市民のためという見地に立てるかが、今後の動向のカギとなる。
 
トルコのイスタンブールで531日にはじまった市民抗議行動は、首都アンカラやイズミルなど78都市に広がり、68日現在、市民3人が死亡4300人の負傷者が出ている。
抗議行動の根底には、イスラム的規範によるソーシャルプレッシャーを強めている公正発展党(AKP)への反発がある。
今回の抗議行動のきっかけとなったゲジ公園再開発については、62日にエルドアン首相が会見で、予定していたショッピングモール計画を断念し、兵舎およびモスクあるいはオペラハウスなどを建設すると発言している。この会見では再開発事業の撤回への言及はなかったが、軍への配慮をにじませながら、市民との妥協点を探る姿勢を示したとも取れないことはない。
 
65日、市民の抗議グループは、アルンチ副首相と会談し、以下の点を含む要求を伝えた。
1.ゲジ公園の現状維持
2.アタチュルク文化センターの取り壊し撤回
3.過剰な貢献講師の責任者の解任
4.拘束者の釈放
5.催涙弾使用の禁止
6.あらゆる広場が市民に開放されること
7.表現の自由に対する制限撤廃
 
これらの要求が出たことに対し、トルコ政府は、オリンピックのイスタンブール誘致や、EU加盟問題との関係もさることながら、「トルコが二流の民主主義国でない」(64日のダウトオール外相の発言)ことを国内外に示す必要がある。
経済的にも、株価の急落(63日に11億トルコ・リラ相当の下部が売却された)、トルコ・リラ安(1ドル=1.87リラから1.889リラに下落)と影響が出ている。
 
ここまでの抗議行動の特徴を、現地氏を参考にしてまとめると、次の点が挙げられる。
1.デモ参加者は(1)都会的な世俗主義的中間層市民、(2)若者層が中心で、自発的に参加(民族主義者行動党の支持者も含まれていると報じられている)。
2.動員方法については、ソーシャルメディアが大きな役割を果たしている。
3.抗議の対象は、エルドアン首相の(自信過剰ともいえる)政策運営に集中している。一部のメディアでは、同首相の辞任を叫ぶ人々がいると伝えている。
 
今後注目されるのは、初期の段階でエルドアン首相が事態を軽視し、状況を悪化させたという経緯がある中、同首相が市民とどのように和解するかという点である。
エルドアン首相は辞任しないと明言している。したがって、政府としては、抗議行動に過剰な公権力を行使した責任者の処罰と被害者に対する謝罪がまず検討課題となるだろう。一方、抗議行動参加者がそれで納得するかという問題がある。
今回のトルコ市民の抗議行動は、AKPが進めた酒類販売規制法案をはじめ国民的な議論となっている大統領制のあり方にまで大きく影響することは確かである。
 
欧米メディアの一部が「トルコの春」と表現したが、その命名は当たらないだろう。
オピニオン・リーダーでもあるイスタンブール大学のメフメト・アルタン教授は、100%の指示で政権を獲得したとしても、(市民の)基本的権利への介入の権限があるわけではない旨語っている(「トゥデイズ・ザマン」日曜ウェブサイト版http://www.todayszaman.com/news-317756-democratic-values-governments-credentials-put-to-test-in-turkey.html)。
トルコ市民が民意の発露を通して、「民主主義を深化させよう」とする動きにも見える今回の抗議行動の行方に、「アラブの春」と称される政変が起きた国々、来週に大統領選挙が予定されているイランをはじめ国際社会が注目している。
 

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