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スイスおよびデンマークの選挙で、移民規制を訴える政党への支持率が高まっており、EU内の労働者の移動の自由に対するEU各国国民の不安が表面化している。
一方、1200万人もの不法移民を抱える米国では、ニューヨーク州のスピッツアー知事(民主党系)が、移民にも運転免許を与えるとの交付令を出した(11月9日に撤回)。その際、争点となったのがスピッツアー知事の公共認識である。同知事は、NGOや議員活動によって米国社会での不法移民の社会的地位向上を図ろうとした。しかし、共和党などから、運転免許証を身元保証に利用している場合、運転免許証を偽造し、身分を偽る人物が犯罪組織やテロリスト・グループが利用する恐れがあるとの非難を浴びた。また、世論調査では、ニューヨーク州民の65%が交付例に反対であった。反対した人々が優先したものは“社会の安全”である。 異なる価値観や習慣を持つ人々が一つの社会で生活することは難しい。米国社会でも、スピッツアー知事のような人権擁護派と安全保障優先派の対立は今後も続くだろう。同知事は、運転資格をもたせることで、不法移民を把握できるというメリットも考慮に入れていたともいわれている。また、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補者(上院議員)は当初、同交付令に賛成していたが、後に反対派に回った。このことで、同氏への批判も出ている。どのような国家を目指すのか、欧州でも米国でも模索が続いている。9.11同時多発テロのインパクトが今も続いているようだ。 |
社会・文化
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スイスのダボスに本部を置き、毎年1月には国際的な有識者によるフォーラムを開催している「世界経済フォーラム」(World Economic Forum)が、10月31日に「世界競争力レポート2007−2008」を、11月8日に「ジェンダー・ギャップ指数」を発表した。前者のレポートでは、日本は世界競争力指数(GCI)のランキングで8位(対象131カ国)となり、昨年の5位から後退し、アジアではシンガポールに次ぐ評価となった。また、ジェンダー・ギャップでも日本は128カ国中91位となり、昨年の80位から後退している。
ジェンダー・ギャップについて、多数の女性が大学、大学院へと進学している日本で、男女参画社会を標榜しながら、実態が改善されず、評価が悪化していることは、社会的にもっと問題視すべきである。日本社会では、他国と比較して、議員、政府機関、企業の取締役というレベルで活躍する女性の割合が低いとの実感を持っている人は多いだろう。また、今回の調査でも指摘されているように、同じ仕事で得られる男女の賃金水準格差は大きい。さらに、同調査では言及されていないが、日本社会で長年の慣習となってきた“女性の仕事としてのお茶だし”をはじめ、労働環境の男女格差も未だに残っている。さらに、日本では高校入学から大学卒業までの7年間にかかる教育費の平均額は1045万円であるが(国民生活金融公庫調べ)、この教育費と就職の関係にも問題がないわけではない。日本は米国と比較すると、就職活動における性差別に加え、両親や親族の人脈もまだまだ大きく影響し、能力主義社会とは言い難い。 こうしてみると、日本がGCIで後退している要因が見えてくる。GCIはコロンビア大学のサラーイ=マーティン教授が作成したもので、市場規模、労働市場効率、技術的即応性などの12項目の総合でランクが決められる。このGCIを高めるには、評価の上位にあるデンマーク(3位)、スウェーデン(4位)、フィンランド(6位)のように、女性の潜在能力が十分発揮できる社会構造改革を推進することが重要だといえるだろう。一方、GCIランキング・トップの米国では、女性の職場進出や高所得化にともない、専業主夫は15万9000人(2006年現在)にのぼり、「アット・ホーム・ダッズ・コンベンション」(専業主夫会議)なども開催されていると報じられている。こうした、新しい価値観を持った家族が受け入れられる社会のあり方や、何が障害となるのかなどについて、日本でも議論が高まってよいだろう。 日本は、1998年以降9年連続3万人を超える自殺者を出している。これは欧米先進国に比して大幅に高い水準である(世界9位)。女性にとってだけでなく男性にとっても、日本は「生きにくい社会」となっている。こうした現実の社会を構造的に改革する必要があることは論を待たないだろう。他国の良い点を柔軟に取り入れ、日本の文化的意味体系に合った改革は、歴史的に日本が得意とするところではないだろうか。「社会構造改革なくして日本の成長はない」と私は思う。 |
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11月6日、英国の議会開催にあたり、エリザベス女王がブラウン首相の施政方針を議会で読み上げた。その中に、新テロ対策法が含まれていた。それに合わせるかのように、前日、英国情報保安部(MI5)のジョナサン・エバンズ部長が英国におけるテロの脅威についてマスメディアにコメントを述べている。同部長は、2000人のテロリスト容疑者がいることを明らかにし、15、16歳の若いイスラム教徒がテロリストとして養成されている旨述べている。
近代から現在までの間に、国際社会では2つの大量移民の動向が見られた時期があった。それは、産業革命期から第1次世界大戦までの時期と、第2次世界大戦直後から今日までの時期である。その動きの中で、「ヨーロッパのイスラム」と「ヨーロッパにあるイスラム」という2つの異なる状況が生まれているとの指摘がある。前者はヨーロッパへの移民として、移民先の文化を受け入れ文化統合を果たしてきた人々である。 しかし、現在、ヨーロッパでは、歴史的に培ってきた世俗主義、男女平等、個人の自由、人権などの価値観と衝突する「ヨーロッパにあるイスラム」社会が、英国、フランス、ドイツなどを中心に形成されている。その社会では、宗教の自由のもとで、モスクでイスラムの価値が説教されている。また、私立のイスラム学校でもイスラムの価値教育が行われている。そして、言論の自由のもとで、「アルジャジーラ」をはじめとする衛星テレビやインターネットのウェブサイトを通じてムスリムの世界観に基づく報道が流されている。さらに、原油価格の上昇で産油国が得た利益(オイル・マネー)による寄付行為で、ヨーロッパにおいてムスリム組織の強化が図られ、新聞やイスラム学関連書籍などの翻訳も盛んになり、地方都市にまで活発な布教活動が広がっている。 このような状況の中、ヨーロッパ諸国内で、各国国有の文化的価値体系と文化統合を拒否するイスラム的価値体系との対立の構造が生まれつつある。ドイツ、英国、スイス、オーストリア、オランダなどでは都市部では、モスク建設反対運動が見られている。また、極右グループがムスリムの排斥運動を通して政治力を強める傾向も見られ始めている。例えば、10月21日実施のスイスの総選挙では、極右の国民党(SVP)が外国人の排斥を主張し勝利した。 こうした動きに対し、イスラム地域の著名なイスラム法学者138人が連名で10月12日、ローマ法王ベネディクト16世をはじめとするキリスト教指導者に緊急書簡を送った。その中で、相違点の強調ではなく、基本的な共通原則に立脚した対話の必要性を訴えている。受け取ったキリスト教指導者側は躊躇していると報じられた。 果たして、イスラム側から投げかけられた対話は、何らかの成果を生み出せるのだろうか。グローバル化する国際社会の中で、領土に基づかない新たな目に見えない境界が生み出されつつあるように思う。 |
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10月25日、43年ぶりに実施(4月)された全国学力テストの結果が報じられた。同テストは長年、学校の序列づけや教育の業務評価に結びつくなどの観点で実施されなかったという。最近、特に学校のランク付けを特集した雑誌が多いことを考えれば、そうした考え方も理解できる。しかし、各学校が抱える課題の要因を解明する上で、このテストが役立つという点は重要である。
同テスト結果について報じられている中で、気になることは、小学生の国語で、必要な情報を読み取る能力が低い、また中学生の国語での表現力がない、との分析である。これらは一朝一夕に改善されることではないだろう。家庭や教育機関で読書を習慣づけるための環境作りが必要だろう。 さて、この調査とは別に、先に、ベネッセ教育研究所が行った世界の6都市(東京、ソウル、北京、ヘルシンキ、ロンドン、ワシントン)の子供の生活調査が発表されている。同調査によると、日本の子供は6カ国の内、最も勉強を役立つものと評価していないことがわかった。日本の小学生の多くが何のために本を読み、何のために学ぶのかという動機付けができていないようだ。“自分で考え行動”できるようになるには、まず、“何のために”を見つけることが必要だろう。 国民総幸福(GNH)を提唱して世界の注目を集めたブータンでは、経済的自立、環境保護、良い経済、文化の推進をテーマに国づくりがなされている。そうしたところに日本の教育を見直すヒントがあるのかもしれない。 |
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イスラム世界では、イスラム法学者による現状認識が人々を動かすことがある。1979年のイランのイスラム革命を指導したホメイニ師の言葉はその例である。同師は、シーア派イスラム法学者の大アヤトラとしての見識を有し、国家の統治論を説いた。しかし、こうした権威あるイスラム法学者の裏づけある発言とは別に、イスラム過激派武装グループが“ジハード”(聖戦)という言葉のもとで、人の心を動かす現象が見られている。人間はしばしば、誤認や理解不足のまま行動判断をしてしまうことがある。それを見込んで、力を持つ言葉を利用して人を動かそうとする人々もいる。
イラン国内では、アハマディネジャド大統領の国連演説とコロンビア大学の講演について、国際社会にイランの正しさを紹介できたと、公には評価されているようだ。しかし、同スピーチについて、欧米メディアの中には非妥協的で独自の国際理解をしていると報じた正反対の評価が見られた。そして、米誌ニューヨーカー(9月30日発刊)では、ブッシュ米大統領は米統合参謀本部に、イランのイスラム革命防衛隊施設を中心においた軍事行動(空爆)に向けて対イラン攻撃計画を再検討するように指示したとの報道が流れた。この軍事行動が実行に移される蓋然性は、現在のところ低いといえる。しかし、イランが、北朝鮮とは違う外交路線をとっていることを国際社会は認識し、対イラン政策を動かし始めたことは確かだろう。その一例として、10月3日、フランスのクシュネル外相はEU諸国に対し、対イラン経済制裁の教科について協議することを提案した。なお、ブッシュ米大統領は同3日、イランが北朝鮮のように核計画を停止すれば、米国は交渉の用意があると述べている。 「言葉の力」の観点から、もう一つ、注目すべきことが起きている。エジプトのアズハル大学(イスラム学の権威の一つ)は、イスラム教令(ファトワ)がさまざまなかたちで発せされている現状を危惧し、乱発防止のためファトワ専門の衛星放送の設立を提唱した。その狙いは、社会生活の規範に大きく影響するファトワの発出を一元管理することである。これが実現されれば、イスラム過激派武装グループによる“ジハード”の呼びかけを少しは抑制できるかもしれない。すでにサウジアラビアでは宗教学者のアブドゥル・アジーズ・アル・シャイフ師がジハードに参戦しないようメディアを通し呼びかけている。ファトワ専門衛星放送が実施されれば、より広範囲なイスラム世界に影響を及ぼせるようになりそうだ。 言葉よりも“空気を読む”ことが重視される日本の中にいて、一神教世界の「言葉の力」について改めて考えさせられている。 |




