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国際関係・国際協力
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先般、「リスク社会論」で知られる社会学者のウルリッヒ・ペッグが死去した。
ペッグは富の生産にともない、生産されるリスクが許容限度を超えると、それが社会紛争の発生源になると指摘している。
<個人化とグローバル化がもたらすもの>
フランス社会におけるアラブ系イスラム移民は、第二次世界大戦後の同国の労働力不足を補い、経済を成長させる上で必要な存在であった。
しかし、低迷する経済下、フランス社会にとってのリスクとなっている。
1月7日の「シャルリ・エブド」紙への襲撃事件は、その一つの現われとなった。
ベッグが生きていたらどのようなコメントをしただろうか。
近代化の中で、技術が進歩し、生活が豊かになり、社会の自由度が増すことで個人化が進んでいる。
その一方、集団から離れることで個人の負担は増す。
この負担に耐えられる個人能力(人的資本、社会資本、文化資本など)を持っている者は、グローバル化が進み不確実性が増す社会でも成功を手にする機会に恵まれる。
しかし、「シャルリ・エフド」紙を襲撃したクアシ兄弟のように、移民で両親を亡くした者にとって、その人生は厳しいものであっただろう。
一般的に、人は自分自身を守るために集団への帰属を強めようとする。
その集団は、時にナショナリズム色の濃い集団であったり、宗教集団、武装集団であったりする。
クアシ兄弟の場合、それはモスクを中心としたイスラムの集団であった。
そして問題は、時と空間にあった。
時とは、2001年9月11日の米同時多発テロ後の「反テロ戦争」が現在も続いていることである。
また、空間とはパリのイスラム過激思想を有する礼拝導師がいるモスクに彼らが関係していたことである。
さらに、弟のシャリフは収監中の2005年から2008年にジハーディストとの出会いがある。
この欧米社会とイスラム過激派との対立の下、2人は帰属するイスラム集団の中で、確信的にイスラムの価値意識を強めていったと考えられる。
<イスラム・ネットワーク>
今回の事件での注目点の一つは武器の入手ルートである。また、2人の犯行とその背後にある組織の関係である。
「ホームグロウンテロ」(自国民テロ)を強調する解説もある。
一方、犯行時に犯人が「アルカイダだ」との言葉を発していたとの報道もある。
そこで、容疑者をめぐるイスラム・ネットワークについて、少し整理してみる。
第1が、兄のサイドに関する報道からは「アラビア半島のアルカイダ」がある。
この組織で注目すべきは米国人のアウラキの存在である。
アウラキはオバマ大統領の指示により、イエメンで無人機によって殺害された。
イエメンで米国人を殺害するというこのオペレーションについては、一時、米国内でも批判が出た。
オバマ大統領は、なぜ、違法とも思われる軍事措置をとったのだろうか。
それは、アウラキが米国にいる間から若者たちにイスラム過激思想を広め、テロ訓練キャンプに送り込んでいたからである。
さらに、アウラキはイエメンにわたってからも英語版の雑誌「インスパイア」(電子版)を発行し、欧米のイスラム教徒に影響を与え続けていた。
1月8日付「ニューヨークタイムズ」紙でも、2013年5月に「インスパイア」で、「シャルリ・エブド」紙の編集長などを名指し、暗殺するよう呼びかけていたことが紹介されている。
兄は2011年、このイエメンで銃撃訓練などを受けていたとの報道がある。
第2のネットワークは、弟とチュニジア系フランス人ハキムの関係である。ブーバケ・ハキムは北アフリカのイスラム過激派とヨーロッパの若いイスラム過激派のネットワークを構築してきた人物だと分析されている。
ハキムは2013年2月にチュニジアで野党の指導者シュクリー・ベライド氏を殺害したとされ、現在はシリアまたはイラクでイスラム国に参加していると見られている。
北アフリカ諸国(マグレブ諸国)のイスラム国への参加者は、チュニジア3000人、モロッコ1500人、リビア600人、アルジェリア200人に上るといわれている。
これらのネットワークが事実だとすると、パリ19区の過激派モスク(8年前に閉鎖されたと報じられている)の役割が注目される。
そこに集まっていた若者たちは「ビュット・ショーモン」ネットワーックと呼ばれている。
「アラビア半島のアルカイダ」と、ハキムが関係していたと思われる北アフリカのイスラム過激派を結ぶ組織があるとすれば、それは、「ホラサン」グループではないかと考えられる。
ホラサンはアフガニスタンやパキスタンでの戦闘経験がある少数の精鋭からなるアルカイダの一つのグループである。
同グループの指導者ハドリは、ビンラディンの側近であった人物で、広い人脈を持つ。
ホラサンは、ザワヒリの命でシリアに入り、活動を行っている。
2014年9月23日、アメリカは、このグループはイスラム国よりも脅威だとしてシリアへの初の空爆で標的の一つとし、その後も、攻撃を続けている。
1月8日、イギリスのアンドルー・パーカー情報局保安部長官(MI5)は、シリアのアルカイダの中心的グループが欧米を標的にテロを計画していると警告を発している。
そして「各国と協力して最大限の努力をしている。すべてを阻止する望みはないことは分かっている」と語っている。
クアシ容疑者によるフランスでのテロ事件は、MI5が指摘するテロ計画の一部なのか、アルカイダの呼びかけやイスラム国への同調なのか、現時点で分析することは難しい。
しかし、フランスをはじめヨーロッパでイスラム関係への攻撃や、イスラム移民排斥運動が高まり、イスラム教徒の被害者が出る事件が発生すれば、事態は一気に悪化する恐れがある。
すでに、反イスラムデモやモスクに火炎瓶が投げ込まれる事件などが発生している。
中東地域の不安定さが、欧米各地にリスク連鎖をもたらしつつあるとすれば、現在守勢に立ちつつあるイスラム国や、弱体化しているアルカイダが望んでいる構図だろう。
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ロシアのプーチン大統領はウクライナでの体制変革の正当性を否定し、ロシア系住民の保護と国益を守るという目的で、ウクライナのクリミア自治共和国への介入を行った。ロシアは国連安保理において、この対外行動は「ヤヌコビッチ・ウクライナ大統領」の要請に応えたものだと説明している。
また、クリミア自治共和国の議会は3月6日、ロシアへの帰属を決議し、3月16日には住民投票を行うこととなった。これを受け、ロシアも国家安全保障会議で帰属受入れの方針を確認している。
今回のロシアのクリミア介入の影響で、3月3日の国際金融市場は株安、新興国の国債安となった。ロシアの株と国債も下落し、ルーブルの対ドル価格は大幅安となった。そして3月6日には、米国が対ロシア経済制裁(ビザの発給制限、ウクライナへの介入に関係する人物の米国への渡航禁止と米国内の資産凍結)を発動した。EUも首脳会議で、外交が進展しない場合、米国同様の経済制裁を検討することとしている。
プラグマティックな政治家と呼ばれるプーチン大統領が、これらのデメリットを考慮せずに対外行動を選択したとは考えにくく、国際批判を浴びてでも得たいものがあったと考えるべきだろう。それは、2015年に予定されているユーラシア連合を成功裏に結成させることではないだろうか。
このロシアの対外行動にいち早く対応した1人が、国内外で外交手腕が高く評価されているトルコのダウトオール外相であった。
以下では、ソ連のアフガニスタン侵攻なども参考に、ウクライナ情勢から見えた国際社会の動向について考えてみる。
●ダウトオール外相の動き
ロシア軍がクリミア自治共和国に入り、シンフェローポリ国際空港を確保したとの一報を、ダウトオール外相が受けたのはブルガリアを公式訪問中のことであった。トルコのHurriyet紙によると、3月1日にはダウトオール外相は予定を変更し、ウクライナの首都キエフを訪問、トゥルチノフ大統領代行、ヤシェニュク首相と会談した。さらに、クリミア・タタール民族大会の元議長であるクルムオール国会議員とも協議を行っている。そして、ダウトオール外相は記者会見で、ウクライナの領土の一体性とクリミアのタタール人が平穏な生活を送る権利があることを強調した。なお、クリミア・タタール人はスンニー派ムスリムで言語はチュルク語で、クリミアの人口の12〜20%程度を占める。
その後、同外相は、ケリー米国務長官やシュタインマイヤー・ドイツ外相と電話会談を行っている。
こうしたトルコの外交は、クリミアの分離独立やロシアへの帰属を視野に入れたものであろう。それは帝政ロシアの南下政策と向き合ったオスマン帝国時代の歴史に学んだものだといえる。
●ソ連のアフガニスタン侵攻との違い
1979年のソ連のアフガニスタン侵攻は、共産勢力とイスラム勢力の間でアフガンの体制が揺れる中、共産党勢力のカルマル政権の要請により実施された。今回の介入と同様、ソ連は「要請」に基づいていることを正当性の根拠とした。
しかし、二つの介入には異なる点がある。例えば、軍事的行動を行っているのは「国籍不明の自衛部隊」だとされている点、クリミア議会や住人投票という民主的手続きを用いている点などが挙げられる。また、国際社会も、介入を政治分野の問題に限定し、できるだけスポーツや経済など他の分野にまで対立を広げないよう努めている点もアフガン侵攻時とは異なる。
その背景には冷戦が終焉したことと、それに伴う経済制度の共通化などにより各国間の相互依存度が高まっていることがある。これはロシア側から見れば、天然ガスや鉱物資源がこれまで以上に外交カードとして使える環境だといえる。
しかし、強いロシアの復活を目指しているプーチン大統領にとっては、この有効なカード以上のものが必要である。それというのも、ロシアの西側ではEUが東方に拡大しており、東側ではTPP交渉が進められているという環境変化があるからである。こうした欧米の動きに対抗しうるものとして、プーチン大統領は、独立国家共同体(CIS)の足場を固め、上海経済機構との結びつきを視野に入れたユーラシア連合という経済圏構想を描いていると考えられる。
米国の国際関係の研究者ケント・E・カルダーは『新大陸主義』(杉田弘毅監訳)で、エネルギーや地政学の観点でユーラシアの発展を捉え、21世紀のユーラシア外交の重要性について指摘している。この見方を参照すると、今回のプーチンの動きの目的は、ウクライナのEUおよびNATOへの接近を阻止することに止まらないことが見えてくる。つまり、ウクライナへの介入は、エネルギー・鉱物資源を国家の管理下で戦略的に使い大国ロシアを復活させるための1つのプロセスだといえるのではないだろうか。
●未承認国家問題
国際社会が抱える難問の一つに「未承認国家」への対応がある。この問題は、今回のウクライナでも見られるように「領土保全」と「民族自決権」という二つの国際原則が絡む場合は現国境の保持(領土保全)が優先されてきたことが要因となっている。
この暗黙の了解を変えたのが、EUと米国による2008年2月のセルビア共和国からのコソヴォ独立の承認である。当時ロシアはこれに強く反発した。
2008年8月、立場が逆転した出来事が起きた。ロシアが、アブハジア自治共和国と南オセチア自治共和国のグルジアからの独立を支援したのである。それは冷戦の再開を想起させた。
今後、ウクライナ問題でクリミア自治共和国に続き、親ロシア住民地域で独立やロシアへの帰属が表明される蓋然性は高まっている。しかし、ソ連のアフガン侵攻時に国家安全保障問題担当大統領補佐官だったブレジンスキー(米国の政治学者)が、西側陣営の一体化を説くために用いた「ドミノ理論」におけるロシア脅威論が巻き起こる事態にはならないのではないだろうか。
国際社会は、冷戦終焉後、アメリカの一国主義外交期を経て多極化外交期に入っている。今回、EU首脳会議でのロシアへの対応が、穏健路線と強硬路線とに割れたこともそれを裏付けている。つまり、国際秩序づくりが難しい時代に入っているといえるだろう。
プーチン大統領は、外交戦術として、そこを衝いてきているといえる。
では、今後、ウクライナ問題はどうなるのだろうか。
●ウクライナとロシア
ウクライナはソ連崩壊時に、ロシア、ベラルーシとともに独立国家共同体(CIS)の創立を宣言した国である。その後12カ国にまで拡大しCISは、親ロシア派の関税同盟グループと反ロシアのGUAM(グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバ)とに大別される。
これまで見てきたように、経済ファーストの政策をとるプーチン大統領は、対ウクライナ政策で債務の支払要求や天然ガス代金の値上げ、ウクライナの生産物の輸入禁止などの経済圧力と、ウクライナ国内の新ロシア住民を煽っての市民抗議行動で揺さぶりをかけ続けるだろう。
ウクライナは、自国のエネルギー安全保障の確保をはじめ経済力、軍事力の面でEUやNATOへの加入レベルに達していない。このため、EUは東方パートナーシップ(連合協定)によって、経済的・政治的影響力を広げようとしてきた。しかし、この連合協定はロシアの圧力で、2012年11月に調印が停止した。
仮にクリミア自治共和国のロシアへの帰属が現実のものとなると、1997年にロシア・ウクライナ間で調印された「友好・協力・パートナーシップ条約」(両国の領土の一体性、国境不可侵、内政不干渉を明記)や、ロシアの黒海艦隊の駐留条件をまとめた諸協定(ウクライナ法令遵守、基地賃借料、環境破壊保障費など)が効力を失うことも考えられる。
現在、ウクライナ暫定政府は「領土保全」の立場で、国境変更の国民投票はウクライナ全国民によるものでない限り無効であると主張している。しかし、ロシアは国籍不明の部隊を撤退させ、セヴァストポリ基地の駐留ロシア軍をベースにクリミアの事実上の支配を続けるだろう。そして、プーチン政権は国際的外交圧力をかわしつつ、基地賃借料や環境破壊保障費は支払わないまま、天然ガス使用料を暫定政府に要求し続け、EUと米国がウクライナへの経済的支援を続けられない状況をつくっていくだろう。こうした一連の戦術は、ウクライナをユーラシア連合に加盟させるという戦略のもとで行われると考えられる。
●ウクライナ問題の波紋
トルコのダウトオール外相の敏速なキエフ訪問は、必然性の高いものだったといえる。それは、(1)ボスポラス海峡を有するトルコがロシアの黒海艦隊の展開に大きな影響力を持っている点、(2)クリミアのタタール人の保護の問題、(3)クルド民族の未承認国家問題などトルコ自身の関心事項が多いことが理由である。
また、国際環境の面から見ても、オバマ政権がアラブ諸国で見られた政変(通称「アラブの春」)、シリア内戦、イラン核問題などの政策で失敗し、米国の国際的信用が失墜しているという状況にある。つまり、欧米との調整よりもまず自身の判断でこの問題に対応する必要性がある。
一方、ロシアは1990年代後半から中国、インドとの連携を強め、2003年5月の中ロ首脳会談の共同声明で米国の一国主義的な外交を批判し、反米的姿勢を強めてきた。そして、シリア問題で見られたように、中国が国連安保理でロシアとの協調姿勢をとることで国連のもとでの国際秩序づくりが難しくなっている。
こうした状況下、トルコの政権の担い手は、国益、市民からの民主化・自由化圧力を睨みつつ、どのように国際協調を行っていくか難しい選択に迫られている。これは、他の中東諸国も同様である。
第1のハードルは、対ロシア経済制裁だろう。
今回の問題は、オバマ政権が外交をアジアに「ピボット」させると表明する中で起きている。EUや中東の親米政権にとっては特に、短期的視野での安全保障政策を含む米国関係と、長期的視野でのユーラシアを一体とする経済圏構想への係わりをどうバランスさせるかの分岐点になるかもしれない。
日本の対外政策においても、単に米国との政策協調やロシアとの領土問題を配慮したものではなく、中・ロが手を結んだユーラシア連合の形成を見据え、中・長期的戦略のもとで政策形成がなされることが望まれる。
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3月14日、北朝鮮は衛星(ミサイル)の打ち上げに失敗した。しかし、この打ち上げ行為自体が国連安保理決議違反であり、国際社会から厳しい非難を浴びている。
今日、確信犯的に安保理決議の履行をしていないのが、この北朝鮮とイラン、シリアである。そして、この3カ国に関する国連安保理の協議に深くかかわっているのが中国である。
では、中国は今後、この3カ国に関し、国連の場でどのような政策を取るのだろうか。
以下に考えてみた。
中国の対外政策では、(1)エネルギー資源の確保、(2)インフラ整備、(3)市場拡大、(4)武器輸出などが重要ポイントとなる。一方、このところ米国内で議論される中国のシーレーンただ乗り論や海軍力脅威論に呼応するような政策もみられている。
そうした状況において、注目される動きの1つが、4月1日に開催されたアジア政財界フォーラム(中国南部の海南島にて)で、李克強副首相(次期首相最有力候補)が国際協調路線を明言したことである。また、もう1点、中国政府高官が4月10日に、安保理決議1874号には中国も賛成しており、北朝鮮はそのことを「重く受け止めなければならない」と述べている点である。
この2つの発言からすると、中国は大きく「国益」を損なうことがない問題では、安保理での国際秩序づくりの抵抗勢力とはならないと考えられる。
今日、中国進出企業は、薄氏問題に加えて経済成長率の鈍化、野菜やガソリンなどの物価上昇など、同国の政治リスクの高まりに不安感を抱き始めている。その中で、中国が国際社会との対立を深める恐れがある政策を選択することは、国内政治をより難しくするとの配慮が働くと分析もできる。
したがって、中国は対外政策でも、薄氏問題でも強調しているように、社会主義法治国家として法律の尊厳と権威を守る姿勢を示すと思われる。
この点を踏まえると、中国は北朝鮮問題、シリア問題、イラン問題の順で国際協調度の高い政策をとる蓋然性が高い。
薄氏問題で傷ついた党と国家のイメージを、対外政策でどれだけ回復できるかは疑問だ。しかし、その中国の対外政策いかんで、国際社会の問題の解決の行方が大きく左右されることは確かである。
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国際社会では、欧州の財政不安国の1月の国際入札に注目が集まっている。スペインについては12日、17日、19日、24日に、イタリアについては12日、13日、26日、27日、30日に実施される(イタリアは2月も4回実施)。
この入札が難航した場合、国際市場でのユーロ諸国の国債はさらに値下がりし、同国債を保有している銀行の財務が悪化することになる。その結果、ユーロ圏の金融システムの不安定性が高まるとの懸念が出てきている。
この国債入札を前にした1月9日、サルコジ仏大統領とメルケル独首相がベルリンで会談を行い、ユーロ危機における対応について協議する。
この2人の首脳の対応しだいでは「西洋の没落」(シュペングラーの著作)が現実味を帯びるとの声もある。
デーリー・テレグラフ紙によると、イギリスはすでに「緊急対応」を検討しているとの報道も流れている。
こうしたユーロ危機が信用収縮へと波及すれば、国際経済をけん引している新興諸国の経済への悪影響というリスク連鎖が生じる。そうなると「西洋の没落」では済まない。
現在のユーロ危機から日本は何を学ぶべきだろうか。
歴史学者である東京大学の山内昌之教授は、「古典文化とキリスト教の共通性を誇り、数字の東郷段階を経験してきたEUでさえ・・・・国民国家の記憶と枠組みを超えられなかった」と指摘した上で、「東アジア共同体への道のりは果てしなく遠い」と述べている(「経済教室」2012年1月9日『日本経済新聞社』)。この文明や歴史の観点からの分析は妥当性が高い。
さらに政策学的な観点から指摘するならば、ユーロ諸国間の財政政策の結束(財政統合化)が十分はかられなかった点や、ユーロ圏の所得移転を促すユーロ共同債の発行の遅れが政策的失敗と言えるのではないだろうか。
それは、EU諸国が2008年のリーマン・ショック以前に「グレート・モデレーション(大いなる安定)」と言われる安定成長期を経験したことで、現在の歴史的な危機を過小評価してしまったことが要因だと考えられる。
つまり、人間はリスク過小評価、チャンスの過大評価という政策選択ミスをしがちであるとの指摘が当てはまった事例である。
このことは、日本の東日本大震災における津波の対応、さらには福島の原子力発電所の事故などにも当てはまる。
ユーロ危機は、意思決定プロセスにおける「リスク連鎖」を十分に評価しておく必要性を教訓として学ぶべきだと言えるだろう。
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