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ハイチの大地震から5日、日本の国際援助隊医療チームがようやく現地入りした。日本は18日、さらに自衛隊の医療対派遣を発表した。今後、日本の医療チームも多くの被災者を救済することになる。 ハイチでは既に18カ国が救援活動を行っている。特に米国は空母や病院船の派遣に加え、1万3000の人員を現地入りさせる方向だと報じられている。 これに対し、ベネズエラのチャベス大統領はじめ中南米の国からは、「支援を名目にした占領」だと反発する声も出ている。また、中国と台湾の外交合戦や、フランスやブラジルからは国益を絡めた支援についての発言も出ている。 反米的なチャベス大統領の政治的発言は別にして、米国には救済期から復興期まで持続可能な人的支援、経済的支援を行える能力がある。国連の「ハイチ安定化派遣団」(MINUSTAH)にも被災者が出ており、ハイチ支援はやはり米国が中心となるだろう。 1月25日にはカナダのモントリオールでハイチ支援国会合が開催される。気になる点は、ハイチ国内の状況がどれだけ把握できるか、そして資金協力が約束倒れにおわることなく着実に実施されるかである。世界経済の低迷後の各国の財政状況に鑑みれば、実施への懸念は残る。 今回のハイチ大地震被害者の救済だけでなく、世界空間には貧困対策、感染症対策、環境対策などの難事業が山積している。 高度情報・通信化社会のメリットを活かした相互補助を働かせる工夫が一層必要であろう。 その恩恵を十分に受け、世界空間で起きている難事業に関する情報が容易に入手できる先進国では、どうも、世界の人々との相互補助意識が薄いようにも思う。 例えば、難事業を抱える国に対する債務削減を、納税者である国民が政府に積極的に働きかけることもできるだろう。特にハイチの復興には債務削減は不可欠である。 ハイチでの大地震は、日本のボランティア元年といわれた阪神淡路大震災の記念日近くに起きたことを考えれば、距離的遠さはあるにしてももう少し関心が高まっても良いのではないだろうか。
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国際関係・国際協力
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1月10日、中国税関総署が2009年の輸出額を発表した。その額は1兆2016億6300万ドル(約111兆円)で、対前年比では16.0%の減少である。中国が輸出額で前年割れとなるのは実に26年ぶり(1983年以来)である。それでも、世界景気低迷の影響で、2008年に1位であったドイツの輸出額が伸びあぐねたため、2009年はおそらく中国の輸出額が世界1位となる公算が高まった。 今後数年間、中国の輸出額が順調に推移すれば2014年には世界の輸出総額の12%を占めることになるだろうと国際通貨基金(IMF)は予測しており、米国経済の成長期であった1950年代の18%に着実に迫っている。おそらく今後10以内に、その18%を越えるとの予測もある。 本ブログにお寄せいただいたご意見の中に、日本が米中に二股をかけるのは良くないとのご指摘があった。私は、日本でしかできない高度技術に裏打ちされた部品が、中国や米国がつくる大型商品に組み込まれるという事態が進み、日本企業は国内で完成品をほとんど生産しなくなるのではないかと考えている。むしろ、日中、日米など共同での技術開発や商品開発をしていく時代が来るとも考えている。 したがって、日本はあまり「米国か、中国のどちらか」というようにパートナーを固定化することなく、柔軟に考えることが大切であると思っている。よって、中国を中心にアジア・シフトを図ろうとしている今の日本の傾向が気になっている。 中国経済については、2010年も09年並みに9927億元(約13兆6000億円)の公共投資を行うと1月10日に発表された。しかし、中国経済がこのような内需刺激を受けて、持続的に繁栄することは難しいのではないかとの見方もでている。カギは、過度な貸付によってもたらされた不動産バブルが、今後、軟着陸できるかである。 また、中国の今後の発展には、食糧、高齢化、環境問題などの課題があるとも指摘されている。 さらに、中国共産党内の江沢民グループと胡錦濤グループとの対立が、貧富の格差や官僚腐敗問題と結びついて政治問題化する恐れもあるとの指摘もある。 これらの意見を踏まえると、21世紀半ばには、中国は1949年の建国時とは今以上に変質した国家となっているといえる。
その一方、自由と民主主義を掲げる米国は、それほどの変化はしていないのではないだろうか。 日本の外交政策を考えるに当たっては、現実の課題をすばやく正確に処理しながら、もう少し長期的な視野でアジア太平洋地域の変化を認識すべきではないかと考える。 |
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2010年は朝鮮王朝滅亡から100年に当たる。そして、中国が上海万博を開催し、経済大国としてその地位を確立するであろう年であり、日本では50年以上にわたった政治体制が実質的に変革する年となる。欧米の近代化の観点から見れば、大きく遅れた北東アジアのこの3カ国は、21世紀の10分の1が過ぎた現在、世界のGDPの約5分の1を占めるまでに至っている。 この3カ国の中では、20世紀においては日本がフロントランナーであった。そして21世紀にはその役割をおそらく中国が担っていくのだろう。その1つの事例として、2010年1月1日に中国とASEAN主要国のインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイが貿易品目のうち90%について関税障壁を撤廃した。これにより、中国が人民元の安さから、これらのASEAN諸国に対する輸出を拡大させることはほぼ間違いない。 日本円がこの2年間で主要貿易相手国の通貨に対して約20%も強くなっていることを考え合わせれば、日本の対アジア輸出は一層厳しくなることも考えられる。 日本の経済界には、アジア市場が中国に飲み込まれる前に、この市場での環境や公共インフラなどの日本の技術力を活かしたビジネスを軌道に乗せたいとの強い意識がある。しかし、ビジネス環境は厳しい。 また中国と韓国の間では自由貿易協定(FTA)が模索されている。この動きは米国・韓国が3年前に締結したFTA(米国議会は未批准)の発効とも関連しており、米・中・韓の間では新たな貿易体制づくりが活発化している。 一方、日米間には普天間の飛行場移設問題を中心に不信感が広がっており、FTAの話どころではない。米国、アジア地域では中国と日本の経済的地位が逆転している。そのような状況の中でも日本の現政権は、「東アジア共同体構想」を提唱し、「対等な日米同盟」を強調している。 この外交姿勢については、日本国内からも理想論敵過ぎるとの論調がメディアで流れている。 先進国では、よほどの有事がない限り政権交代後100日足らずで外交や安全保障の基本戦略が大きく変わることはまずない。外交や安全保障は地政学を踏まえ、国際情勢の変化にあわせて日々検討されているものだからである。 21世紀のアジアでは、中国、インドの台頭にともなう経済変化が見られる一方、「不安定の弧」といわれる西アジアから北東アジアにかけての政治変化の中で、国家間の攻防が続くだろう。
その中で日本にとって軽視できないことは、世界の海と空の空間を押さえており、今後も世界の人、物、金、情報の移動に大きな影響力を有する米国との良好な関係の保持ではないだろうか。その関係を踏まえた上でアジア地域での日本の役割分担を幅広く模索し、「小さくともきらりと光る国」となることが21世紀の日本の目指すべきところであるように思う。普天間や北朝鮮の問題も、未来に向かっての時間的、空間的な広がりを意識した公議を深めるべきだろう。 |
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ドバイ・ショックから1ヶ月経った12月24日、その震源地を訪れた。ドバイの定点観測をはじめて4回目、3年連続の訪問となったが、今回が一番落ち着いた街の姿をしていた感がある。 都市開発はまだ継続中だが、空港が拡大され、メトロの運行開始など着工されていた事業の一部が完成期を迎えており、来年1月4日には世界一高いビルとなるブルジュ・ドバイの完成式がある。この冬もリゾート地として、ヨーロッパやインド、アフリカ、アジアからの観光客が数多く訪れている。グローバル・シティーとしてのドバイ・ブランドが世界的に確立されていると言えそうだ。 出発前まで、建設クレーンが止まり、500億ドルとも言われるドバイワールドの債務返済が難局を迎え、ドバイの株式総額が1ヶ月間で70億ドルも縮小した等々の記事を日本国内で見聞きしていたため、暗いドバイのイメージを持っていた。しかし、訪問してみてその印象は変わった。 現地に住む人々の多くは、冷静に過ごしているように見えた。「日本の不動産バブルやITバブルの時と同じだよ」と話してくれたビジネスマンの言葉が印象的であった。そして、思いもよらなかったのだが、このビジネスマンは日本の政治、経済の危うさを指摘した。 海外から日本を眺めると、現地で放映されている日本発の番組内容、放送方法の目的の曖昧さが気になる。それは日本の政治、経済の方向性の曖昧さを映し出していると、海外の人々には見えるのかもしれない。私がドバイを自身の目で見るまで抱いていた暗いイメージと同様に、曖昧な情報発信が海外の人々に現実と異なる日本イメージを与えているのではないだろうか。 しかし、それだけではない、とも思う。開かれたドバイの街の一角に立っていると、現在の日本社会の封鎖性、流動性の乏しさを感じさせられた。そして、かつてイギリスの植民地化に置かれていたエジプトの姿を見た日本人が、世界における日本の立ち位置を必死に見出し、条約改正や近代国家を作り上げることに努めたことについて考えさせられた。また、福澤諭吉の『西洋事情』、中村正直の『西国立志編』、内田正雄の『奥地誌路』、和辻哲郎の『風土』など明治の人々に世界を認識させた数々の名著が世に出され、多くの日本人がこの国を必死で育てたことも。そこには危機感があった。 その後、日本はこうした多く人々の努力によって築かれたものを、それよりも僅かな人数によって壊していった。そして、今日、危機感を抱くべきグローバル化の中で、どれだけの日本人が明治初期の人々のような意識を抱いているだろうか。 ドバイのビジネスマンは、中国の未来を、アジアの安全保障を、そして日米関係を語った。その言葉から導き出される日本の近未来は決して明るくない。 近刊のフォーリン・アフェアーズ誌では、1986年の対日貿易の赤字が増大した時期に米国で話題となった「日本異質論」が再び取り上げられている。その中で、トルコの次のことわざが紹介されている。「優れた制度を書くには100人の賢者が必要だが、それを壊すには1人の愚か者で十分」。 今の日本社会に必要なのは、改革の名のもとでの制度破壊ではなく、世界とともに生きて行くための理念、次世代に伝え継ぐべき理念を多くの識者により熟議し創り上げることではないだろうか。そして、その理念を実現するためにさらに多くの人々が努力することではないだろうか。それは、時空の短縮という世界的変革期に、心の開国を迫られている日本人の課題であるように思う。 2009年も本ブログを訪問くださり有り難うございました。2010年も引き続き、執筆し続ける所存です。それが少しでも熟議の契機となることを祈りつつ。
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12月19日、人民日報がCOP15について、「宴会が終わりかけたときに駆けつけた貧しい親戚がコーヒーを一杯だけ飲んだら、支払いは割り勘にするといわれてようなもの」と記事に書き、先進国が提案した排出削減目標案を非難した。同記事ではさらに「他人のみになって考え、相手の身になって反省せよ」と書いている。 一方、12月21日付デイリー・テレグラフは「中国が今回の合意への突破口が開かれるのを事実上拒否した」と指摘した。また同日のフィナンシャル・タイムズは「米国議会も中国と同様に主権を守ろうとし、国際的義務を嫌っている」と書いている。さらに同日、ルモンドも、会議の失敗をもたらした国として中国を名指しし、経済競争力を挙げるために自国産業に制限がかかる基準の採択を阻止したとしている。 こうした国際報道を見ると、先進国も途上国もコペンハーゲンでの会議が成果を挙げられなかった原因を他者に押し付けている感がある。 国際社会には未解決問題が数多くある。そうした問題について、各人が責任を引き受ける覚悟を持たなければ解決のめどさえ立たないだろう。今こそ「1人は全員のために、全員は1人のために」の言葉を実行する時ではないだろうか。 ・・・・・・・・・・
ドバイの様子を見に行ってきます。ブログを1週間程度休みます。 |



