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プロ野球が開幕しました。
北海道日本ハムはオリックスと札幌ドームでの3連戦。
ともに3戦でのべ14投手ずつを使う消耗戦の結果、
① F6x−5Bs(延長12回) 小谷野のタイムリーでサヨナラ勝ち
② F0−5Bs ディクソン完封、両リーグ一番乗り
③ F8−4Bs 井川1回途中KO、中盤に追加点でファイターズ逃げ切り
ファイターズ2勝1敗で開幕シリーズ乗り切りました。
開幕3連戦を終えての、他球団も含めての感想。
ホークス、イーグルスは今年もかなり強そう。
ホークスは控えだけでもう1チーム作れそうだねwww
ただ勝ち方としてはイーグルスの方が良かったみたいですが。
逆にライオンズとマリーンズは最悪の3連敗スタート。
マリーンズは負けが込みだすと
いつも「お家芸?」の内紛が起こりますが、
今年は立て直せるのか・・・・・?
バファローズはファイターズより選手は揃ってるはずなのに、
なんか勝ちきれないなぁ・・・。
バファローズ3連勝でもおかしくなかったと思うけど。。。
ジャイアンツ打線はやっぱりすごい。
開幕にはちゃんと仕上げてきますね。
カープも今年は強そうです。
ドラゴンズは谷繁監督がゲームに出ないような展開にしないと苦しいのでは・・・?
オープン戦1勝のみのスワローズは開幕戦で勝利。
ちなみに・・・ライアン小川はなぜファイターズが苦手なのでしょう???
昨年のパ・ホームラン王のM・アブレイユ内野手が
腰痛が回復せず登録抹消。
本人がアメリカでの検査・治療を希望したようです。
もし手術となればほぼ今季絶望。
年齢的にも厳しいし、
残念ながらこのまま退団の可能性も大きいと思います。
開幕直後だけに他チームならフロントが補強に動きそうですが、
「野手・大谷を使える可能性が増えた・・・」って
動かないだろうなぁ。。。。。
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Fighters・Flyers
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詳細
東映・日拓・日本ハムの話題あれこれ・・・
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NPBの日本ハムはもうキャンプに入ってますが、
今年も沖縄・名護の天候はあまり良くないようですね。
日本ハムが沖縄・名護にチームキャンプ地を移したのは1981年。
1978年〜1980年までは投手陣だけが、沖縄でキャンプをしていました。
風の強い徳島・鳴門から暖かい沖縄に移り、
79年は高橋直樹、80年は木田勇と20勝投手が誕生。
沖縄は2月頃は雨天が多いので、
常時キャンプ地とするには疑問もあったようですが、
多少のリスクはあっても、
やはり暖かい土地で・・・ということでしょうか。
80年代前半は、その雨季にモロに泣かされた格好で、
雨天続きでスケジュール調整が大変だったようです、
天候不順を嫌った影響か、
85年に就任した高田繁監督は、
86〜87年にアメリカのフロリダでキャンプを行いましたが、
足下を見られた?のか「最低の施設」しか用意できずに大失敗。
それ以後日本ハムの一軍キャンプはずっと沖縄・名護です。
雨が多い・・・ってことで、
以前は敬遠されてた沖縄ですが、
現在では12球団中10球団が
何らかの形で春季キャンプを行っています。
雨天練習場の設備も整ってきているようですし、
MLBのように序盤からいきなり実戦(ゲーム)をするなど、
調整方法が変わってきつつあるからですかね?
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10月24日に行われた、プロ野球ドラフト会議で
北海道日本ハム・ファイターズが指名した8選手の入団が発表されました。
1位 渡辺 諒 内野手 東海大甲府高 背番号23
昨年のドラフト終了時には、高校生野手ナンバーワンの位置にいましたが、
なんか微妙な存在に・・・。
やはり3年の夏に甲子園出場できなかった野手なのでインパクトに欠ける・・・?
俊足、強打の好選手ですが、まず守りが主体のファイターズでうまく育てられるか?
2位 浦野 博司 投 手 セガサミー 背番号17
ドラフト直後の日本選手権で打ち込まれました。
腕の使い方が変則的な右腕投手。
本人は先発希望らしいですが、
チームとしては基本リリーフで・・・とのことらしいですが。
3位 岡 大海 内野手 明治大学 背番号31
倉商の岡選手です。
二刀流・・・?って言われてますが、高校時代は制球難で肝心なところで自滅してます。
やはり野手起用が無難でしょうか。
長距離砲ですが、打撃の評価も結構分かれてるみたいですね。
4位 高梨 裕稔 投 手 山梨学院大学 背番号39
関甲新学生野球連盟に所属する山梨学院大学の投手。
速球とフォークが主武器のようなので、
やはり短いイニングで使われるのでしょうか。
5位 金平 将至 投 手 東海理化 背番号40
左腕スリークォーターからスピードで押すタイプですが、
コントロールに難があるようです。
貴重な左腕なので早く使われそうな気もしますが・・・。
6位 白村 明弘 投 手 慶應義塾大学 背番号43
確か、東映−日拓−日本ハムのドラフト史上最初の慶応大学からの入団選手です。
実力からすれば、もっと上位でもおかしくないのですが、
例の「素行問題」で指名順大幅ダウン???
望み薄ならすぐに「匙を投げる」ファイターズフロントですので(笑)
7位 岸里 亮佑 外野手 花巻東高 背番号67
2年連続で花巻東のエースを獲得。
エース番号を背負いながらも、予選は登板なし。
甲子園では変化球主体で打ち込まれた。
長打力が魅力だが、守備から鍛えるファイターズの育成方針に合うかどうか・・・?
8位 石川 亮 捕 手 帝京高 背番号68
帝京高では1年夏からレギュラー捕手。
甲子園にも出場してます。
強気なリードが持ち味。
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8月24日に亡くなられた 土橋正幸さん
東映・フライヤーズのエースとして活躍されましたが、
現役引退後は
コーチ、二軍監督等を経て
1973年の後期の日拓ホーム・フライヤーズ、
1992年の日本ハム・ファイターズ で
監督をされています。
1973年の日拓ホームでは・・・・・
前期に指揮をとった田宮謙次郎監督が
25勝37敗3分 5位の成績で解任。
土橋氏は後期監督に二軍監督から昇格しました。
前期のスタッフからは
カールトン・半田ヘッドコーチ、杉山悟打撃コーチも解任され、
張本勲外野手がヘッド・打撃コーチを兼務、
神谷定男スカウトが現場スタッフに復帰という形になりました。
チーム背景としては、
前年20勝を挙げたエースの金田留広投手が
この年、兄の金田正一氏が監督に就任したロッテとは戦いたくない・・・と、
ロッテへのトレードを要求する爆弾発言。
(こんなことが許されてた時代なんですねぇ。。。)
金田留投手は7勝16敗という絶不調に加え、人差し指を骨折し8月にリタイア。
前期の6月16日に近鉄戦でノーヒット・ノーランを記録した高橋直樹投手、
ドラフト1・2位の新美敏投手、三浦政基投手、
巨人から移籍した渡辺秀武投手らを総動員。
前期不調だった打撃部門も
張本ヘッドの懸命の指導で大杉勝男内野手が復活、
千藤三樹男外野手ら若手も台頭して、
30勝32敗3分 で 南海と同率の後期3位になりました。
(通算では 55勝69敗6分 で5位)
惜しかったのは、
後期、他の4球団(阪急・ロッテ・太平洋クラブ・近鉄)とは、
ほぼ互角以上の戦いをしたのに(28勝21敗3分)、
前期5勝7敗1分と、それほど苦手にしていたわけではない南海に対して
後期は2勝11敗と大敗したこと。
前期並みの成績であれば・・・・・勝率5割越えも可能だっただけに惜しまれます。
ちなみに1973年後期は
前期にもたついた阪急がスタートから飛び出し、ほぼ無風のまま優勝。
前期に比べれば善戦し、
最後は3位に食い込んだ日拓でしたが、
優勝争いには全く関わりあえませんでした。。。。。。
上記の画像にあるとおり、
日拓の後期・・・・といえば「七色ユニフォーム」
前の記事で土橋さんの画像は白地にブルーラインのホーム用ユニ。
(上記画像では中央、藤原真投手の着てるユニ)
なんかブルー系のユニフォームはあまり着ることがなかったようですので、
上記画像左端、中原勇投手の着ている上下青地のビジターユニ同様、
貴重な画像みたいですね。
1960年後半から70年代前半の野球雑誌等を集めてますけど、
土橋さんのウィキや他の当時の雑誌等にも載ってるんですが、
結構、重苦しい話題が多いんですよね。
当時の関係者の話・・・ってことで、
現在ではちょっと信じられないような「話題」が載ってたりします。
「黒い霧」事件があったりして、
混沌としたプロ野球界であったことは違いないんでしょうが。。。。。
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