フランシス・ヴェベールの名前を『奇人たちの晩餐会』('98)( http://blogs.yahoo.co.jp/cinema365/42858845.html )で初めて「発見」したという方は多いのではないだろうか。かく言う自分もそのつもりでいたのだけれど、先日、樋口修吉の『シネマ倶楽部』(集英社文庫)という映画に関するエッセイを読んでいたら、すでに意外なところで出会っていたことに気づかされた。
同書で作家の宮部みゆきが、「子供が重要な役割を果たしている作品」というテーマでニック・ノルティ主演の『3人の逃亡者』('88)をあげているのだけれど、この作品の監督/脚本がヴェベールなのだ。また、アカデミー脚色賞にノミネートされた'78年のフランス/イタリア映画『Mr.レディMr.マダム』(96年にマイク・ニコルズ監督が『バードケージ』のタイトルでリメイク。年若い映画ファンにはこちらの方が通りがいいだろう)の脚本も彼が手がけている。実は、古くから日本に紹介されているのだ。
ダニエル・オートゥイユ演じるフランソワ・ピニョン(ヴェベールの映画の主人公は常にピニョンだ)はゴム会社に勤める平凡な中年サラリーマン。勤務態度は良好だけど、何の取り柄もなく、上司や部下からも空気のように軽んじられ、ついにはリストラを勧告されてしまう。書き加えればピニョン氏は妻には別居され、ティーンエイジャーの息子に会うこともままならない。まさに、八方ふさがりなんである。
そんな彼を見かねて隣人がトリッキーな救いの手をさしのべる。「ゲイだと公表すればいい。ゲイを理由に解雇されたと主張すれば社会的体面をおそれて社長は解雇を取り消すだろう」。もちろん、ピニョン氏はゲイではない。半信半疑ながらワラにもすがる思いの彼は、この作戦を決行。かくしてゲイの噂は社内中を駆けめぐり、ピニョン氏の周囲はにわかに浮き足立っていく……。
本作はいささか辛辣なブラックコメディと言えるだろう。ピニョン氏は普段どおりの無味無臭の男で何も変わらない。けれども、ゲイの噂だけが一人歩きして「彼はゲイであることをカミングアウトした勇気ある男」「彼を邪険に扱うと、ゲイ差別主義者のレッテルを貼られてしまう」などと一目置かれる存在になってしまう。
本作を象徴する印象的なシークエンスがある。ゲイのふりなどできないと訴えるピニョン氏を、隣人はこう諭す。「君が変わる必要はない。変わるのは君を見る周囲の人たちの目だ」。つまり、こういうことだ。僕ら現代人は他者を評価する判断材料としてその人の肩書きや社会的立場といった「外見」にしか目を向けず、その人の人格などまるで考慮していない。監督はそう言うのである。
監督はゲイ騒動に振り回されるピニョン氏と、その周囲の人たちの一部始終を下ネタを交えた緩急自在のユーモアで描きながら、同時に、他者を皮相的にしか判断することができない現代人の姿にチクリと釘を刺してみせる。フランス映画らしい風刺精神が小気味いい。
「中年男のビルドゥングスロマンス」を映画の着地点にすることで、こうした風刺精神は物語の底へと、そっと沈められ声高に主張することはないけれど、F・ヴェベールという監督は、実は気骨の人なのかも知れない。
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メルシィ!人生 (2000・フランス)
●監督・脚本/フランシス・ヴェベール
●出演/ダニエル・オートゥイユ ジェラール・ドパルデュー ティエリー・レルミット and ジャン・ロシュフォール
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これはずっと見逃しています。ところでダニエル・オートゥイユと ジェラール・ドパルデュー ががっちりと組んだ新作『あるいは裏切りという名の犬』が公開されます。楽しみですね。
2006/11/9(木) 午後 11:47
>Cartoucheさん。「メルシィ人生」はコメディとしてデコレートされていますが、本質は中年男性のビルドゥングス・ロマンス。「人は幾つになっても変わることができる」というメッセージが力強い佳作だと思います。「あるいは裏切りという名の犬」は久々、フランス映画が本領を発揮したフィルムノワールという感じで期待できそうですね^^
2006/11/24(金) 午後 10:50 [ 柴多知彦 ]
『Mr.レディMr.マダム』の脚本家だったんですか。これもゲイの話でしたよね。社会の中でのゲイの位置に興味があるんですかね。この映画の原題も「プラカード」なので、そこら辺りを主張したいのかもしれません。仰るように、声高でないとこが好感が持てて良いのではないでしょうか。トラバお返しします。
2008/3/16(日) 午後 6:18 [ - ]
>YAZさん。TBありがとうございます。
原題の「プラカード」とは、ゲイであることをカミングアウトした人を指す隠語なので、確かにゲイ差別(あるいは偏見)になんらかの問題意識のある監督なのかも知れませんね。それを声高に主張せずコメディに包んで提示する姿勢がスマートだと思います。
2008/3/16(日) 午後 11:56 [ 柴多知彦 ]
こんにちは!
こちらは、オートゥイユとドパルデューの意外な一面が観れて、凄く笑えたのですが、記事の太字の部分、ナルホドです。
ピニョンは勤続20年なのに、誰も彼の本質を理解していなかったことが悲しくもありますね(^^;
TBさせてくださいね。
2008/3/17(月) 午後 2:29
「プラカード」にそういった意味があるのは知りませんでした。勉強になりました。どうもです♪
2008/3/23(日) 午前 11:07 [ - ]
>YAZさん。
補足説明です。フランス語の「Placard」とは、英語の「closet」の意味であり、この「closet」が「ゲイがカミングアウトする」という隠語だそうです。隠れていた戸棚から出てくる、みたいなニュアンスなんでしょうが、日本人にはわかりにくいですね。
ちなみに、この映画の英題が「THE CLOSET」だそうです。
2008/3/24(月) 午前 1:48 [ 柴多知彦 ]
>Kimさん。TBありがとうございます。
ドパルデューもオートゥイユも、やはり名優はコメディを演じても達者なところを見せつけてくれましたね^^
『メルシィ!人生』というトホホな邦題のせいで損してますが、本当によくできたコメディだと思います。ハリウッドには逆立ちしても作れまい!?
2008/3/24(月) 午前 2:03 [ 柴多知彦 ]