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「エクレール お菓子放浪記」の上映が500箇所を間もなく突破しそう。
すでに上映を実施した箇所数は300ヶ所近くになっている。
そして3月をピークに200箇所を越える上映が決定している。
昨年の3月11日、この仕事ももう終わりだと
頭の中は真っ白になっていた。
そんな時に、届いた福岡市の方々の声
「博多どんたくは、空襲にあった博多の街の再興を願って大きくなった祭り。
その博多どんたくが、この大震災を見過ごすわけにはいかない」と。
商工会の方々を中心に、”市民の祭り実行委員会”は、この声を受け止め
およそ一ヵ月後に迫った博多どんたく前夜祭での緊急チャリティ上映を決定した。
”しっかりしろ!”と頬を張られたように思った。
震災の前日に完成披露試写会を行った虎ノ門ニッショーホールにすぐに電話。
事情を話し会場借用を申し出た。
関西の仲間にも経過を説明、大阪での緊急上映を提案した
”わかった。それなら大阪とちゃうで、神戸やで”
すぐに神戸新聞に相談をしてくれ、神戸での緊急上映が決定した。
4月26日、虎ノ門ホールでの緊急チャリティ試写会には
会場を埋める観客の方々
「何かできないかと待っていたんだ」
という役者さんたちがつぎつぎと集まった。
それからだった。
連日のマスコミ取材。
上映についての相談の電話。
”お菓子が日本中から消えてしまった戦争の時代
甘いお菓子の記憶に支えられて生き抜いた孤児の少年”を主人公に
“人と人との思いやりの心の大切さ”をテーマとした「エクレール お菓子放浪記」は
思いもよらぬ重い役割を持つ映画となった
愛媛・八幡浜の更生保護女性の会の方から
上映ができないかとある日電話が入った。
「300名くらいの規模で上映ができないか」
それがスタートだった。
製作委員会代表が足を運んだ話し合いで
地元の方々の思いは膨らんでいった
”市民に知らせきる運動にしたい”
その思いが、当初の上映会の目標を飛躍させた
八幡浜で2700名が上映会が実施されたのは
それから3ヵ月後のことだった。
昨年夏、横浜の試写会に参加されたお母さんから電話があった
まったくの個人で、上映会の経験もないけれど
地元の川崎市幸区で上映会を実現したい!
2度、3度と足を運び話し合った
お母さんは先ず自分の周りの知り合いに声をかけていった
“もうどうしていいかわからない”と愚痴をこぼす瞬間もあった
動き始めて3ヶ月。
ピクリともしないように見えた彼女の足元から
大きな変化が起こっていた
区役所から”復興支援運動”の中に位置づけて
区として全面的に支援しますとの連絡が入った。
それまで見えなかった地域の様子が
少しずつ見えてきた
“まったくの素人”の思いが確かに伝わり広がっていった。
船橋上映を皮切りとした千葉県での上映も急速に広がりを見せている
ロータリークラブを主催者とする成田での上映が
読売新聞で報道されると、県内のあちこちで反応が広がっていった。
県都千葉市では、ライオンズクラブの方々が中心となり
震災一周年にあたる3月の上映が急遽決定し
一気に広がりを見せようとしている。
そんな動きが日本中の500箇所で起きているということだ
以前にブログにも書いたけれど
3月11日の大震災の直後
麻布十番のマーケットの前で
ボール紙にマジックで“被災者支援”と書き込み
立ち尽くす男女3人の若者の姿があった
その姿に涙がこぼれて仕方なかった
あの日から、日本は変り始めたと私は感じている
その前年、”勝ち組・負け組”などと根拠もなく区分けする言葉が飛び交っていたこの国は
変らなければならないし、変えなければならない
震災から2ヶ月くらい経った時
西日本新聞の社説の見出しに
「遠くにあって思い続ける」と言う言葉があった
間もなく1年。西日本新聞の言葉に重ねて思う。
“どんなに時間が経とうと思い続ける”と。
麻布十番に立ち尽くす若者に教えられた
「微力ではあっても無力ではない」ことの大切さを
自分のことを後回しにする被災地の人々に教えられた
「物や金じゃなく、人が人を救う」ということを。
大震災から間もなく1年。
映画「エクレール お菓子放浪記」の上映の広がりを前に
改めて自分の心の中を確かめてみた。
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無題
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28日より渋谷アップリンクで「イエロー・ケーキ」の公開がスタートした。
昨日は、人形峠ウラン残土撤去運動を進めてきた
1回目の上映終了後、フリーライターの土井淑平さんのトークが行われた。
右側が土井淑平(よしひら)さん。
真ん中はヨアヒム・チルナー監督。
記者会見の光景。
土井さんは元共同通信記者。
1980年に、生まれ故郷の環境と平和を守りたいと鳥取支局に移動。
定年まで記者をしながらウラン残土撤去運動などの活動に参加されたという。
知らないことだらけ。
人形峠でウラン採掘が行われていたことは何となく記憶にあったけれど
それがいつ終わり、どんな問題がその後に残ったのかについては
ほとんど耳に入ってこなかった。
1955年に人形峠でウラン鉱発見
1957年ウラン採掘開始
1963年東海村動力試験炉臨海。
1966年商業用東海村原発運転開始
人形峠のウラン採掘は、
およそ10年ほどで採算に合わないことから中止され、廃坑となった。
残されたのは、延べ1000名にのぼる採掘労働者の被曝
そして45万立方メートルにのぼる採掘後の残土であった。
200リットル入りドラム缶225万本分ということである
ウラン採掘にあたって発生するラドンは
採掘労働者の肺に取り込まれガンを引き起こす
人形峠1000名の労働者の内すでに70名にのぼる方がガン死されているという。
1988年に人形峠周辺でウラン残土が放置されていることが発覚
地元の方面自治会が残土撤去を要求。
1990年には、動燃が自治会と残土の一部について撤去協定を締結した。
問題はそれで終わらなかった。
撤去する残土の行く先が決まらない。
業を煮やした地元自治会は裁判闘争に。
地裁、高裁、最高裁と勝訴判決を積み重ね
残土撤去が完了したのは、締結から17年後の2006年
(そもそもこれでどうして”法治国家”といえるのか。この間被曝の危険性にさらされ続けてきたわけだ。)
原発は“トイレのないマンション”とよく言われる
使用済み核燃料や、放射能汚染物質の処理方法がないことを言うわけだけれど
それどころではない、その入口から解決できない問題を抱えているというわけだ
国連科学委員会では、人類最大の被曝は、
ウラン鉱山の鉱滓と指摘しているそうである。
「イエロー・ケーキ」には、世界中に広がるその現実が取り上げられる
旧東ドイツのウラン採掘会社ヴィスムート。
ここでは、放射能の危険性について
労働者にも、住民にも隠して採掘が行われていた
会社と国家が一緒になって隠していたというわけだ
ナミビアでは、被曝の不安を抱えながらも
その労働で得られる生活を維持するために
鉱山での労働に従事する女性たちが映し出される
オーストラリアでは、先祖伝来の土地を取り戻すべく
採掘会社と闘うアポリジニの女性リーダーと
支援の人々の闘いが取り上げられる。
長い時間をかけて交渉した末に
ようやく取材に応じた鉱山経営者は言う
「新しい鉱脈が見つかった。これであと100年は、
会社と株主に莫大な利益をもたらす」と顔をほころばす。
彼らの目には、その結果広がる膨大な鉱滓の池や
ボタ山の連なりは入っていないようである。
結局のところ行政も、
“社会全般の利益”を対比させ会社の片棒を担ぐ。
人類全体の未来を危険にさらしてまで得られる”利益”とは
いったいどんなもので、誰の手にあるものなのだろうか。
25日に東京ドイツ文化センターでお会いした
「イエロー・ケーキ」のヨアヒム・チルナー監督は
会場からの質問に対し丁寧に答えられていた
※ 左は、「ミツバチの羽音と地球の回転」の鎌仲ひとみ監督
右は、山本太郎さん
真ん中が、「イエロー・ケーキ」のヨアヒム・チルナー監督。
「専門家と呼ばれる人たちに頼らないでください。
彼らはこれまで隠したり嘘をついてきたのですから。
皆さんは、自分の感ずるところに沿って、声を上げ、行動をしてください」
たしかにそうだ
”原発神話”がまかり通ってきたのは、その結果ではないか
“科学の最先端”に居る人々が
何となく感ずる不安を”素人”扱いをして
口をつぐませてきたのではなかったか
原子力エネルギーの開発研究に
世界各国と比べても日本が異様なほどにのめりこみ
再生可能エネルギーの可能性を
低く低く見せてきたのはいったい何のためだったのか
世界でも1,2を争うほどに
再生可能エネルギーの可能性を持つ
と日本が言われていることに驚いた方は少なくないだろう
しかしよく考えてみるならば
海に囲まれ
有数の火山地帯にあり
列島を縦断する山脈、そこから流れ出す水量豊富な河川
本当は、日本はまれに見る資源大国ではないのだろうか
わざわざその可能性に覆いを被せてきた力はなんなのか
考えざるを得ない。
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毎日新聞にがっかりだ。
原発関連の記事をがんばっているなあと
今週に入ってから毎日新聞を買い続けてきた
でも今日の毎日は最悪。
先ず一面トップ。
大見出しで
「徐染14年3月完了」
確かにその下には中見出しで
「住民帰還は不透明」と言う指摘も行っているけれど
そもそも住民帰還のための徐染ではないのか
だとしたら、この徐染計画そのものが
”まやかし”と言うことではないのか
それよりもがっかりしたのがこの日の社説
「首相と谷垣総裁」「協議は充分可能では」
と見出しにうたう。
社説は言う。
先ずは民主党の公約違反について指摘をし
こうした批判についての野田首相の答弁は
”強弁を弄するもの”と切り捨てる。 ※ 強弁ではなく詭弁ではないのかなあ?
その一方で、谷垣氏の主張を聞くと
民主党と問題意識を共有できることが多くある。
谷垣氏の主張する解散を行ったとしても
両者の違いは有権者にはわかりにくい、と続ける
違いがわかりにくいのではなくて
同じ様な政策の党だということが
有権者にいよいよ明らかになってきたと言うことではないか
結局、政治改革などと称して
小選挙区制を通したわけだけれど
そこで争われるのは
基本的な政策において違いのない
第一党と第二党の“交代ごっこ”でしかない
そんな二つの政党が小さな違いを”乗り越えて”行き着く先は
消費税増税と言うことだろう
財政再建しかり、原発問題しかり
これまでの責任者と、現在の責任者が手を組んだら
あーなんだk気持ちが滅入ってきた。
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23日付毎日新聞
前日の紙面にひきつけられ
ついついコンビニで購入したら
めにとびこんだのが
「電力6%余裕伏せる
再生エネ除外 『不足』のみ公表」
ちょっと力を込めて読んだせいか
しわくちゃになってしまっているけれど
一昨日に続いて、毎日はがんばってますね
スピーディのデータを公表しなかったことが
問題にされたけれど
実は、アメリカには提供されていたとか
言うことも最近になって明らかにされた
こうした情報操作が
結局は政府のあらゆる施策への
不信を広げていくことにつながる
昨日報道され衝撃を広げている
”今後4年以内に、マグニチュード7クラスの
東京直下型地震がおきる確立70%”
と言う情報も実は、昨年秋には
発表されていたことだという
と言うことは読売新聞が報じなければ
この情報も、知らないままに過ぎていったということか
と言うことは...
政府とマスコミが連係をとるならば
いったいどんなことになってしまうのだろうか
消費税増税問題について
そんな臭いを感ずるのだけれど考えすぎだろうか
ここのところの消費税増税に
マスメディアが一斉に論調をあわせているように
感じているのだけれど....。
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先日、この国のマスコミはいったいどうなっているのかと
批判がましいことを書かせていただいた。
で、昨日のこと友人から毎日新聞がすごいことを書いていると
メールが入ってきた。
さっそく毎日新聞を広げてみた。
「原発推進11大学に104億円」
1面トップ、目に飛び込む大きな見出し。
東京大学や京都大学など原子力関連研究に対し
国や原子力関連企業から
この5年間に提供された資金の金額とのこと。
「『原子力推進』に沿う限り
研究資金を安定的に得られる仕組みで
大学が国策に組み込まれている構図が鮮明になった」
と毎日新聞は報じている
ため息をつくしかない。
専門家、あるいは研究者と呼ばれる方々の
見解を客観的で公正なものと
考えるからこそ
テレビや新聞がコメントを求めるし
私も耳を傾ける気になる
いやはや...
それにしても毎日新聞の1月22日付けはすごい
14面、15面には見開きで
「政官業学結ぶ原子力マネー」との見出しで
この4社を結ぶ構図をデータを交えて特集している
中でも驚くのは、各国の原子力エネルギー開発費のグラフ
欧米各国が年毎に原子力の比率も額も減らし続けているのに対し
日本のそれは1985年以降
エネルギー開発費全体に占める比率も金額も突出している
日本は総予算の69%を原子力関連に投じ
ほぼ同規模予算のアメリカは、
なんと日本の3分の1以下の18%
ちなみにアメリカがもっとも予算を割いているのは
省エネルギーの研究開発で29%
再生可能エネルギーが27%と続く
原発大国といわれるフランスでさえ、全体の44%
金額では日本の5分の1強である
原子力に偏向する日本の異常さが際立つ
結局、金の流れにすべて沿ってきたのが日本と言うことか
この金の流れがいっそうにエネルギー行政を歪めた...
今日、茨城の友人の電話を思い出す
東海村の議会選挙で
原子力に反対と言うならば
それに変る産業と仕事をどうするのかを示せ
と言うキャンペーンがどこからか広がり
結局、原発反対派が大きく票を減らしたということだった
まさに、開発費をはじめとしたこの膨大な金の流れを
国家レベルで変えることなく
原発をなくすことはできないし
代替エネルギーの道も開けない
昨日のサンデープロジェクトで
女性のコメンテーターが最後に発言されていたけれど
“孫、子の代にツケを回すな、
と消費税増税を言う野田総理は
それこそ孫子の代にツケを回す原発について
ほとんど発言しないのが不思議で仕様がない”
まったくの同感。
マスコミ批判を時たまするけれど
毎日新聞しかり、TBS「サンデープロジェクト」しかり
いい仕事してることも認めないと...
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