周蒼・残日抄

何時死ぬか判りませんが、その日までは莞爾として

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映画「怒りの葡萄」

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映画「怒りの葡萄」

久しぶりにこの映画を観た。
3回目か4回目である。
はじめて見たのは、学生時代。(三十数年前)
たぶん池袋の文芸座で、巨匠ジョン・フォードの特集・オールナイト5本立。「駅馬車」「黄色いリボン」「荒野の決闘」「捜索者」といった名作の中で西部劇でないこの映画が、ひときは異彩を放っていた。

文芸座の地下劇場では、溝口や小津を研究しているアメリカ人の留学生と知り合いになったり、ゲイのおじさんに狙われたり、いろいろあった。
土曜日の夜10時から朝5時半頃まで、居眠りすることもなく観続けた。
誰もいないスクリーンに向かって「よーし!!」「ナンセンス!!」などと
大声を出しながら、周囲の共感を煽るのである。
しかも当時、映研だった僕は大声を出せば出すほど映画青年の使命を
果たしたような、ヒロイックな気分に浸っていた。
その青春の覇気や良しと云いたいところだが、いま考えればはた迷惑も
よいところだ。しかし当時は、それが学生たちの当たり前なオールナイトの楽しみ方だった。

原作はノーベル賞作家、スタインベックである。
1939年に初版が発行されその同じ年にこの映画は製作されている。
翌年にスタインベックはピューリッツア賞を受賞しているが、この映画の
貢献も大きかったに違いない。

主演のヘンリー・フォンダは、若くかっこいい。
遥か地平線に延びる荒野の一本道を、彼が歩いてくるファーストS♯は
印象深い、それ以後の多くの映画に使われている。
「用心棒」の三船、「ランボウー」のスタローンしかりであるが、映画の文法として冒頭の
シークエンスに主人公が印象深く登場する映画には、名作が多い。

昨今も大恐慌と言われているが、1929年10月にはじまった本物の世界大恐慌で1930年代初頭の凶作が追い討ちとなって、米国中西部の小作人たちの土地と家を地主と銀行が奪い去った。生きるすべを奪われた人々は、整備されたばかりのルート66をたどって、カリフォルニアを目指した。10万人と言われる難民たちは、大きな犠牲を払って約束の地にたどり着く。しかし彼等を待っていたのは、さらなる搾取と暴力だった。

日本でもこの頃、東北の農民の娘たちが多数身売りをして家族を助けたが
土地は奪われなかった。
その後、米国はニューディール政策でこれを乗り越えようとした。
日本は、大陸に進出することで解決を図った。
二つの国の運命は、この時決まったのかもしれない。
やがて片方は勝ち、片方は敗れた。

映画のラストシークエンスで、主人公トム・ジュードは「生きるために闘う
民衆がいる処に、自分は常に居る」云い。
トムの母は「私たちは何があっても生き抜く、民衆は負けない」と語る。
なんという勇気だろうか、「七人の侍」のラストで、勘兵衛(志村喬)が
「勝ったのは、あいつらだ(民衆)、俺たちは風だ」と言う。
巨匠黒澤明の胸に、トムと母の残したこの言葉が、深く刻まれていたに違いない。

僕はこの映画を、あと何回観ることに成るのだろうか?

映画「道」

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映画「道」

この映画、時がたてば経つほど、心に染み込む映画です。
旅回りの大道芸人と精薄の女をめぐって、人生の悲哀を語るこの映画は、1954年ヴェニス映画祭・銀獅子賞、56年アカデミー最優秀外国映画賞を受賞しています。
「無防備都市」「戦火のかなた」のシナリオを執筆したフェデリコ・フェリーニとトゥリオ・ピネリが原案、脚本を書き、その後世界の巨匠となったフェリーニが監督しました。
初めてこの映画を観たのは、30年以上も前のことです。池袋の文芸座で、雨降りの激しいフィルムだったのを憶えています。
数年前のある日のこと、いつもはホラー映画しか観ないような僕の妻が突然「道」のDVDを買い込んできて、何回も何回も繰り返して観ているのです。20回ほども観たと思います。どうしてそんなに続けて観るのかと聞くと「ジェルソミーナがとってもすごいの」と云います。確かにと僕も思いました。
いくら良い映画でも20回観るのは、苦痛でしかありません。しかしこの映画には、そうさせる魔力(魅力)があるのだと思います。
ジェルソミーナとザンパノ、二人の道はついに交わることはありませんでした。僕たちの人生にも、けして交わらなかった道があります。また願っても届かなかった強く切ない思いがあります。
それらのものが、この映画の奏でる琴線に深く共鳴するのだと思います。
たしかにジェルソミーナとザンパノが背中に担う十字架は、原罪かも知れません。
しかしこの映画の底流に流れるものは、仏教的な諦観(あきらかに観る)に近いものだと思います。生きるもの全てに生きる意味があり、無意味な人生はけしてない。
ジェルソミーナに優しくしてくれるキ印の青年が「こんな小石でも、何かの役に立っている」と語りかけます。
精薄で名も無き存在のジェルソミーナの生と死の中に、大きな意味を気づかせてくれます。ロベール・ブロッソンの「少女ムシェット」を観た時と同質の激しい衝撃を秘めているのです。
恥じることもなく罪を繰り返すザンパノ。その男に踏みつけにされる純真無垢な天使ジェルソミーナ。お互いが辿る「道」の彼方に、二人が求めた愛はあったのでしょうか・・・
キ印の青年が奏でた”ジェルソミーナの歌”は、この映画を観た多くの人々の心の中に流れ続けているのだと思います。

映画「長江哀歌」

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映画「長江哀歌」

名作と云うわけではない。しかし、やけに忘れがたい映画です。2006年ベネチア映画際で金獅子賞を受賞している。
原題は「三峡好人」、三峡ダムや李白、杜甫の漢詩で有名な揚子江・三峡の善き人々との意味である。大きなダムが出来てその湖底に沈む村や町のドラマは、これまでにも幾つかありました。
この映画も長江の景勝地である三峡、二千年の歴史を持つ古都・奉節が舞台である。
2005年、もうすぐ水没するこの街に16年前に失踪した妻と娘を探しにやってきた炭鉱夫のサンミン。ここへ来て初めて妻の兄に会うのだが、遠出している妻を待つ為に土工として働くことに成る。一番会いたかった娘は、すでに自立して遠隔地に暮らしていた。
水没する家々を重機を使うことも無く、ハンマーひとつで解体してゆく土工達。サンミンが仲間たちとも打ち解けた頃、また一人の女がこの街を訪れる。女の名はホン。別居して2年になる夫に会いに来たのだ。知人の案内でようやく探しだした夫は、別の女と暮らしている。ホンは離婚の決意を告げて、雄大な長江をみつめながら船で重慶へ帰ってゆく。その途上に、李白の漢詩で有名な白帝城がある。

「早(つと)に白帝城を発す」 
朝(あした)に辞す白帝彩雲の間
千里の江陵一日にして還る
両岸の猿声啼いて住(や)まざるに
軽舟已(すで)に過ぐ万重の山

この白帝城の800段の階段は今、半分水没しているそうだ。 
また「三国志」で劉備が、死の直前に息子劉禅と国事を諸葛孔明に托したのも、この白帝城である。
中国と云う巨大な運命が、歴史も人々の人生も飲み込んで流れてゆく。経済発展の恩恵に預かることも無く、政府の方針によって水没する街に生きる人々。そしてその家々を解体する土工達。去る者があれば来る者もまたある。やがて、サンミンの妻もようやく帰ってくる。この街で船会社のオーナーの女中をしていた妻は、16年前に3000元でサンミンに買われて妻となった。サンミンが「どうして逃げたんだ?」と聞く、妻は「あの頃は若くて我慢ができなかったの」と応える。今は後悔していると云う妻に、サンミンは優しく「帰ろう」と云う。二人はまた、夫婦として山西省で暮らすのだろうか・・・。サンミンはまた、炭鉱夫として事故率、死亡率世界一と云う悪名高い炭鉱で働くのだろうか・・・。
たとえそうだとしても、16年間の孤独に比べれば夫婦が共に暮らすことのほうが、幸せなのに違いない。貧しい中国の庶民の生活と人生にほのぼのとした灯りががともる瞬間である。悠久の長江の流れに、二千年の間繰り返された苦しみと悲しみが哀歌となって響くのだろうか・・・。

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