宙へ!!

TAKARAZUKAのある暮らし。

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紫禁城は観客のいない劇場であった
でも俳優たちは舞台に残っている
そして空しい熱演をくり返すだけだ

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作品中にあるこのナレーションが、
作品の最初3分の2くらいの印象を端的に表しているなと思いました。
多くの大王朝の最末期は概ねそんな感じなのかもしれないですが、
清という国のスケールや未知な領域の巨大さ、
その文化風習を外界から見たときの異様さが
観客のいない舞台で繰り広げられている芝居の空しさを
残酷なまでにより鮮明にしていたような気がします。

映画に「紫禁城の黄昏」という本を執筆した皇帝の家庭教師が登場しますが、
彼はその観客のいない劇場で繰り広げられている空しい熱演を
舞台袖から傍観しているような存在だった。

今やっている清時代のドラマが
ある程度「現代風」に調整されているのは理解しながら見ているつもりですけど、
この映画を見ながら、ああ私が今まで受け付けなかったこの時代のこの国の雰囲気は
このイメージだと思い出した気分でした。

ただ、見ながら不思議な感覚だったのが、
台詞が全て英語、俳優が現地の人じゃない・・ということそのこと自体ではなくて、
それによって、あくまでも外国人が作った映画であるということを
意識しながら見られるのが逆に面白いと感じたこと。
一体この世界観のうちリアルな度合いはどれくらいなんだろう?と
常に一歩引いて懐疑的に見るのが面白かったです。
外国人だからこそ客観的に真実を描けるのか、
外国人だからこそ先入観や偏見が混ざるのか。


あとは、本物の紫禁城で撮影したというだけあって
映像のリアリティーがすごい!
徳川慶喜の大政奉還を二条城の中で撮影するようなものですからね。
それどころのスケールじゃないか。
紫禁城の姿を美しく鮮烈な映像でフィルムに残したというだけでも
あの映画の価値があると思います。


さて、GWの10連休も始まりました!
始まったが最後、一瞬で終わると思うけど
とりあえず『キングダム』見に行こ

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