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殆どの読者にとって孕石という姓は馴染みがないのではないかと思う。
この姓を持つ一族は静岡県中西部に集中しているのだが、滋賀彦根、高知にも同姓の一族が存在している。どのようにして一族が興り、彦根や高知に広がったのか、我が家のルーツについて調べてみた。
まず、孕石という名前にちなんだ史跡が集中しているのは現在の掛川市である。
JR掛川駅の東北の山間部には孕石と名のついた字(あざ)がある。歴史を紐解くと、この地には孕石城が丘陵地帯に建てられていたらしい(写真)。また、この地には孕石神社という小さな社が残っている。少なくともこの地に孕石の姓を名乗る豪族が拠点を構えていたらしいことがこれで分かる。
次に、JR掛川駅の北西の吉岡というところに「春林院」という曹洞宗の寺院があり、遠州33霊所の1つとされている。この寺院は15世紀に建立されたようだが、当時この地域一帯を支配していた豪族=地頭である原一族の菩提寺とされている。この寺院には原氏から始まる孕石氏の家計図が残されていて、15世紀頃から原氏より孕石氏が分岐したとされている。
その後の歴史で名前が頻繁に出てくるのは、孕石和泉守(主水)元泰である。
徳川家康の記録を綴った「三河物語」、これを素材にした山岡荘八の「徳川家康」、新田次郎の「武田勝頼」などに孕石主水の名前が出てくる。元泰の名前で想像できるように、主水は今川義元の重臣の1人として名前が残っている。幼き松平竹千代(後の徳川家康)が今川義元の下に人質に出されていた時、家康の鷹場が主水の鷹場の隣だったらしい。主水は幼い人質の家康に厳しく接したようで、その経緯が後の主水の物語になっている。
今川義元が桶狭間で織田信長に討ち取られてから今川氏は急速に勢力を失い、武田信玄の支配下におかれ
た。孕石主水も武田信玄の配下となり、地元(当時の織田・徳川連合と武田との国境であっ遠州掛川地方)を任された。その後、孕石主水は武田氏滅亡の発端となった長篠の戦いの後、激戦となった遠州高天神城(JR掛川駅の南)の奉行として戦ったと記されている。兵糧攻めの結果、高天神城内の武将は城を出て戦い落城した。この時、主水は不運にも捕らえられ家康の前に引き出されその場で切腹したと伝えられている。
武田氏滅亡後、孕石主水の子、元成は井伊直正に召抱えられ彦根に渡ったとされている。
なお、彦根藩の藩士となった孕石元成の子孫は後に「番町皿屋敷」として江戸時代に怪談にされた藩士の嫡男、孕石政乃進とお菊との悲恋物語が残されている。
孕石主水の孫は掛川地域を支配することになった山之内一豊に仕えたようだ。関が原の戦いで武功を立てた一豊が家康から土佐1国を賜った時、一豊の家臣として孕石主水の子孫が土佐に渡ったとされている。
この辺りまでは調べがついた。
その後の孕石一族の歴史については資料も乏しいく洋として知れない。
それでもルーツが分かったことでこれまでのもやもやが少しは晴れた気がする。
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孕石政乃進の子孫を調べている人が浜松にいます。
今日その方が金谷の大代に来て話されました。
何か政乃進の子孫をご存じありませんか
2010/5/22(土) 午後 8:59 [ ktok ]
昨年彦根に旅行した時に少し当ってみたのですが分かりませんでした。最近はルーツ探しをそれほど熱心にやっていませんのでお役にたてません。本家の菩提寺は掛川の春林院ですのでそこで何か分かるかもしれません。
2010/5/22(土) 午後 9:36
今日初めてこのブログに辿り着きました。こんなにも詳しく孕石のルーツを調べるなんて凄いですね。その努力に敬意を表します。お陰さまで長年のもやもやがすっきりしました。有難うございました。
2011/8/30(火) 午後 8:45 [ cap*io*4 ]
孕石のルーツに関心をもっていただきありがとうございます。ヤフー検索で孕石を検索すると上記のような歴史と共に、現在活躍している孕石の子孫が大勢出てきます。連綿と続く歴史を背景にもつ日本人は幸せですね。
2011/8/31(水) 午後 3:01
母方が孕石のものですが、板垣退助の娘が孕石家に嫁いでいます。
2011/10/15(土) 午後 1:06 [ hiro ]
番町更屋敷関係のことですが、祖母が以前割れた皿を幼少の頃親戚のうちで見たことがあったそうです。
もうひとつ、政乃進はお菊さんを切った刀を妖刀としてお寺に収めていると聞いたことがあります。
2011/10/15(土) 午後 1:12 [ hiro ]
hiroさん、情報ありがとうございます。彦根に次回行った時に彦根の孕石の菩提寺を探して訪ねてみたいと思います。
2011/10/15(土) 午後 1:35
はじめまして。今日初めて辿り着きました。実は私の母の旧姓が孕石で調べていて辿りつきました。掛川ではないものの実家は静岡県内です。おきくさんと関係あったなんて・・・これからもよろしくお願いします。
2012/8/5(日) 午前 10:10 [ jul**ncely ]
江戸時代中期から続く孕石を名乗る家の物です。
とにかく幼少期から名字を珍しがられましたが、自分のルーツを知ることが出来て大変ありがたく思います。
今後も何か分かりましたら是非記事にして下さいね。
2017/8/23(水) 午後 6:14 [ jnr***** ]