昨日、AFS15期生のリユニオンがあり出席した。
戦後間もなくのアメリカで、世界中の高校生を1年間米国各地に留学させ、米国の真の姿を知ってもらうと同時に、民間レベルで世界平和に貢献しようという主旨で、American Field Service(AFS)という民間財団が設立された。日本では、1953年以来、日本全国から選抜した高校生を毎年留学させてきた。最初の20年ほどは文部省の傘下で公的留学機関として運営されていたが(したがって、渡航費は文部省が負担した)、その後は民間の公益財団に切り替えられて現在に至っている。
私はAFSの1968−1969年の1年間、15期生としてマサチューセッツ州ボストン近郊にあるケープコッド先端の避暑地として有名なChathamの高校に派遣され、同校で4年生を過ごし卒業した。米国での1年間は殆ど日本人と話す機会もなく、ホストファミリーや同級生達と英語漬けの生活を送ったが、英語を習得した以上に、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフの素晴らしさに触れ、また、世界中の才能豊かな若者との交流を通じて、明らかに人生観が180度変わった。当時は、ヴェトナム反戦運動、黒人市民権運動が最高潮に達していた時期で、それに反発する勢力によるマーチン・ルーサー・キング牧師の暗殺、ロバート・ケネディ上院議員の暗殺、ハーレム暴動という血なまぐさい事件も起こった。一方、反戦・反社会体制の動きが社会全体を覆っており、ヴェトナム帰還兵などを中心にヒッピーが大量発生し、自由を求める若者を中心に、ロック、絵画、クラフトなど芸術文化運動も起こっていた。
ヨーロッパでは、ソ連軍にようるチェコスロバキア民主化運動弾圧の「プラハの春」やフランスの学生達による反権力運動「5月革命」が起こった。日本でもこれらの動きに呼応するように、東大安田講堂事件が起こった。
このような時代背景で異文化に触れた衝撃は、当時、高校3年生であっただけに非常に大きかった。AFS留学を契機に、進路を大きく変えたリターニーも多かった。
昨日のリユニオンは、帰国後42年振りとなるもので、大半の参加者は殆ど初対面のような印象だったが、青春の一時期の思い出を共有する仲間として直ぐに思い出が蘇ってきた。
現役の大使が数名、医学者や院長、大手金融機関の役員経験者など成功者も大勢いる一方で、自由業や専業主婦を選択した人もいて、それぞれの40数年の人生の重みを感じた。
今後、2,3年に一度の間隔で、リユニオンが開かれて行くことになると思うが、全員現役から退き、「無所有」の歳を重ねた青春に戻った時に、どのような付き合いができるか、今から楽しみにしている。
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