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9月23日から1泊で八尾の「月見のおわら」を観に出かけたのだが、今回も家内が見守ってくれているのか、前々日の台風一過の秋晴れに恵まれた。家内が亡くなってから半年ほどした後から菩提供養のためお寺参りを始めたが、四国お遍路の2日目に降られた以外は、前後が雨模様でも必ずと言って良いほど天候に恵まれた。初めてのお遍路で雨に降られたのは、お遍路の意味を私に体感させるためだったように思う。この時は雨の中、参拝しながら感動で涙が止まらなかった。
殆ど毎月旅行に出かけているのでこのように天候に恵まれるというのは、人知が及ばない不思議な働きがあるとしか思えない。特に、今回は家内と一度は観に行きたいと話し合っていた「風の盆」を、家内の命日と彼岸に当たるタイミングで観にでかけたのでその思いが強かった。
今回のツアーでは、新幹線で信州上田まで行き、そこからバスで上信越道、長野道を経て富山に至る予定だったが、先週の台風の影響で長野・松代インターより先が不通になっていたため、オリンピック道路を使って、白馬、糸魚川経由の国道を使うことになった。
白馬は家内とそれこそ何十回も訪れた場所だが、白馬に近付くに連れ連れ思い出が蘇ってきた。このようなルートをとらせることで、家内がすっかり足が遠くなった白馬をもう一度私に見せてくれたような気がする。八方尾根、栂池、白馬五竜のそばを通ると思い出が蘇り、その時の家内の声が確かに聞こえたように思う。
白馬を抜けた山間では、山の中腹に綺麗な虹がかかっているのを2度、目にした。あの時の家内に会いに来た私を出迎えてくれていたようだ。
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思い出の記
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昨年事情があって中断していたお遍路を再開した。
土佐霊場では、37番岩本寺からスタートし、足摺岬先端の38番金剛福寺、39番延光寺、40番観自在寺と巡った。霊場は、厳しい自然の中で、修行の果て辿り着く極楽浄土であり、人生を象徴している。足摺岬の荒々しい自然の中にも、人を優しく包み込む仏の心が潜んでいる。荒々しい自然の中を四万十川の清流が穏やかにキラキラと輝きながら流れている。
巡礼を重ねさがら心が洗われて行く自分が感じられる。
伊予に入ってからは、41番龍光寺、42番仏木寺、43番明石寺、44番大宝寺、45番岩室寺、46番浄瑠璃寺、47番八坂寺、48番西林寺、49番浄土寺の9カ寺に、番外8番の霊場十夜ヶ橋を巡った。
土佐の荒々しさ、雄大さに対して伊予の国は何とたおやかな優しさに溢れていることか。宇和島から松山に向かう海岸線は宮城の松島のような美しさだ。日本の自然は本当に美しい。
そんな美しい伊予の国でも霊場は厳しい自然の中にある。44番の大宝寺、45番岩室寺は岩山の中腹にあり、難所として名高い。険しい遍路道を苦労して登り、漸く辿りついた本堂と太師堂で祈りをささげる。
お遍路は弘法大師と「同行二人」の救いを求める修行だが、いつの間にか、今は亡き家内や母と共に歩いている自分を見つける。本堂と太師堂で捧げる祈願には自分のことなど入る余地がない。暫くは家内のことを念じ冥福を祈っていたが、霊場を巡る内に、亡き父母や兄姉、祖父母、若くして失った友人やこれまでに一緒に生きてくれたペットのことまで祈るようになってきた。仏は自然に忘我利他の心を思い出させてくれているような気がする。
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浦安の我が家も液状化の被害にあった。家の傾斜は1%未満で、新基準で半壊の罹災証明書が出た。これだと公的な支援金はなく、融資のみが受けられる。家の傾きには慣れてきたので当面は何もせず、2,3年後の建て替えを検討しようと思う。
門や壁などの外回りは見苦しいので応急処置をした。玄関の部分は細かくみれば色々問題はあるが一応、元の状態に戻すことができた。
何より嬉しいのは家内が大切に育てていたバラが今年は見事な花をつけたことだ。地震の影響という人もいるが、人の気持ちが植物に伝わり、それに植物が懸命に応えようとしているような気がする。バラの前に開花期を迎えたハナミズキも、今年は無数の純白の花を咲かせて慰めてくれた。自然は厳しさと優しさを併せ持ち、時折その姿を我々に見せてくれる。執着する心を捨て去れば、自然の優しさを素直に喜ぶことができる。
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今年1月、18歳で亡くなった愛猫、チョコにそっくりの黒猫を見つけた。首輪もチョコが最後につけていたものに良くにていて、偶然にしては出来過ぎ。
今朝明方に家内の夢を見た。亡き母と家内がダブったような夢だった。昨日の「母の日」に娘が仏壇にお花を飾っていたことが関係あるかもしれない。
無聊をかこつ私のことを心配して、チョコを見せてくれたのか。
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