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それぞれの山頂ものがたり
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2016/10/27(木)〜28(金)
谷川岳〜茂倉岳〜茂倉岳避難小屋泊(往復)

【天候等】
天気・1日目 ガス・強風
天気・2日目 曇り
気温・1日目 4℃(日中)
気温・2日目 3℃(朝)
室温・1日目 9℃(夕方到着時)
室温・2日目 5℃(朝方出発時)

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茂倉岳避難小屋

【茂倉岳避難小屋】
水場の状況:2リットル汲むのに5分
小屋の状況:ゴミ一つ落ちていない。
      利用者のみなさんのモラル+管理している蓬ヒュッテの方に感謝!
利用の協力金:500円
トイレ使用料:100円
当日の利用者:他になし(独占)

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谷川岳

【谷川岳・肩の小屋】
接客態度(1日目):休憩室利用。退去時コース状況を説明してくれる。
    (2日目):2組の来客あるがたわいのない携帯での会話が止まらず、数
          分間片手でお湯を注ぐなどしている。
コーヒーの味   :電話をしながら作ったコーヒーがうまいはずがない。
          あまりにも薄く、これで代金徴収というのはひどい。
総評       :紅葉の季節、多くの来客で大変でしょうが、金をとるならお
          いしいコーヒーをお願いします。
補足       :前回の南アルプス・光岳の帰路、山道の脇にあった
          秘境カフェ&パン・CASSO横沢
          で飲んだコーヒーはうまかった。目の前でドリップしてくれ 
          る。そこまでは求めないが、水に色を付けたようなコーヒー
          だけはいただけない。「CASSO」=「過疎」とのこと         
2016.10.11〜14
南アルプス・畑薙ダム〜茶臼岳〜光岳(往復)

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シーズンが去った山はいい。
人が極端に少ない。
静かだ。
そんな山に行きたく深夜車を走らせる。

行き先は南アルプス・光岳(てかりだけ)。
今回で5回目の光岳となる。
何といっても小屋がいい。
きれいで清潔だ。
冬季小屋として全館が解放されている。

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1日目は茶臼小屋まで進む。
宿泊者は5人。
全員が翌日光岳に向かう。

2日目の光小屋の宿泊者は3人。
前日は5人ほどが宿泊したらしい。

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3日目は横窪沢小屋まで下りて冬季小屋泊を予定していたが、
赤石温泉白樺荘に計画を変更し、光小屋から一気に下山することにする。
早朝4時30分に小屋を出る。
大腿四頭筋が悲鳴を上げるが、10時間で無事下山する。
しばらく山に行けなかったが、4日間を使って存分に山に浸ることができた。

2016/8/31〜9/1
新穂高温泉〜槍平〜槍ヶ岳(往復)

66回目の誕生日をチャレンジ4回目の槍ヶ岳でのテント泊でひとりかみしめようと、75リットルのザックを背負って新穂高温泉を出発した。

槍ヶ岳山荘での給水は1リットル200円なので、けちな根性を発揮して水を4リットル(ポカリ1リットルを含む)のほか、泡0.5リットル、酒0.2リットルをザックにしまい込んだ。

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なかなかのロケーション 憧れの槍ヶ岳でのテント泊

槍ヶ岳でテント泊としゃれこんでこれまで3回チャレンジしたが、いずれの回も満杯で殺生ヒュッテまで下りる羽目に至った。台風10号通過後が狙い目と日程を定めたが、大正解だった。2日間とも大快晴である。(この間、ラジオからは岩手県での死者多数と、北海道十勝地方を中心とした被害のニュースをたびたび流している。)

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お隣の青年は夏用シュラフで眠れなかったとのこと(6℃)

槍ヶ岳を日帰りで登る人がどんどんと降りてくる。2日間で相当数の日帰り組とすれ違った。彼らは5時間ほどで槍に登ってきているようだ。テント場の様子を聞くと「ガラガラですよ。」とのこと。それでも昼過ぎになると満杯になるというのに、飛騨乗越を目前にして急激にスタミナが切れてしまった。

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槍〜キレット〜奥穂〜ジャンダルム やはり別物!

およそ9時間もかかって槍ヶ岳山荘に到着する。チェックインする客はいない。受付では愛想のかけらもない年寄りのアルバイト風男性に「あそこに紙があるから書いて」と冷たい事務的な声で戻される。今日は好きなところにテントを張っていいからあとで番号を言いに来るように(文字通り)と指示される。

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2日目の朝 槍ヶ岳の頂上から

テントを張り終えると槍ヶ岳に登る。テントに戻ってビールと日本酒を飲む。疲れが高じて夕食のことなど考える暇もなくシュラフに潜り意識不明となる。夜半、目が覚めて槍ヶ岳を見ると満天の星に覆われている。

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朝一番で下りるつもりがあまりの大パノラマに酔いしれ、ついつい出発が遅れてしまった。悪天候の中双六小屋から西鎌尾根を這うようにして歩いたときのことが思い出される。その西鎌尾根に傘雲がかかっている。女性4人組が元気に西鎌尾根に向かって下りていく。幸せな風景だなぁ!
2016/ 8/ 7〜9
1日目:前穂高岳〜奥穂高岳〜穂高岳山荘(テント泊)
2日目:穂高岳山荘〜奥穂高岳〜ジャンダルム〜西穂高岳〜西穂山荘(テント泊)
3日目:西穂山荘〜上高地

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上高地

前夜遅く出たため1時間しか寝られなかった。岳沢を遡る。荷が重い。三宅宏美がスナッチ81kgで2回失敗した。持病の腰痛が悪化し痛み止めの注射を打って耐えている。がんばれ三宅!

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穂高岳山荘

重太郎新道を登る。体力温存のため前穂高岳はスルーし、奥穂高岳頂上も滞在時間1秒。穂高岳山荘でテントを張り終え、ザックに詰めてきたビールと日本酒を飲んで早々に寝る。

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さっそうと馬の背〜彼らより30分遅れで西穂ゴールイン

午前3時30分、空には満点の星、やや風が強い。同5時10分警察官に行き先を聞かれる。「浮石に注意すること。」「風が強いのであおられないようにすること。」の2点について注意があった。

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一般登山者にとって息つくところはジャンダルム?

奥穂高岳で追い付いた学生(?)3人に道を譲る。3人、馬ノ背で何度も止まり写真を撮っている。「危ないところで何度も止まるなよ。」「何度も後ろで待っているじゃないか。」「緊張感を持てよ。」

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岳沢で一緒の彼は、
「あなたがジャンダルムへ行くと言うので『私も・・。』」
だって!

ロバの耳にかかる鞍部に降り立つ途中後続が何度も落石を起こす。「こらぁ、待ってろ。」

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2度目のジャンダルム

ジャンダルムに再び立つ。もう感激はない。ただただ3点支持を守って難関の間ノ岳に向かうだけだ。

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間ノ岳・一直線に登る

奥穂〜西穂間の関門は、間ノ岳だ。巻くことはできない。愚直に一直線に攀じ登るしかない。ここでの事故も多い。死にたくはない。

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西穂高岳の頂上で日傘をさす女姓

間ノ岳を終えたら難しいところはない。ただ3点支持を守るだけ。淡々と岩と戯れる。西穂の日傘の女姓はジャンダルムへ向かって行った。傘をさして。

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小屋で買った2本のビールを一気飲みする

2012年は奥穂〜ジャンダルム〜西穂山荘に11時間10分を要したが、今回は7時間10分で歩いた。沢渡から山梨県の勝沼までは一般道を走った。渋滞の中央高速で数台前のトラックが追突事故を起こした。さっと脇をすり抜けたが環八も大渋滞で山より運転の方がよほどこたえた。

ジャンダルムをテント泊装備で歩く者は少ない。前日の穂高岳山荘などで、「え〜、テントですか。振られて危ないですよ。」というような声をかけていただいた。だからこそやる意味があるのではないだろうか。衣食住をすべて背負って歩く!歩けるうちは。

後日、「やま旅・はな旅 北海道」で詳述します。
前回のジャンダルムの記録は→で!
2016/ 8/ 1〜2
タワ尾根〜酉谷山避難小屋(往復)

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夜8時の酉谷山避難小屋

北アルプスも南アルプスも雨模様でどこにも行けず、ならば大雨警報が出そうな奥多摩なら人が来ないだろうと、タワ尾根〜酉谷山避難小屋を往復することとした。

登山届を東日原派出所で書いてポストに入れると、警察官が声をかけてきた。2016年5月5日にタワ尾根の踏み跡から外れたところで遺体で発見された女性登山者の具体的な発見場所を聞いたところ、「長沢背稜から下りてきてモノレール軌道を越え大京ノコルに下りたところで、(間違った)難しくない尾根を下りて岩にぶつかってそこで落ちた。」と言うことだった。

そうか、そんなところがあったかなぁ、と思いながらタワ尾根を登り、大京ノコルに降り立ち、タワ尾根の主稜線(?)の左側を巻きながら左側(惣右衛門側)を見ると立派な支尾根と呼んでもいい尾根が派生していて、その先は大京ノコル付近でドン詰まり岩場がが待っている。

そこで稜線に出てモノレールに出合い、その派生する支尾根を俯瞰するようにモノレールを越えて振り返ると、画像のように、長沢背稜から下りてきた場合、視覚的にはまっすぐ行くのが自然に見える。実際には左側にカーブを切ってからすぐ右に向かって急なルンゼ状のところを下りて大京ノコルに出るのが正しい。

ここだったのか。明日の下山時に、ルートが分かるようにしてやらないとこの人はお盆には帰ることができないなと思いながら、小屋に向かった。

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長沢背稜から下りモノレールに出合い赤線のように行くと傾斜がある支尾根状になる(×)ここでやや左に目を転じて進むと、すぐ、右手にルンゼ状の急斜面が落ち込んでいるのでここを下りるが、尾根から大きくは離れず歩き大京ノコルに至る(◎)

2日目は、長沢背稜を歩いているときに雷鳴を伴う大雨に遭った。そしてもうすぐでモノレールだというところまで来ると、熊スズが聞こえる。大きなカウベルのようだ。「ガラ〜ン、ガラ〜ン。ガラガラ〜ン、ガラ〜ン。」と2,3回聞こえた。雨の中で視界はよくない。こんな大雨の中誰かが登ってきているのだろうろと先に進みモノレールのところまできたが誰もいない。人の気配もない。あれほどはっきり鈴の音が聞こえたのに・・・。

長沢背稜から下りて来てモノレールを越えた次が分かるように、下りるべきルンゼが容易に把握できるように非粘着テープを2か所に配する。

この方が遭難死された後にタワ尾根のテープ類を根こそぎ剥し取った人がいる。
その人に言いたい。あなたはタワ尾根をよく知っているかもしれない。しかし、少しは手加減してやったらどうだろうか。今日の降雨と鬱蒼とした木々に覆われて視界の利かない尾根で、魂はどのようにして帰えろうかとルートを探していたのではないかと、カウベルがはっきりと鳴った意味を思った。

(追記)2016/8/14
 タワ尾根及び小黒の赤テープに関する記事があった。確かにベタベタと赤テープを括り付けたがる節制という文字を知らない人、一方、根こそぎ赤テープをはぎ取ってしまう自分だけが満足し他人がどうなってもいいという潔癖な人。どちらも度を越している。
 

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