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暮れも迫ってくると、アメリカに来た頃は、あ〜俺はアメリカに来て、もう5回目のクリスマスか〜〜、なんて思い、ずいぶん長いこと、アメリカに住んじゃまったな〜〜、そんな感傷てきな気持ちで、ボロアパートの部屋で、一人でぼんやりとした夜を過ごしていた。金もない、彼女なんて、もちろんいない、貧乏 レ ミゼラブル学生をやっていた頃。
それがなんと、もう40年も住んでしまった。やっぱし結婚して、子供が生まれて、なんだかんだと、一生懸命働いているうちに、歳を食って来た、、最近では2人の娘も成長して、俺がマイペースで、いい加減な事ばっかし言っているのか、やっているのか、時々英語で文句を言われたりしている。こんな人生になるとは、アメリカに来た頃は、まったく考えた事もなかった。
クリスマスが近かずくと、貧しい人達に寄付をしてください、、が多くなる。最近の新聞記事は子供のホームレスが特集してあった。
ランデイ ナグエン君10歳、先週はホームレスシェルターの床に敷いてある、薄っぺらのマットレスに寝て、夜中に何度も固いリノリュームの床に転げ落ち、3歳の弟と両親と夜を過ごした。この2ケ月間、両親の服で囲った寝床で公園で寝たり、バスの駅などで、寒さに震えて、腹をすかせて、それでも学校に行くが、、そんな子供が人口80数万人のシスコに2200人、昨年から比べて400人も増えたそうだ。
原因は、彼のおやじがサンフランシスコにくれば良い仕事があると聞いて、テキサス州からやって来たが、仕事が取れなかった。両親はベトナムからの移民である。
移民でなくとも、安い給料で働いているアメリカ人は、臭くて狭い、小さく古いボロアパートやホテルの1室で4−5人で生活をしているし、車の中で寝ているのも多い。こういった悪循環が延々と続いている人達が、この不景気で増える一方である。
考えられないと思うが、アメリカでは5人に1人の子供がハングリーなのだ。
貧富の差が増えるばかりのアメリカ、、それでも金持ちも、また、たくさんいるアメリカ。
実は俺もホームレスをやった経験がありますぜ。拙著 ”タフ” にも詳しくかいたが、1976年、最初の自分の子供が生まれたとき、当時ハンテングツアーをやっていて、5−6人のハンターが日本から来る予定であったが、キャンセルされてしまった。アパートのレントが払えなくなった。ワイフの腹はデッパって来るし、仕方ないので彼女をユバシテーの実家に返して、俺はマツダのサバンナという小さい車の中に寝袋を持ち込んで、足を曲げて寝る生活を約半年間していた。
仕方ないので、昼は自分の金にならない仕事をして、夕方の5時になるとレストランに行き、夜中まで働き、金を貯めて、また安アパートを借りて、ワイフと子供をクリスマスの前に呼んで、実家から連れ戻した。
連れ戻したのはいいが、家具なしアパートで、俺たちは家具を持っていなかった。前のアパートはみんな家具付きだった。床に寝袋を敷いて寝たが、それでも車の中よりは、ずっと、ずっと快適だった。そして親子3人の新しい生活が始まった。日系3世のワイフは文句も言わず、よく我慢をしたものだと、今となっては思う、1976年のクリスマスだった。
それから俺はもう、仕事があれば週7日でも毎日朝から晩まで、がんがん働いて、5年後の1981年のクリスマスの前に、シスコの海の見える丘の上に家を買って、ボロアパートからついに脱出した。
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