タフおやじのアメリカ情報。

今年も半分終わってしまったな〜〜、、さて、どうしようかな。

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久しぶりに交通違反のチケットを貰った。なんと、一時停止をやったと思ったのに、しなかったのを、若い新米風のポリスオフイサーがパトカーから見ていて捕まってしまった。

アメリカはねずみ取りがないから、パトカーか白バイに捕まる。前にネズミ取りをやっとことがあったが、一般民衆から ”アンフエアーだ” とポリスが叩かれて辞めてしまった。さすがはアメリカ、、市民はくだらない事をするポリスのやり方に、ガンガン文句を言って、辞めさせるだけの力がある。

そこでチケットを貰った人は ”トラフィック スクール” へ行くと、保険が上がらないで済むが、罰金はキチンと市に納める。学校は$49だったが、罰金は300ドル近く払った。

罰金を警察署に払いに行き、学校に行きますと言うと、書類をくれる。そこには、ずら〜〜と学校名が書いてある。面白いのは ”コメデアン スクール、チープ(安い)スクール、ピザスクール、、その他はチャイニーズ、スパニッシュなど、英語のできない人達の専門学校もある。

1日8時間授業を受けなければならない。朝8時から夕方の5時、昼休みは1時間ある。
過去に3回ほど行ったが、先生が面白いのや、交通事故等のテレビを見せたり、自習みたいのをさせたりして、なるべく生徒を飽きさせない様にして、早く授業を終わらせる、良い先生もいるが。

今回は、まず予約を入れたら、朝の9時にスタートと言うから9時に行くと、ドアーがしまっていて、外から電話をしたら、もう8時に始まっています、、、馬鹿やろ〜〜9時と受付か誰か知らないが言ったじゃーないか、、、と交渉しても、結局ダメで、頭に来て他の、良さそうな? 学校にでんわを入れたら、、ここはスペイン語専門です、、あなたわかりますか、、、ポキート(少し)、、といったら、じゃーダメですね。

それから、数軒電話を入れて、中国語訛だが、親切そうなので、翌週に予約を入れて行ってみた。

なんと今日の生徒はたった3人、、前の学校は20−30人生徒がいた。
1人が疲れた顔と、よれよれの服を来た中年の黒人の男と、まったく英語のできないチャイニースの30代の男。この先生は、中国語アクセントの強い英語でしゃべるから70%くらいきりわからない。

この先生は、、なにか交通ルールの説明をするたびに、生徒の顔を見て、、解りますか、、と偉そうな顔をして聞く、、バカらしい、、わからね〜から、このくだらないスクールにきて、退屈してるんじゃーね〜か。その度にオレと黒人の男は顔を見合わせて、、フアック、、シェッツ のジェスチャーをする。

11時半に退屈極まる午前中の授業が終わる、、そしたら先生は、なんとフィールドスタデーやれと言って、違反している車の状況を3つ書いてこい、、午後は1時からだ、、なんて言って、1時間半も休みがある。そのぶん早く終われば良いのに、仕方がないので、近くのメキシカンレストランで ” ミヌード ” というスープで昼飯とする。これはビーフの胃のコマ切れを、チリソースで煮込んだもので、ハーモニーという豆が入っている。それをレモンを絞って、オレガノパウダー、チョップドオニオン、を入れて、トロテーアと一緒に食べる。少し臭みがあるが、うまい。

あとは車の中で1時間程休んで、いい加減に車3台のナンバープレーとメーカーなど書いて、スピード違反らしい、一時停車しないなどと、いい加減な事を書いて、クラスに戻るが、この支那人先生、ろくすっぽフィールドスタデイを見ない。オレ達がいい加減にやっているのを、知っているかのようだ。

それからしばらくして、今度はテストするからと言って、答案用紙を生徒に渡して、、解らないのをやらされる、1人の中国人の生徒には中国語でやっている始末。

しばらくして、先生の方を見ると、テーブルに顔をくっつけて昼寝しているいるではないか。

一応テストの結果はチェックして、答えを教えてくれたが(本当のテストではないので)、、もう3時頃でおしまい。

この先生が言ったもんだ、早く授業を終わらせたいのだが、4時まで法律的にやらなければならないので、4時までいてくれ、時々インスペクターのチェックが入るのだ、、と、ふざけた事を言う。

しかしま〜、本当に、くだらない退屈な1日でした。黒人の男と、あきれはてて表に出た。

しかし驚いたね。この学校のある界隈は一昔前までは、殆どがラテーノ系(メキシコ、中南米系)の町であったが、今ではレストラン、美容室、パン屋、食料品店、などなど、中国系がどんどん増えて来て、もはやチャイナタウンのようだ。あと40−50年経ったら、サンフランシスコ全体が、チャイナタウンになるだろう。もの凄い勢いで、ねずみ算式に彼らは増え続けている。







またもや銃撃が起こった。今度は映画館内で、拳銃、アサルト(攻撃用)ライフルなどを使い、12人が撃ち殺され、58人が重軽傷を負った。なんと合計70人が死傷した。

詳しい、いきさつは、インターネット、新聞、テレビなどで報道されたから、いまさら自分のブログで詳しく説明はしないが、問題はアメリカで、日本人ではただ1人、ガンショップを、ここサンフランシスコで経営している自分の気持ちは複雑である。確かに銃は良く売れている。売れているのは90%が拳銃とAR系のライフル銃だ。ここカリフォルニア州はガンコントロールが厳しい州ではあるが、今でも特殊の銃以外は、拳銃、ライフル(AR系)は自由に売れる。

たとえば、15連弾の入るマガジンが10発になったり、AR系のライフルのマガジンがワンタッチで脱着出来るのが、道具を使わないと抜けない(使えば簡単に抜けるが)その程度で、根本的には、たいして変わってない。

銃社会にも、流行というか時代のファッションがあり、それは毎日24時間テレビでやっている銃を使って、バリバリ撃ちまくる銃撃シーンだ。

1974年に自分の会社を作った頃は、まだアメリカはウエスターン(西部劇)の時代が続いていて、拳銃はリボルバーの早撃ちカーボーイ、ライフルはレバーアクションが人気があった。

それからハイウエイ パトロールの映画、ジョン&パンチ、ダーテーハーリーの44マグナム、この頃までがリボルバーが人気があった。それからメル ギブソンのダイハード、、このへんからオートマッチックの拳銃に銃の流行が変わって来た。こちらのポリスも昔は皆6連発のリボルバーを腰に下げていたが、いまでは、そんなのは古くて誰もいない。全部15連マガジンの入った9ミリ口径のオートマッチック拳銃を使っている。


これをガキの頃からアメリカ人はいつも見ている。それが現実と映像の世界がミックスして、今回の様な事件の加害者は精神異常者だから、こういったのは、警察に掴まったり、自首したりするが、精神異常でないのは、孤独での落ち込みや、他人に対する恨み、つらみ、が爆発して、前後左右の見境も無く、学校、職場などに乗り込んで、銃を撃ちまくり、最後は自殺するケースが多い。

もう一つは、コンスタントに起きているのは、若いドラッグデーラーの銃撃殺し合い。

アメリカの政治家はガンコントロールを強く押し進める派と、NRA(ナショナル ライフル アソシエーション)をサポートする派に分かれている。なんせ400万人を越える会員の大勢力を持つNRAは政治家を動かせる力がある。弁護士も1流の人材を揃えている。もの凄く強い組織だ。

それと銃器産業は巨大なビジネス。これは軍需産業、世界最大の武器輸出国、強いアメリカにも通じる。それだから、政治家といえども簡単にはガンコントロールはできない。

実際に射撃場に行き、15ヤードは慣れた黒点の的に向かって、銃を撃ってみれば、射撃というアクションは素晴らしいスポーツだと言う事がわかる。過去30年間、日本から来る観光客を、述べ数万人に射撃指導したが。99%の日本人が、今日の半日は本当に充実した経験をした、楽しかった〜〜と言ってくれる。初心者は、、銃に対する怖さ、チャレンジなどが複雑に入り混じって来るのだが、銃撃の瞬間、ドキュ〜〜ンというサウンド、ガッツ〜〜ンと手にくる反動、火薬の燃える匂い、、怖さから、楽しさに、だんだんと興奮してきて、エクスタシーの世界に入れる。病み付きになる人が多い魅力のあるスポーツなのだ。

4−5年前、ここシスコの時の市長 ガビン ニューサムが、ここサンフランシスコにはガンショップは要らない、、、と最後の一軒となった、、オレの店を潰そうと公約を宣言した。(プロポジションH)。

しかしNRAの弁護士がシスコまで乗り込んで来て、それは違法である、、といって、このシスコの町を告訴した。その結果シスコは負けて、38万5千ドルをNRAに支払った。馬鹿な市長と、その配下が銃の法律を勉強もせず、格好をつけてやったのだが、市民の税金を、がっぽりNRAにぶんどられた。

その弁護士からオレの店に電話があって、なにか問題があったら連絡してくれ、、と。

ありがたい事だが、、38万ドルオレにくれたら、ガンショップなど、さっさと辞めてやるやるのに、どうにもくだらない市の行政。アメリカも日本も、どこにもくだらないゴマスリ政治家は、いるもんだとつくずく思うな〜〜。














うちのガンショップの2階がアパートになっていて、部屋が4つあり、キッチン、バスを4人でシアーしている。このガンショップを建物ごと買収したのが1988年だった。その頃は、この店の2階のアパートは、殆どが日本人の若者が住んでいた。広告もジャパンタウンのグロサリーストアーに、部屋貸しますと、日本語で書いておくと、すぐに日本人の若いのが入って来た。

時には、男ばかりだから、女の子を入れようと、、男共が相談して、ピンクの紙をハート型に切って、丸字で
” お部屋あります、、来てね ” なんて書いて出すと、女の子のルームメートかと思って、女の子が見に来る。空き部屋以外の部屋に入っているのが全部がらの悪い、うすら汚い、むさ苦しい男ばっかしで、部屋を見に来た女の子がびっくりして、逃げ帰ったり、またある時は、日本の鳶職のお客さんで、体中に入れ墨入をいれている人がいて、その人が、体中に入れ墨を入れた男のカレンダーを、その頃毎年日本から送って来たときは、その入れ墨男のカレンダーを切って 

 ” オッス 学生 部屋が空いてるから、見に来いよ、安くしとくぜ ” なんて書いた、ふざけた広告を壁に張っておくと、、おかしなもんで、興味本位でか、怖さ半分か、けっこう若い学生が部屋を見にきていた。

現在ニューヨークで音楽活動をしている ”彰一” 君という小柄の学生がいた。彼はよく部屋に、いろんな女、白人、中国系、日本人など連れ込んでは、狭い部屋で音楽(ギター、テナーサックス、キーボード)など、ところ狭しと並べて、演奏して、その後に、彼の部屋に来る女は、みんなセックスされていた。
彼はサンフランシスコのステートカレッジを卒業するまで、3年近く住んでいた。

彼のあだ名が ”早乗りショーチャン” あるとき彼が目黒山荘という、今はないが、レストランで働いていた、、日本から来ていた女の子を2−3回彼の働いている店に連れて行った。彼は確か、カウンターでお客さんの注文に合わせて、肉や魚を焼いて出す仕事、炉端焼きで、カウンターの中で働いていた、、日本から来た女の子に、、こちら早乗りショーチャンとオレが紹介すると、、彼がにっこり笑って、、”早乗り彰一です” 宜しく〜〜なんて言って、、、、面白い男だった。

気の利かない女を連れて行くと、、どんな乗り物の乗るんですか、、なんて、真面目の顔して聞くのがいたりして、オレが、、女、、と言うと、、ええ〜〜と赤面。

マリワナをいつも吸ってギターを毎日弾いている、日本から来た若いセイジもいたが、大家のオレがまったくうるさい事を、いっさい言わないから、テナントはやりたい放題やっていた。

そうです、もう10年以上も前の事で、ここ10年くらいで、日本人からの青年はまったく、来なくなった。日本の若いのも、いい子ばかりになってしまって、行動を起こさないのが多いようだ。

ここ10年程は、2階のテナントはアメリカ人が多い、白人、黒人も少し、最近はアメリカ人ばかりであったが、最近1人部屋を出たので、クリイグズリストに広告を出したら、なんと日本人の女が入って来た。

彼女も30代前半で、最近日本から来たらしいが、、彼女にオレが、なぜ日本人の女は結婚相手をアメリカ人を選ぶのか、、と聞いてみた。
 
そしたら彼女は言ったね。 ” だってアメリカには日本人の男がいないよ ” 結婚を対象に考えているから、そのクラスの男がいない、、らしい。いてもマザコンタイプで頼りないのか、どうかは知らないが、そう言っていた。

オレの知り合いに、日本人のバツイチ40歳の男がいて、日本人の女を探している、結婚して家庭を持ちたい、子供も欲しい、、ウ〜〜〜ンもう4−5年あっち、こっち探しているが見つからない。

オレが言ってやった、、オイ こっちに来ている日本人の女は、みんな白人の男がファースト チョイス、、その他、個性の強い女は黒人のパワーに痺れて、または世界中どこにでもいる中国系の、、はたまた、アラブ系、ラテン系、、その中に、日本人の男も含まれている程度に扱われているんだ、、わからね〜〜の、、と言ってやった。

日本の女と結婚したければ、日本の親戚、友達などに頼んで、日本へ行って見合いした方が早いんじゃ〜ないの、、とも言ってはみたが。

オレの知り合いでコンピューターで知り合った日本人の女と結婚して、上手く行っているのもいると思えば、中国系の女と結婚して、女は彼を利用して、永住権を取った後、すぐに彼を蹴り出した。そんな汚いてを手を使って、利用するだけの、あくどい女もいるのだ。。これもひどいケースだが、当たり、はずれがあるらしい。

しかし、日本からの元気のいい、行動力にとんだ、パワーのある青年達が、どうにも激減しているのは、確かだ。

日本のお母さん、、可愛い子には、どんどん海外に1人旅(団体旅行はダメ、子供や、爺さん、婆さんでもできる) を、最低半年くらいは、させて下さいよ。殺されたりはしませんよ、逞しくなります。昔から言うでしょう。   

” 可愛い子には旅をさせろ” と。


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サンフランシスコは不思議な気候をもった町である。この庭は我が家の庭です。自分で言うにもおかしいが、けっこう多趣味でガーデニングが大好きなんですな。
1年中庭に花が咲く様に計画をして、春はヒヤシンス、チューリップ、水仙、クロッカス、フリージャーなどが咲き始めて、パンジーは1年中咲いているし、シンビジュームなどは秋から冬、春、夏の初まで咲いているのです。秋は菊もよく咲きます。
この町は春と秋きりなく、夏と冬がない。5月頃咲くアザレアなどほぼ1年中、咲いたり、花が落ちてしばらくすると、また咲いて来たりと、季節がわからなくなるようです。
今は夏ですが、百合の花が良く咲いてます。バラ、グラジオラス、それと5月ころだが椿が良く咲きます、それが終わるとシャクナゲの花。

この町の気候はマイクロウエザーと言って、同じ町中でも場所によって天気が異なり、我が家はツインピークスという丘の上の方に属し、太平洋サイドの海から上がって来る霧が、夏でも冷たい風が流れている。その霧が夏場は、この丘のあたりでストップして、高山のような空気が流れてますので、真夏の花、、例えば、ヒマワリ、ハイビスカス、ブーゲンビリアやトマトなどの野菜も気温が上がらないので、育たない。

それが丘を越えて、たったの数百メートル坂を下って行けば、霧がはれていて、ハイビスカスやブーゲンビリアもきれいに咲いてます。天気も明るく暖かいのです。
事務所があるミッション地区までくれば、ここはシスコのサニーベルトと言われて、いつもいい天気、暖かくて、どこの家の庭にもレモンの木が植えてあり、1年中黄色い実と、白い花をつけている。ブーゲンビリアも咲き乱れている。

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今日は7月14日の土曜日なんだが、車のブレーキチェック、オイルチェンジ、トランスミッション、などまとめて、直してもらうので、事務所の近くの修理屋に持って行き、時間があったので、数時間歩いてみた。このミッション界隈は、日本の観光ブックなどでは、危なく、治安が悪から行かない様に、なんて書いてある。
なにが危ないのか、さっぱりわからない。おもしろい庶民的な界隈だ。この壁画だらけの小道は、ミッションの17ストリートと18ストリートの中間の小道にあり、バレンシア ストリートの間にあります。
4−5年前まで、友達の暗黒舞踏ダンサーの玉野 黄市さんの経営する店がこの近くにあり、よく遊びに行った。
なんとも、雑然というか、同じ椅子が2つとない、がらくた椅子やテーブルの寄せ集め、悪く言えば、うすら汚い様な、いちおう寿司その他の料理をだしていたが、料理は悪くなかった。ここの芸術家オーナー夫婦の性格と、店の雰囲気と、なんとはなしに流れている音楽も実にセンスがよかった

一度など日本から来た、コンピューター会社の社長を連れて行っ時、店の裏庭で若者4−5人集まり、マリワナを吸っていた、社長も薦められて、いっぷくの初体験、それ以来この社長は、すっかり、ここの店のフアンになってしまったが、その社長も、数年前に癌で倒れて他界してしまった。まだ若かった、実に残念だ、いい男だったのに。

この店は、いつも芸術家タイプの地元の若者達で賑わっていた。

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