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子どもの頃の町には、年がら年中物売りのおじさんやおばさんが来ていた。
暢気な喇叭の音色とともに豆腐屋がくると、お鍋やボウルを持った 同級生がちょっとだけ大人びた声で、イッチョウくださいと、買っていたりした。
早朝自転車で遣って来る納豆売りの山吹色の練り芥子を一度だけこっそり舐めて、とても辛い思いをしたことがある。
夕暮れ時に練り物や佃煮や天麩羅を売りにくるおじさんからさつま揚げを買ってもらうのが好きだった。
花を篭に入れた、千葉から船で遣って来るおばさんは、こっそり花の中に闇米を潜ませていると、大人たちが秘かに話していた。
リヤカーに野菜を載せて歩いてくるおじいさんの持ってくる真っ赤な苺の甘さとは、いまだに出会ったしたことがない。
トラックにいろんな品物を満載してくる何でも屋さんの音楽が聞こえてくると、近所中から割烹着やエプロン姿のおばさんたちと子ども達が湧き出すように集まっていた。
最近、百均ショップに行くとこのトラックの光景が浮かんできたりする。
年に一度、バイクの荷台に黒い鞄を載せてやってくる富山の薬売りだけは、私が結婚した後も、暫くやって来ていたけれど、
どの人たちもいつの間にか時代の流れの中に消えていってしまった。
その引き売りの人たちとは違う、夏にだけ遣って来るおじさんが売り歩く風鈴売りと、きんぎょえ〜きんぎょ、という声の金魚売
風鈴売りのその色彩の華やかさは、万華鏡の中に迷い込んだような、白昼夢を見ているような、そんな状景だった。
今でも夏の日向道を歩いていると、ふと、白いシャツにステテコ姿のおじいさんが担いでいる風鈴を思い出す。
今思えば、金魚売と風鈴売りを見たのは、たった一度だけだったような気もする。
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