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3月29日に、被災者の方を非常勤職員に、というブログを書いた。
今朝のテレビで、漸く、被災者の方が非常勤職員として採用され、労働による対価を得るようになったと知った。
彼是三ヶ月を過ぎて、世の中の偉い人は、漸く、仕事をしたことで対価が得られる、ということの貴重さを悟ったようだ。
しかし、メディアの連中の中には、お金が欲しければ、被災地を離れて、仕事を求めればよい、という考えがあるのか、被災者が、メディアの言う、ボランティア活動をして収入を得る一番の利点は、被災した人が被災した場所を離れることなく収入が得られる、としていた。
働くとは、人が動く、ということ。英語でwork、といえば、いろんな動作を指す。
人にとって、働く、というのは、生きているという実感を得られる、それが一番大切なことなのだ。
お金があれば、ボランティアだろうと、ただ働きだろうと、何でも出来るが、被災者の方たちは、仕事はおろか、家も、お金も、大切な家族さえ、一気に失ってしまったのだ。
その場所で生きることで漸く立っていられる状態でもあるのだ。
そして、日本は資本主義の国なのだから、お金は自分で稼がなければならない。
だから、被災地で、メディアの言う、本来はボランティアの仕事であろうと、対価を得られるようになったことは、とても嬉しいことだと思うし、もっと多くの人がそのような状態になると良いと思う。
末期癌だった母は、既に痛み止めのモルヒネを投与してもらう状態になってからも、自分が働いたことで、自分が誰かの役に立つことで得たお金で自分の治療費を賄いたいといい、母の得意な編み物で何か作品を作り、ネットで販売することを薦めると、大いに喜んで、せっせと毛糸の帽子を編んでいた。
母が亡くなった後、箱の中から、きちんと、ビニルの袋に入れられた毛糸の帽子が幾つも出てきて、
私はこのときほど、母の娘であることに誇りを感じたことはなかった。
その帽子は、母の希望通り執り行った、無宗教で、素敵なレストランで、母とごく親しい方たちを呼んでの、
お別れ会の際、出席してくれた皆さんに差し上げた。
私の従兄弟三人がそっくりな顔でその帽子を被り、嬉しそうに笑っていた姿を、今でも思い出す。
この次は、被災されているお年寄りが、支援で送られて、不要になった綿の服などをほごして、雑巾を作り、それを販売するなど、そんなシステムが出来るといいと思う。
その前に、総理大臣よ、あなたは日本国民の代表なのだから、日本国民として恥じない生き方をしてください。
自分が誰かの役に立つ、そんな気持ちで総理としての職務を行っていれば、冷蔵庫もなく、蝿が群がるという、まるで発展途上国のような避難所で、三ヶ月以上も暮らさなければならない被災者など、居るはずもないのだ。
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