烏兎怱怱

烏兎怱怱時は過ぎて、気が付けば

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

雨降り

ここ数日雨が続いている。

私が小学生の頃、雨が降り出すと、母達が挙って、長靴と傘を持って迎えに来てくれた。

昭和30年代には、働く母といっても、せいぜい内職をするくらいで、殆どの母親が

今の時代には専業主婦という言葉で表現される、家にいて家事と育児に励むことを善しとされていた。

多寡が家事といえど、当時は、洗濯機も掃除機も電子レンジもインスタント食品も

無い時代だから、今の家事とは全く比較出来ないことであり、その頃、高校や大学を出た女性は

家事手伝いという職業を経て、結婚するという道も多くあった。


思えば、我が娘も、24時間働く母の代わりに、家の家事をコナシ、その上祖母である美子の看病を

買って出てくれて、末期癌の美子の壮絶な苦しみにも冷静に対峙してくれたが、

世の中の人は、一部の親族も含め、大学を出ても就職をしない娘を、ニートと呼びやがった。

そういう人は、娘が、美子を看ながらでも出来ることとして、いろんな資格を取り、通信で二つ目の

大学に通っていたことを知ろうともしなかった。

だから、新聞やテレビで、この言葉を聞くと、その度に、なんでも杓子定規の中に納めれば

イイってもんじゃ無かろうにと思う。


昭和30年代には、たぶん40年代に入っても、農繁期になると、農家の子どもは学校が公休になり、

家の田植えを手伝うということもあった。

働くという漢字は、人が動くと書くのだから、仮令一人が対価に見合わない生き方をしても、

その家族全体のバランスが取れていれば、それで良いとおもえるのだが。

就職しない、出来ない子がいれば、その子には家事を専門に担当して貰えば、

そのうち、家事のプロになって、新しい分野が開けるかもしれない。

だいたい、人間は一人一人別人なのだから、みんな一緒のわけが無い。

世の中が便利になって行くと、その一方で、人の心が不便になっていく。


その、世の中が余り便利でなかった頃、高ボウキとお茶ガラで畳を掃き、金盥と洗濯板で洗濯をし

七輪で魚を焼いていた美子は、雨になると、着物に着替え、雨靴と傘を持って、

昇降口まで迎えに来てくれた。

午後から雨の日は、いつものように雨コートを羽織り、下駄の先に爪皮をして

私がいつ降りてくるかと、待っていてくれる美子を見つけるのがとても嬉しかった。

昇降口には、美子のほかにも、たくさんのお母さんたちがいて、それは、遠足の後の

お出迎えのような雰囲気で、ざわざわと賑わしく、子ども達を見つけると、三々五々散っていく

のだが、通学路は、その母親達の賑わいも増して、何故かいつもよりずっと早く家に着いて

しまうのだ。

そして、家に帰って、雨コートを脱いだ美子の、縦縞の銘仙にお太鼓の姿を見るのも楽しかった。

そのお陰だろうか、私は雨の中を傘を挿して歩くのが今でも好きだ。


思えば、私は、着物を着る美子のお陰で、着物の着方も、畳み方も、覚えた。

家事と育児とは、自分の知識を子に伝えるという、一対になっているのかもしれない。

全1ページ

[1]


.
酸っぱい檸檬
酸っぱい檸檬
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事