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人間として、まっとうでない生き方をする者に対して、昔の人は、こんなふうに言った。
お前は木の股からでも生まれてきたのか?
久しぶりにこの言葉を思い起こしたのは、テレビのフリーアナが、隠し子のいることを、
取りようによっては、己の手柄でもあるような、そんなコメントをしていたからだ。
彼は、前の妻との婚姻中に、今の妻と付き合いだし、
今の妻とつき合いだした最中に、もう一人の女性との
間に子どもをもうけたのだとか。って、巷の雀以前に、
子どもは、ひとつの人格を持った、血の通った、れっきとした人間なのだ。
将来、自分が生まれてきた経緯を知って、どんなふうに思うのか。
例えば、病死とか、事故死とか、離婚とか、形はいろいろとあろうけれど、
片親で育つ子どもは世の中にたくさんいるけれど、
自分の存在が
誰かの不幸につながっていると、そんなふうに育つ子の心情をどんなふうに思うんだろう。
その上、その存在が母親の不幸になっているのに、将来、オヤジと三人で酒を飲まされる
なんて野望を抱かれて育つ子は、どんな気持ちになるんだろうか?
そんなふうに宣言される妻の気持ちは、考えたことないんだろうか?
今の妻と不倫がきっかけでの婚姻だから、今でも、そのまんまの気持ちで継続させているんだろうか?
軽いことを言って、その場を取り繕うつもりだろうけれど、
その言葉の重みをもっと考えたほうがいいと思う。
それ以上に、我が子に対する、本物の責任をもっと深く考えて欲しい。
お他人様の人生なんだから、どんなふうに生きようと勝手だけど、
テレビという公の場所に身を晒す以上、スポンサーという形で、一般市民に跳ねっ返りがくる以上、
それなりのモラルを持った生き方をして欲しいと、そう思う。
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