烏兎怱怱

烏兎怱怱時は過ぎて、気が付けば

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取り合えず

銀行から、会社もそのまま継続しているので、これ以上負債を加算しないように、

当座を解約しましょうという連絡を貰った。


既に半年を経過しているが、全く進歩が無い。

理由は、ただただ、先方の一身上の都合。

弁護士に委任すると、その弁護士が他の弁護士に代行を頼まない限り、

他の弁護士には何も出来ないという事実を知った。
 

30年ほど前、今もそうなのかは知らないが、プロパンガス会社の協定というものがあって、

勝手に会社を変えることが許されなかった。
 
夫が最初の家を買ったのは、25歳の誕生月。

新築の二階建てだった。

その家は、個別のプロパンガスで、建て主の不動産会社により、既に会社も決まっていた。

しかし、入っていたガス屋さんは、とてもいい加減で、何度連絡しても充填してくれない、

ということが重なって、日常生活に支障を来たす事も一度や二度ではなかった。

困り果てて、他の業者に相談したら、まず、契約者である私側が解約して新規に契約して欲しい

といわれ、そのように手続きしたいというと、契約書が無いのだから、解約など有り得ない、と

一見正当な主張をしてきた。

私は弁護士事務所に勤める友人に聞いて、内容証明で解約通知を送った。

その途端、従来のプロパンガス屋さんから嫌がらせの電話が鳴り出した。

時には恫喝し、時には、法的云々を言い出し。

結局、プロパンガス協会というところに連絡し、ことの経緯を話したりして、多々ありつつも解決した。

それから20年後に買った家では、やはり既に契約されているプロパンガス屋さんのほうが、

新規契約書というものを持ってきて、住人になる私側と合意の上で契約を交わした。


協定とは、いったい何なのだろう。

業者間の協定とは、一個人という弱い立場の人を脅かすものなのだろうか。

前に進むことも出来ず、今更過去に帰ることなど出来るはずも無い状況に置かれて半年を過ぎた今

しみじみと思う。いい加減にしてよ、と。

タメ息

最近、頓に思う。

なんで赤絨毯の政治家達は時間をあんなに無駄にするんだろう。

与党の優柔不断さにも、野党の揚げ足取り作戦にも、ウンザリする。

世の中には優先順位というものがあるだろうに。


橋下弁護士が大阪府知事になって一年で、大阪の財政は黒字になったそうだ。

それでも、大阪市民にしても、その評価には賛否両論あるそうだ。

世の中には、100%人に好かれるなんて人はいないし、

50人に好かれれば、50人に嫌われるのもあって当たり前なこと。

自分自身の支持率を意識する前に、自分が何をするべきかを、しっかりと見極めて、

それを実行させるほうがずっと重要なことではないのだろうか。

昨日、街に出ると、バレンタインを目論んで、煌びやかな包装紙で包んだチョコを売る店が

幾つもあったけれど、その店に並ぶ客というものは殆どなかった。

唯一、常に安売りする輸入雑貨の店の前にだけ人集りがあったが、

それでも昨年ほどの勢いはない。

とはいえ、バブルの頃の前に比べれば、数段日本の経済状態はよくなっていると、私は思う。

バブルについて知識人たちはいろんな意見を言うが、

現実には、団塊の世代と言われる、

昭和22,23,24年生まれの人たちが一番働き盛りであり、

また、子育ての最中であったのだから、需要と供給が完全に一致して、お金が循環したが故の

好景気だったのだ。

お金はお足っていうくらいなものだから、

稼ぐ人がいても、使う人がいなければ、何の動きも無いのは当然のこと。


私が子どもの頃は、今よりずっと貧しくて、

一家揃って親族の家に居候をしている家族とか、空き地に掘っ立て小屋を建てて暮らす家族とか、

それほど珍しいことでもなかった。

ハムエッグなど、大層なご馳走であったくらいだ。

そのうえ、会社勤めのサラリーマンでも、課長クラスになると、

運転手や女中(今は差別用語なのだそうで、家政婦と言うそうだが)を雇うのは

当然のこととされていた。

友人の家には執事という山羊の親戚かと思う呼び名の人さえもいた。

戦後直ぐの頃さえ、一番上の姉は三人の乳母に育てられた、と、母が言っていた。

今、若い娘を家政婦にやるなどと、とんでもない話になるのだろう。

しかし、現実的には、今の日本には、その戦後直ぐの時代より、ずっと貧しくなる要素は、明確にある。

バブルの頃の働き手は、初老の域に入り、バブルの頃成長期だった世代が、

今一番脂の乗った世代でありながら、成長期は完全にバブル状態であるが故に

ハングリー精神を持ち合わせず、また、物欲もそれほど無く、

そのうえ、神奈川県の40代男性の40%は独身だとか。

あと十年もすれば、団塊の世代は、日を追って減少して行き、30年もすると、少子化によって

日本人自体が絶命危惧種になりかねない、というのはオーバーな話だが、

日本人だけで今の状態のままの日本の経済を支えるのは、無理、というのは、わりと想像のつくこと。

だいたい、不況以前に、あと10年もすれば、車を運転する人口だけでも激減する。

両親が家を持つ一人っ子同士が結婚すれば、片方の家は不要になる。

今しなければならないのは、如何に、迅速に尚且つ健全に日本の経済を縮小出来るかということであり、

今尤も不要なのは、政治家達当人の生み出す、無駄な出費であり、無駄な論議だと思う。


それが正しい道順であれば、時として、指導者は99%の人に嫌われても良いではないか。

要は、結果如何であったかであり、その人物の性格など、歴史の中には逸話でしか残らない。

日々職を失う人が増えていき、追い詰められた人たちがやがて民衆になり、暴動を起こす前に、

もっとしっかりとした舵取りをして欲しい。


職を失うといえば、私は嘗て、介護について、厚生労働省に提言したことがある。

私の母は、要介護5に認定され、ディサービスを受けていた。

しかし、世の中には主婦や娘、時には息子が年寄りを介護している家庭もたくさんある。

介護保険を徴収する今

そのような介護をしている人たちを一定期間教育し、家族の介護を有償で行うようにすれば、

いろんな形で経費の節減になり、また、お金も循環し、介護する人の気持ちの負担も軽減される。

家庭内という閉鎖された中での被介護者が心配であれば、定期的に巡回するなり、

ディーサービスなどにより、介護する人の負担を軽減することも出来る、と。

実際、息子は今、諸事情で無収入の身だが、一人娘である嫁の親に切望され、同居しているため

その家の障害者を介護している。

息子の場合は、嫁も理解してくれているし、当人の事情による浪人状態だから、

特に気持ちに負担は無いようだが、

もし、解雇されたとかの、無職の身で、そのような状況になったとすれば、かなり心に負担を

強いることになる。

だいたい、働くってのは、人が動くことなのだから、何処かに勤めるだけではなく、

家族の介護をすることだって立派な仕事ではあるのだが、それでも収入が無いのは辛いものだ。

そんなメールを厚生労働省に送ったが、提言に感謝の返信メールは来たが、

議題に乗った様子も無い。

介護の世界では人手不足だから、外国に人材を求める、というのなら、身近な家族に

求めても良いではないか。

私が母を介護している頃、確認した話では、

同居している娘や嫁がケアサービスの事務所に登録しても

その親の介護に行くことは出来ないが、別居している嫁や娘は出来るのだとか。

同居している親子であれば、その間にお金を介在させること無く、直接介護をすればよい、

という基準らしいが、真に変な基準でも有ると思った。

ならば、同居している嫁には、その家の財産を無条件で継ぐ権利も与えるべきだろう。

尾行

ある年の暮れ、賃貸マンションに借りていた事務所から、駅前の銀行まで、100万円を下ろしに

行かねばならないことが有った。

銀行で順番を待って、お金はあらかじめ袋に入れてもらい、直ぐにバッグに入れて、銀行を後にした。

すると、私の10歩くらい後ろを、歩いてくる人がいる。
 
私が足を速めると同じように早めるが、決して近づくこともせず、一定の距離は保たれたままだ。
 
私はマンションへの道程を考えた。
 
駅前の繁華街を抜けると、再開発のために更地にされた工事現場になり、

その先は住宅街になり、完全に人通りが絶える。

増して、マンションの部屋は一階であり、そこには今誰もいない。


このままマンションに帰るのは危険だと思ったので、近くの本屋さんに飛び込んで、

そのまま奥のほうに行き、外を見た。

すると、ガラスの向こうで、慌てた風情で本屋の中を伺う男がいた。


中に入って来たらどうしよう。

そのとき、その店の奥のドアが開いて、店員の一人が入ってきた。

と、同時に、その男が店の中に入ってきた。

私は店員に事情を話し、急いでそのドアから外に出て、全速力で駅の階段を駆け上り、

駅の反対にある派出所に駆け込んだ。

駆ける途中振り向くと、本屋のかなで慌てている男の姿が有った。

警察官は、私と一緒にマンションに戻ってくれて、暫く周辺を見回りをしてくれるということだった。

その翌日、取引先の男性が集金の帰りに強盗に刺されたというニュースを聞いた。


見知らぬ誰かが背後から着いてくるという恐怖は、言葉には言い表せない。

それ以降、私は、銀行には自転車に乗っていき、お金は小さなポシェットに入れて、コートの内側に掛け

お金を受け取ったら直ぐに自転車に乗って帰ることにしている。

尤も、今は下ろすべきお金も無いので、そういう意味では気楽な年の瀬でもあるのだが。

年の瀬

一番若い従業員が十代の頃、近所の農家に頼んで、餅搗きの手伝いをした。

若い子が多いということで、その農家の人たちも喜んでくれたが、ある年、入りたての従業員が

自分も搗きたいといい、イキナリ杵を持ち上げたので、蛍光灯を割ってしまって、運悪く

臼の中の餅の上に全て入り込んでしまった。

農家の人たちは、大丈夫だと言ってくれたけど、その翌年からは一切声がかからなくなった。
 

その青年がどのような経緯で夫の下(もと)で働くようになったかは、解らないが、彼は結局、

他の従業員とも馴染まず、突然実家に帰ると言い、そのまま辞めてしまった。

当事、二階の二間に、彼を含む三人の従業員が住み込みでいて、私が朝晩の食事を作っていた。


辞める際、自分の釣竿が見当たらない、と、突然、私達の住まいである部屋に入って来た。

釣竿など無いということは、一目見れば直ぐわかることなのだが、彼は、暫くの間、鴨居や、

箪笥の上を物色デモするかのように見ていた。

不思議に思ったが、彼が出て行った後、鏡台の抽斗から私の指輪が一つ消えていた。

ああそうだったのか、と、私は妙に納得した。

そしてその後、従業員達を引き抜こうとしていたことも発覚した。

一番若い従業員が、○○サンから誘われた、というので、行ってもいいけど、行ったら二度と

ここに帰れないよ。それでもいい?と聞くと、暫く考えた後に、止めておく、といい、今も

働いてくれている。その一番若かった従業員は、今年50歳になった。


年の瀬になると、早朝の、薄暗い蛍光灯の下で、黙々と餅を搗いていた従業員の幼い顔を思い出す。

そして、また、指輪とともに消えた彼のことを思い出す。

あんな風に人との縁を切っていった彼は、今どんな風に生きているのだろうか。

オイルショック

夫が会社を興した年、昭和48年は、今よりずっと無風状態だった。
 
来月から完全に仕事が無い。

けれど、勤めていた会社に頼るには、100%子会社になることが条件だという。

困り果てた夫は、私の親族を頼って、従業員共々、港の仕事をしよう。

そう覚悟を決めていた。

その次の日、毎日毎日、、鞄一つ持って家を出て、営業に回っていた夫へ

一本の電話が入った。
 
今日で丁度一年になります。社長の誠意に負けましたよ。見積もりをお願いします。

その前に、小さな仕事があるから、明日からでも入ってみますか。
 

当時25歳の夫は、一日平均、2,3時間の睡眠で、営業に、そして現場管理にと、全力疾走していた。
 
その夫が家を買おうといい、銀行に相談に行くと、当時、私が隣に立っているのを知りながら

自行の女性行員と見合いを勧めた支店長が、預け入れの90%まででしたら、直ぐに貸します、

とそう言った。


美子に相談すると、当時都市銀行の頭取と懇意にしている伯父の家に相談に行けと言われた。

夫が一人で行くと、伯父は、事業を起こす者にとって家は背広と同じ。

大きい会社にしたければ、それなりの家を買うように。
 
そう言ったそうだ。

そして、その場で、その都市銀行の頭取と引き合わせてくれる段取りをつけてくれた。
 
夫は初めての家をそんな経緯で手に入れた。15年ローンの、小さな家だった。

その一階の、タタミ六畳一間にスチール机と椅子と、帳簿と黒電話が置かれて、小さな事務所が出来た。

まだファックスも携帯電話も無く、辛うじて、発売されたばかりの電卓が一台あった。

それでも、当事にしては珍しく、同業者の方々が、何度か、その電卓を見に来たことがあった。

そうして、会社は本格的に始動した。

以降、今日まで、ある一時期を除いて、ずっと、私は夫の経営する会社の事務所の中で

殆どの時を過ごして来た。

仕事が多くなると、従業員の数も増え、それに伴い、いろんなハプニングが、私を襲って来た。

そして私はその度に、だんだんと屈強な女に変身して行った。

否、元々そんな気質は有ったのかもしれない。


オイルショック。昭和48年10月、中東戦争の始まりと共に、本当に突然やって来た。

店にトイレットペーパーが無い。やがて醤油も砂糖も無くなり、人はパニック状態に陥った。

当にショックだ。

煮豆屋を営んでいる親族が、砂糖を一袋持って夜中にやって来た。

まるで悪いことでもしているかのように、ひっそりと引き渡された。

しかし、そのショック状態は直ぐ過ぎて、その砂糖の存在は忘れられ、家を買い、転居する日

押入れの中で発見され、皆を驚かせた。




 

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