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恥ずかしながら、このような言葉を、最近のニュースで知った。
一番最初に聞いたのは、秋葉原での無差別殺人のとき。
そのとき、派遣労働者の、待遇の危うさに、昭和の時代の、子飼いとか、そんな言葉と同様に、
消えていった、出稼ぎとか、季節労務者とか、そんな形と、いったい何処が違うのだろうと、
疑問を抱いた。
この師走に来て、アメリカから発信した世界的な不況のシワ寄せで、
その派遣労働者の首切りという、契約打ち切りが頻繁になっているという。
そして、中途での契約解除でありながら、住まいとした寮は、解除とともに退出を余儀なくされて
しまうのだとか。
会社が潰れてしまう。
30年以上会社を経営していれば、そんな状況は一度や二度ではない。
そのとき、一番先に考えたのは、従業員達の行く末だった。
今回もまた、一番先に従業員とその家族のことを考えた。
仕事に関しては、同業者にお願いして、外注でなく、直接雇用という形で、来年連休までは
確保出来ている。
住まいに関しては、我が社にいた時点で、全員持ち家を持てるよう支援していたので、心配ないが、
一人だけ持ち家不要という者がいて、その彼に、この不況下なのだから、少しでも家賃の安い家をと、
新しい住まいを見つけてあげ、先日転居の手続きを終えた。
そんな中、あるブログで、建設業を営む人が、従業員とともに農業を展開させている、
という転換を図っていると知った。
これは、私自身も考えていることだ。
過疎の村とまで行かなくても、夫の郷里でも、高齢になって農業を離職し、田畑ともに家を売る人が
多いそうで、そのような家は、元々が大家族であったがために、いくつもの部屋がある。
先日、義兄がやって来たので、その話をすると、農業に携わるという条件であれば、
とても安価で買えるという。
もし、来年、五月以降も、このような状況が続くのであれば、また、不況ばかりでなく、
独身の元従業員達の行く末を案じると、将来はみんなで自給の作物で暮らすのも、
そう悪いことではないかもしれない、と、真剣に思っている。
賃貸住宅を借りる際、彼にその話をすると、それは楽しいかもしれませんね、と言っていた。
話は戻るが、派遣労働者に対して、中途解約をするのであれば、せめて、住まいくらいは、
最初に契約をした期間だけは住める、という法律を作って、守ってあげるべきではないだろうか。
会社というものは、大企業になればなるほど、人の心というものを失くしていくものなのだろうか。
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