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最近、ラルフ・ローレンがアメリカで売り上げを落していると聞いているが。
こんな事は何度もある。
70年代の全盛期に彼はこのブランド、ポロ。
昔は男物をポロ。女物をラルフ・ローレンと呼んでいた。
その時、
彼はあらゆる物を差し押さえられ10ドルの
金さえ使えなくなった経験をしている。
その頃から夜眠れなくなった。
彼の悪い癖はユダヤ人であるため。
どうしても同じ人種に拘る。
当時、重衣料の担当はサル・セザラニというお針子の
両親を持つ優秀なイタリア人の男であった。
ラルフはデッサンも描けなければ。デザイン画も描けない。
ラルフはセザラニには口頭でこんな服を作って欲しいと頼んでいた。
尚且つ縫製すら知らない男である。
セザラニはそれを理解して修正をして作品としていた。
それはラルフが納得するまで続いたという。
それについてセザラニは
『ラルフはその品物のデザイン感覚を持っている。
その感覚を伝える事が出来ればデザイナーである』と言っている。
しかしそれほどの男にも
ラルフは自社株を与える事は無かった。
セザラニは
『決してそれが理由ではない。自分のブランドを立ち上げたかっただけだ』とラルフの下を去る。
しかしである。
ポロは不死鳥のように蘇り。
セザラニが立ち上げたブランドはポロの亜流としか見られなかった。
実際、セザラニには才能は無かった。
彼はラルフの片腕としては最高の男であった事は確かでもだ。
人の才能というのは冷たいものである。
おそらくラルフ・ローレンはまた復活する事になるかと思う。
彼が生きている限り。
もう一つ不思議な事は
彼のブランドは徹底して彼の思い通りにしなくては進まない
ブランドであるが。
80年代前後、彼は脳腫瘍により倒れる。
その間彼は何も出来ない時間が続いた。
所がである。その時こそが彼のブランドが
世界的有名になった事も事実である。
高校生まで着る服となった。
一つ私が心配なのは。
クールビズという世界的傾向により
ネクタイの動きがパタリと止まった。
これはネクタイのデザイナーとして始まった彼には
非常に苦しい時代となった事も事実である。
私はこの10年と彼の店には行っていない。
何故ならネクタイの場所が小さくなったからである。
彼の作品で見るべき物はネクタイであるからだ。
今それがどうなっているのか気になる。
しかし彼には独特の色彩感覚がある。
これは彼だけのものである。
もうポロのマークは忘れる時が来たのでは無いか。
あのマークが無くても彼の作品は売れる事は確かである。
もう名前で売る時代では無い。
品物で売る時代である。
それをもう一度彼に考えてもらいたい。
これは私が通っている頃から言っていたのだが。
シャツの胸のポロマークを外してくれ。
或いはマークの無いシャツをくれと言うと。
店員が嫌な顔をした事である。
元々はドレスシャツにはポロマークは無かったのである。
それを店員が知らないだけである。
ドレスシャツに馬のマークは無い。
スーツのジャケットを脱いだ時に胸に馬のマークがある。
そんなシャツを着ている事の恥ずかしさを
考えた事が無いのだろうか。
彼等は店員でありながらこのブランドの良さが判っていない。
彼等店員のセンスは最悪である。少なくとも服を売る店である。
これも根本的に直して欲しいものである。
『俺が私がポロの店員』という意識が取れない内は
復活は無理である。
それを日本の店員は頭に叩き込むべきである。
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