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古伊万里 網目文様 そば猪口 ちょいと怖い。自信が無い。
この猪口は数年前、この網目文様に惹かれました。
生地が灰色で生がけでしたので。
その雑器感漂わせる色合いとその網目の藍色を見て。
私はくらわんか系の波佐見で作られた物と思い
あとは何も考えずに落札したものです。
落札後、出品者の方に
『これはくらわんか(波佐見)と考えてよろしいですね』と尋ねると。
『いえ、この猪口はくらわんかでありません。生がけとなっておりますが
伊万里本窯で焼かれた物です。元禄を保障します・・・』とお答え頂きました。
ええ!?伊万里本窯で生がけ?元禄?そんな状態が現在まで続いています。
伊万里本窯でも生がけの猪口などは存在していたのでしょうか。
素直に伊万里本窯で焼かれた物とすれば良いのですが。
くらわんかでは。が、頭を持ち上げます。
ご教示頂ければ助かります。何卒宜しくお願いします。
尚、映像の青い丸印は口縁に釉あたりがあるとの事で出品者の方によるご指摘です。
口径7.2センチ。高さ6センチ
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古伊万里
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そば猪口に袖にされた話。
女の子に袖にされた話は陣後に落ちない私です。
私を袖にした方々、貴女方は大正解でした。私、落ちぶれております。先を見る目、お見事です(笑涙)。
そこで考えたのが。物に惚れればチャンスはある。高価なものでも。コツコツと働き金をためて、その品物に想いを寄せていれば必ず想いは叶う筈と考えました。女の人に想いを寄せすぎるとストーカーになりますが。品物はその想いが強ければ強いほど手に入る。
7〜8年前、雨降りの猪口をオークションで見つけたのですが。
これが素晴らしい。元禄の頃の物で一目見て惚れこみました。
素晴らしい物は写真映りも良い。藍色の発色、絵付けの美しさ、器形のシャープな作り、欠点と言うものが無い。価格を見ると。
『10万円、即決価格。』この値段には躊躇しました。が、しかし、俺は独り者だし、俺の稼いだ金をどう使おうが俺の勝手だと。その躊躇を振り切り落札しました。
この猪口の到着が本当に待ち遠しい。
とにかく早く来て欲しい。その想いが強かった。数日後待ちに待った猪口が到着する。満面の笑みで受け取る。厳重な梱包は有難いのだが。早く開けたい気持ちが先走る。そしてプチプチに包まれた猪口を取り出し。その素晴らしい出来に驚いたのだが。思わず周りを見回した。埃だらけの万年床の汚い部屋だ。『すみません。布団上げます』と猪口をダンボールの箱の中に戻して布団を片付ける。片付くはずの無い部屋まで掃除をする。そしてまた箱から取り出す。これほど見事な猪口は見たことが無い。美しい。それに尽きるのだが。今まで私の家に来てくれた猪口とあまりにも違う。物が違う。猪口を置く場所が無い。他の猪口と一緒に並べるのは、どちらにも気の毒になる。いったん机の上に置いて見る。やはり美しい。透けるような美しさとはこんな事を言うのだろう。
何日か経ったが。落ち着かない。例えて言うなら、氏も育ちも悪く、尚且つ住む家もお粗末、稼ぎは無い、そんな男の所へ大富豪で世間の事は全く知らないお嬢様がその家に嫁いで来た。そんな感じだ。何から何まで違うことに気づいた。猪口の立場から考えれば、『私は何でこんな汚い所へ来なければならないのか』そんな声が聞こえてくる。机の上に置いた猪口はいつの間にか箱の中に戻っている。それでも美しいものが見たいという気持ちになり。箱から出して。やはり素晴らしいと感激してまた戻す。その繰り返しが続く。
数ヶ月経ち。これは私の持つものでは無いのでは。と気がつく。
それから暫くして、この美しい猪口をオークションに出品する事を涙ながらに決めた。後ろ髪を引かれる思いだった。
私が落札した金額の半額で落札された。そしてこの猪口は私の家を出て行った。ふり返る事も無く。
その時である。物に呼ばれること。そして物に呼ばれないこと。
そして物が落ち着く場所がある事が判った。骨董にも身の丈にあった物を選ばなければということが判った。身の丈を超えるものを手に入れたら、その身の丈を超えた所まで己を高めれば良いわけで。私はその努力すらしていなかった。まだまだ私はあの器を手に入れる器ではなかったという事が判った。
この猪口はどんな猪口だったのか。それは越前屋平太様の『そば猪口ギャラリー』に同手の絵付けの物があります。平太様のは高台付きですが。私の所へ来た物は桶形のものでした。どれほど素晴らしい物かが判ります。
今回も人に下駄を預けての投稿となりました。越前屋平太様申し訳ございません。何卒宜しくお願いします。
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古伊万里 くらわんか 赤絵茶碗
不あがりの猪口を手に入れてから、7ヶ月後、
同じ出品者の方から手に入れました。
不思議なもので出品者の方と波長が合ったようで
私の好みそうな物を出品して頂きました。
色絵は元々得意ではなく。
いつもスルーしていたのですが。
これには惹かれました。
不あがりの猪口が厳しい絵でしたので。
見た瞬間、『この鳳凰寝てない?』でした。
映像をご覧になればお判りになるかと思いますが。
どう見ても鳳凰が寝ています。
内側に描かれた鳳凰は笑っている。
出品者の方のコメントは
この事には全く触れていないので、
私の目がおかしいのかと思ったほどです。
鳳凰について調べてみると
平和な時だけにしか現れない霊鳥とあります。
そうなると平和で長閑だから鳳凰が寝ながら飛び、
笑いながら飛んでいるのでは。
この絵を描いた陶工は
よほど良いことがあったのか。
この窯場までのんびりやっていたのか
と思ってしまいます。
見込みに描かれているのは花なのか。
それとも周りが火炎文様なので
太陽を表しているのか。
この見込みヤンチャ坊主の顔に見えませんか。
この坊やが『元気を出せ』と
私に叫んでいるように私には見えます。
この見込みは重ね焼のため
施釉されていません。
その上にこの絵をのせています。
茶碗全体を眺めてみると
縁は赤絵で縁取りされています。
生がけのために器形が歪んでいる。
そこが気に入っています。
私にとっては可愛い茶碗であります。
この映像はホント申し訳ないのですが。
出品者の方の映像です。
見込み回りが茶色くなっていますが。
これは汚れです。
全体に薄汚れて見えますが。
今は汚れが取れて綺麗になっています。
上絵付けのわりには色落ちも殆ど無く。
大事に扱われていたのではと思います。
変人の所には変わった物が来る。
そんな茶碗です。
時代は判りません。
ただ、鳳凰や花文様など黒で縁取りしてるので
もしかしたら古い物かも知れません。
1700年頃とみたいのですが。
越前屋平太様、すみません。
時代をお教え下さい。
今回も人に下駄を預けての投稿です。
何卒宜しくお願いします。
口径12センチ 高さ5.4センチ
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晴天の霹靂でブログを開く事になり。
不あがりの猪口をアップしましたが。
そのあとが無い。
そんな訳で私のそば猪口への想いを
独断と偏見で(笑)。
猪口を選ばれるとき、
その絵付けに先ず惹かれるのではないでしょうか。
私の場合、その殆どがオークションなので、
第一印象で欲しいになるのですが。
いざ落札して商品が到着して手に取ると。
?あれ?!こんなだったけ。という事があります。
思ったより軽い。思ったより重い。
思ったより薄作りだった。など等。
私の好みで言うと真円の物は手になじまない。
少し楕円の方が私の手になじむ。
そして持った時、手にズシッと来るのが
私には合っている。
それは高台側、底が重い方が良い。
縁周りは少し厚めが良い。
尚且つ器形が胴張りになっていれば
何も言うことは無い。
この条件を満たすものはなかなか無いと思います。
この手に納まりの良い猪口は
一生に一度逢えるかどうか。
それほどの確率かと思います。
高台が重めの初期手と言われるものは
私には手が出ません(笑)。
とにかく私の手になじみ懐にも優しい物。
昨日登場した不あがりの猪口は
私のその想いを全て適えてくれた猪口でした。
実はこの猪口を手に入れた時、
もう猪口はいいかと思ったものです。
決して良い物ではない。
不あがりですから。
同じ不あがりの私と相性が
合っているのかも知れません。
そしてこの猪口は180グラムと
重く厚めに出来ているので。
あまり気を使わなくて良いのです。
いつも私の傍にいます。
今は私の膝の上に乗っています。
オークションで入札中は左手に握られています。
寝床で撫で回していたり。
その布団の中に隠れてしまって
思わず踏んでしまう事もありますが(笑)。
『あ!悪い、ゴメン』で済みます。
これが元禄あたりの物だったら。
真っ青になる筈です。
下手をすると割れます。
その心配が無い。
とは言っても磁器ですから、
かなり気を使ってもいます。
恥ずかしい事ですが。
この猪口ではコーヒーや
お茶などはいれません。
やはり怖いです。
じゃあ何に使っているのかというと。
私の掌の中で一日遊んでいます。
輪花縁を指でなぞったり。
高台の上に掌を乗せてみたり。
高台で気がつきましたが。
私は蛇の目高台が好きなのです。
この丸いツルッとした所が
たまらなく好きなのです。
猪口を手に入れて先ず最初に洗うのが高台です。
そしてその長年の汚れを落としてやってから
周りや見込みを洗ってやると生き返ってくる。
そんな感じがするのです。
面白いもので磁器でも時たま洗ってやると
生き生きしてきます。
これは私の勝手な
思いかも知れませんが。
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タイトル通りの古伊万里『不あがり』の猪口です。
そこが気に入りました。私の人生とダブルからです。
オークションで手に入れました。
これをオークションで初めて見た時、
『おお!ついに出た!』と叫んだものです。
どこかに記憶があったのかと思います。
落札して調べてもどこにも出ていないのです。
考えてみれば不あがりですから。あるはずも無い。
この猪口を出品された方が
『本来は後世に残るはずの無い不あがり品です。
長谷川等伯の松林図屏風を彷彿させるぼかし図が、
このそば猪口の思いがけない高い芸術性を表しています。
この残るはずのないものが今ここにある事の素晴らしさを
感じ、お使いになり、お楽しみ下さい。』
と記していました。
実際、松林図を見ると別物です。
ただこの流れてしまった絵を
見ていると呉須の濃淡が
深く靄のかかった松林に感じ。
口縁の内文様は流れて
雨降りとなっています。
この猪口を見ていると限りない
孤独感と厳しさを私は感じます。
陶工が窯を開けた時の絶望的な
眼差しが見えてくる。
この猪口は生まれた時から愛された事が
無いのではと感じます。
それでも200年以上生き残った。
そこに私は惹かれました。
その生き残った力を私は感じるのです。
ただし、そう感じるのは私だけのようです。
どなたも誉めた方はおりません。
京都の変わり者の道具屋さんが
この猪口を見つけ出し。
その上をいく変わり者の
私が手に入れることになった。
そんな猪口です。
映像は出品者の方の映像です。
高台がこげ茶色になっていますが。
今はその汚れがとれて真っ白です。
時代は絵付けが流れていますので。
奇跡的に残った見込みの五弁花から
1780年前後と見ているのですが。
あてになりません。
越前屋平太様に見て頂くと
判るかと思うのですが。
すみません。
最初から人に下駄を預けている
とんでもない男です。
何卒宜しくお願いします。
口径8.4 高さ6.4センチ。180グラム。
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