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守半の海苔。
大昔、三十数年前の話である。
親父が『頼みがある』
こういう時はホント下出で喋る。
『何?』
『あのよ、東京の大森によ』
『美味しい、海苔専門店があるってんだけどよ』
『悪いけど。買って来てくれないか』
『何処?』
『大森駅の辺り』
『それだけかよ』
『それがよ。有名らしいんだ』。
この情報だけで私は東京に向かう。
大森駅って寂れた感じだけしか頭に無い。
大森駅を降りて。山側を見る。
そもそも商店街が無い。
これは反対側だろうなと思って向うが。
皆目見当が尽かない。
こういう時は交番だよなと
見回すがそれが無い。
警官二人がこちらに向かって来る。
『やったあ!』と思った。
『お忙しい所を大変恐縮ですが』
『この大森に有名な海苔専門店があるから』
『買って来てくれと親父に頼まれたのですが』
『ご存知ありませんでしょうか』
『海苔!?』
『いやそんな店あったかなあ』
と一人が言う。
『分からないなあ』
『もしかしてだけど』
ともう一人が。
『この先に商店街がある』
『その真ん中辺の右に』
『そんな店があったような気がする』
と困ったような顔をされた。
『それで十分です』と言って。
その商店街を目指す。すると。
海苔の缶を積み上げた店が見えた。
ああ、これだ!と思った。
初めて見ると異様な光景である。
海苔だけである。
そして『守半』と書いてある。
店員の方は意外と横柄であった。
そこで海苔の缶を二缶、
味付け海苔を一缶買った。
味付けは
私は保険として買った。
家に着くと。
親父が飛び切りの笑顔で迎えてくれた。
こんな時だけは愛想が良い。
そして缶を開けて
二人で海苔を一枚ずつ取り出して食べる。
これが海苔かと思った。
普段食べている海苔とは別ものである。
親父はとにかく家で出た食べ物に
『美味い』と死ぬまで言わ無かった男である。
その男が
『これは美味い!』と言った。
私も
『これは美味い』と続いた。
それ以来
親父は酒を飲む時に。
この缶から海苔を引っ張りだして。
肴にして酒を飲んだ。
親父独占の品物となった。
あれから何十年この海苔を食べていないのか。
急にこの海苔を思い出した。
守半の海苔。
これは究極の味である。
私にはもう届くものでは無い(笑)。
追記・
今は隣の蒲田の駅のデパート内にもあります。
もちろん私は素通りとなります(笑)。
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