|
私を袖にした女は人を見る目があったと今となっては考える。
私は生涯独身で終わる事になる。
何故なのかとずっと考えて来た。
自分では優しい男と思っていたのだが。
ブロ友様たちの奥様に対する優しさ。
ご主人に対する優しさを拝見すると。
私は少しも優しい男では無かったとつくづく感じる次第である。
私の優しさとは女性を殴らなかったくらいである。
張り倒したい女は星の数ほどいたが。
これはしなかった。
私の育った環境は。
親父がお袋をいきなり胸倉を掴んで張り倒して。
馬乗りになって殴っている姿だった。
それを止めに入ったのがオムツを穿いていた頃か
或は2〜3歳の頃である。強烈な印象に残っている。
必ず小さなお膳を挟んでいきなり殴りだす。
訳も分らずに。何故食事時であるのか。
それは親父が盲人であり。
その時が一番殴れるチャンスであったからだったと思う。
お袋は運動神経抜群の女であったから
危険を察知すると即逃げる。
その逃げ場の無い時間とは食事時である。
それを狙った卑怯な男である。
しかし
それを見て育った私は口が聞けるようになると。
『父ちゃんは強い』となる。
こんな育ち方をしていたので。
小学校へ入るなり気に入らないと
男女関係無く殴り倒していたものである。
小学校の高学年になり。
女性は殴ってはいけないものと感じるようになり。
それ以来殴っていない。
それを優しさだと思っていたのだが。
それは優しさでは無く。
人として常識である事に気づかずに生きてきた。
人様には教育より教養が無くてはダメであると
事あるごとに言って来た私であるが。
その教養に一番欠けていたのが私であり。
親父でもあった。
笑ってしまうのは。
お袋が晩年、私に対して。聞こえよがしに悪口を言う。
これが親父がそもそもお袋を殴っていた理由だと
いう事が解ったのであるが。
私の我慢も尽きて。お袋を殴ろうとした事がある。
もちろん本気で殴れば即死となる。
脅かしにであるが。
それを事もあろうに親父が止めに入った。
その状況が親父には解っていたので。
お袋がかさにかかって私に悪態をついたのを。
『うるせい!黙っていろ!お前が悪い!』
そして私に向って言った言葉が
『お前、今、母ちゃんを殴ろうとしたな』
『ああ、もちろん』
『たとえどんな理由があろうが。親を殴ろうとはトンでもないヤツだ』
『この家を出て行け』と言われた時。
『お前さんが散々やって来た事だ』
と思わず笑ってしまった。
この男も目さえ見えている男であれば。
本来、人の痛みを知るために殴り倒しておくべきで
あったと今となっては後悔している。
そして私を含めて親父お袋は典型的なパラノイアである。
これは遺伝するものなのかも知れない。
私を袖にした女は人を見る目があったと
今となっては考える。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ




