不あがり

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絵画 彫刻

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ロダン ダイナード。この生々しいほどの美しさ。

先日、ご紹介したマイヨールと決定的な違いは。
女を彫るとそこに女が実在する。

そんな気持ちにさせるのがロダンである。
何というか生々しいのである。
そして美しい。

このダイナードは
イメージ 1
神話から取り上げられた題材である。

汲めども汲めども尽きぬ事の無い桶に
水を永久に汲む神罰を受けた女を現している。

仕舞いにはその場所に埋まってしまうのでは
という苦悩と官能がある。

これはロダンで無くては作れない。

ここにロダンの素晴らしさがある訳であるが。
それだけ女に惚れこんだ事であり。
女を知り尽くしている。

彼は一日中、粘土を捏ねていたような男では無かった。
そんな暇があったら女を抱いている。

そしてその女の感触を粘土に伝わらせた男である。
沢山の女と逢瀬を重ねた男だから出来た彫刻でもある。

私はその辺りが好きでは無い彫刻家であるが。
この彫刻の前ではその言葉も失う。

その奔放な人生もその作品の前では
忘れ去られるのである。





我が尊敬するマイヨールへの妄想。

私は彫刻家で誰が一番好きかと訊ねられたら迷わずこの男を指す。
この作家の彫刻だけは何度も見に行った。
既に亡くなられているので毎回行っても
同じ物しか見る事は出来ないのであるが。
それでも良い。

この人の作品は女しか彫らないのである。
それでも生々しさが無い。

ロダンはそこに裸の女がいるが。
マイヨールはそこに自然界を表した女がいる。


例えば『地中海』。
イメージ 4
これを見ると。
地中海ってこんな所か。
こんな穏やかな所かと想像する。
そこに女が浮かばない。


そして『夜』。
イメージ 1
これは女の眠りというより。
人間の眠りである。
人は必ず眠らなくてはならない。
その眠りがこの彫刻で表されている。
少なくとも私はそう思っている。


しかしである。
本日、久しぶりにマイヨールを検索していると。

ある写真が見つかった。
イメージ 2
おそらく晩年のマイヨール。
その手前に美しい女性が映っている。

アレ!?これディナ・ヴェルニだろうと思った。
検索した映像を追ったが。
詳しい事は判らなかった。

ですからこれがディナ・ヴェルニかどうかも判らない。


イメージ 3
マイヨールは晩年の10年間ディナをモデルにして
アルモニー(英語読みでハーモニー)を制作するが。
ついに完成する事は無かった。
それがこのトルソである。

この顔を見て。ディナに見えないだろうか。

このマイヨールがこれほどモデルに近づくというか。
顔をここまで彫るのは珍しい。

おそらくであるが。
この女性に惚れこんでいる。

これをなんとしてもアルモニー、
調和として彫りたい。

しかし
彼はこの女に惚れこみ過ぎて完成する事が
出来なかったのでは無いか。

彼の彫刻はある意味彫り進むと抽象に近づく。
だから現代彫刻に近いといわれている。

古典を元にしていながら。
現代彫刻の規範となるべく彫刻的形態に拘った。

それはある時は直方体、ある時は円錐。
その中に収まる事を望んだ。

そして自然と一体となり。
最終的には自然を表す。

所がである。
このアルモニー。

どう見ても今までとは違うのである。
おそらくであるが。

これ何度彫っても。
この女性を超える事が出来なかったのでは。

彼はこの女性に惚れこみ過ぎた。
或いはこの女性その物が調和の全てであり。
これを超える事が出来なかった。

この調和というのはセザンヌを意識していた男である。
彫刻においての調和を願いながらそれが出来なかった。

しかし
この女性を見る事で喜びを感じながら
最晩年の10年間を過ごしたのではないか。

その喜びとは裏腹に
の女性を超える事は出来なかった。
交通事故で82歳没す。

あくまで私の妄想である。
何の根拠も無い。




追記。
6月13日、茶キチ様より上の写真が
ディナ・ヴェルニとマイヨールであると
お教え頂きました。
茶キチ様感謝しております。
有難うございます。





セザンヌ アヌシー湖
イメージ 1

私はセザンヌが大好きで
この人の絵が一番好きとまで思っていたのですが。

この人の描く絵は難解というか。
初めて見る方はおそらく絵が下手だなと感じると思います。

私は初めて見た時ヘタクソな絵だなというのが第一印象でした。

ゴッホの絵のように感動が無い。

元々彫刻が好きでマイヨールに惹かれて。

彼が語った本を読んでいると。
『セザンヌはリンゴでは無い。その色彩にある』

彼は元々セザンヌに憧れた男で
セザンヌのような絵を描こうとしていたが。

『その絵を見ると全てが整然と並べられ、
堅牢堅固の造形となっている。なるほど。
こう描けば良いのだなとその場所に行くと。
まったくそれが見えなくなる』

セザンヌは構図感覚に優れた人である。
そしてその色彩により、リンゴを描き、人物を描き、
風景を描いていた人である。

リンゴが赤いから赤を使うのではない。
リンゴの形を現すために色を置く。
周囲の光景を巻き込んで描く。

リンゴの色が赤、黄、青、その画面にある色を
殆んど使って描くのである。

画面のバランスを考えてリンゴを描く。

そしてリンゴ、人物、風景、全て同質に描く。


その流れで
このアヌシー湖を描いている。

左の大木の色は右奥にある家並みの色と同じ色を置く。

中央にある白い建物が湖面に映った白を置く。
湖面の青を山と引き合うように山に青を置く。

湖を描きながらその周りにある山や
建物の色がお互いに引き合うように色を置く。

山は本来の色とはならない。

この風景の一部を切り取り。
如何に画面が均等な色彩に収まるか。
彼はそれに懸けている。

風景を描きながらその風景を引き写すのではなく。
画面の中で色彩がお互い引き付けあいながら均衡を保つ。

彼はそれに懸けたのである。

そして出来上がった絵は堅牢堅固となる。


彼に影響された画家は限りない。

ゴーギャン、ゴッホ、ピカソなど。
彼の影響無くして絵は描かれていない。



所でこの絵を何故、ご紹介するかというと。

ブロ友様のつや姫日記様の所で
土門拳美術館がよく紹介される。

これを見る度にどこかで見た事がある。
美術館が自然と一体になっている。

昨日、この絵を思い出す。
おそらく、この建築家はセザンヌを
知っていると感じた次第です。



お詫び。

アヌシーヌ湖⇒アヌシー湖です。

お許し下さい。


アンディー・ウォーホル。創造性の無さを逆手に取った傑作キャンベルスープ缶。
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私はこの作品を見た時、驚いた。
この作家は詐欺師かとまで思った。

しかし
よくよく考えると。
キャンベルスープ缶を素材と考える発想は凄い。

小さな缶詰を一個大きく描く事で
物の見方を変えたのである。

簡単に言うと
リンゴを見て描いたのと
発想は同じなのである。

そこに彼の素晴らしさがある。

尚且つ
シルクスクリーンで作られた版画である。
同じ物が沢山作れる。
これも彼の頭の中にあったのだろう。

この色合いに私は惹かれた。


これ検索すると
このデザインは1900年頃に
この赤と白を使ったデザインとなった事が判った。

これ考えると引用を超えてパクリである。


しかし大きくする事で
このキャンベルスープ缶は
20世紀のアメリカを代表する傑作となった。

この発想が出来た
ウォーホルは天才といえる。

無機質なこの感覚が素晴らしい。
作家の思い入れは全く感じられない。
そこが新しい。

そして彼はプラスティック産業のおとし子では。

アメリカ人だからこの発想が出来たのではないか。

そんな事を考える。



   

小倉遊亀 『浴女 その一』。
イメージ 1
 
この風呂の水面の描き方が革新的で素晴らしい。
私はこの方の事は殆んど知らない。
 
100歳を超えて尚絵を描かれた
稀有な画家であったという事ぐらいしか知らない。
 
しかしこの作家の才能は凄いものがある。
この『浴女 その一』は1938年の作品という事である。
 
この風呂の中の水に歪む光景に目をつけた所が
この作家の素晴らしい所である。
 
おそらく彼女はこの二人の女性には
それほど興味は無かったのであろう。
 
この風呂場とこの水面が
彼女の最大の関心事ではなかったか。
 
あくまで画面構成として
この二人の女性を配置した。
 
そんな気がする。
 
この発想が革新的であり。美しい。
 
それは人を中心に描いていない事である。
人もその中の画面構成の一部と考える。
この発想が新しいのである。
 
 
あくまで私の勝手な想いであるが。
 
 
 
 
 
 
 

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