不あがり

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絵画 彫刻

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ゴッホの熱い想いと私のゴッホに対する篤い想い。
 
私はこの男が好きでならない。
何というか。心が純粋である。
 
彼は絵描きになる前に牧師を目指す。
おそらくあまり成績が良くなったのであろう。
炭鉱の町へ送られる。
 
そこでゴッホの見た町の現状は過酷を極める。
それこそ毎日が命のやり取りである。
 
そこでゴッホはその人たちと一緒に働き出す。
 
教会側は
これは牧師としての権威の失墜になると彼を解任する。
ゴッホには許せなかった。
これで神の道を離れる。
 
そして労働の素晴らしさを何とか伝えたい。
彼は絵描きになる事を決める。
 
これが二十代の後半278歳である。
遅咲きである。
 
そしてジャガイモを食べる人を渾身の想いで描ききる。
イメージ 1
これは初期の傑作ではと思う。
確かに上手い絵ではない。
 
しかしその想いが伝わってくる。
 
彼の絵はどの絵も彼の想いが強く出る。
 
 
彼は娼婦をモデルとする。
そして時に抱く事になる訳だが。
子供が出来る。
 
それが誰の子か判らない。
 
しかし彼は彼女とその宿した子の
夫となる事を強く望む。
 
普通なら俺の子じゃ無いと逃げる筈である。
 
この男は何に関しても熱い。
しかし彼は絵描きと言っても稼ぎが無い。
 
その事を彼は忘れている。
 
娼婦にしてみれば。一人の方が、身が軽い。
ゴッホの申し出を拒絶する。
彼はここでも相手にされない。
 
その気持ちが伝わらない。
 
 
 
そしてフランスに絵の勉強のために渡る。
 
画学校でロートレックと意気投合する。
 
これ何となく判る。
ロートレックは体に障害を持っているが大金持ちの貴族。
その暗い人生を送っている。
気が合う筈である。
 
このロートレックもアルルに呼んでいたのだが。
彼は来なかった。
 
彼が来ていたら
アルルの生活も違っていたのでは。
あくまでタラレバであるが。
 
 
 
ゴッホの逸話として面白い話がある。
 
ゴッホはセザンヌと一度顔を合わせている。
彼はその熱い想いから一気に画論をまくし立てるが。
 
セザンヌは一言
『ノン』と言っただけだった。
 
このあたりが変わり者のセザンヌらしい。
ゴッホはここでも拒絶される。
 
彼の人生はいつも人に愛されたい。
 
その想いがあるが。それが空回りする。
あるいは受け入れられない。
 
死ぬまで人から愛されたい。
その想いで生きて来たのでは。
 
最期までそれは叶うことは無かった。
 
その想いを叶えてくれたのは弟夫婦であった。
 
しかし彼にはその想いは届かなかった。
これが辛い。
 
これほど世界中に愛されている画家が。
本人には判らない。それが辛い。
 
 
そして私にとって
ゴッホといえば
イメージ 2
この黄色い部屋になる。
 
この絵のデッサンは完全に狂っている。
しかし惹かれる。
 
彼の絵はデッサン力ではない。
その想いが強く感じられる絵であり。
それを見た人々は感動する。
 
 
 
追記
ミック様にトラックバック頂きましたが。
これはゴッホが長年患っていた躁鬱病についての
記事です。
 
こちらを読む事により。
彼の天才的画業は躁鬱病の
成せる業である事も判ります。
 
それは取りも直さず躁鬱病は
その才能を開花する
鍵でもある事が判ります。
 
躁鬱病を恐れるに足らずであると
気づかされます。
 
どうかお読みください。
 
 
 
 
 
追伸。
毎度恐縮ですが。
PC不調です。そのためコメント頂いても
リコメ出来ない可能性大です。
その失礼を何卒お許しください。
 
 

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ゴッホは素直で優しい男である。そしてテオとその妻ヨハンナの篤い想いが彼の絵を残した。少なくとも私はそう思っている。
 
ゴッホはとかく
激情の人とか熱い人というイメージがある。
確かに絵は熱い。
 
しかし
彼の絵は素直である。
『おお!これは美しい。』
『今日は落ち込んでいる。』
『悲しい。』
『辛い。』
その想いが彼の絵に素直に反映されている。
 
これ簡単そうで描けない。
 
そこに彼の才能があったのでは。
 
決してデッサン力のあった画家ではない。
 
そしてもうひとつ。
生涯で一枚しか売れなかった男の
絵が何故ここまで有名になったのか。
 
それは弟テオの援助によるものが多いが。
ゴッホが死んだ時、その葬式の時に
昏倒して彼は数ヵ月後帰らぬ人となる。
 
では誰がゴッホの絵を紹介したかである。
 
テオの雇い主は全くゴッホを認めていない。
テオは個展を熱望したが認められなかった。
 
ここでテオの妻の力がある。
このヨハンナが
膨大なゴッホとテオ等の書簡を残して発表する。
そして回顧展を開いているのである。
 
では何故そこまでやったのか。
 
普通であれば愛する夫が死ぬまでゴッホの面倒をみた。
そしてその直後の夫の死である。
当然恨み辛みが出て来るはずであるが。
彼女にはそれが無かった。
 
ヨハンナとゴッホの出会いは
意外と良好であったと思われる。
 
彼女が残した書簡に、
初めてゴッホと会った印象が書かれている。
『病気と聞いていたが。
私の夫よりガッシリしていてよっぽど夫より元気に見えた』
 
そしてゴッホが身重のヨハンナに
『ヨーちゃん。つわりにはイチジクが良いと聞いた。
これをお食べなさい』と手渡したとある。
 
おそらくヨハンナの印象は非常に良かったのだと思う。
ヨハンナは嫁いで来た女性である。
その義兄であるゴッホはその中では
本当に優しい男と感じたのでは。
 
それだから
夫がゴッホに対して必死で援助しても
危機的な状況にならなかったのではないか。
 
ヨハンナはおそらくそれほど絵の知識も無いと思う。
しかし聡明な女性であった事と思う。
 
膨大なゴッホの書簡を読み。
それを発表し。絵を紹介する事で
誰かが認めてくれるのではと
考えたのではないか。
 
そしてその想いが届く事となる。
 
ヨハンナの真意は判らない。
しかし彼女が膨大な書簡や絵画を残した事は
事実である。その事実こそが素晴しい。
 
 
もうひとつ。
ゴッホは粗野なイメージがありますが。
語学には非常に堪能で母国のオランダ語。
フランス語、英語、そしてドイツ語まで話していたと
言われています。相当の努力家でもあった。
 
 
 
※追記。
 
ミック様にトラックバックを頂いております。
 
ゴッホのあの集中力のある絵は
どこから来たのかという
私の謎が解けました。
 
是非お読み頂ければと思います。
これは非常に勉強になります。
必読の価値ありです。
 
ゴッホに対する見方が変わります。
 
 
 
 
 
 
 
追伸。
毎度恐縮ですが。PC不調です。
そのためコメントを頂いても
リコメ出来ない可能性大です。
その失礼をお許しください。
 
 
 
 
 

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ピカソについて少し。彼は天才か。こけおどしか。いや類稀なる天才と私は思っています。それもデッサン力の。それが彼の弱点でもあった。
 
彼はその類稀なるデッサン力を
どうやって身につけたか。
デッサン力は技術です。
 
これは習うとどんどん上手くなります。
今芸大受験している人たちのデッサン力は
とてつもないと言われています。
 
それは技術を習得して受験をしているからです。
彼らの中で才能のある人はというと
1パーセントもいないと思います。
このあたりが芸術の難しい所です。
 
さて
そのデッサンの天才であるピカソは
父親に幼少の頃から叩き込まれます。
 
天才ですからあっという間に習得した事と思います。
父親が後に筆を折るくらいですから。
 
ピカソはそのために幼い子供が描く
絵を描けなかった。
いや描くことが出来なかった。
気がつくとプロ並みのデッサン力を
彼は物にしていたからです。
 
これが彼の終生の悩みとなります。
 
彼は自信家ですから悩み等とは
口が裂けても言いませんでしたが。
 
とにかく何を描かせてもそつ無く描く。
そのどれもが素晴らしい。
 
彼は構図も見えていなかった。
 
構図感覚というのも天性の物があります。
これ教え込んでも先ずダメです。
これが才能かと思います。
 
ピカソは必ずといって言いほど。
有名な作品のパクリをやります。
殆どが構図です。
 
しかしその元絵を超える力がある。
実際元絵を超えています。
 
そしてそつの無い彼は
その呼びやすい名前のピカソという名を使います。
このあたり世渡りが上手い。
芸術家とは思えない。
 
丁度その頃メディアの力が台頭してきます。
それに彼は乗る事になり、
より有名になる。
 
しかし作品の殆どが
その絵を見て感動するより。
 
その訴えた絵を見て皆さんが感動する。
 
絵は見た瞬間に心に響きます。
 
彼の絵はその前に青の時代であれば。
 
俺はこれ程貧乏で苦しい生活をしていると青を使います。
 
ばら色の時代は、俺は今最高に幸せであるとばら色を使う。
 
これあざといのです。
 
最後の傑作といわれているゲルニカは。
戦争とは悲惨である。その色すら無いと
殆どを黒で描きあげています。
 
この事を彼は言っていませんが。
その絵を見ると意図している事が判ります。
 
彼は人にどう訴えれば
受けるかが判っていた画家です。
 
芸術家はその本能で描く。
花を見て美しいと感じたその想いを描く。
そしてその想いが絵に表れる。
 
彼の絵にはそれが無い。
 
晩年というか。
意図的に幼い線を使って
訳の判らない絵を描いています。
 
実は
彼は本能で描けなかった。
 
幼い子供がその想いにまかせた絵を描けなかった。
子供が描く絵に憧れていたふしがあります。
 
晩年だと思いますが。
アトリエに闘牛の好きな彼は闘牛士を招きます。
 
そこで話していると闘牛士の息子が
事もあろうにピカソの絵に落書きをします。
闘牛士は狼狽します。が、しかし。
 
ピカソは
『今彼は芸術的行為を行っている・・』
と子供を咎めませんでした。
 
その時の闘牛士が
『何と心の広い人か』と感激して話をしていましたが。
 
ピカソは本気で
この子供の描く行為を見ていたのだと思います。
その一度も描いた事の無い。
幼い心の赴くままに描く絵を見て
感激していたと私は解釈しています。
 
彼は死ぬまで
その子供が描いた絵を描くことが出来なかった。
 
彼の絵の好き嫌いはともかく
彼は不世出の大天才であった。
しかし本能で描けなかった。
 
 
 
 
 
追伸。毎度恐縮ですが。
PCが安定していません。
いつ壊れてもおかしくない状況です。
コメントを頂いても
リコメ出来ない可能性があります。
お許しください。
 
 
 
続。畏れ多くもモナリザを少し、ほんの少し考察。今回は真面目に。大発見があった(笑)。
 
大分前に私が勝手書いて。全くの反響も無く終わった記事であるが。
ひとつ判った事がある。
私が勝手な想いでモナリザをダビンチの自画像説を唱えていたのだが。
これ、本気で唱えている方がいた。これは嬉しい。
 
そこで調子に乗った私である。
 
新潮新書。篠田達明著 『モナリザは高脂血症だった。』
その中に。
 
モナリザの目頭のしこりがそれではと書いてある。
イメージ 1
そこでアップをご覧頂きたい。これを頭に入れて
 
 
次に画像はダビンチ自身の自画像のアップである。
イメージ 2
反対側であるが殆ど同じ場所にしこりがある。
 
これは鏡で見た時の反転であろう。
彼はリアリストである。どんな物もあれば描く。
 
それを踏まえて考えると。自画像に目頭のしこりを描く。
そしてモナリザにも描く。これはモデル。すなわちダビンチの
目頭のしこりとなる。つまりこれは自画像の確証となるのでは。
 
尚且つ、モナリザはダビンチの晩年の作である。
 
高脂血症になると脳血栓。脳出血を引き起こす可能性があると
いわれている。
 
ダビンチは晩年、脳溢血症を患っている。
 
このしこりの一致点は
リアリストのダビンチであるから描いた物で。
その女性を描いたモナリザですら、そこに描きこむ。
彼の絵描きとしての本能で描きこんだと思われる。
 
その何気なく描いた。
このしこりが、モナリザは彼自身で
ある証拠であり根拠になるのではと考える。
 
これは大発見ではと私は思っている。
 
おそらく誰にも相手にはされないであろう。
 
でもいつかはこれに気づく方がいるかも知れない。
 
そんな想いである。
 
 
 
 
 
ベラスケス ラス・メニーナス(1656年)。 不思議な絵である。
 
イメージ 1
 
この画家が好きである訳でもない。
またこの絵が好きである訳でもない。
 
ただ時たま思い出す。
不思議な絵である。
 
 
この絵はスペインのフェリペ4世の注文による。
マルガリータ王女の日常のひとコマを描いたものと思われる。
 
その中の人物の内、7人はこちらを見ている。
そして我々もこの人たちに見つめられている事になる。
 
では何を彼らは見つめているのか。
 
その中央奥の鏡と思われる物の中に
王と妃がこちらを鏡を通して見ている。
つまりこの人たちはこの二人を見ているのである。
ややこしい絵である。
 
それはともかく。
遠近法を駆使した王室の和やかな光景である。
尚且つ、この絵を見るものは同列に置かれる事になり。
その王室の部屋の中にいる事になる。
この取り込み方は素晴らしい。
 
所が、である。
この左に立っている男はと言うと。
絵筆を持ったベラスケス本人である。
 
不思議ではないか。
 
王室を描いたその絵の中
それを描いた画家が入り込んでいる。
それも堂々と。これはおかしい。
 
こんな事が許されるのか。
発注主の絵の中にその頼まれた画家が描かれる。
これは普通に考えておかしい。
 
この絵を発注主が見たら普通は怒る筈である。
 
それがスペインを代表する名画となっている。
確かに素晴らしい絵である。
 
それは今だから言えることではないか。
当時、それが許されたのか。甚だ疑問である。
 
この中でベラスケスがキャンバスに
向かって何かを描いている。
 
それはこの位置からいって。
鏡に映った王と妃と思われる。
 
誠にややこしい絵である。
 
本来はこの二人が主題ではと考える。
それを逆手に取った。
 
となると
この絵はその王とお妃が
じっとモデルとなっている所を
待っているマルガリータ王女となる。
 
それでもこのベラスケスは邪魔である。
この絵を王室の壁に飾られたとはとても思えない。
 
ベラスケスが個人的に描いて持っていたと
考えると妥当かと思うが。
 
そんな事が許されるのか。考えると頭が混乱してくる。
 
 
解説を見ると
国王からの
ベラスケスの信任は厚いとされているが。
 
私はこの絵の出来の良さより
そちらが気になって仕方が無い。
 
 
 
注・ラス・メニーナスとは女官たちという意味である。
  最初期の目録ではラ・ファミリア(家族)とされている。
  この絵が紹介されるのは1724年、アントニオ・パルミーロに
  より『ラス・メニーナス』として詳細が出版される。
 
 
 
 
 

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