不あがり

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恐怖の報酬 1952年フランス映画 底に蠢く男たちの戦い。
 
この映画を観たのは
おそらくテレビでの放映で観たのだと思う。
それも数十年前。それが未だに頭の中に残っている。
 
実はこの主役を演じているイブ・モンタンの
顔しか頭に浮かばない。
 
今回調べていて他の3人の顔を見る。
そうそうこんな人だったと思いだす。
 
冒頭、油田が爆発する。
しかしその消化活動は思うに任せない。
 
その油田ごとニトログリセリンで
ふっ飛ばせば消す事が出来ると考える。
そのニトロを
誰が火事場まで運ぶのか。
 
金も無い。脛に傷持つ身で。
いつ命を捨てても良い。
金さえ払えば何でもする。
そんな男たちが集まる所へ行く。
 
それは4人だけの求人である。
その世捨て人の集まりが何ともやるせない。
そして気だるい。
 
トラック2台に分け、
時間差で出発する。
誘爆を防ぐためだ。
あくまで主役はニトロなのだ。
 
そしてその気だるい前半から、
この映画は一転する。
 
イメージ 1
一秒たりとも目が離せない。
ニトロを積んで道なき道を走る。
その緊張感がこちらにも伝わる。
それほど困難な道を進む。
息苦しい。
 
1台目の車に乗った男の一人が
髭剃りのシェービングクリームを
顔に塗りだす。
 
運転している男は
『何をやっているんだ』と驚く。
『いつ死んでも小奇麗でいたいのさ』と
言って剃刀の刃をあてる。
 
このセリフが痺れる。この状況下で髭を剃る。
 
イメージ 2
 
とその時、
小さな石を踏もうとするタイヤのアップになる。
 
カメラは後ろのトラックから捉えた映像に切り替わる。
閃光が走る。その瞬間、石粒の雨が降る。
必死でトラックを制御して止まる。
 
 
しばらくして大きな穴の開いた道に辿りつく。
爆発した痕である。跡形もない。
その脇に何故か無事である髭剃りが転がっている。
 
それを見て
『あいつ等、死んだ事も判ってないんだろうな』とつぶやく。
 
その恐ろしさのあまり男が逃げる。
それを捕まえて。その穴の開いた道を通ろうとする。
 
イメージ 3
 
その穴の開いた道は爆発により石油が溜まり
そこを一人が降りて誘導する。
しかし。その汚泥油に足を取られる。
 
止まれ!と叫ぶが
止まると二度と動けなくなる。
そしてその叫び声を聞きながら
その男を轢いてトラックはその穴を抜け出る。
 
イメージ 4
最大の難関を通過するがその男は死ぬ。
 
独り残った男はニトロを届けることに成功する。
その恐怖の報酬を受け取り帰路に就く。
 
イメージ 5
 
もう何の心配も無い
トラックは軽快に坂道を下る。
その開放された気持ちが仇となり。
ハンドルを切り損ね崖から転落する。
誰も生きて戻ることは無かった。
しかし油田火災は治まる。
 
いつの世も底辺の底の人たちの
英雄的行為は語られる事はない。
そして何事も無かったように
明日を迎える。
 
 
1970年製作
 
雨の訪問者。 チャールズ・ブロンソン。 冒頭を見逃すと・・・
 
この映画ほど最初から観ないと
内容を読み違う映画は無い。
 
冒頭、『アリスはいつどこでその穴に落ちたのか』
不思議の国のアリスより。と字幕が出る。
 
これを読み落として観ると。
主人公の女性の都合の良い展開で始まり都合よく終わる。
つまらない映画となる。
 
このアリスの言葉を頭に入れて観ると
明らかにおかしい所に気づく。
 
イメージ 5
 
先ずこの女性のしぐさであるが。爪をかむ癖がある。
この女性が大人になりきれていない事を
表しているのでは。
 
イメージ 1
 
雨の降りしきる中をびしょ濡れの怪しい男を見る。
それを観て嫌な予感がする。
その通りに彼女は暴行され犯される。
 
イメージ 2
 
このシーンを良く観ると。
襲われた時とその事後のシーンが微妙に違う。
これは意図的に変えていると思われる。
 
そしてこれを機に不思議な魅力を持った
ブロンソンが突然現れる。
 
イメージ 3
 
この男はある時は脅し。ある時は助けに来る。
イメージ 4
 
ホント都合よく現れ。事件は解決される。
 
尚且つ彼女が襲われた暴行犯を思わず射殺してしまった
その証拠までこのブロンソンが手渡す。
 
そして留守がちだった夫が帰って来る。
その夫と車に乗っていると。
 
ブロンソンがその前に再び現れるが
何も言わずに立っている。と。
その時ブロンソンは胡桃を後ろに
ニヤリと笑いながら放る。
 
するとガラスが割れる。
それに驚いて
振り返るブロンソンの姿で
この映画は終わる。
 
 
胡桃は劇中ブロンソンが
この女性に胡桃の割り方を知っているかと訊ねる。
『胡桃はこうやって窓にぶつけてガラスを
割らずに胡桃の殻を割るんだ』と言って後ろに投げる。
 
するとガラスは割れずに胡桃の殻が割れる。
このシーンは明らかにおかしい。
そんなわけが無い。
 
この映画は大人になりきれていない
主人公の夢想家の話である。
だから都合よく話が展開する。
 
最後のシーンで
ブロンソンに出会うシーンが
おそらく初めて
この女性がブロンソンと出会うシーンだ。
 
そして今まであった話は
この女性の頭に中で起きたことで
実際に起きたであろう話の中に
自分を入れて話が展開していたのだと
解釈できる。
 
最後のシーンで
ブロンソンを見たこの女性は頭の中で
『何と魅力的な男性だろう』と思う。
そしてこの男が助けに来てくれる。
そう夢想する。アリスのように。
 
つまり現実はこの男とは話もしていない。
 
ルネ・クレマン監督してやったりの映画である。
 
 
『太陽がいっぱい』において
夢を実現しようとするあまりに
現実に殺人を繰り返す若者を描き。
 
この映画では
夢想家であるがために
夢の世界で事件に巻き込まれ
現実には何も起らない。
 
その両極を描いたクレマンの
傑作だと私は思う。
 
ブロンソンにとっても最高傑作。
ホント魅力がある。
1960年製作
荒野の七人。主役を食ったマックィーン。
そして、その後の二人。
 
この映画はもちろん黒澤明監督の七人の侍のリメイクであり。
本作には及ばない。しかし西部劇としては傑作とされている。
そこに出た七人はユル・ブリンナーを除き、
殆どが無名の俳優だった。
 
ここでのマックィーンは出色であった。とにかくセリフが無い。
その分、動きで目立とうとしたそうだ。
 
冒頭、霊柩馬車を運ぶシーン
イメージ 1
 
その映像は見つからなかったが。
先ず散弾銃に弾を込める時、
その弾を耳元で弾が湿気っていないか。
弾の音を確認しながら弾を込める。
そして太陽の位置を確認して。
さて行こうかとなる。
 
この一連の動作が流れるようでホント素晴らしい。
無駄な動きが全く無い。
 
ユル・ブリンナーの引き立て役として出演していながら、
完全にここで主役を食った。
 
 
そしてこの服装が凄い。
イメージ 2
ここで被っている汗染みだらけの
カウボーイハットの汚れ具合。
用心棒として馬に乗り生活している男と
いう生活感が出ている。
 
イメージ 3
パンツはジーンズを穿いている。
実はこの時代はジーンズが重宝された時代でもある。
鞍に跨り馬に乗っている生活には必需品であった。
その上にチャップス(カウボーイが足を保護するために
皮の尻の部分が無いズボン)を穿いている。
それが何とも様になっている。
 
そして長銃身の銃をホルスターに納めている。
尚且つ。ホルスターはハイウエスト。
これは銃が抜き難い。それをあえてやる。
この男が相当の銃の使い手であると判る。
イメージ 6
その存在感が素晴らしい。
 
 
そして七人の侍と同じく。3人生き残る。
この映画の唯一の救いは。
 
その一人の若者は
元々ガンマンでは無く。農民である。
その男がこの村に残る。
イメージ 4
    ユル・ブリンナー スティーブ・マックィーン ホルスト・ブッフホルツ
 
そして二人は去っていく。
 
これを観てこの後二人はどうなるのかと毎回考えた。
 
 

2003年製作
ケビン・コスナー監督主演の
ワイルド・レンジ。
 
イメージ 5
 
これは荒野の七人で生き残ったその後の二人の物語では。
ワイルド・レンジはカウボーイである。
 
荒野の七人の終盤でマックィーン演じる男が
ユル・ブリンナーにこう言う
『銃を捨てて小さな牧場で牛でも飼おうかと考えてた・・・』
 
そして
ケビン・コスナーの使用している銃は
荒野の七人でスティーブ・マックィーンが
使っていた銃と同じである。
 
注目は、その銃身の部分。
銃身の先にサイトという出っ張りがある。
これは照準を合わせるためのものだが。
スティーブはその部分を削って小さめにしている。
それはホルスターから抜きやすいように
しているためと思われるが。
 
ケビン・コスナーも同じ様に削っているのだ。
コスナーは元々マックィーンのファンでもある。
おそらくマックィーンを意識して作ったと思われる。
 
あえて、あの二人のその後とせず。
気がついた者がいれば良いと
この作品を作ったのでは。
 
荒野の七人ではお互いの名前もよく知らない。
 
このワイルド・レンジの最後の方で
『ところで本当の名前は何と言うんだ』と
聞くシーンがある。そこでお互い初めて名乗る。
 
私はここで確信した。
 
知り合いに話すと『確かにそうかも知れない』
そしてその知り合いが
先ほどの銃が
同一だと教えてくれた。
 
 
2001年宇宙の旅。 白い部屋の謎。私なりに少し考察する(笑)。
 
最後のシーンで
ボウマン船長は唐突に白いロココ調の部屋にたどり着く。
これはいったい何なのか。
 
その前にボウマンは独りスペースポッドに乗り。
高速の旅を続けるシーンがある。
イメージ 1
 これはブラックホールに吸い込まれたと言う説がある。
 
当時ブラックホールはまだ謎の存在であった。
多分あるであろう。そんな存在だった。
それをキューブリックは描いて見せた。
そしてブラックホールに吸い込まれると。どこへ行くのか。
 
ホワイトホールが存在するのではと言われている。
 
この白い部屋はそのホワイトホールの到達点と見ることが出来る。
イメージ 2
 
私たちは3次元の世界に暮らしているが。
このホワイトホールには時間軸が存在しない。
4次元の世界になると思われている。
 
ボウマンはその部屋にたどり着くが急激に老いている。
イメージ 3
その老いたボウマンが見たのは更に年老いた自分自身である。
 
その老いた自分自身は誰かに見られていると気づき、
後ろを振り返るがその姿は見えない。
イメージ 4
 
そして元のテーブルに戻り食事を摂ろうとした時。
更に年老いて旅立とうとする自分自身を発見する。
 
その旅立とうとしている自分自身は
 
そのあくなき探究心であるモノリス(黒い石板)に気づき、
そのモノリスに渾身の力を込めて何であろうと。
イメージ 5
死に逝くその瞬間まで追い求めようとするその時、
 
イメージ 6
既に生まれ変わろうとしている胎児を見る事になる。
 
そしてそれは永遠と続く。
 
シャイニングから7年後 フルメタルジャケット。1987年。その狂気はどこへ
スタンリー・キューブリック。
 
 
イメージ 1
 
キューブリックは
『戦争は、狂気が行わせるものだ』と語っていた男である。
フルメタルジャケットもその狂気を描く物だと思っていた。
 
前半の海兵隊の訓練風景は
その狂気を植えつけるための訓練でそのものであった。
狂気を植えつける事により、人を殺す事への罪悪感を無くす事であり。
その行為を身につけさせるための訓練であった。
 
ひとりの若者はその狂気を植えつけられる過程で発狂し、
イメージ 2
その狂気を植えつけようとする教官を射殺して自殺する。
 
 
そして後半に入る。
海兵隊となってベトナムへ行った若者は
全て狂気を持って行ったことになる。
そしてベトコンとの死闘になるわけだが。
 
 
生まれた時から殺し合いの真っ只中に育ち、
殺し合いの中を生き残ってきた若者がベトコンである。
数ヶ月の訓練ではない。生まれた時からである。
 
狂気を植えつけられるまでも無く。狂気の中で生きている。
イメージ 3
本能的に人を殺せるのである。
 
 
その戦いは考えなくても
どちらが勝つか判るはずである。
 
事実、アメリカはこの戦争に負けたのである。
もちろん、キューブリックも承知の筈だ。
 
 
この結末は全滅で無くてはならなかった。
 
 
前半の狂気に犯された若者の死が無意味になる。
この死は後半の重要な伏線となる筈であった。
 
 
しかしキューブリックは描かなかった。
 
何故なのか。
これも永遠の謎となった。
 

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