不あがり

只今、体調不良によりコメント欄を閉じておりますが。何かございましたら。ゲストブックにご連絡お願いします。

洋画

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
市民ケーン。1941年。オーソン・ウエルズの大傑作
 
オーソン・ウエルズ製作。監督。脚本。主演の独壇場である。
そして25歳という若さであった。まさに天才である。
 
 
 
冒頭、広大な館で新聞王と呼ばれた男が息を引き取る。
 
イメージ 1
 
その時、最後の言葉がローズバット(バラの蕾)であった。
ではこのローズバットとは何を意味するのか。
一人の記者がその謎を追う。
 
この男の不幸は幼少時代から始まる。
愛する両親から引き離される。
 
           この子が持っている物を注目して頂きたい
イメージ 2
 
そして孤独な青春時代を送ることになるが。
 
イメージ 3
 
類まれなる才能と実行力で
潰れかけた新聞社を立て直す。
そしてその勢いは止まらない。
紆余曲折を経て新聞王となる。
 
イメージ 4
 
この男に出来ない事は無かった。
メディアを仕切っていたのだから。
 
しかしこの男はいつも孤独であった。
沢山の人たちに囲まれていながら孤独と戦っていた。
そのため愛人も作る。
 
その結果、妻子を失う事になる。
その愛人のために最大限努力もするが
その目論見は外れる。そしてその愛人も去る。
 
その長い孤独の終わりを告げる言葉であった
ローズバットとは何なのか。
これを調べていた男は遂にその意味する所を
知ることは出来なかった。
 
 
 
しかしこの映画を観ている人たちには
最後の最後その謎が解ける。
 
イメージ 5
 
人はその幼児期に起こった事が
最後の時まで遠い記憶の中にある。
幼児期に受けたその大切な思い出が
最後の時に蘇るのかも知れない。
 
この孤独な人生を送った男も
最後にはその嬉しかった思い出に浸って
逝ったのかも知れない。
 
それはこの男が唯一満たされた
記憶だったのかも知れない。
 
この男は果たして幸せだったのか。
それは判らない。
 
しかしこのローズバットという言葉は
その至福の時を頭に浮かべながら逝ったのでは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

開く トラックバック(1)

12人の怒れる男。1957年。陪審員制度の危うさを改めて感じる。
 
陪審員が評決をするために陪審員室に入る。
それは父親殺しであった。
その怯えた少年の顔が冒頭一瞬映る。
 
イメージ 1
 
 
名前も職業も知らない男たちが取りあえず、
陪審員の番号順に座る事になる。
 
イメージ 2
 
長かったであろう。この裁判に飽き飽きしている。
そして皆これは有罪だろうという思いがある。
圧倒的に検事側の主張が通っていたと思われる。
 
そして
第一番の男が評決を番号順に訊ねる。『有罪』その言葉が続く。
すると『無罪』という声が上がる。一人だけであった。
一人の男が『必ずいるんだよな。こういうヤツが』と呆れかえる。
 
その一人無罪と言った男に一人が訊ねる。
『あなたは本当に無罪と思っているのですか?』
『いや、それは判らない。しかしこれで私が有罪と
言ったら。一人の少年が死刑台に送られる事になる。
少し話し合いませんか?』
 
イメージ 3
 
そしてこの物語が始まる。
陪審員はあらゆる階層の人の集まりである。
色々な意見が出る。
 
この少年の劣悪な環境から現在までの話が出る。
決してまともとはいえない。人殺しもありうる環境である。
その先入観から有罪と思う者もいる。
 
しかし
ここではその過去の悪行を語る所ではない。
この事件そのものが行われた事に絞って
討論しなければならない。
 
イメージ 5
 
それは恐ろしく難しい話である。
検事側はこれでもかとこの少年の悪行を主張する。
あくまで死刑ありきの主張である。
 
それを散々聞かされているのである。
どうしても無罪とは思えなくなる。
 
そこが陪審員制度の盲点でもある。
 
この少年はその事件の直前に父親に向かって
『殺してやる!』と言って外へ出る。
それは事実であった。
 
しかしそれは売り言葉に買い言葉では無かったか。
この少年はそんな言葉を日常茶飯に使っているのでは。
この少年には何一つ有利な反証が無い。
 
そして殺害時、高架線を通した向こう側のビルに
住んでいる中年の女性がその犯行を見たという
証言が決定的と思われた。
 
そんな中、
陪審員の中に父と子の確執がある者もいた。
 
イメージ 4
 
皆、悪気は無い。その思い込みがある。
この結果がどうなるのか。
その手に汗握る展開をこの部屋だけで行う。
映画としては異質な作りでもある。
 
 
 
 
 
そしてその先入観とは恐ろしいと思ったのは
私の先入観である。
 
主役のヘンリー・フォンダの服装が
シアサッカーのジャケットに黒のシルクニットタイ。
そしてグレイのパンツ姿だと信じて疑わなかったが。
それは違っていたようである。
 
斯くも人の記憶とはあてにならないものである。
その先入観は時に恐ろしいものとなる。
私の場合はたまたま服装であるが(笑)。
 
 
この陪審員制度の危うさを改めて感じた次第である。
 
 
 
 
追記
その昔、私がテレビでこの映画を観た時。
『12人の怒れる男たち』と表記されていたと
記憶しているのですが。
これも私の思い込みですかね(笑)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第三の男 1949年 観るべきはアリダ・バリの最後の立ち去り方。
 
あくまで私の独断と偏見で語ります(笑)。お許し下さい。
 
この映画は必ず名作の中に入って来る。
確かに良い出来である。
しかし主役である男があまり格好良くない。
 
そして真の主役であるオーソン・ウェルズも
魅力があるとはお世辞にも言えない。
 
イメージ 1
 
この第三の男がなかなか現れない。
 
実はウェルズが撮影現場に到着しなかったという。
 
そして有名な地下下水道のシーンはウェルズが
『こんな不衛生な所で撮影できるか』と撮影拒否。
 
仕方なくスタントを使い影の多様となる。
それが劇的な効果となりラストを迎える事になる。
 
私がこの映画で良いと思っているのは。
アリダ・バリである。
 
イメージ 2
 
ウェルズの恋人役で出て来る。
これが良い。
 
イメージ 3
 
影のある美しい女である。
 
そしてウェルズを執拗に追う軍人の
ダッフルコート姿これが素晴らしい。
イメージ 4
この映画で唯一格好良い男である。
イメージ 5
 
 
そして主役の男が事もあろうに
親友と信じた男の女に入れあげる。
それがこの最後のシーンである。
 
イメージ 6
男は待つ。
 
イメージ 7
 
それを完璧に無視して歩き去るアリダ・バリ。
 
見事である。
 
 
 
 
 
 
 
太陽がいっぱい。ラストシーンが何とも切ない。
 
イメージ 1
 
このラストシーンは何度観ても泣ける。
この男は殺人犯である。
そしてその男の最後のシーンである。
 
 
全てが終わりホッとした顔になる。
この映画の中で一番良い顔かも知れない。
 
イメージ 2
 
そして『太陽がいっぱいだ』と呟く。
 
おそらくこの男にとって最高の輝きの時であったはずだ。
朝の来ない夜は無い。しかしその朝の光は眩しく辛い。
 
しかしその眩しく辛い太陽の光が
今は彼を祝福していると感じているから
その太陽がいっぱいだと呟いたのでは。
 
 
と、その時、
その浜辺の影で鋭い視線を送っていた男(刑事)が、
女に『おい!あの男を呼べ!』
何も知らない女は
 
『ミスター、リプリー!テレホン!』。
 
その時、男は喜びに満ちた顔で立ち上がる。
 
これがエンディングである。
 
 
 
 
人生は誰しも満たされる事は無い。
そしてそれを満たすために人を殺す事は
絶対に許される事ではない。
 
誰しも上を目指す。
それは決して誰もが上れる訳では無い事も判っている。
人は生まれた場所からは誰しも抜け出したいと思う。
それは本当に難しい事である。
 
万に一つにその場所から抜け出る事があるかも知れない。
しかしその抜け出た場所にまた満足する訳ではない。
その人間の欲望は果てしない。
 
この映画はその欲望を満たすために殺人を犯す。
その代償は限りなく大きい。
 
しかしこの監督はその一瞬だけ
彼にその夢を見せてあげた事になる。
 
その一瞬を我々も見てその想いに浸り。
彼に切なさを感じる。
 
その切なさは
彼の演技と美貌にあるのかもしれない。
 
決して品のある顔ではない。
その物欲しそうな顔であるが。
そこにまた彼の魅力がある。
 
ルネ・クレマンはこの男の本質を
見抜いてのキャスティングだと思う。
 
この映画は彼しか無い。この男しか出来無い。
そんな想いにさせられる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さらば友よ。1968年。ルネ・クレマンはこのシーンに惚れ込んだのでは。
 
アラン・ドロンと
チャールズ・ブロンソンが
組んだ映画だが。
 
イメージ 4
 
この映画を観たルネ・クレマンは
このブロンソンに惚れ込み次回作
『雨の訪問者』で彼をイメージした
脚本を書かせて撮る事になる。
 
このシーンは最後のシーンである。
実はこの映画の内容は殆ど覚えていない。
 
冒頭、長い外人部隊の生活を終えた二人が
別々に船から降りてくる。その出だしから、
彼らが只者では無い事が判る。
 
それに女が絡み。ある場所の金を狙う事になる。
何故ブロンソンがそこに絡むのか覚えていない。
その目論みは成功したかに思えたが女の裏切りに遭う。
もちろん警察に追われる。
そして警察に捕まるのはブロンソンとなる。
(この内容があっているか判らない)
 
警察はそのドロンとの繋がりを疑う。
そしてこのシーンとなる。
 
タバコをくわえたブロンソンに
 
イメージ 1
 
ドロンがマッチで火を点ける。
 
イメージ 2
 
その火を貰いタバコを吸うわけだが。
 
イメージ 3
 
その視線を追う刑事(後方の男)。
 
しかしお互い全く視線を合わせる事は無い。
 
これを撮った監督は
このシーンに賭けたのでは。
 
そして『さらば友よ』という
タイトルが素晴らしい。
 
まさに男の別れである。
その全てを語っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

開く トラックバック(1)


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事