不あがり

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エッセイ 人との出会いと別れ。

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鉄板焼きそば 人の命は儚い。そして焼きそばを食べる。
 
もう十年以上前になるであろうか。
私は完全外食を満喫していた。
 
その日その日に寄る店も確立していた。
殆どが肉に関係している店である。
 
そんな中、私の住んでいる東口側には無い
西口にその店はあった。
 
メインは鉄板焼きそばである。
しかし良く焼きそばを焼いている所を
見せながらの店ではない。
 
引き戸を開けると意外と広い店であった。
テーブルが左右に3卓、中央を通路として
6卓あっただろうか。
 
その一番出口に近い左端が私の座る席であった。
 
そこで頼む物はソース焼きそばであった。
確かそれに肉を乗せて貰っていたかと思う。
 
夜勤の仕事を終え。ひと寝入りしてから訪ねる店であった。
そこには店員の女性、昔は男をヒイヒイ言わせていた
であろう魅力的な女性。そして奥でご夫婦が調理する。
 
そこへ週に一度は通っていた。
仕事に追われて疲れて来ると。
何故かこのソースの香りが頭に浮かぶ。
本当は仕事の帰りに直行したいくらいであったが。
朝帰りの私では早すぎた。
 
そこでおなじ物毎回注文して
その味に舌鼓を打つ。
 
ある時、珍しく夕方に行った事がある。
私がその店に入った時は晴れていた。
 
背を向けて食べている
私の外が何となく騒がしい。
外をその引き戸のガラス越しに見ると
人の足だけが見える。
 
夕立である。かなり強い雨であった。
私が思わず『雨かよ』とポツリと言った。
 
その声が聞こえたのか。
奥にいた奥さんが入り口の引き戸を開ける。
奥へ引っ込んだ。
また戻って来る。傘を持って。
 
どこか出かけるのかなと見ていると。
私に『これお使い下さい』と言って傘を渡した。
驚いた私は声も出なかった。
 
常連とは言っても言葉も交わした事も無い。
有難かった。
 
その傘のお陰で雨に濡れる事無く
帰ることが出来た。
 
私は天にも昇る気分であった。
それから余計に通う機会が増えた。
 
そこに若い青年がいた。
それが跡継ぎの若旦那である事を後に知る。
 
ある時、店が閉まった。
道具屋さんが近くなので傘の話と
最近店が閉まっている話をした。
 
すると。
『息子さんが亡くなられたんですよ。』
『え!?俺よりずっと若いのに?』
『事故です。何でも素潜りが趣味で・・』
 
それから暫くして店が開くことになる。
 
私は何事も無かったような顔をして店に顔を出し。
いつものように焼きそばを注文して食べて帰った。
所がまた店が閉まった。
 
また道具屋さんの所に寄ると。
『店を開くと息子さんの事が頭に浮かんで仕事が出来ない・・』
 
その店は売りに出され。
隣町にご夫婦は引っ越されたという事だった。
人の命は儚い。
 
今そのご夫婦が元気でおられるのか。
知る由もない。
 
それ以来である。
焼きそばを食べるのは。
 
最初は出来上がった喜びに浸っていたが。
思わぬ事でこの店の事を思い出した。
 
人の記憶とはどんな事で甦るか判らない。
そんな事を考えながら焼きそばを食べる。
少し塩辛い味に感じる・・
 
 
 
 
追伸。
何とかPCは動いていますが。
リセットを繰り返しています。
コメントを頂いてもリコメ出来ない
可能性があります。
何卒お許しください。
 
 
 

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アッシー君。お迎え君。貢ぐ君。食堂。タクシー。貯金箱。〜金融。そして今は私なりに賢い処世術を展開する(笑)。
 
たまたま、ブロ友様の投稿記事を読んでいて思い出す。
 
アッシー君は私が元祖であったのではと
今となれば思う(笑)。
 
彼女の足になる。
私の場合は車の運転が好きでないので
タクシーで駆けつけたものである。
その酔いつぶれた彼女を介抱しながら家に送り届ける。
 
今考えるとなんて馬鹿な事をしていたのかと思う。
若かった。そしてその子に心底惚れていた。
とにかく嫌われたくない。
彼女が喜ぶ事だったら何でもやる。
その想いだったのだと思う。
 
今、
そんな電話が掛かってきたら。
『悪い、もう寝ている。気をつけて帰ってくれ。』と
電話を切っているだろう(笑)。
 
そもそも今は
私を頼ってくる女すらいない(笑)。
それはともかく。
良くやったものである。
 
 
貢ぐ君。
これも良くやった。私は気に入った子には時計をあげる癖がある。
これ意外と喜ばれる。男女を問わず数十個以上は
何方かの所に行っているが。その消息は不明である。
 
何件かはその親にお礼まで言われたが(笑)。
その当人には相手にされる事は無かった。
 
ただこの頃になると。
その喜ぶ顔を見るだけで
喜びを感じるようになっていた。
嘘でも良い。
 
その時、喜んでいる顔を見るのが嬉しかった。
 
 
食堂となる。
独りで食事をするのは味気ない。
そこで気に入った女の子を誘う。
そして美味しい食事を頂く。
ただそれだけである。
 
その時、その食事が美味しく食べられば良いのである。
それ以外は望まなくなる。
 
 
貯金箱または〜金融。
これは金が足りなくなったヤツ。
あるいは借金に負われているヤツ等に永久に融資する。
戻って来ない。これは堪える。
 
金が無くなると誰も来なくなる。
 
 
最近である。
人とのおつき合いがたまにある。
 
『今度食事をしましょう。女の子紹介しますよ』と
言われる事がある。
 
私を見て。彼女がいないと見られる事が
ちょいと辛い。
そんなもの欲しそうな顔をしているのか。
 
もちろんそんな方は素人ではない。
 
つまり店の女の子を紹介するつもりなのであろう。
それが断る間も無く。話を進められる。
 
有難い事である。が、私が一文無しとは思っていない。
 
そこで相手を傷つけないで断る方法を考える。
 
土壇場の当日ギリギリに、
『すみません。私風邪を引きました。本日行けません』と
一方的にスッキリした声で電話を切る。
 
相手方は何と常識の無い男だと二度と誘わない。
 
コレ!理由がある。
おいそれと誘いに乗って食事に行く。
おそらく、その食事代は向こう持ちである。
 
そこで店の女の子を紹介される。
いずれはその女の子がその損益を回収して収益となる。
相手方はそこまで見込んでの話である。
 
私は金があるように見えるらしい。
しかし、私が一文無しと判ると。
 
先ずこの紹介された女の子が
『何であんな一文無しを紹介する』と
その紹介者に怒る。
 
紹介者の顔は丸つぶれとなる。
そして損をする。
 
どっち道、私の事を不愉快に思う。
 
それを先ほどの断り方にすると。
私が不愉快極まり無い男となり。
 
女の子も紹介者も傷つく事は無い。
 
コレ!
かなり相手方の事を考えた断り方であるが。
相手はその気持ちを理解する事は決してない。
 
そして私は一人、知り合いとなった人を失う(笑)。
 
 
 
 
 
追伸。
毎度申し上げますが。今PCが不調です。
コメント頂いてもリコメ出来ない可能性があります。
その失礼をお許しください。
 
 
 
傷痍軍人であった私の知り合いの事を少し。
 
この男との出会いは。私の親父が視覚障害者だった事にある。
私が小さい頃、いや中学高校の頃まで傷痍軍人として
白衣を着て物乞いをしている姿を見たものである。
 
親父は障害者であるから。
東京の日比谷あたりに集まった傷痍軍人大会に呼ばれ壇上に立つ。
そこで言った言葉が
『あなた方はいつまで物乞い生活を続けるつもりですか。
自立の道を考えなくてはいけない・・』と
演説しまくって殺されそうになる。
 
それは当たり前で、ついこの間まで
人を殺す事を仕事としてきた人たちである。
それが昭和20年代のおそらく後半かと思う。
 
その中で一人。ハッとした男がいた。
その男が今回ご紹介する男である。
 
彼はソビエトで捕虜となる。
実は殺される筈だった。
並べられて銃で撃ち殺された筈だった。
そのあたりに転がらされていたが。
腹部を貫通して生きているのを発見され助けられる。
しかしそれだけでは終わらなかった。
徹底した共産主義教育を仕込まれる。
 
そして労働者として炭鉱に送られる。
そこで第二の悲劇が起きる。
その炭鉱に不発爆弾があったらしい。
その爆発を受ける。そして両眼を無くす。
 
私が初めてその男を見たのが。昭和345年だと思う。
親父が盲人である事に慣れていたし。手足を失った方だとか。
聴覚を失った方とか沢山の障害を持たれている方は見ているが。
眼球が無いその目を見た時は驚いたものである。
 
本人もこの眼球を失った時、
医者に『私の目は見えるようになりますよね』と
念を押したものだと。笑ったものだ。
顔は爆発のためか顔の周りが青くなっていた。
それでもこの男は明るかった。
 
親父に言われるまでの傷痍軍人生活は
それは豊かであったと語った。
とにかく座っているだけで
とんでもない金が毎日入った。
数人で分け合う時も金の勘定をしないで
人数の分だけ手で分けた。それほど儲かった。
これは一生このまま楽に暮らせるなと思ったという。
 
しかし、親父の言葉を聞いて目が覚めたと
言って私の家に訪ねて来る事になる。
そしてマッサージ師の勉強をする事になる。
当時既に妻帯していた。
 
終戦から何年も経ったある日。
日本に戻る。顔立ちスタイル。
その物腰からして女から持てた男である。
 
本命と2番手の女性に連絡を取る。そして待つ。
この男は目が見えない。しかし待った。
そしてその姿を見て声をかけてくれたのが。
2番手の女であったと笑って聞かせてくれた。
 
彼曰く。私の姿を見て本命である女は
そのまま声をかけずに消えたと思う。
 
そして彼は私の親父の下で修行をする事になる。
おそらく同じくらいの歳であった筈である。
親父は女には甘かったが男に対しては
それは辛く当たったものである。
 
それに彼は耐えて国家試験に受かり。
マッサージ師として独立する。
最初はアパート暮らしであった。
何度か行った事がある。
 
その生活は私の家と同じで困窮を極めていた。
しかしこの日本も徐々に立ち直り始めていた。
そしてオリンピックを境にその景気を追うように
彼の生活も徐々に良くなっていったようだった。
 
それから付き合いが無くなったが。
彼は奥様のため、子供のために努力を重ねた。
何時の間にか。借りていたアパートから
自らアパートを建て暮らすようになる。
もちろんその家賃収入も得る事になる。
 
私の家は相変わらず借家であった。
 
その勢いは止らなかった。
数件のアパートを所有し
息子はマッサージ業を継ぐことになる。
 
二度の災難を彼は克服した事になる。
それは言葉にはならないほどの苦労があったかと思う。
彼はその苦労を見せない男であった。
 
そして何十年か経ち、親父が死んだ時、
老いた体を押して同じく老いた奥様と
一緒に私の親父を見送ってくれた。
 
その時、私と彼はお互い声をかける事無く別れた。
 
彼はその家族のために全力を尽くした。
しかし親父は障害者のために生涯を傾けたが
家族の事を顧みる事は最後まで無かった。
 
どちらが正しいか私には判らない。
 
ただ一つ云える事は親父が命がけで演説をして
一人の男を救ったのかも知れない。
 
しかしその親父は家族を犠牲にして逝ったのである。
 
この男はそのあたりの事も判っているので
来てくれたのだと思う。
 
それから数十年経つ。
彼のその後の事を私は知らない。
しかし彼は生きているにせよ。
死んでいるにせよ。
 
家族から尊敬の眼差しを受けている事と思う。
その目が見えずとも。
 
 
 
 
 
自由を得る。それは孤独でもある。これは表裏一体である(笑)
 
ちょいと昔、
若い子たちに独りでいると自由で良いぞ。
全てが自分のためにだけある。
時間も金も全て自分のために使う事が出来る。
 
しかしその代償も大きい。
家に帰って『只今』と言って何も聞こえて来ない。
それはまだ大した事では無い。
 
病気になっても誰も介抱してくれない。
これは堪える。それでもそれに耐える。
自由を得るために。
 
そして自分の好き勝手に人生を送れる事の
素晴らしさを考えると。
それにも耐えられる。
 
好きな服を買って好きなものを好きなだけ食べる。
好きな趣味に全てをかけられる。
これ程素晴らしい事は無い。
 
しかし今は良い。
その孤独に耐えられるし。
それほど苦にならない。
 
おそらく歳を取ると
その辛さが重く圧し掛かる。
 
気がつけば女房はいない。
女房がいなければ子供もいない。
親戚はもちろん無い。
 
好き勝手に生きているから
周りにも相手にされない。
 
今まで粋がって生きてきたが。
その体の箍が外れて来る頃に堪えてくる。
 
それに気がついた時はもう遅い。
 
それまで勝手に生きてきたツケが
一気に回って来る。
 
それより少し窮屈でも女のために
尽くしてその女のために働く。
自由は無くなるがその女の喜ぶ顔を見る。
 
その内、子供が出来る。
そしてまたそのために自由は無くなるが。
子供の笑顔を見ることが出来る。
 
子供を育てる事は難しい。
おそらく子供と共に己も育てられる。
 
そしてその子達が巣立って行った時に
残るのは昔愛した女が残る(笑)。
 
その女と寄り添いながら残る余生を送る。
 
これが第二の人生を送る事では無いか。
独りでいると第二の人生は無い。
 
俺は独りを選んだ事になるが。
前半は良い。しかし後半はおそらくきつい。
自由と孤独は表裏一体であり。
自由だけは得られない。
 
そんな事を言って10年以上になる。
これを聞いた若い子たちは
今どうなっているのだろうか。
 
それを選ぶのは本人である。
 
 
 
 
 
思い出の店。ピザ・ハウス。
 
知り合いのブログの方と話の中で
ピザ・ハウスの店の話となる。
 
その店は数十年を経て未だに健在あった。
 
それを知ったのは親友に
『あの店はまだあるのか?』
『ああ、まだある』と言った。
それ以上その話は続かなかった。
 
彼には私の気持ちが判っているからだった。
 
その店の話が出た。
するとブロ友の方が検索してくれた。
『女性と行かれたのですか?』
それに返す言葉が無かった。
 
検索されたサイトを覗くと。
 
その店は私の想いとは違っていた。
 
私の中では地味な入り口であり。
その店内は蝋燭の炎が灯されていた。
 
 
しかし映像は
小奇麗な入り口に明るい店内であった。
 
人の記憶とは曖昧なものである。
その想いが強いほどその良い思い出しか。
頭に残らない。
 
おそらく店は元々綺麗であり。
店内は明るかったのであろう。
 
私にはその時、一緒に行った女性の顔すら
おぼろげにしか頭に残っていない。
 
そしてその思い出に浸りながら
その店を心の中で作り上げていたのかと思う。
 
遠い過去の一時の素晴らしい夢の世界である。
二度と戻らない。
 
ブロ友の方には『その店に行きたい』と書いたが。
 
 
その店は同じ店であっても。
別の店である。
 
あの私の行った店とは違うのである。
 
遠い過去の事である。
同じ店、同じ店内であろうとも。
それは同じではない。
 
 
 
 
 
 

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