不あがり

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エッセイ 人との出会いと別れ。

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長い事生きていると不思議な男とも付き合いがある(笑)。
 
私は新宿2丁目の住人と呼ばれる人ともお付き合いをしていた(笑)。
これはテレビなどでご存知でも
その実態はお判りにならないのでは。
そのあたりを少し。
 
私は貴重な経験と言うか。
何故かこの手の人とは気があった。
この男だけではなく。営業をやっている頃から、
その手の方にお世話になっていた。
 
苦手な方は、口も聞きたくないと
拒否反応される方がおられるが。
 
私は元々マイノリティーと言うか。
親が障害者であったので。
小さい頃からその差別を知っていた。
それほど彼らの事が気にならなかった。
 
話もいつもの通りに話す。
それが相手も判ってくれたのか。
良い知り合いとなる事になる。
 
いつも話していて。
コイツ男の気持ちが判るヤツだなあと
感心しながら話していて。
男だ!とあとから気づく。
 
話している時は女なのだ。
このあたりが複雑な気持ちになる。
彼らは男と女を行き来している。
ある時は女。ある時は男となる。
 
私はガサツな男だから
その話をストレートに話すと。
『だから、疲れるのよ』と返された。
 
そして頭が切れる。おそらく脳を男として
女として使っているからかも知れない。
 
そしてこの男、
凄く男性に持てるのである。
そんな趣味の男がいるのかと驚く。
 
ある時、彼氏が出来たと嬉しそうに話す。
『ほう、どんな彼氏!?』
ERって知っている。テレビの』
『ああ、俺の大好きなテレビだ』
『あそこに出て来る、ジョージ・クルーニーって感じ』
『え!?』
空いた口が塞がらなかった。やはり惚れると。
ヤバイなと呆れ返った。
 
『今いるんだけど。呼んでも良い?』
『ああ』と返事をした。
 
この男は美容院を経営していて
一階が車庫、二階が美容室、三階が自宅となる。
 
私はその美容室の奥の椅子に座って
足を組んで待っていると。
 
『いやあ、どうも』と笑顔の男が現れた。
信じられなかった。
思わず組んだ足を下ろして座りなおした。
 
ジョージ・クルーニーに似ているのだ。
沖縄の方で顔が濃い。その容貌はクルーニーだった。
そしてその笑顔が素晴らしい。
 
この時、この男は面食いなのだなとあらためて思った。
 
お陰で私は無事でいたことになる(笑)。
 
何故ならこの男、100キロ近い巨漢で尚且つ、
柔道有段者である。
 
私は何の脈絡も無く。
『俺ボクシングやっていたから・・・』と
牽制することも忘れなかった(笑)。
 
 
今、マツ子デラックスというタレントがいるが。
それを一回り小さくした感じである。
 
彼は元タレントでもあった。
山口百恵と同期で、いつもオーディションで
バッティングしていたと聞く。
もちろん山口百恵の大ファンでもある。
 
容姿はともかくこの男には花がる。
タレントであったという事が良く判る。
 
 
そしてこの男の女としての気遣い。
 
彼氏は歯磨き以外はこの男が全て洗う。
これを聞いた時は驚いた。
 
今そんな女がいるか?
 
食事はオカズが少なくとも4品から5品。
その男の体を考えた献立となる。
恐ろしく料理が美味い。
 
私は数回この食事に呼ばれた事があるが。
彼氏でも無い私にはそれは冷たい対応であった。
これほど差をつけるのかと思うほどである。
 
この男の悩みが
『彼が私の作った料理を全部食べたくれない』
という贅沢な悩みであった。
『じゃあ、俺がオカズを食べるから呼んでくれ』
と言って以来呼ばれることは無くなった(笑)。
 
この男の欠点は彼氏のためなら全財産を注ぎ込む。
 
しかし私のような、
ただの知り合いにはそれは細かかった。
その男のために問い合わせの電話をする時ですら
私に手を出して電話代を要求する。10円ですよ!
このあたりが細か過ぎる。
 
この男と一緒にいる時に
(美容院だから頭を刈ってもらっていた)
彼氏が気を利かせて私の弁当まで
買ってくると機嫌が悪くなる。
ある種の嫉妬(笑)?
 
ここ数年私はこの男と会っていない。
それは私に金が無くなった。
それとも今の彼氏と上手くいっている?
 
彼氏と上手くいかなくなると
電話が頻繁にかかって来たものだ。
おそらく今はそれが無い。
それが一番の理由かも知れない。
 
昨年末に私のPCが壊れた時。
この男に数年ぶりに連絡した。
(この男はPC関係に強い。)
 
その時の対応は素晴らしかったが。
それ以来、何にも言って来ない所を見ると。
今は安定した彼氏との生活を送っているようだ。
 
まあそれが一番である。
私は何と言ってもただの知り合いである。
それ以上でもそれ以下でもない。
 
 
追記。
肝心な事を書き忘れていました。
いわゆる男気がある男ではない。
 
あくまで女なのである。
 
たとえば食事など私はあくまで割り勘とした。
それは私が男として認めているからであるが。
この男には通じなかったようである。
あくまで女性として扱って欲しかったようだ。
私にはそんな余裕もないしそんな気持ちも無い。
 
私は何処までいってもあくまで男同士。
一対一の人間として付き合っていたが。
どうもそのあたりが気に入らなかったようだ。
今となってはそんな感じがする。
そしてそれが私が無事であった所でもあるようだ。
しかし本当の所は未だに謎である。
 
 
 
 
 
 
 
カフェオレを飲む。時は流れて最高の便り。その時の経つのは早い。
 
私はカフェオレが大好きである。
これだけは何があっても止められない。
 
最近は行っていないが
数年前まで毎日通っていた店がある。
 
注文は真夏でもホットのカフェオレ。
 
カフェオレは心を落ち着かせてくれる。
コーヒーでは胃に堪える。
ミルクが半分入ることによりマイルドになる。
このわずかな至福の時間を過ごす事が
何よりの楽しみだった。
 
毎日のように通っていると。
カフェオレを入れた人が誰だかが判る。
カフェオレの色と香りで判る。
コーヒーはどんなにコーヒー豆の良い物を使っても
入れる人によって味が美味しくも不味くもなる。
 
しかし不味くても。それほど気にならない。
今日は不味かったが。明日は良い味で飲めるだろう。
そんな思いで通っていた。
 
カフェオレを飲む時だけが
至福の時間となる。
 
その時だけ顔が穏やかになっているらしい。
毎日通っているせいもあるが。
私に声をかけてくれる男の子や女の子がいた。
 
私は決して愛想の良い男ではない。
仕事の都合上目つきは鋭い。
それが何故か話しかけてくれる。
それが不思議でならない。
どこか馬が合うのであろう。
 
いつの間にか。
その店では『カフェオレおじさん』と
言われていたようだ(笑)。
 
私はその仕事と自分の立場から
女の子には私から話かける事は殆ど無い。
 
やはりこれから女性としていずれは嫁ぐ将来の人に
話かけるのは控えている。
 
私とその子が楽しそうに話している姿を
第三者の方が見たらと考える。
 
男の子の場合もそうだが。
これから社会に出る上でこんな男と話すのも
勉強ではと少し緩める。
 
私に懐いてくれた男の子が二人いた。
就活に入っているという。
 
マックの時は女の子であったが
ここでは男の子となった。
 
彼らはこれから社会に出るための
準備を同じくして経験しようとしていた。
 
私は思わず、家に帰りネクタイを探した。
その中であまり洒落てなく。
それでいてダサいネクタイでもない。
中庸な物を数本選んで持って行った。
 
そして
『就活にはネクタイは必要だが。
あまり良いネクタイを締めると面接官に嫌われる。
これで良かったら締めてくれ。もちろん未使用品だよ。
気に入らなかったら捨ててくれ』と渡した。
 
もう一人は早々に就職を決めた。これには驚いた。
この店ではいつも怒鳴られている子だった。
客からも怒られている事もしばしばだった。
それでもとにかく丁寧に謝りながら仕事をしていた。
 
この子は、もつのかなとさえ思っていた。
それがだんだんその回数が減り。
この子はその店に踏み止まった。
そして早々に就職を決めた。
 
この店の中では多分一番早かったと思う。
私は嬉しくてその子には横浜では
老舗のポピーと言われる店のネクタイを渡した。
 
紺地にシルバーグレイのレジメンタル・ストライプだった。
そして『就職おめでとう。これならどこへ締めて行っても
恥はかかないと思うよ』と渡した。
 
それから一年後就職した彼は佐世保に勤務となったと
風の便りで聞いた。
 
いつものように駅前を歩いていると
その逞しくなった男が私の前を通った。
思わず声をかけた(私としてはフライングだ)。
 
『お久しぶりです。今佐世保から研修でこちらに戻って来た所です・・・』
『おお!それは大変だね。コーヒーでも飲まない?』
『はい!』と快諾してくれた。
この子が苦労して卒業した店に行った。
皆驚きと歓迎の顔をした。
 
そして佐世保での生活の話を私にしてくれた。
それも嬉しそうに。そして
『頂いたネクタイも持って行っています・・・』と言った。
これには私が感激した。
 
『出ようか』と席を立とうとすると。
その支払い明細を彼が取ろうとした。
『勘弁してくれよ。俺に奢らせてくれ』と。
私がその明細を取った。
 
その一年後だと思う、外を歩いていると。
女の子が声をかけてきた。コーヒーショップに居た子だった。
そして『〜君結婚したんですよ。そしてパパになるんです!』
『ホント!それは素晴らしい。良い話を聞かせてくれた。有難う』。
この時はわが子の事のように喜んだ。
 
佐世保に一人旅立ち。
その地で結婚相手を見つけたらしい。
 
数年が経ち
今頃、その男は愛妻と子供と一緒に歩いている事であろう。
 
久しぶりにコーヒーショップへ行ってみた。
皆知らない顔となっていた。
もうそこは馴染みの店では無くなっていた。
時の経つのは早い。
 
 
 
ドナ・サマーの思い出。彼女が亡くなって丸一年が経つ。
彼女の曲を映像に入れる。
 
このアルバムは春に恋が始まり夏に燃え秋に風が吹き冬に別れ春がまた来る
イメージ 1
 
ブログでお世話になっている66様に
ドナ・サマーを紹介して頂き急に思い出した。
去年はこの一報を聞いて号泣していた。
今頃である。
 
大昔、私は東京でオーディオ専門店に居た。
その頃ホント良く働いたと思うほど働いた。
私の人生でもこれ程働いたのはこの数年が
ピークであったと思う。
 
仕事に明け暮れて死ぬほど惚れた女の子には袖にされる。
最悪の事しか思い出せない。あの時、私は死んだ。
 
そんな中、ビデオデッキが発売された。
30万円を切るくらいの価格であった。
それを追うようにその映像を撮るためのカメラが
色々な会社で作られる。ハンディカメラの先駆けであった。
 
その中でビクターが果敢に挑戦してきた。
その新商品を売るためにビクターに呼び出され研修に行った。
とにかくデッキが重い。
そしてカメラは小型になったが手振れ補正など無く。
この扱いが難しい。私はオーディオ店にいながら
実は機械類は大の苦手であった。
 
とにかく使ってくれと言われ。
そのカメラと機材を持って撮影に行く事になる。
寒い冬の日だった。原宿を撮ろうという事になり。
もう一人の男と。そしてビクターの人と3人だったが。
機材の扱いは二人だけ。当たり前ですが。
 
先ずは青山通りの交差点から撮影を始めた。
とにかく手振れが酷い。それで三脚にカメラをセットした。
 
今の原宿とは全く違う。
歩道橋から青山通りを撮った映像が
同じアングルでNHKが数日後に撮っているのを
見て『やったあ!』と思った。
 
そして道路に止まっているシビックを写した全く同じ場所
同じアングルのテレホンカードが発売された時は驚きに驚いた。
同じ日に見ていたとしか思えない。しかしそれは誰も知らない。
 
朝から夕方まで撮ったビデオを赤坂にあった
ビデオ編集機があるビクターのショールームに行って
夜までかかって編集した。カット割りは二人でやったが。
どういう訳か編集は殆どを私がやった。
 
その映像に合わせた音楽が
ドナ・サマーのウインター・メロディと
ジョー・サンプルのメロディ・オブ・ラブだった。
 
もう一人がビートルーズを推したが。
どう考えてもこの季節にはこれしか合わないと
これで通した。編集が終わると。
 
もう一人が『これ合っている』と言った時は嬉しかった。
監督になった気分だった。
 
仕事場に持って帰り見せると酷評だったが。
私はこの映像を気に入っている。
 
私が撮った最初で最後の
撮影、監督、脚本(成り行きで撮ったが)編集、
そして音楽と殆ど一人で作り上げた。
未だにそれには満足している。
 
最後にビクターの研修は素晴らしかった。
食事は私の大好きなステーキが連日だった。
それは最高であった。
 
そしてドナ・サマーの
このウインター・メロディは泣ける。
あの寒い孤独な冬の映像にはこれしかない。
 
季節はずれですが。ドナ・サマーに愛を込めて。
 
冬にこの話は落ち込むだけです(笑)。
 
 
 
 
 
 
 

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浮世は辛い事ばかり。そして明日は我が身・・。
 
数ヶ月前だったと思うが私の知り合いの所へ
訪ねた時の事である。
 
彼は道具屋さんで知り合った男で。
私より年上で70は過ぎていると思われる。
とにかくあらゆる品物に手を出す。
 
その男とは数年前に道具屋さんで会ったきりになっていた。
実はその家も知らなかった。ある日久しぶりに外を歩いていると
その男が向こうから歩いて来た。
『おお!久しぶり。どうしてた?』
『そりゃあ、元気だよ。今よ俺の品物を店借りて出してんだ・・・』と
嬉しそうに言うので。
『おお!見せて欲しいなあ』と言うと
喜んで私を連れて行ってくれた。
その時、この男が植木職人である事が判った。
何十年も前から知っていて、この程度である。
 
その店のシャッターを開けると。
面白いものが続々と出て来る。
備前の甕。備前の徳利。おそらく本物である。
その肌触りは素晴らしい物があった。
 
ただこの男はその感慨に浸らしてくれない。
次から次と出て来るのである。
それは玉もあるが石もあった。
それでもこの男の愛情のこもった物であった。
骨董とはそういう物ではと思った。
 
そしてそこに一時間以上いたであろうか。
良い時を過ごしたが。私には少し長すぎた。
疲れて来たので。その旨を伝えてお暇した。
 
それから何回が外で出会う事はあったが。
その時期が真夏の暑い日であったり。
極寒の日であったりと。
その度に『悪い俺は行けない』と断っていた。
 
今年に入り久しぶり調子が良かったので
その店に行ったのが冒頭に書いた月であった。
その月日も曖昧だ。
 
シャッターが半ば閉まった状態だった。
その隣りがその男の家でもある事が
判ったのでそちらを見ると。
 
男がトラックに何かを積んでいる。
私はその男だと思い。近づいた。
私の視線を感じたのか。男がこちらを見る。
私がニヤリと笑ったが。向こうは笑わない。
 
おかしいなと近づくと顔は似ているのだ。
おそらく兄弟だろうと思い尋ねた。
『あの店やっていないの?』
『そうらしいね』
『じゃあ、悪いけど。不あがりが訪ねて来たと
言っといてくれない?悪い』
『ああ、伝えとく』と言われたので
その場をあとにした。
 
彼の事が気になったので
その事を知り合いの奥さんに尋ねてみた。
すると
『不あがりさん。それ弟さんだと思うけど。話したんですか』
『だって顔が似ているから弟だと思ったんで』
『あの二人は犬猿の仲で・・』と言われ驚いた。
 
話によるともう半年以上前に
家の中で倒れているのを
気にかけている方(おそらく民生委員)が見つけて
『救急車で運ばれたんですよ・・』
 
何処の病院かも判らない。
 
尚且つ弟はその男の行き先はおろか。
電話番号すら知らない。
 
そしてその男は痴呆症も発症して
『おそらく不あがりさんの事も覚えていないのでは』と
聞き愕然とした。こちらの都合とはいえ。
そんな月日が経っていた事にも驚いた。
 
あの時、訪ねていれば良かったと考える。
彼は私と同じく独り者でもある。
おそらくこれで会うことは無くなったようである。
たとえ会ったとしても私の事を覚えていないであろう。
その言葉が堪えた。
 
そしてその奥さんに
『不あがりさんも先の事を
しっかり考えておかないと困りますよ』と言われ。
 
それこそ明日は我が身とまた愕然とした。
それはそれ程先の事では無い。
そんな歳になったのだなと考える。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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さよならだけが人生だ。
 
井伏鱒二が訳した言葉である。
五言絶句の『人生別離足』の訳であるが。
これは最高の訳かも知れない。
 
このブログのお陰で色々な方と出会う事が出来た。
おそらくこの数ヶ月で私の人生の一生分の方と
出合った事だろう。
 
決してお会いする事は無いかと思うが
このネットの世界のお陰でかなり親しくして頂いている。
昔からの知り合いのような想いになる。
それほど近い感じがする。
 
この狭いとはいえ日本中の方とお話している。
その方たちのお住まいがどこかは判らない。
但し日本、いやこの地球上の方である。
それだけで十分である。
今の時代を共有している方たちだ。
 
その中にはその方の大事にされているペットもいる。
そのペットにも出合った気持ちになる。
 
ネットでのお付き合いは相手方の顔も判らない。
それでもこんな方ではと頭の中で思い描く。
それは想像上の人物になるかと思う。
理想化する事もある。
 
しかしその方の飼っておられるものは
ダイレクトに姿を見る事が出来る。
その姿にその飼い主の方の姿が
見えるような気がしてくる。
 
それは現実の世界ではない。
それでもその世界を信じる。
それがネットの世界というものかも知れない。
 
その方たちとも何れは別れが来る。
それは現実の世界と全く変わらない。
それは別れるための出会いである。
 
その出会いに感謝したい。
さよならだけが人生だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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