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最近メールで知りあった人とのやりとりの中で、このブログを読んだ感想などを丁寧に書いて頂きました。
離婚について、心の病についてなど、その方には理解できないことが多かったようでした。
離婚についても心の病についてもそうですが、生きている環境、価値観が異なる以上、理解されることは難しいと思います。
「自己責任」と言われることが多いですが、自己責任という言葉の元に、どこまで個人は責任を持ち続けることができるでしょうね。
初めから離婚しようと思って結婚する人はいないし、病気になりたくてなる人間もいません。
離婚することが「忍耐が足りない」だとか、心の病になることが「逃げ」「何でも病気のせいにしている」と言われることがあります。
結婚生活は、何の問題もないということはほとんどないでしょう。どの家庭でも、それなりの問題があり、それをなんとかホドホドのところで妥協しながら離婚を思い留まっているのかもしれません。
けれども人間同士なのですから、杓子定規には行きません。
あたしの場合、離婚した方がいいと思ったから離婚したし、その後もよく会っていますから、「どうして離婚したの?」「復縁すれば?」「離婚したなら会わなければいいのに」などいろいろ言われます。
でもたとえばの話、つきあっていた男女の恋が破局しても、会社が同じならば会わざるを得ないだとか、恋人じゃなくなったけれど友人としてうまくいっているだとか、そういうケースもないとは言えませんよね。
あたしの場合も、親を頼れず、自分の体調が思わしくないなど実質的な理由でモトダンを頼ることもありますし、それ以前に、「夫婦じゃなくなったおかげでうまくつきあっていける」という部分もあります。
さっきの例え話で言うと、会社が同じだから会わざるを得ないという現実的な理由と、友人としてうまくいっている元恋人みたいなカンジの、二つの理由がある訳です。
まぁ、うまくいっているかどうかは疑問ですが…。
逆に離婚したからといって、子供まで授かった間柄なのにアッサリ他人になりきれてしまうことの方が、あたしにはできないことなのかもしれません。
たとえどんなに「最低な男!!」と思っても、モトダンが子供に会えなくて寂しいんじゃないかとか、休日に一人で泣いてたりするんじゃないかとか、そう思ったら可哀相だと思ってしまいます。
モトダンはあたしの前にも一度離婚を経験していて、一人息子がいましたが、今ではどこにいるかもわかりません。
あたしと結婚する前、「子供と会えなくなってからしばらくは、子供が出てくるテレビを見るのもつらかった」と言っていました。
モトダンの友人にも離婚歴のある男性がいますが、会社と家の往復以外はほとんど外出せずに飲んだくれて早20年…という人もいます。
夫としては無責任な男ですが、いいところがない訳じゃなし、そこまで冷徹に憎みきれるもんでもないです。子供たちだってパパのことは好きだし、あたしも病弱だから、時々手伝いに来てくれればそれぞれにとって都合がいいからそうしているだけ。
離婚したから、金銭的な問題もある程度距離を置いて考えられるようになったし、向こうの家族との不仲からも距離を置けるようになったので、離婚したこと自体には後悔していません。
大事なことは、籍が入っているかどうかではないと思います。
それぞれがいかに幸せになれるかを考えた時に、最良の方法があればそれを選択すべきでしょう。
そしていよいよ本題、心の病についてですが…
「気のせい」「気の持ちよう」「逃げている」
心の病気に対しての世間の考え方は、概ねこんなものですね。
人間は生きている以上、誰でも病気になります。生まれてから死ぬまで、風邪一つひかない人はいないでしょう。
でも実際に病気になった時、頭痛、眩暈、発熱、下痢、嘔吐などの症状が風邪からのものであるか、内臓疾患からくるものかが判れば、それはれっきとした病気として認識されますね。医者や家族、同僚や上司など、誰も「気のせい」とは言いません。
でもその症状の原因が心だった場合に限り、周囲は往々にして「気のせい」と決め付けます。
どうしてでしょうね?
心と身体は密接に繋がっているんですから、心のバランスを崩せば身体に異常が起きても不思議ではありません。
そして厄介なことに、どんなにツライ症状があったとしても、心の病については、「気の持ちようで克服できる」と思われがちなのです。
心が弱っているから病気にもなるし、克服できないくらい心も身体も悲鳴を上げているから心身共に苦しんでいるというのに、「気の持ちよう」と言われたらどうにもなりません。
ストレスで胃潰瘍になり、それが癌にまで悪化したとして、そういう人に対して「気の持ちよう」と言えるでしょうか?
鬱は癌とは違いますが、確実に心を蝕み、最悪「自殺」ということもあるのですから、命に関わる病といっても過言ではありません。
それなのに、「心が弱いからだ」と決め付けられ、「病気のせいにして逃げている」と言われてしまうんです。
ストレスが原因でかかり得る病気は多々ありますが、内臓疾患だと「大変だね」と言われるのに、心が蝕まれてしまった場合はそう思われないって、なんだか変ですね。
しかもこういったブログ(心の病に関する)を読んでいるのはほとんどが本人か身内ばかりなので、世間一般の人は無関心のままなんでしょうね。
「同類相憐れむというか、自分と同じ価値観の人以外は排除しているカンジがするので、もっといろんな人と話して世間を広く持ってみれば?」
というようなことも言われましたが、逆にあたしとしては、心の病じゃない人にも偏見をなくし、認識を深くして欲しいという気持ちで書いていますので、排除どころかどんどん読んで欲しいとさえ思っているのに、なぜ?と…。
障害者でない人が健常者に理解されないことと同じように、心の病についてだって、こちら側がいくら理解して欲しいと訴えたところで、健康な人がこちらの立場を理解しようという気持がない限り難しいようですね。
別に同類相憐れむ行為をしたい訳でもないし、悲劇のヒロインぶりたい訳でもないんです。
こういう病気があること、苦しんでいる人がたくさんいること、偏見を持たずに関わって欲しいこと、そういうことを訴えたいだけなんですけれど…。
健康な人から見れば、または弱い部分を曝け出すことを恥だと思っている人にとっては、とても正視できないことのようです。
思うんですが、自分の病気を受け入れないとか、正直な心に蓋をしている人は、頑固に、そして必要以上に強がりますね。
誰だって人間なんだから、そんなに強い部分ばかりじゃないはずです。
それに人を批判したり見下したり、間違ってるとか正しいとか決め付けますね。
あたしみたいに平気で弱い部分を曝け出したり、思っていることを何でもブログに書いたりすることを、プライドがない、と考えるようです。
そもそも、プライドって何でしょう?
自分が誇りに思っていること、自分の経験、価値観、感じ方や考え方、それぞれ違って当たり前じゃないですか?
自分の価値観と違う、自分にとって忌まわしいと思うことがその人にとってのプライドかもしれないですよね。
金や地位があることを重要視するか、心が豊かであることを重要視するか、そんなことによっても天と地がひっくり返ってしまいます。
あぁ…あたしは金を憎んでいるつもりはないけれど、お金や地位に固執しているタイプの人間とは絶対に相容れないだろうなぁ、とつくづく思ってしまいます。
なんかと〜っても混乱というか、自分の足元を揺さぶられたというか、そんな心持ちがしています。
できれば心の病をお持ちでなく、けれど偏見は持っていないという方がいらっしゃいましたら、健康な人間としてのお考えをお教え頂けないでしょうか?
あたしが間違っているのかなぁ…
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私は診断されたことはありませんが、鬱っぽくなったことがあり、ADHDかも…、と思ったりもしています。心の病は人生の過渡期に起きることも多く、それを乗り越えれば、新たな人生に向かう出発点にもなると思います。私は風邪のようなものだと捉えています。色々な意見がありますが、受け止めはしても、惑わされてはいけないと思います。自分の感性や価値観に自信をもっていいと思います。押し付けはいけないですが。うちの親もそうですが、唯我独尊の人は心の病にならないし、理解できそうもないようです…。
2006/4/29(土) 午前 10:36
コメント、本当にありがとうございますm(__)m昨夜は、他の方のご意見を伺いたくて履歴から辿って彷徨っていましたので、コメント頂けて本当に嬉しく思います。誰でも病気とまではいかずとも、心が気弱になってしまうことがあると思います。私も、例のメールを下さった方は唯我独尊なんだろうな、と感じました。「一人で生きて行ける」と言い切れる人は逆に、周囲に対して感謝の気持ちが薄い人なのかもしれませんね。zzzciownnさんのコメントで本当に救われた気がしています。もう少し、自分の感性や価値観に自信を持とうと思いました。
2006/4/29(土) 午後 3:11
久しぶりです。世の中、良い人ばかりなら事件なんて起こりません。理解出来ない人はたくさんいます。これが現実でしから仕方がありませんね。私の娘も心の病です。どんなに理解しようとしても、心の中まで見えません。難しいところです。せめて、傷つける言葉は避けるようにしています。
2006/4/29(土) 午後 5:26
以前TBさせて頂いたものに、「悩む」から人は成長するもので、誰しも悩みたくはないですが、悩んだ経験が多い人ほど人の痛みがわかるものです。流生ちゃんは、悩みなんて知らない人になりたいですか?悩むことは嫌だけど、人の痛みがわからない人間にはなりたくないですよね。
2006/4/29(土) 午後 5:28
今朝記事にしましたけど、人を傷つける行為をしたのではないかと昨日より、落ち込んでいました。人間は生きている限り人を傷つけているのです。気がつかないうちに。これ人間の本質なのです。ですから、どちらも神経質になる必要はないのではないかと思います。また、TBさせて頂きました。時間ある時に読んで下さい。嵐風人
2006/4/29(土) 午後 5:31
確かにそうですね。またもや「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから」という海援隊の贈る言葉の歌詞を思い出しました。悩んで苦しんだ経験があるからこそ今の自分があるのだし、他人に見下されたり批判されても、自分だけは自分を認めてあげなくてはいけなかったんですね。救われました。ありがとうございますm(__)m
2006/4/29(土) 午後 10:00
おはようございます。ご了解戴きましたので、転載させて頂きました。ありがとうございました。嵐風人
2006/5/5(金) 午前 4:50
はじめまして、へ〜ちゃんのとこから来ました直にコメしたかったからあたしは普通やと思いマス普通って言葉はおかしいかもしんないけど感情があるんやもん心が苦しくなってしまうことはあたりまえやん殺伐とした世の中で苦しくない人って不感症やと思うよ風邪と心の病は同じ病気やと思ってるよ生きることを大事にしてるから頑張って、まわりにも心配かけたくないってより頑張って限界以上に頑張ってるから心の病になったのにそれでも、もっと頑張らないとダメでしょって言われるのは辛いよね自分の心の声を聞いて自分を信じて下さいね
2006/5/5(金) 午後 11:33 [ - ]
るなさん、ありがとうございますm(__)mコメント読むの遅くなっちゃってごめんなさいね。人には感情があるんだし、完璧じゃないんだから、自分の限界を超えたら心も身体と同じようにバランス崩すよね(ToT)「頑張りに足りないってことはない」って言われたけど、そうやって追い込んでいったらキリがなくなっちゃうと思う。過ぎたるは及ばざるが如し、なので、ホドホドが一番かもしれないですね。まして病気の時は無理せず休養することが大切だし。
2006/5/8(月) 午前 2:18
今はできるだけノホホンと暮らしてるので大丈夫です☆外野の無責任な叱咤激励より、自分の心の声を信じなくちゃネ。るなさんの言葉、とても嬉しいです(^o^)仕事してた時も限界まで追い込まれたし、家庭でもいろいろあったので、鬱が再発しちゃったんです。だから今はストレスをなるべく避けて休養優先にしています(^o^)だから「グータラ」って言われるんですけどね_(^^;)ゞ
2006/5/8(月) 午前 2:21
なかなか経験しないと分かりにくいのかも知れませんね。実際自分もウツになるまでは気にも留めてなかった感じです。人が分かろうが分かるまいがww自分のこころが無理って言ったら無理なんですw強引?w怠け者に思われてもいいよ。なぜってそれまでに人の何倍も頑張ってきたんだもんw変な自信だね。でも鬱病になった事は みきには大切な勲章だから☆
2006/6/11(日) 午後 3:53 [ mik**727 ]
mikiさん、初めまして・・・かな?おいで頂きありがとうございますm(__)mウツにしても他のどんな病気や経験にしても、自分に関係がない時にはなかなか気がつきませんよね。同病相憐れむみたいなことを言われることもありますが、理解し合えるのは同じ苦しみを味わった者ばかりになりがちなのが事実★ウツが増えていくに従って、少しずつ認知されつつありますが。でも本当に、頑張り屋さんがなりやすいといわれる鬱病ですから、勲章と思えるのは素晴らしいことです。よく頑張ってきましたね、mikiさん\(~o~)/
2006/6/11(日) 午後 10:22