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私の人生にとても影響を与えたモノのひとつに、
子供の頃に毎日見ていたアニメ、トムとジェリーがある アニメとしてのストーリーやテンポはもちろん素晴らしいと思うが 私の場合、あの世界に描かれる『アメリカ』に強く憧れた きっとアメリカのステーキの肉は焼いたら一気に5分の1程に縮まると思っていたし チュッパチャップスが入っているような大玉のガムの自動販売機は、 今でも思いきり振ったら2〜3個出てくる気がする 寝る前はフカフカの枕を手で軽く沈めてから顔を埋めたくなるし マッチはおしりで擦ってみようと、、いや、それは痛そうだな… とにかく、その一つ一つ全てがカッコ良くて 子供心にアメリカって国は最高だ、と刷り込まれてしまった。 更に夕方、トムとジェリーの後には アーノルド坊やが続けてあるもんだから アニメと実写を使って、徹底的にアメリカ文化に洗脳されたような幼少期だった 大人になっても当然のように、なんでも舶来品が好きで 方向はやはりヨーロピアンではなくアメリカン。 だからフライフィッシングも、ハーディーではなくオービスにいった。 30歳になった頃 今となっては叶えられなかった夢なのだが、 実は、真剣にアメリカに移住したいと考えていた。 旅行でラスベガスに行った時は、これぞ観光地、 街全てがエンターテイメントの極みで、滞在中はずっと夢心地。 それはそれでとても楽しい観光だったのだが ロスに行った時、約半分の日数を普通の観光とは違ったローカルな旅にしてみたのだが、 その内容がとても濃くて、憧れていたアメリカ文化に、より気持ちが入った旅になった ロスで一日お世話になった方が、単身で何のあてもなくアメリカに渡ったという、 夢見る私にとって、まさにビンゴな方だったから、魅力的な話をたっぷり聞いた 滞在中は和食なんて食べたいと思った事も無かったし、 あの、なんとも言えない下品な甘みのジュースにアイスクリーム、 シナモン100%みたいなクッキーだって朝っぱらから喜んで食べていた 今でもよく覚えているのは 帰りの飛行機が成田の滑走路に降り立つ時 アメリカとの空気感の違いに、グッタリした気分。 あの、じめじめした、暗い色合いのドブくさい空気感は、 今でも東京というだけで、あのイメージが一番先にでて来てしまう 今、一番的確な表現は、PM2.5に溢れた空気に見えた、かな。 せめて夏の晴れた千歳空港に降りたてば、違ったかもしれないのだが。 とにかく、それからずっと日本が嫌で、本気でグリーンカードを狙っていた そんな根っからアメリカ贔屓な私が最近、モノやジャンルにはよるのだが、 『和』というか、日本文化に心を奪われる時が多々ある 最初に結論を言うと、歳なんだ、と思う なんとか言い訳を探して抵抗したくなるが、これは間違いなく、歳なのだろう 和食が良くなってきたり 神社の境内で凛とした気分になったり そう、なんだかジャポネスクが心地いい いつかはマジソンリバーのほとりで、ハンモックで昼寝しながらトムとジェリーと暮らしたい と思っていたけど、 この土地で、風鈴の音を聴きながら、手塚治虫や宮崎駿も 悪くないね |
slow life
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私達親子が空手の特別練習に使用する施設は管内に3ヶ所あるのだが、
その一つに『帯広 森の交流館』という施設がある この施設は、十勝在住の外国人の交流スペースとして作られたらしいのだが 外国人でなくとも誰でも普通に使える、いわゆるコミュニティセンターのような施設で なぜかあまり一般に知られていない、とても素敵なロケーションの、隠れ家的スポットだ。 その森の交流館で、今日ちょっとしたイベントがあった。 いつも練習の時に一緒になるカポエイラのグループの方々に 「日曜日のイベントではカポエイラもやるから観に来てね!」 と言われていた 今日は仕事だったから昼休みの僅かな時間だったけれど、娘を連れて覗きに行った これが、とにかく行って良かった あまりに素晴らしくて言葉では上手く表現出来ないが その空間には、夏の日差しと最高に眩しい緑の世界があった stand by me は歌ってなかったけど 超多国籍な老若男女 まんま Playing for Change だった 今日は、このキラキラと輝く夏の帯広の空気に包まれて心から思った ここの釣りは最高に難しいけど ここにいる人生は最高だ と。 |
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移住について、一番迷いがあったのは やはり仕事だった 前職の立場から帯広の同業他社からのお誘いが何件かあり スキルも生かし、収入も落とさず、というとてもスムーズな 就職活動になる予定だった しかし、そのスムーズな予定に、私の余計な閃きが邪魔をした 「十勝に移住するならば、仕事も十勝に根ざした事をしてみたい」 十勝と言えば そう「酪農」である この本当に余計な閃きから とにかく酪農について調べあげたが 調べれば調べる程 良い話が出てこない どこを見ても出て来るのは 乳価と後継者の問題だし 全国的には ほぼ毎日じゃないかと思える程の離農件数 正直 厳しいと思った 何より 年齢的にも ホワイトカラーからブルーカラーへの転身は きっと受け入れられないだろう しかし 調べていると不思議な事に 十勝の酪農関係の募集件数は 増えないし 減らない どうやら 慢性的に人不足だ その理由は キツい キタナい カッコワルい なのか もしくは 他に原因があるのか 本州から十勝に移住 そして酪農の世界へという人のブログを見ていると 実際の仕事内容、やりがいと不満が毎日のように書かれていた 客観的に見ていると 人不足の理由が おぼろげに見えて来る 原因は 総合的だと思う 人が仕事を辞めるのは 時間 金 夢 この3枚のカード全てが無くなった時だと 昔聞いた事がある 逆を言うと どれか1枚でも残っていれば 人は仕事を辞めない 酪農の仕事を募集している牧場は ほとんどが個人経営の牧場 3人〜5人程度の家族経営だ となれば 人間関係が難しいのは想像がつく それに加え 若い人材が望んでいるのは 一般的な企業の待遇だろう 募集内容を見ていると確かに 普通の企業のように条件が書いてあるが 実際には 経理のプロが事務所にいる訳ではないだろう 労務管理や待遇を一般の企業並にしている牧場がどれほどあるだろうか 会社として登記している牧場が少ないということは そういう事なんだと思う と いうことは 会社組織ではないので 時間と収入が 曖昧 更には 酪農の将来に夢が見れない時代背景 このカードで 人材確保するのはとても大変である 普通ならばここで この業種を選択肢から消す と思うが 一度思い付いてしまったので どうにも忘れる事が出来ない 休日に十勝の渓を目指し走っていると 牧場ばかりが目につく どこかに隙間はないのか なんとかならないものか… 瀬の中の大岩に 心のニンフが根がかってしまったようだ
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進む方向を決めたら 次は出来る限り綿密な計画を立てる この計画は建物で言う設計図であり工程表なので重要だ 私が まず最初に決めたのは引越しする日と初出勤日 ポイントは就職活動を始める前に、初出勤日を決めてしまったという事。 私の場合、あくまでも、仕事を変える事が目的ではなく、 十勝に住むことが目的なので この順番となる 期日を決めるという事は 自分に対しての約束でもあり 後の就職活動において先方に曖昧な返事をしない為でもある。 そして 最初に決めた期日は絶対に守る もちろん思いもがけない事態が多々発生するだろう が、明日でいいか などと 決して手抜きはせず 全力でこの日程通りに動くように努力する。 とはいえ 自分の力だけではどうしようもない事も起こるものだ そんな時は その場で計画を見直し 直ちに修正する ゴールから逆算してスケジュールを埋めていくと 余裕をもって決めたはずの初出勤日だったが あまりのんびり出来ない事に気付く plan do check action 計画を立て 行動してみる 途中で確認し 手を打つ このP D C A を出来るだけ極め細かく そして速いテンポで出来るように と 毎日のように部下に言っていたが 移住計画の中では 自分に毎日言われていた 計画を立てたのは2009年2月 その計画の中には 釣りに行く日もしっかり入っていた
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心得 とは 随分偉そうなタイトルだが 所詮 釣り好きの独り言 軽い気持ちで読んでほしい 私が移住を考え始めて最初にしたこと それはインターネットでの情報収集 検索していると 田舎への移住日記のような ブログがたくさんあった そして これがとても参考になった 私も移住に関する様々な事を日々ブログに書いて 移住を考えている人達に 少しでも参考になればと思っていたのだが 何も書かないうちに 1年が過ぎてしまった 最近 ようやく生活が安定してきたことだし だいぶ遅れはしたが 私の移住ストーリー 「slow life」 を書いてみようと思う まだまだ振り返る年齢ではないが 自分の歩んで来た人生を振り返ると 明確なターニングポイントは3回あったと思う 昨年の十勝移住は その3回の中で 間違いなく最大のポイントだ 最大というのは 環境の変化の大きさ ではない 気持ちの面で 最大という意味だ 移住1年前 2008年 仕事は ノリに乗っていて 翌年に取締役というところまで来ていた 一般的には 大出世 大変 喜ばしいことだし 仕事人としての目標は達成だ 普通であれば 成功の喜びが心の底から沸き上がってくるはずが どういう訳か 無い いや 無いというより 薄い なにか違う その違和感が いつの間にか 色んな事を考えさせた 自分は今 本当に 幸せなのか? 自分はどう生きたいのか という事を 生まれて初めて 真剣に考えた 眠れない位 考えた 考えれば考えるほど 何が本当かわからなくなった 煮詰まって 行き詰まって そんな時 ネットで自己啓発のようなサイトを見ていると ある質問が目に入って来た 「 余命1年と言われたら あなたは何をしますか? 」 冗談ではよく聞く質問だが 真剣に聞くと かなり重たい質問だ そのサイトでは その答えこそ あなたが本当にしたい事だという 自分に正直に聞いてみた 本当に余命1年なら仕事なんかしないで 憧れの土地である十勝に住み そして毎日 渓に立つだろう 笑われる方もいるだろうが きっかけは この冗談のような質問だったし まぎれも無く この時のストレートな答えが 後の人生を180度 変えたのだ そして これこそが移住の心得だと思う もちろん家族の理解が無いと絶対に成功はない 理解を得た上で 本当にやりたい事を一番に考える 重要なのは 出来る事 ではなく やりたい事だ やりたい事を一番に考えるのは とても難しいことだ 人には色んなしがらみが 必ずあるからだ しかし とにかくストレートに考える 変化球は無しだ そのまっすぐに出した答えが本物であれば 大体のことは乗り切れるはずだ たとえ金銭的に苦しくても 思ったより仕事がキツくても 思い描いた理想と少しくらい違っていても きっと溜息は出てこない なぜか? 自分が本当にやりたい事 だから デュポンのライターもロレックスも手放し 車はオンボロのハイラックスサーフ それでも 今 私は人生の中で 最も幸せで 豊かな時間を過ごしている 今年 買った slow life item 家の前でウエーダーを履く為のベンチにて |

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