|
言葉では伝わらないものが確かにある。
しかしそれは、言葉を使い尽くした人だけが言えることである。
言葉は、心という海に浮かんだ氷山のようなものだ。
海面から浮かんでいる部分はわずかだが、それによって海面下に存在する、大きなものを知覚したり、感じ取ったりすることが出来る。
言葉は大事に使いなさい。そうすれば、ただ沈黙しているより多くのことをより正確に伝えられる。正しい判断は正しい情報と、正しい分析により成立する。
小説より抜粋
これ読んで本当にそう思います。
相手に以心伝心で物事を伝えるようにするには沢山の年月が必要なんじゃないかなって思う。
そして、言葉のちょっとした部分でその人が考えていることが分かったりする。またそう受け止めてしまうこともある。
利用しようとか、裏表があるとか、見下すとか、目と言葉は隠せない。
心から思っている、怒っている中にも愛情がある、こういうのも伝わる。
言葉は選んで使うべきっていうのは、案外簡単そうで難しいことだって思うんですよね。
例えば同じ言葉でも、人によっては傷つく言葉ってありますよね?だから勝方便というものが必要になってくる。
勝方便とは、相手を傷つけないこと。正しい道に導くこと。正しい言葉を使うこと。己の欲望や同情で話さないこと。
殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりするのは遣られるほうは痛い。
ましては折れた音とか聞こえればさらに痛さが分かる。でも言葉の暴力は相手に刺しっぱなしで痛さがわからない。私はけっこうなんでも言っちゃう毒舌なんですよー!って言う人が居たけど、自分が周りからどう思われてるか分かってなかったですもんね(笑)
本当言葉ひとつだけでも相手によっては、受け取り方が違う。
だから嘘八百じゃなくて正しい情報と根拠をもって、自分で判断して話さなければならないんじゃないかなと思う。
そして気迫を持った人や、気品を持った人にはその言葉に風格が表れる。
姑息なのは一発でわかる、良いとこ取りしようとか、蹴落とそうとか、姑息な風格になる。
剣道なんかもそうなんすけど、真正面から倒してやろうか。って考えてる人と、姑息にフェイントでもかまそうか(*ノ∀ノ)キャ なんてのじゃ気の先が違う。なんも怖さが無い。
高校の時の師匠に掛かった生徒がいて、構えただけで「お前もう辞めてしまえ」って言われた生徒がいた。そいつが狙っていたのは「出小手」本人が言ってました。
結局彼は伸びずに終わってしまった。
やっぱり考え方なんだなって本当にその時思いました。
そしてそういうのって言葉に良く出る。信念、気迫、っていうのは武道だけでなくて普段の生活にも必要なんだなって思いました。
|
そうだね・・・自分の信念をしっかり持ってないと道を見失いそうな時がありますね。姑息なフェイントも必要だろうけど、私は苦手だなぁ(^^ゞ自分の言葉で気持ちを表現すること、相手のことを思いやった態度を取れる人になるのはなかなか難しいのかもしれんね。
2006/5/20(土) 午前 0:12
人を傷つけないように一つの言葉に対して返す言葉を選んでいると無言になってる事が多いです。そして伝えたい事を伝えられずに周りは他の話題になってたりする。。。難しいですね。。。
2006/5/20(土) 午前 1:53 [ saru4741 ]
憎しみや妬み、自慢など負の感情ほど言葉だけでなくその雰囲気で相手に伝わってしまいやすい・・・と聞いたことがあります。言葉だけが問題ではなく、信念、思いやる心が大切なんでしょうね。
2006/5/20(土) 午後 8:00
そんなふうに考えてたら疲れてしょうがないっていう人いますよね? でもそれって単に自分のことしか考えてない人の発言ですよね。 本当に相手のことを思ったら疲れないですよね。やっぱ信念でしょうか>クロスさん
2006/5/25(木) 午後 9:46
俺はその考えに賛成です!傷つけるって簡単ですもん。 その気持ちがあればきっと伝わります>さるさん
2006/5/25(木) 午後 9:48
やっぱり土壇場になったときにその人の本性ってでますよね! そういうのってやっぱり普段の心がけでなんとかなるんじゃないかなって思ってるんですよ。 逃げるのって簡単でしょ?でも極めてみたいですもんね>ぴょんこさん
2006/5/25(木) 午後 9:50
はじめまして…コメントありがとうございました。私は、言いたいこと言えないこと…飲み込んでしまう言葉が多かったです。今もきっと、そう。言葉を選ぶうちに話せないままになります。ブログという場は言葉でしか気持ちを伝えられません。だからこそ、言葉というものに、たくさんの想いや願いを込めます…何度も読み返し、伝えます。…そんな私の書いたものに、コメントいただいて嬉しかったです。…ありがとうございました。
2006/6/7(水) 午前 8:30