アメリカでの生活

[ リスト | 詳細 ]

アメリカでの出来事や、ホストファミリーのお話。
記事検索
検索

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 アメリカで撮った写真を見てみました。
そしたら意外と公開してない写真がゴロゴロ眠っているので、時間があるときに紹介したいと思います。
これはカリフォルニアにあるハーストキャッスルというお城の中のプールです。
波一つたっていないのわかりますか?
幻想的ですよね!
ここは周りのものに触れたりすることをご法度にしているので、施設の綺麗さはぴかいちでした。
でもその話しを聞く前に僕は銅像を触りまくっていましたがw
何枚かこれからも紹介していきたいと思います。
ハーストキャッスルだけでも相当な量があるので、まあ徐々にでも。

 ロスアンゼルスについて「えと俺これ乗りたいけどどこいけばいい?」
と聞きながらターミナルに到着しました。
 日本人も沢山いてびびりました、こんなに沢山の日本人を見たのがすごく久々で。
修学旅行なのかな?沢山学生がいて先生が僕の隣にすわったので「旅行っすか?」ってきいたらどうやらそうらしい。海外に修学旅行にいってしかも2週間ホームステイしてすごすらしい。
なんとリッチな修学旅行!!

 ってことで飛行機にのりこみました。12時間の旅がはじまる。
でも定刻近くになったらなんかおかしい。APUといって大きな飛行機には小さいジェットエンジンがついています。そのエンジンはメインエンジン点火前には動いているのである。
なんで動いてないんかなと思ってたら。「エンジン不良の為一度下りてください」
なぬーーーー!(´・ω・`)
エンジン不良じゃしょうがないよなあ、ていうかフライト中にエンジン不良じゃなくてよかったよ。
まあこういう経験もありかな!と思って、開き直ってました。

 そして時間は過ぎて3時間、アメリカ人のおばちゃんと知り合いになりました。
ていうのは暇すぎてどうしようもなかったから隣にいたおばちゃんに話かけたのです。
どうやら僕のことを気に入ってくれたらしく、パンとジュースをご馳走になりました。ありがとうおばちゃん!

 そして4,5時間したら代替の飛行機がきました。
フライトキャンセルじゃなくてよかったですよ、一泊なんかしてる金なーい!
飛行機の中はもう退屈、サンルイスからロスアンゼルスまでの旅が感動ものだったのになんなんだこの違いは(笑)たまにタービュランス(乱気流)に遭遇して学生達は騒いでいたけど、僕はロビンソンR22の揺れになれていたのでなんか楽しかった。

 成田に到着後、父と従兄弟が迎えに来てくれてた。日本は醤油のにおいがした。
半年ぶりに日本にかえったんだけど、なんかアメリカにいってたことは夢みたいに思えた。
幻ではなかろうかと。
父をみて老けたように感じた。これから大阪に入るけどそれまで親孝行でもするかと思いました。
そしてプロになったら夜空をプレゼントしてあげたい。

 大好きな日本に帰ってきた。プロのパイロットになるために。日本で飛ぶために。
アメリカでの生活としての記事はこれが最後になるかもしれない、でもずっと残るだろう。
これから1月には大阪に行こうと思う、一日でも早く。
だからブログを更新する気があるかも微妙です、事業用の訓練って半端じゃない、聞いてるだけでも不安になってくるくらいやることが沢山ある。でも僕にはそれを突破できるチャンスがある。寝ていてもチャンスは掴めない、だから今出来ることをやろうと思う。
アメリカでの生活の記事はここで幕を閉じるけど、次は日本でいくぞー!

沢山の思い出と帰国 1

イメージ 1

イメージ 2

 更新遅れました、無事に帰国いたしました。
正直寂しい思いでいっぱいです、当日は鉄兄、トロ、海苔ちゃんの見送りでした。
寂しかったけどそんなことは顔にもだせないし、言葉にもだせませんでした。
 
 飛行機に乗って、周りを見渡すとパイロットではなくパッセンジャー(乗客)としての僕がいる。
なんか不思議な感じでした。
タキシングをして、さらに周りを見渡すといつもヘリコプターを駐機している「ベースオブザタワー」と呼ばれている場所があります。そこから僕らはいつもテイクオフしていた。
んで、よーーーく見ると誰かがいる。ヘリコプターもあったかな?手振ってる。飛行機に向かって。
海苔でした。
わざわざベースオブザタワーまで歩いてきて見送りしてくれたんだ。
いつもは僕があそこで手を振っていた。お繭の時も、他のスチューデントの時も、お活の時も。
今度は僕が手を振られてる。そこで初めて「俺、日本に帰るのか。」って思ったんです。
初めて実感してしまった瞬間、「またここに戻りたい」って思いました。

 飛行機もテイクオフして、色々と頭のなかを思い出がめぐりました。
そしてある風景をみて涙が止まりませんでした。それは・・
「僕がソロで飛んでいた空域をみたんです。」
初めてのソロクロスカントリーで緊張して、そして一人で飛ぶことの自信をつけたあの日。
その飛んだ風景がまさに飛行機から綺麗に見えた。今自分がどこを飛んでいるかなんて一発でわかる。
だって僕もそこ飛んでたんだから・・・・・・・・・
ロス付近になって、バンナイズの風景も見える。そこでもジェットレンジャーの訓練をしていた風景がひろがる。
不安と期待の気持ちで渡米して、怒られながら飛んで、皆でバーベキューして、飲んで、英語学校行って、座学もして。

 色々な思い出が一気に蘇ってきた。そして自分が日本に帰るということが実感できてきた。
「またいつか飛行しにこよう」って思いました。日本でプロのパイロットになって。


 

イメージ 1

 なんか可愛い動物を見つけてしまった。
リスなんかな?穴ほじくって土の中に巣があるみたいなんですよね。
可愛い、可愛いすぎる。この目、手、もこもこ。

もうすぐ帰国。

 もうすぐ帰国がせまってきました。
今日は新しい生徒にダウンタウンの紹介、そして僕のささやかなお土産を買ってきました。
僕のホームステイ先からダウンタウンは自転車で20分くらいです。写真は面倒なんで一気にアップします。
 よーく考えたら帰国まであと4日。
なんか実感がわかないんだよね、帰るってことが。
この間日本円のお金をみたらすごい違和感がありました(笑)日本に帰ったら日本人だらけで違和感あるだろうなー。
 彼らは英語もヘリコプターも発展途上、僕もこんな時期があった。
ていうか僕の英語力でよくアメリカにこれたなって思う。今は一人で買い物もできるし、そこらの人に道をきいたり、おみやげほしいんだけどと声をかけることもできる。

 帰ったら日本事業用に向けての準備が始まる。その前にアメリカに飛ぶ前に世話になった人たちに会いに行こう。んでちょこっと拳法やろっかな、子供たちも半年見ないだけでずいぶんと強くなっただろう。
「一ヶ月くらいゆっくりして2月くらいから訓練始めたら?」ってことも言われたんだけど、僕はそれをやると気持ちが切れてしまうのが怖いからやらない。ていうか切れないけどね。
僕の母さんは体が弱いのはファン限定で話したことがあるかもしれない。だから日本に帰ったら年内は親孝行しようと思っている。なにするってわけじゃないけど、来年早々には大阪にいこうと思うからその間はいろいろ話でもしようと思う。
 親戚の人もいろいろ世話になりました。空港まで見送ってくれたり、そして元の職場の人にもお世話になった。
だからこの訓練というのは僕だけの問題じゃない、応援してくれる人がいるからできたことで、決して自分ひとりでここまでこれたわけじゃない。訓練だけじゃない、生きてること自体がそういうことなんだろうと思う。
だから支えてくれる人に笑顔をプレゼントできるパイロットになりたい。そういう仕事に就きたい、そうなるためならなんでもやる。

 帰国まであと四日、飛行できるのもあとわずかになりました。
レネと飛べるのも明日が最後かもしれない、「俺の生徒は絶対に死なせない」一番強い印象でした。
アメリカにきたらまたレネと飛ぼう。
 そして僕をこのサンルイスに送ってくれたエージェントにお礼をいいたい。
お金払ってるとかどうとかって問題じゃない。それはそれで、英語をできなかった僕をここまでしてくれたのも彼らだし、飛べるようにしてくれたのも彼らの縁があるからです。

 のこりあと4日、泣かないで空港を出ることができるだろうか。泣かないよー

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事