|
先の戦争について、真実を知るのは難しいと、最近思っています。
ひとつには、敗戦ということで、それまでの正義と信じていたことが、土台から崩れ去り、教科書も黒塗りの部分をたくさん作らなければならなくなったという、信じられないほどの価値観、道徳観念、常識の変化が起こったわけです。
そのとき、個人個人の人はどうだったでしょうか?知識人と呼ばれる人々も、どうだったでしょうか?
きっと茫然自失だったと思います。おまけに、さて、今からどうやって生きていこうかという大きな問題も抱えるわけです。
私がその立場だったとしたら、とても戦争のことは語れないと思います。
絶対に、誰にも言えないと思うのです。
ものすごいショックを、国民全員が受けたことになるんですもの。
信じているものが、土台から崩れ去るというというのは、自分自身のアイデンティティーも崩れ去るということです。
踏ん張るのが精一杯じゃないかしら?
戦争はしてはいけない、というのが精一杯だったと思うんですよ。
唯一、戦争は絶対にしてはならないことという教訓だけは、みなが口をそろえて語ってくださることですね。
だから、相当勇気のある方でないと、真実を語ることは出来ないのではないか?と、最近は思っています。
そういう、勇気のある方が、先日、「渡嘉敷島集団自決」について、真実を語ってくださいました。
今までは、軍の命令によって、集団自決がなされたということになっていたのですが、真実は違っていたんですね。
渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言
≪元琉球政府の照屋昇雄さん≫
第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)産経新聞(08/27 12:16)
聞くところによると、赤松元大尉は、立派な方だったということです。まだお若い方だったらしいですが。。。
そのほかの、戦時中の悲惨な出来事についても、真実が語られる日が来ることを祈りますが、おそらく、外交的にも大問題になっているような中国での出来事についてなどは、中々真実は語られないのではないかと思います。
たとえ、その被害の及ぼされた人数や面積などがはっきりしないとしても、戦争がもたらした不幸な状況があったということは間違いが無いですね。
だから、重箱の隅をつつくように、先の戦争のことをこまごまと言って争う必要は無いです。
そこにある真実は、ただひとつだけ。
戦争は、絶対にしてはならない
ということだけです。
悪く言われ続けるのなら言われ続けてもいい。
日本を悪者ということで、その国が丸く治まるのならそれでもいいというくらいの気構えがないと、真の平和国家にはなれないでしょう。
いちいち反論する必要も無いでしょうし、こびへつらう必要もないと思います。
ただただ黙々と、世界平和のために貢献していくことこそ、後々に評価されることにつながると思います。
今は悪者扱いにされるけれども、それでも、世界の平和のために尽くしていくのだという強い信念を持っていかないと、また戦争を起こしてしまうことになります。
|