光・・・by☆銀音の鈴☆

どこまで広がるのかな?「銀音の鈴」のあてどない空想の世界です。

お金のことなど

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

私にとって、とても難しいことのひとつ、それは、、、恥ずかしいことながら、

清貧に徹する


ということです。
今の私、けっして裕福ではありません。どちらかというと、格差社会の中では下の方です。

でも、贅沢に育ちました。美しいものが大好きです。かわいいものが大好きです。
生活するためにあまり必要でないものも、すぐに欲しくなります。

おいしいものが食べたいです。珍しいものも味わってみたいです。
食べなくても命にかかわりがないというような贅沢であろう物も、すぐに食してしまいます。

とても軟弱です。虚弱体質でもあります。
だから、エアコンに一年中頼ってしまいます。エネルギーの無駄遣いをします。
車にもすぐに乗ってしまいます。しかも不必要に大きな車です。
電化製品使い放題の毎日です。


清貧に徹する


肝に銘じたいと思いつつ、やっぱり今日も無駄遣いをしてしまいました。
それが本当に無駄なのか、必要なのか、考えることもなく、、、。


生きていくのに、いったいいくらあったら十分なのでしょうね?

今の生活水準を保ちたいですか?
格差社会は怖いですか?貧しくなるのは怖いですか?

毎日食事ができて、雨露をしのげる家があり、身にまとう衣服があって、それで十分なのでしょうが、今の日本人それでは満足しないようですね。

気が遠くなるほどの消費。
自己管理できないほどに物にあふれかえっている家の中。
家の中にあるものの全てが必要なものですか? もしかしたら、まったく使わないものもあるのではないですか?
毎日毎日使い捨て。それが今の日本の文化ですよね。
代々受け継いで、大切に使っているもの、ありますか?
リフォームしていますか?

こういう経済事情に、いったい誰がしたのでしょうね。
もうこの経済のサイクルから一人抜け出すのは、容易なことではありません。

エネルギーも使い放題。資源も使い放題。そしてごみの山。

どう考えたって、何かおかしい。そう思うのは私だけではないはず。
でも、やっぱりとめられない歯がゆさ。

今後、エネルギーをめぐっての争いは、もっと激化してくるでしょうね。
今は平和を謳歌していますが、このような生活を送っている限り、いつかは手痛いしっぺ返しを食らうでしょうね。
事実、目の前では、ガソリンの値上がりにきゅうきゅう言っています。

中国13億の人々が、日本人と同じように使い捨ての文化を選んだらどうなるでしょうか?
もう、化石燃料は枯渇するでしょうね。
今、目覚しい発展を遂げている中国。まだエネルギー効率はよくないようです。
公害の問題も発生しています。ひところの日本のように。
幸い日本はこうした問題をクリアしてきました。ぜひその技術を中国に提供したいですね。
ただでは出来ませんか?
もちろん生活がかかっていますからね。ボランティアには限度があるでしょうね。
しかし、大きな目で見たら、これは人にとって必要なことだと思うのですよ。

争いごとを増やすと、軍需産業が栄えますか?
大きな利益を呼びますか?
物を破壊しつくして、また作り直す。。。莫大なお金、資源、エネルギーが必要になりますね。
軍事力を維持するために、いったいどれだけのお金が必要ですか?

今の日本の豊かで平和な生活を維持するために、裏でどれほどの人が苦しんでいるでしょうか?
どれほどの、人類共有の財産が無くなっていっているでしょうか?
どれだけの環境が破壊されているでしょうか?

私は、いったいいくらあったら満足なんでしょうか。
自問自答します。

必要以上に豊かな暮らしをしているがゆえに、世界の紛争、環境破壊の片棒を担いでいるわけですから。
心苦しく、情けなく、また、とても恥ずかしい。

わが子に伝えたい思い。それが、

清貧に徹する。足るを知る!


ということです。

人とは、本当に地球のがん細胞のよう。

イラクへのODA

麻生外務大臣が、2003年のイラク戦争後、日本の閣僚では始めてバグダッド入りをしたそうです。
何のためにと言うと、、、

麻生外相がバグダッドでイラク首相と会談、支援表明

 麻生外相は3日、イラクの首都バグダッドを訪問して同国のマリキ首相、ゼバリ外相と個別に会談し、イラク南部サマワで復興支援活動を行っていた陸上自衛隊の撤収を受け、航空自衛隊による輸送支援を拡大し、35億ドルの円借款を含む政府開発援助(ODA)を活用した社会基盤整備などの支援を継続することを伝えた。

 2003年のイラク戦争後、日本の閣僚がバグダッドに入るのは初めてだ。

 麻生外相は一連の会談で、「陸自撤収後も、イラク支援の日本の立場に揺るぎはないことを直接伝えるために訪問した」と強調した。

 マリキ首相は「日本はイラクの第一の友人だ。日本との関係を幅広い分野で発展させたい」と述べ、日本企業によるイラクへの投資を要請した。ゼバリ外相は「イラク国民は決して日本の支援を忘れない」と謝意を表明した。
(読売新聞) - 8月3日23時13分更新
 
関連トピックス:  自衛隊イラク派遣  政府開発援助(ODA) 

と言うことらしい。

海外への支援は、国益のことを思っても必要なことでしょう。たぶん、そうだと思います。

でも、一個人の目から見たら、借金大国と化した我が日本が、どうして外国の援助が出来るのか不思議に思うのです。

それでもまだ日本国民は、一定の水準以上の生活をしているわけですから、もっと恵まれない人々のために寄付をするのは当たり前なのかもしれません。

ただ、国民健康保険料未納のため、医療保険が支給されず、病院に行けず、そのため仕事も出来ないと言う人々の問題や、年金の問題、福祉の問題等々考えると、なんとも、、、、。言葉が詰まります。
政治家は、広い目を持って、最終的には一番国にとって良いと思われることを選択し実行していくのでしょう。
大多数の人の利益を守るために、少数の弱者は切り捨てられるのでしょうか?

いえ、やっぱりイラクには、もっと悲惨な人々がいらっしゃるから、少しずつでも協力して援助するのが当たり前なのでしょう。

豊かさに麻痺してしまうと、今自分がいる環境が恵まれているのかどうか、わからなくなるものです。
私自身、このニュースを見たときに、少々不満を感じましたから。
私は、特に今飢えているわけでもなく、住む場所もあり、衛生的な生活も出来ています。
確かにお金に関してはまったく裕福ではないですが、十分に生活できる環境にあると思います。
それでも、国の政策に対しては不満を持ってしまいます。
私たちが支払っている税金を何に使うのか、、、とても気になるのです。

確かに日本では、無いものが無いというほどに、さまざまなものにあふれていますね。
お金さえあれば何でも出来る自由な国です。
インフラも整備されて、よほどのことが無い限り、さし当たって日常生活に困ることはありません。
憲法にある通り、最低限の生活は保障されています。もし文句を言わず甘んじて受けることが出来るのであれば、必ず生きていくことは出来る国です。
世界にはそうした環境に無い国もたくさんありますね。
そうした国々に、生活の基盤が整うようにお手伝いをすると言うのは当たり前と言えば当たり前のことでしょう。
問題は、本当に役に立つお手伝いを出来るかどうかなんですよね。
無駄金に終わってしまっては、何にもなりません。
形だけの支援だと、本当に悲しいです。国内にも支援を必要としている人がたくさんいるのですから。
お金をどぶに捨てるようなまねだけはしないで欲しいです。

お金の使い方、個人単位でも国単位でも、もっときっちり考えていかないといけないと感じます。

イラクへの支援(ほかの国々への支援も)が、本当に役立つものであるように、みんなでしっかり見守りましょう。

開く トラックバック(1)

お金は魔物ですね。

ヒトが作ったものの中でも、最高に便利なものが「お金」というものかもしれません。
もともとは、自給自足の生活でしたよね?それから、物々交換をするようになって、、、。
お金というものが、最初どういう経緯で出来ていったのかは詳しく知りませんが、これは便利ですね。
物で持っていて、それをほかのものと交換したいと思っても、交換したいその時に、欲しいものがないかもしれない。
また、たくさんの物を所有していても、一度にほかのものと交換できないかもしれない。
そうしたとき、仲介してくれるお金は、本当に便利です。腐ることはないし、壊れることもないし、古くなることもないからです。
ま、当然相場というものは、日々変化しているという問題はありますが、それでも、生もので所有するよりは絶対に便利です。

もともとは、そんな単純なことから生まれ出てきたものがお金なんですよね。
しかし、今、貨幣経済花盛りの時代、「お金」というものは、ヒトが管理するのも大変になったほどに、大きな力を持ってしまいました。

そして、このお金のおかげで、大きな恩恵も受けますが、大きな被害も受けるようになってきたのです。

お金を稼ぐために、一般の多くの人々は、相当苦労します。
お金が無いと、何も出来ないような風潮の世の中になってきました。
何をするにもお金が必要です。ヒト一人の生活だって、国家の運営だって、基本になって動いているのがお金です。

ただおとなしく、便利な道具としてのみつかっていた頃は、まだゆとりもあって幸せでした。
それに見合う物もあったろうし、生きるに必要なものさえあれば、それで満足していた時代は、それほどお金に執着するような事はなかったのではないでしょうか?

ところが、今では、ヒトは、どうかすると、自分たちが作り出した「お金」というものの奴隷になってしまっていることが多いです。
お金ゆえに、その命さえ失うことも多々あり、嘆かわしい限りですね。


本当にそんなにお金が必要でしょうか?
一体、いくらあったら充分なのでしょうか?

大きな家がほしいですか?かっこいい車がほしいですか?ブランド物で身を包みたいですか?
宝石がほしいですか?世界中の珍しい食材を食べたいですか?
あれもこれも、全てほしいですか?

ほとんどのものが、お金があれば手に入ります。それこそ学歴だって、お金でなんとでもなります。
逆にお金がなければ、勉強も出来ないのが現実ですね。

なんとなく、最近お金に対しては恐怖心を持つようになってきました。
私自身は、お金持ちではありません。ま、借金もないけれど、貯金もないといったところでしょうか。
とはいえ、毎日ちゃんと食事も出来ますし、季節ごとに身をつつむ服も充分にあります。
住かもあれば、医療サービスも受けられます。
特にお金は持っていませんが、特に不足しているものもないようです。

それでも、かく言う私にも欲はあるようで、もっとお金があったらいいのにと、思うこともしばしば。
それは回りに影響されていることも理由に挙げられるでしょう。
周りのヒトがみな持っているものを、自分だけが持っていないと、なんとも言えない淋しさを感じるのがヒトというもののようです。

お金というとても便利な道具を得た私たちですが、どうもそのお金によって、悲劇を体験することが増えてきているような気がします。
複雑になってしまった貨幣経済。もう少し単純化できないでしょうか?
それとも、やっぱり、お金はとても魅力的で、ヒトの生活からは切り離せないものとなってしまったのでしょうか?

いくら持っていたたら、幸せなんでしょうね?

全1ページ

[1]


.
銀音の鈴
銀音の鈴
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事