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 コンゴの内戦と虐殺の根底をなすのは、アフリカの野蛮さとベルギーの植民地(1908年まではレオポルド2世の私領「コンゴ自由国」)となった不運である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%892%E4%B8%96_(%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E7%8E%8B)
> 1878年、ヘンリー・スタンリーを支援してコンゴ川流域に派遣し、彼にコンゴ地方を探検させた。
> 1884年、アフリカ分割を前提としたベルリン会議に出席し、翌1885年に欧州列強の承認のもと、コン
> ゴ自由国を建設した。
>
> こうしてコンゴを事実上の植民地として支配下(ただしこのときは、国王の個人的支配)においた。
> 当初は財政的に危機状態にあり一度はコンゴを手放すことを考えるほど追い詰められたが、同地で取
> れる原料ゴムの需要が急増したことにより解決した。レオポルド2世は巨額の収入を得て首都とその周
> 辺に豪華な王室宮廷建築を次々と造営した。しかし、そのために原住民に過酷なゴム原料の採取労働
> を課し、ノルマを達成できなければ手を切り落とすなど暴虐的な統治を行なった(数百万人の原住民
> が死に追いやられた)。このコンゴの状況は外部からは隠されていたためアメリカやヨーロッパから
> は先住民の福祉を向上さている慈悲深い君主と思われていた。

 レオポルド2世支配下の20年間に、コンゴの人口は2500万人から1500万人に激減したと推定されている。それから30年後にヒトラーが数百万人のユダヤ人虐殺を行う。ユダヤ人虐殺のことはユダヤ人によって喧伝され、誰でも知っているし、数百万とは大げさだと言っただけで国によっては法律的に罰せられたり、ユダヤ人により葬り去られる。日本でも、マルコ・ポーロ事件が起っている。しかし、レオポルド2世が行ったコンゴでの虐殺の話は、ほとんど誰も知らない。

コンゴの苦しみ 悪魔の国ベルギー王レオポルド 〜人類の悪魔〜
http://www.geocities.jp/shokatusei/Memorial/30000a.html

 べルギーのレオポルド王が世界中の美女を金にまかせてあさったことは有名であるが、そのお金はこのようなコンゴ人民の血で購われたものであった。

「レオポルド王の独白―彼のコンゴ統治についての自己弁護」 マーク・トゥエイン

> もしもレオポルド王によって流された無辜のコンゴ人民の血をバケツに集め、そのバケツを一列に並
> べたら、その長さは2000マイルに及ぷであろう。王の手で餓死させられ、虐殺された1000万の死
> 骸が立ち上って行進を始めたら、一点を通過し終わるのに7ヶ月と4 日間を要するであろう。

> すると、驚いたことには、白人の兵士たちは即座に数名の原住民を銃で射殺した。それから原住民た
> ちをなぐりつけ、「もっとゴムを持ってこい、さもないと皆殺しにするぞ。」と威嚇するのだった。
> すっかり恐れおののいてしまった原住民たちは、そこで携行食料の準備にとりかかった。なぜならゴ
> ムの林へ行くには、往復二週間を要するので、その間村をあけなくてはならなかったからだ。彼らが
> 家の前に座りこんでせっせと出発の支度をしていると、そこへベルギー兵がやってきた。そして怒っ
> て叫んだ。「なんだ、貴様たちは?まだ出かけなかったのか?何をグズグズしているのだ?」
> たちまち銃声がひびきわたり、またもや数人の原住民が、白分の妻子たちの目の前で、あっというま
> に射ち殺されてしまった。妻子たちは泣き叫んで悲しみ、死骸を埋葬しようとしたが、それすらも許
> 可されなかった。今すぐ、直ちにゴムをとりに行け、というのだった。
> 「食物を持たずに?」と彼らは聞き返した。
> 「そうだ、食物を持たずにだ!」と兵士たちはどなった。そこで哀れな原住民たちは、たき火を作る
> ほくち箱の用意すらなしに、手ぶらで出発しなくてはならなかった。森へ行きつくまでの間に、多く
> の者が飢えと夜の寒さとのために死んでしまった。さらに多くの者が銃殺された。
(略)
> 「ゴム採取が始まって以来」と彼らは語り始めた。
> 「兵士たちが余り多勢の人びとを射殺したので、わしたちは死骸を片づける元気もなくしてしまいま
> した。それに、埋葬の許可も与えてはもらえなかったのです。だからわしたちは死体を草地の上へ引
> きずってゆき、そこへ放り出しておきました。このあたりをお調べになれば、まだあと幾百個もの骸
> 骨が見っかりますよ。」

ジョセフ・コンラッド 藤永茂訳「闇の奥」
藤永茂「『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷 」(共に三交社)
http://pinhukuro.exblog.jp/5521182/
> 下の写真、アフリカの先住民が手に持っているのが何か?
> 手首である。人間の手首をいくつも持っている。
> 右の写真は手首の無い子供。
> 二つの写真は因果関係がある。

> 当然、暴力が必要となり、これまた現地人を人身売買により公安軍として徴集、1905年には
> 16000人の黒人兵員を360人の白人が指揮する軍隊が出来上がる。
>
> 黒人たちが強制労働の苛酷さに耐えられず逃亡したり反抗するのを防ぐばかりではない。
> 強制労働に疲労困憊し多くの黒人が死に至ると、そこの集落を捨てて別の集落に襲いかかる。
> 白人たちが来ると住民たちは先を争って逃げ散るが、足の遅い老人、子供、女が捕まる。
> それを人質にして集落の男たちを呼び戻して力尽きるまでこき使う。
>
> それらの暴虐を通じて銃弾は威力を発揮する。
> 黒人たちも小銃の威力を知ると銃弾の窃盗が跋扈する。
> そこで白人支配者によって考えられた”名案”が
>
> 銃弾が無駄なく人間射殺に使われた証拠として、消費された弾の数に見合う死人の右の手首の提出を
> 黒人隊員に求めた。
>
> 銃弾(闇値もついた)が欲しい黒人たちは、銃を使わずに人を殺すか、生きたまま右手首を切り落と
> すこともやった。
> の結果が上の写真になるわけである。
>
> 当時のアメリカやヨーロッパではレオポルドの巧みな嘘に騙されてコンゴ開発は未開の先住民を教え
> 救う行為と”信じて”いた。
> それを暴き糾弾した人の中にイギリス人宣教師ジョン・ハリスの妻アリスがいる。
> 彼女は当時発明されたロールフイルムを使ったコダックカメラで上の写真を撮り全米49の都市でレ
> オポルドの悪行を暴く講演を行った。
> 同じ頃マーク・トウエインも「レオポルド王の独白」という辛辣な作品を発表、その中でレオポルド
> が、コダックカメラがそれまで隠しおおせてきた残虐行為を明るみに出したことについて「わしの長
> い人生の経験の中で、こいつだけが賄賂で抱き込めなかった。」と悔しがる場面があるそうだ。

エドモンド・モレル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AC%E3%83%AB_(%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88)
> 海運会社の主任連絡員としてリバプールからベルギーを往復する間にコンゴ自由国から輸入されるゴ
> ムの圧倒的多さに対して、ベルギーからコンゴへ輸出される商品が武器弾薬に限られていることに気
> 付いて調査に乗り出し、1900年からコンゴ自由国の内情とベルギー国王レオポルド2世の圧制を暴露
> して糾弾した。1906年には代表作『赤いゴム』を発表して国際世論を味方につけレオポルド2世を追
> い詰め1908年にコンゴ自由国を消滅させた。

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