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大学には普通より一年遅く入学した。
いわゆるろーにんってやつです。
予備校の入校式で
「一浪と書いてひとなみと読みます。1年の浪人は人並みなんです」と
慰めとも何とも分からん事を言われた。
私の年齢で「一浪する女の子」ってのは超少数派で、
よっぽど行きたい大学があるとか、
学校の先生になりたいとか、医師や薬剤師とか、かなり強い意志のある子ばかりだった。
けど〜私の場合はずいぶん違う。
理系から文系への変更。
ずっとなりたい職業があったのだが両親から反対をされていた。
その折り合いがつかないまま受験へ。
どうしてもその職業につかせたくなかった母は、
入試に出かける私に
「学校は受かってもその仕事はさせない」と伝家の宝刀を抜き
私はその刀にバッサリとやられてしまった。
受けた学校はすべて落ち、
どんな学部でもいいからと入試勉強なんかしたこともない科目で二次募集はもちろん落ち、
行くところがなくところがなくなった。
きっと私の母はそんなことも覚えていないんだろうけれど〜(;^ω^)
さてさて、一浪している間も進路は揺れに揺れ、
ただでさえ今までまともに勉強していない日本史に四苦八苦しながら
どーするどーするどーする???と決めたの共学大学文学部だった。
当時、女の子っていうのは浪人などせずに女子短大へ行き、就職して24歳か25歳まで結婚をするのが最も理想的な卒業後の進路だった。
いわゆるクリスマスケーキってやつ。
そんな時代に一浪している女の子が女子大なんて恐ろしくて行くことができず、
(そうです、女だてらに浪人してどうするの?と言われていた時代です)
母をずいぶんがっかりとさせた。
きっとこっちのことは覚えているな・・・ (;^ω^)
さてさて、ずいぶん長い前ふりでしたが、
母校の「ヤマザキ ランチパック」が出たので買ってみた。
ん?4種類のベリー? へ?4種類のフルーツ?
あらま、かつては八事興正寺の土留めなどといわれていた中京大学。
私の在学中は、右見ても左見ても田舎くさい男子がうろうろしていて、
昼頃になるとどこからかヘビメタやパンクの男の子たちがわいてくる。
やたらと銅像が多い学校だった。
ずいぶんおしゃれにスマートになったものね。
かつ丼とか大盛り焼そばとかじゃあないのね(;^ω^)
これもミキティーや真央ちゃんのおかげかしら?
いい後輩を持ったものです!(^^)!
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