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日本初のマイカーがあると聞き、
出かけていきました。
場所は・・・中山道妻籠宿にある、光徳寺。
時々前を通らせていただくことはあったんですが、
知りませんでした・・・・
庫裏の入り口には
「日本最初の人力車はこの中にあります。今から150年前(天保時代)の住職の自家用車です」
と。
人力車って、観光地でよく見かけるアレですね♪
と思って庫裏の中にお邪魔すると
人力車というよりは、車輪つき駕籠?
「当寺の住職 遂応和尚が足を悪くしたために乗っていたマイカーです」
と、光徳寺の副住職さん。
妻籠は山の中の宿。どこへ行くにも坂道だらけ。
お寺も宿を一望にできる山の中腹にあります。
「いつも駕籠に乗り、お弟子さんに担いでもらっていたそうです。
お弟子さんの負担を軽くしようと、この車つきの駕籠を考え出したんだと思うんです。
たぶん、自分専用の車を持っていた人っていなかったんじゃないでしょうか?
もしかすると、日本初のマイカーかもしれません。」
車体の真ん中あたりに楕円形のものが・・・?
「車輪からくる振動を和らげるためにつけられたバネです。
乗っている間にいろいろ手を加えていったようで、このバネも、あとからつけられたもののようです」
へ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
いまや、バネは車のありとあらゆるところに使われている重要部品。
江戸時代にすでに「バネ」を車に使っていたんですね。
今ではところどころ色が剥げ落ちていますが、もともとは赤と黒のツートンカラーで
とてもしゃれたデザインだったそうです。
左側の車輪は普段使いようの車輪。
真ん中と右側のが、京の本山 妙心寺へ行くときの
「よそ行き」用。
よそ行き用車輪を見ただけで、そのおしゃれなデザインを想像できますね。
車輪には鉄が打たれ、大切に使われていたことを見ることができます。
中津川から木曾の歴史に触れるたびにいつも思うのですが・・・・
この辺りは、住むのに便利な場所ではありません。
坂が多く、山が迫り、川の流れは速く、
冬は寒く、雪が多い。
そして、都会ははるか遠く・・・・。
この地方に伝わる「衣食住」をみるにつけ、
「不便」な中で、いかに豊かに暮らすか?という心を見ることができます。
遂応和尚は、発想が豊かで人望が厚く、とてもやさしい人だったと伝えられています。
当時描かれた遂応和尚の似顔絵が残されています。
本堂で、お参りの方をやさしく見守っています。
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てくてく中山道
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江戸時代の五街道のひとつ、中山道。
私こばちが住む岐阜県中津川市は、中山道の宿場で、
その規模は東濃随一だったといわれています。
中山道を、別名「姫街道」と呼ばれているのをご存知ですか?
それは、多くのお姫様のお嫁入りに、中山道が使われたことに由来します。
江戸時代、京と江戸を結ぶ街道は、東海道と中山道。
中山道は距離が長く、山岳地帯を通っているために道が険しいのですが、
東海道のように大きな川を越えることはなく、旅程が立てやすい道だったそうです。
東海道は、雨が降ると川を越えることができず、
「川止め」は「滞る」につながることから、
縁起を担ぐお嫁入りの道中では、避けたいことだったようです。
数々のお嫁入りの行列を見送った中山道中津川宿。
その中でもひときわ壮麗だったのが、皇女和宮の降嫁でした。
文久元年(1861)、時の天皇、孝明天皇の妹で若干15歳だった和宮は、
公武合体の名の下に14代将軍家茂のもとへ嫁ぐため、
住み慣れた京から江戸へと下りました。
降嫁の行列は数十kmもの長いもので、行列が通過し終わるまでに数日かかったといわれています。
中津川宿でお泊まりになられたのは、京を発って9日目、10月29日のこと。
今から150年前のことです。
この春から、中津川では皇女和宮にちなんだイベントや、商品の販売などが行われます。
お楽しみに〜♪
私こばちの、皇女和宮降嫁150年記念のいろんなことのお手伝いをしていきます♪
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抜けるような青空の妻籠宿。
文化文政風俗絵巻行列が通り過ぎた妻籠宿です。 文化文政風俗絵巻行列の見物客でごった返していた妻籠宿ですが・・・
偶然にも人があまりいない瞬間です。
さて、そろそろ南木曽駅に向って歩きましょう。
妻籠宿から南木曽駅までは約4km。 紅葉の山の中を歩きます。 さすが木曽路。木曽義仲にゆかりのある場所が多いです。
木曽でも最も古い寺院に属するかぶと観音は、
以仁王の令旨を受けて平家打倒のために挙兵した木曽義仲が、
木曽谷の南の押さえとして妻籠に砦を築いた折、その鬼門の方角に当たるこの地に祠堂を建立し、彼の兜の八幡座の観音像を祀ったことに由縁するとのこと。
紅葉のじゅうたんのむこうに見えるのが観音堂です。
こちらは袖振りの松。
巴御前とゆかりのある松ですが、数年前に松くい虫の被害にあい、巴御前とゆかりの深い富山県南砺市から松の苗が贈られ、植え替えられました。
袖振り松・・・そのロマンチックな名前から
出兵する義仲を、巴がいつまでも着物の袖を振りながら見送ったのか・・・と勝手に想像しながら案内板を見ると
義仲が弓を引く際に邪魔になり、巴が袖を振って横倒しにした と。
爆!巴御前らしいエピソードです。
眼下に木曽川と天白公園、木の枝の間から桃介橋が見えてきました。
南木曽駅はもうすぐです。
突然D-51がっ!
かつては中央線を走り回ったD-51。
なんと!機関車がおいてある線路は、旧鉄道の線路の位置がそのままだそうで、
この後ろには旧鉄道のトンネル跡も残っているとか。
機関車ファン、旧線路ファンの方は必見です。
紅葉狩りをしながら歩いてきた今日のてくてく中山道はここまでです。
南木曽駅です。
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初めて行った、妻籠宿文化文政風俗絵巻行列。
妻籠宿に秋晴れの青空が広がっていました。
お嫁さん役のナオミさんは、お馬に揺られて行ってしまいました・・・
とにかくすごい人人人〜〜〜〜〜〜〜 何とか人ごみをかき分けて、 妻籠へ行くといつもお世話になる 画廊喫茶の「康」さんのところへ。 人ごみにもまれて疲れてたこばちを見て
「いのしし汁、飲んでって♪」と優しいお心遣い。 おいしいコーヒーとおいしいいのしし汁を頂いたあとは、本陣跡前で
振舞い酒を頂き、尾張漫才を見たり
江戸時代の旅人さんは、きっとこうやって休んでいたのでしょうか? いつもはお仕事でお邪魔することが多い妻籠宿。
久々に思いっきり観光客で妻籠宿散策を楽しみました。
さて、南木曽駅に向けて、中山道をてくてく歩きます!
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今日は、信州妻籠宿の「文化文政風俗絵巻行列」でした。
江戸時代の妻籠の風俗と花嫁行列の再現です。
最近何かとお世話になっているナオミさんが 「私、妻籠の行列の花嫁やることいなったんです〜」と。 若くてとってもきれい、そしてすらりと背の高いナオミさん。 絶対に見に行かなくっちゃ♪
ってことで、青空の妻籠宿へ。
実は、私こばち初めてこの行列を見に行きます。
毎年ものすごい人出だと聞いていたんで、 ちょっぴり早めに家を出て、まずは宿のはずれのお嫁さんのお宿へ・・・ 今日一日花嫁さんを乗せるお馬さんが、おいしそうに朝食中でした。
彼の名前は五宮(いつきのみや)2号。
お祭りなどのイベント用に飼育されている木曽馬で、 あちこちお呼びがかかる売れっ子馬です。 まだまだお嫁さんはお支度中。 それならできるだけ出発点に近くへ行ってみよう! 私とってもどんくさいので、人ごみに中じゃきっと写真撮れないし・・・ ってことで、妻籠城址城山を越え、 坂を上り下り・・・・ お!行列がやってきました! そしてダッシュで花嫁さんのお宿へ・・・
わあ♪ナオミさん♪きれ〜〜〜〜〜〜 「こばちさん来てくれたの〜?」とナオミさん。
ダメダメ、花嫁さんがピースしちゃっ。 実はおちゃめなナオミさんです。 今日の主役の花嫁さん。カメラマン達は花嫁さんの動くところへわさわさと移動します。
もう写真を撮るドコロの騒ぎじゃあありません。 ってことで、今度は坂をダッシュで下り・・・
行列の到着を待ちます。 民宿大吉さんの下辺り、行列を待つ人たちです。
この辺りでこんなにたくさんの人!宿場の中はいったいどんなになっているんでしょう? 江戸時代の風俗に身を包んだ妻籠宿の人たちの行列が続き・・・
花嫁さんがやってきて・・・
あっという間に通り過ぎてしまいました・・・
本当にお嫁に行ってしまうような気がして、
秋の青空の下、胸がジーンとしていたこばちでした・・・・・。 |








