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日本人に勇気を与えてくれた名著「坂の上の雲」。しかし、その史実の捉え方には思い違いがないか? 日露戦争、ノモンハン事件等、明治以降日本が戦った戦争を取り上げ、その虚像と実像を抉り出すことで日本の近代を問い直す。 今回は怖いなあ。 問題な1冊と言ってしまうので。 虚像と実像、司馬遼太郎の史実のとらえ方の間違いなど、なるほどそうか、と目から鱗が落ちる…。 なかなかすごいなと思いつつ読む進めていくと、福井先生の主張は根拠が示されていないことが多いなあとか、引用している著作って、ほんとうに評価されているものなのか?とか、なんだかひっかかるのです。 まあそれでもいいかと、さらに読み進めていくと… 第5章 戦後の日本人の精神構造や国家像。「司馬史観」とどう結びついているのか(161,162P)ですが、以下引用します。 「これはあくまでも私の想像に過ぎぬが、もし昭和二〇年八月の時点で、日本がポツダム宣言を受諾せず、天皇の命令で本土決戦を敢行していたら、どうなっていたことであろうか。恐らく国民は謹みかしこみて、その命令に従ったであろう。そして戦火で国土が焦土となった後でも、ゲリラ戦で最後の一兵になるまで戦ったことであろう。」 いやあ、読んでびっくりしました。 ほんとうにそうだったんですか? これも根拠する文献なり新聞記事なりなにも明示されていません。 福井さんの思いこみではないですか。 続いてこう書かれています。 「結果的には昭和天皇のぎりぎりの決断で、本土決戦は回避されることになった。この時「天皇はなぜ我々に、最後の一人になるまで武器をとって戦い抜け、とお命じ下さらなかったのか」と思った国民が多かったであろう。だが、いやそれ故に、終戦に際しての、全戦場での日本軍の鉾の納め方も、一糸乱れぬ水際だったものだったのである。」 戦前、全国民は天皇陛下を崇め奉っていたのであるということをおっしゃりたいようで、「はだしのゲン」のなかで天皇の悪口を言っている場面を「あり得なかった」とおっしゃっています。 しかし、推察と根拠のない「日本軍の鉾の納め方も…云々」では「ほんとだったの〜?」と言わざるを得ませんし、悪口を言う人はいなかったという証拠のようなものはなにもありません。 ちなみに、福井さんは1953年の戦後生まれですので、実際に見聞きしたわけではありません。 ご家族からお聞きになったのでしょうか。 戻りますが、先ほどの引用部分などやはり「とんでも発言」ではありませんかねえ。 以下、「戦前の日本軍は間違っていなかった」が最後までつづきます。 結果。 題名の「司馬遼太郎」は客寄せのための「看板」でしかなかったと判断しました。 蛇足
2009年に出版された『対論・異色昭和史』で上坂冬子氏は「ばりばりの軍国少だった」と言っていますので、天皇陛下のご命令であれば戦い抜く気持ちを持っていた人々は多かったのは間違いではなかったようです。 しかし、「日本軍は間違っていなかった」は間違っていたと、冷静な鶴見俊輔氏の分析でした。 |
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