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時は平安中期、朝廷きっての貴公子でありながら、「さがな者」(荒くれ者)と呼ばれた藤原隆家は、花山法皇や藤原道長らとの「闘乱」(喧嘩)に明け暮れる日々を送っていた。その頃、陰陽師・安倍晴明は彼にこう告げた。「あなた様が勝たねば、この国は亡びます」。道長との政争に破れ、自ら望んで任官した九州・大宰府の地で、隆家は、海を越えて壱岐・対馬を蹂躙し、博多への上陸を目論む異民族「刀伊」の襲来を迎え撃つ! 清少納言、紫式部らとも交流し、京の雅の世界にも通じつつ、かつてなき未曾有の国難に立ち向かった実在の貴族の奮闘を、豊かな想像力をからめ織り上げた、雄渾にして絢爛たる平安戦記エンターテインメント!
(実業之日本社:内容紹介より)
2011年6月刊行の13作目。
大陸からの異民族との戦いというと、北九州での海と陸との戦いだろう、ならば北方謙三の「武王の門」「絶海にあらず」「破軍の星」あたりのノリを期待したが、前半は京の貴族社会の権力闘争、悪霊憑依の加持祈祷、恨みつらみで、少々面食らった。文章も落ち着いていてこれでは「新平家物語」ではないか。
「刀伊」自体も怪しい集団にすぎない。
期待したバリバリの活躍は後半、大宰府に移ってから。
北方謙三のダイナミックさ、切れ味、繊細さには及ばないが、決してしょぼい小説ではない。
平安文学や藤原氏を学びつつ楽しむにはよいのではないか。
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長崎県対馬市豊玉町の漁業古川敬氏さん(65)方が全焼し、古川さんと次女聖子さん(32)が亡くなった殺人放火事件は14日、発生から1週間となる。
県警は頭の骨が一部陥没するほど強く殴られていることから、強い殺意を持った犯行とみて交友関係を中心に捜査を進めている。ただ、現場となった漁師町には防犯カメラも少なく、事件後の犯人の足取り捜査は難航している。
現場は対馬市中心部から車で約1時間の漁師町。入り江にはイカ釣り船が並び、海岸沿いに民家が点在する。約70世帯160人が暮らすのどかな集落で、事件は7日朝発生した。事件後、敬氏さんが使っていた軽トラックが現場から約10キロ南の山中で見つかり、県警は、犯人が逃走に使った可能性が高いとみている。
県警は犯行前後の足取りを調べているが、ある捜査関係者は「周辺にはコンビニはなく、防犯カメラも少ない。
交通事故も少ないから、タクシーはドライブレコーダーも設置していない」と頭を悩ます。集落に60年以上住む80代女性は「けんかすら起きんかった町。防犯カメラも、家や車に鍵を掛ける必要もなかった」と話す。
2016/12/16(金) 午前 7:18 [ 中国の食品汚染と反日デモと油症 ]