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「Citroen GS」の納車日は、免許証を見れば今でも直ぐにわかる。 それは、イコール私の「四輪」運転免許の発給日だからだ。 昔、特に田舎では教習所を卒業後、筆記試験に合格しても免許証を発給してもらうのに約1ヶ月も待たされたもの。 今から考えれば、随分と悠長な時代だった。 発給当日、私は昼過ぎの自宅での納車に合わせて朝やや遅くに「GL400」に乗って免許センターに向かった。 しかし、免許センターには既に沢山の人が発給のための列を作っていて、新しい免許証を貰うのに思っていた以上に時間がかかってしまう。 昼前になってようやく新しい免許証を受け取って、慌てて自宅に戻る。 自宅手前の最後の門を左に曲がると、既に玄関前には黄緑色の「GS」がいた。 当時は、阪神高速の堺線から南は全く高速道路がない時代。 長距離を走るときは、到着時間を読むのに苦労した時代だ。 テイさんは余裕を持って、かなり早い目に到着したようだった。 多分、挨拶の後、納車時の説明を一通り受けたのだろう。 当時は後付けの排気ガス対策だったから「排気温度センサー」が点灯したらどうとか、この方向指示機は戻りませんよとか、色々と説明を受けたんだろうが、初めての「Citroen」に興奮していたせいか、今となってはよく思い出せない。 あれっ!? でも・・・そういや「クランク・ハンドルを使ってエンジンをかける方法」について説明を受けたような気がするなぁ? 人間、変なことだけは覚えているもんだ(笑) 一通りの手順が済んで、早速教習所を卒業する際戴いた「若葉マーク」を「GS」に取り付ける。 「反射式若葉マーク」はフロントのナンバープレート右のボルトを緩め後ろに差込み、「マグネット式若葉マーク」はリアのナンバー横に貼り付け出発の準備を整える。 その時「若葉マークが車体色とよく合っていますね〜。」とテイさんが仰られたのを今でも覚えている。 多分その後、直ぐに「Citroen GS」のステアリングを握って人生初ドライブを体験したのに違いない。 その時、誰を載せて何処まで行ったのか、そしてそこにはどんな興奮があったのか・・・残念ながら、最早定かではない。 今から思うと、こうゆうのって「ビデオ」にでも残していれば楽しかっただろうな〜。 ・・・まぁハンディーカムも出ていない、未だ「8ミリ・トーキー」の時代だったんだけど(笑) ところで、納車後テイさんはどうやって帰ったんだろう・・・? 伴走車が来てたのかなぁ? それとも、私が駅まで送ったのかなぁ? ・・・良く思い出せない。 テイさん・・・今はどうされているのか? 若造だった私に「シトローエン好きもの同士」ということで、いろいろと良くしてくれた。 特に「DS」の古い貴重なパンフレットや資料など沢山戴いた。 後日、私が社会人になって上京したためディーラーと疎遠になってしまって、何年か後に帰郷した際に「同じ大阪市内の別のディーラーに変わりました」と葉書が届いていたのに気が付いた。 ・・・あの時一度訪ねておけば良かったな、今思っている。 人生には大切な出会いがある。 しかし、それはその時気付かないこともある。
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昔話
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私がオートバイに興味を持ったのはいつの頃だったか、或いは何がキッカケだったか、残念ながら定かには覚えていない。 幼い頃は自動車が好きだったのはよく覚えている・・・が、バイクはどうだったか? 覚えているのは、小5〜6担任のT先生がちょくちょく学校で熱を出した私を「カブ」の後ろの乗っけて自宅まで送ってくれたことと5つ年上の兄の友達に「CL250」に乗る兄ちゃんがいて、時々玄関先に停まっている「CL」を見つけるとドキドキしながら「CL」に駆け寄ったこと。 それと、私が中1か2の頃に買ってもらった「世界のオートバイ」という本の中で目にした「DUCATI IMOLA REPLICA」と「MOTO GUZZI V7SPORT」のカッコ良さに心ときめかせたこと。 特に、繊細な「DUCATI IMOLA REPLICA」よりも、ゴツいシリンダーヘッドが左右にニョキッニョキッと2つ突き出した「MOTO GUZZI V7SPORT」の方が凄く男っぽくて、その特異な縦置きV2気筒のエンジンレイアウトと共に私の胸に強く焼き付いた。 それから月日がたって、かつてのイタリアンバイクの栄光もすっかり過去のものとなっていた頃、一つのバイクが私の記憶を蘇らせる。 それは「HONDA WING GL400」。 78年3月、それまでのHONDAの流れには全く関係なく突然登場したこのバイクは、見てくれは地味〜な「ツーリング専用バイク」ながら、中身は最新技術を満載した凝りに凝ったもの。 例えばOHVのプッシュロッドに「潜水艦の軽合金パーツを使用する」など当時のHONDAのアイデアが一杯詰まったバイクだった。 その販売を雑誌で知った私は、初めて乗ったバイクという思い入れのあった「KAWASAKI KH250」をいとも簡単に手放して、序に大事に大事に貯めていた貯金も下ろして購入に走る。 それは、兎にも角にもその「GL400」の中にかつての憧れ「MOTO GUZZI」の面影を感じたからだ。 しかしながら、この感覚は普通では理解し難いものがあるだろう・・・何故なら、両者のスタイルは似ても似つかぬものだから。唯一、縦置きV2気筒というエンジンレイアウトが似ていることを除いては。 エンジンレイアウトに関していうと、過去から現在に至るまで、多気筒で縦置きクランクを採用したバイクはそう多くない・・・と思う。 有名なところでは、MOTOGUZZI(V2気筒)、BMWとそのコピー達(水平対抗2気筒)、ライラック(V2気筒、他)、HONDAのGOLD WING(水平対抗4〜6気筒)やパンヨーロピアン(V4気筒)、Triumph Rocket III(直列3気筒)・・・あと何だっけ? おびただしい数のバイクがこの世の中に生まれて来た中で、それ程この「縦置きのエンジンレイアウト」自体がとても珍しく、さらに「V2気筒エンジン搭載」となると本当に数少ないことがわかる。 それは、単気筒エンジンが高出力を求めて多気筒化して行く過程で生まれた2気筒エンジンを設計する際に、クランク軸はそのままに2気筒化するとなると「BSA」、「Norton」、「Triumph」のような並列2気筒か「DUCATI」、「Harley-Davidson」のようなV2気筒化をするのが順当な考え方で、普通であればクランク軸をわざわざ90度向きを変えて縦に置き直すような”全くの新設計”などする必要はないからだ。 それに当時の日本の免許制度には大きな「壁」があって、外国製の大型バイクに乗るための「限定解除」免許を取るなんていうのは、”夢のまた夢”だった時代。 私も400cc以下のバイクに甘んじる他なかった。 そこにこの「GL400」の登場!・・・だから、現車を目で確認することなく私はこいつに飛びついた。 当時、18歳を迎え同級生達が4輪に転向していく中で、私は一人この「GL400」に乗って彼等の後を追っかけた。 そして、それはそれで楽しくて私の中では永遠に続くと思っていた・・・「Citroen GS」がこの世の中に存在することを知るまでは。 因みに、「Citroen GS」も縦置きクランクで空冷水平対抗4気筒だ・・・関係ないけど。(笑) 「GS」に出会って以来、私の興味は次第に「Citroen」に傾倒して行く。(エピソード「思い出(壱)」参照) そして憧れのバイクへの想いは免許制度の「壁」に阻まれたまま・・・心の何処かに引っ掛かりを残したまま”決して乗れることのない大型バイク”から次第に興味が失せて行くのである。 それからまた随分と月日が流れ(約20年)、突然の外圧による「壁の崩壊」で免許制度が改正され、大型バイクが私にも身近な存在になった。 早速私も教習所に通い免許を取得し、当時いろいろ選択肢もあったがずっと読み続けてきた「別冊モーターサイクリスト」誌の中で特に強い印象が残っていた「BuellRS1200 Westwind」の流れを汲む「Buell Thunderbolt S3」に、”良いバイクショップ”に出会ったこともあって乗ることになる。 何故この時、私は”憧れの「MOTO GUZZI」”を選ばなかったのか・・・理由は簡単だ、その頃の「MOTO GUZZI」の中には自分にとって魅力なバイクがなかったから。 「Low & Long」そして「金属の塊」・・・それが「MOTO GUZZI」に対する私のイメージ。 かつての「V7SPECIAL」や「V7SPORT」或いは「850T」や「V1000」のような私の琴線に触れたバイクがなくなっていたからにほかならない。 その「Buell Thunderbolt S3」も6年が経過し、私も50歳も近くなって「体力の衰え」と共に「そろそろ年齢に相応しい大人しいものに乗りたい」との思いが芽生え始めていた矢先に、そこに突然現れたのがこの「MOTO GUZZI California Vintage」だ。 基本的なフォルムこそ現行の「California」シリーズながら、グラッフィックや各種特別装備で往年の「850T」シリーズを髣髴とさせる「California Vintage」。 こいつぁ「ダーティーハリー2」で警官が乗る「MOTO GUZZI California Police」のようじゃないか! カッコ良〜い! 今、私の心は大きく揺れる。 幼き日の憧れ・・・「MOTO GUZZI」。
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初めてシトローエンに出会ったのはいつの頃か… |
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