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読売新聞朝刊コラム「編集手帳」を使った電車のつり広告だ。コラムは、大人になるための条件を前置きにし、他人にある美しさを認めようとしない風潮や、個人を誹謗(ひぼう)する言葉が書き込まれる「学校裏サイト」に言及。結びの一節で子どもたちに、別掲のように説いた。 東京都北区立東十条小学校の並木裕子教諭(58)が、この広告に目を留めたのは、昨年の秋のことだった。そして、このコラムを使って、いじめについて見方を広げ、人を思いやるやさしい心を育みたいと考えた。自分の娘が学校時代にいじめにあい、立ち往生した経験もあった。 コラムの全文を取り寄せ、今年初め、まもなく中学へ巣立つ6年の児童へのメッセージの意味も込め、道徳の時間で教材にした。 事前の無記名アンケートでは、過去に「いじめられた」17人、「いじめた」25人と、多くの児童が両方の立場を経験したことが分かった。授業では、こうした実態を紹介し、コラムが、そのいずれとも異なる大人の視点で書かれていることに気付かせ、それぞれの立場について、各班で話し合ってもらった。 子どもたちからは、蠅の蝶に対するうらやましい気持ちと、その表し方への疑問が次々と語られた。 「相手の悪い点を改めてもらいたいなら、ふつうに注意すればいい」「相手の悪いところが気に入らなくていじめることがある。直せるところを直せば被害にあわない」「両方悪いところがある。集団でやるからいじめになり、一対一ならけんかですむ」 様々な声が出る中で、「うらやましがって人を傷つけるのではなく、自分の持っているものを磨いていく生き方をしたい」という女児の意見に、多くがうなずいた。児童たちはそれぞれの立場を自分に投影して考え、成長に結びつけることができたようだった。 「道徳の副読本だと現実の問題とは少し離れる場合もある」と、関口修司校長。「その時々のテーマを元にした新聞コラムだと、自分に起こりうる出来事として切実感をもって学習できる」と話している。(坂井伸行) ◇ ひとの心を傷つけて 喜ぶ心さびしき者に 聞く耳はなかろうから、 中傷された君に言う。 蠅(はえ)たちの集まりでは、 蝶(ちょう)も「キモイ」と 陰口をたたかれるだろう。 心ない者たちのうちにも 自分と同じ美しさを探しつつ、君はひとり、 大人になればいい。 (2008年4月17日の編集手帳より) (2010年5月28日 読売新聞)
広い視野で、多面的に・・・ 言葉で言うのは簡単。 でも難しい。 しかし、事例を通して経験させることにより、そういう見方もできるようになるかも・・。 絶対ではないが、積み重ねの指導が大切。 |
☆いじめについて考える
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明るい日が差し込む朝の教室。張り詰めた静寂の中、すすり泣きとおえつが重なる。 滝川市内の中学校が昨年11月、女児の元同級生たちに行った道徳授業「向かい合う心」の指導案 「ごめんね。気持ちに気付けなくて。苦しくてつらかったよね」。女生徒の言葉が、突然途切れた。長い沈黙。 「すごく後悔してる。本当にごめんなさい」。担任の男性教師(30)が女生徒に寄り添い、白い紙につづられたメッセージをかみしめるように代読した。 昨年十一月十七日、滝川市内の中学校で行われた一年生の道徳授業「向かい合う心」。二○○五年九月、同市内の小学校の教室で首つり自殺を図り、昨年一月に多臓器不全で亡くなった当時六年生の女児の元同級生二十九人が、女児の死と向き合っていた。 三日間連続で行われた授業は、一時間目にいじめについて学び、二時間目ではいじめが原因で死に至った妹を悼む児童文学作家松谷みよ子さんの詩「わたしのいもうと」を朗読。いじめられた子と家族の悲しみに触れた。 そして、「悲しい事故」と題された三時間目。「もう終わった話」「何をいまさら」と、当初は不満を漏らした生徒からも、反発や戸惑いの表情が消えた。 遺族への言葉 「僕たちは過ちをおかしてしまった。僕たちは一年がたっても、去年のことを責めています」 「許してくれることではないけど、本当に謝りたい」 「ちゃんと励ましてあげられなかった私が悪い」 「苦しみと悲しみが今も消えません」 女児へ、そして、遺族へ送る言葉を書き続ける生徒たち。頭を抱え、ペンを持つ手を震わせる様子を見て、校長(54)は、胸の内に抱えてきた葛藤(かっとう)が消えるのを感じた。 授業後 生徒は変わった 校長は昨春、新入生の受け入れに当たり、「生徒の成長のため、女児の死と真正面から向き合う場面をつくらなければならない」と考えた。だが、一年生たちは、攻撃的な言葉遣いが見られ、少人数のグループの枠内で人間関係が固定化。別グループの生徒同士が一人対一人で関係をつくることができない様子だった。 また、女児の自殺の話題は校内でタブーとなり、教師の指導にもためらいが付きまとった。「中学校は亡くなった女児を知らない第三者。彼女の死を指導する権限があるのか」。教師たちの自問自答は続いた。 そんな逡巡(しゅんじゅん)は、女児の遺書の内容を伝える昨年十月の報道で吹き飛んだ。「いじめっ子は反省していない」「いじめた生徒を放置する中学校も加害者だ」。全国からの苦情や批判が、中学校にも殺到した。 子供のいじめ自殺が全国的に相次ぐ陰で、社会から責められ続けた生徒たち。二重の「負の連鎖」を前に、校長と学年担当の教師四人は女児の死を考える道徳授業の実施を決め、一カ月かけて指導計画を練り上げた。 女児の死から6日で1年。女児が自殺を図った滝川市内の小学校では、校庭の遊具が雪に埋もれていた 授業直前の保護者会では「向き合う授業をするのが心配」「先生がやり切れるのか」など反対も相次いだ。だが、校長は「私の責任でやらせていただきたい」と断言。決意は揺るがなかった。 女児が在籍した小学校のクラス担任だった三十代の男性教師は、道央地方の別の小学校で勤務を続けている。滝川の小学校の勤務期間は昨年三月までの二年間。異例の異動だった。 滝川市教委などによると、担任教師は、首をつった女児が発見された一昨年九月九日午前七時四十分ごろ、市立病院で健康診断に臨んでいた。教師は毎日午前七時半前には学校に出勤。同時間帯に通学してくる女児と会話を交わすのが日課になっており、「普段通りなら自殺は防げたかもしれない」と、悔恨の言葉を漏らしたという。 しかし、担任教師は、女児と児童数人の友人関係をめぐるトラブルや、女児の修学旅行の宿泊部屋がなかなか決まらなかったことなど、いじめの兆候を見逃しただけではなく、いじめに気づいた後も放置していた。 指導力足りず「深く反省」 担任教師は昨年十一月、非公開の道議会文教委員会現地調査で、「いじめを認識したのは、女児の遺書のコピーを直接見た六月だった」と答えたという。市教委がいじめの存在を正式に認めたのは、その四カ月後の十月だった。 この間、いじめの認識を伝えることもなく、担任教師は何を考え、何をしていたのか。市教委は「担任と学校、市教委を含めて、事態を放置し、問題をさらに長期化させたと言われても仕方がない」と回答する。 教師は十二月上旬、市教委に対し、今の思いを伝えたという。「自らの指導力の薄さを感じ、深く反省している。(勤務校の)校長の指導の下、学級経営に努めたい」 道徳授業三時間目の最終場面。「信じ合える学級」「団結力のある学級」「前を向いて歩く」「強く生きる」。学級の将来像が記された白い紙と、今後の目標がつづられた黄色い紙が黒板に張られ、大木に咲く花のようになった。 授業後、生徒に変化が見え始めた。荒れた言葉遣いを生徒同士が注意し合うようになり、反省の言葉も素直に出始めた。事故当時の心情や女児への思いなど、胸の奥に秘めてきたことを、カウンセラーや教師に打ち明け始めたという。 一年生の学年主任の男性教師(43)は「道徳授業の最初に見せた生徒たちの反発も、自己防衛の裏返し。子供たちもつらかったんです」と言い、副担任の男性教師(29)は「授業が終わった後、頭に浮かんだのは『さあ、次は何ができるか』という思いだった」と語った。教師たちは、次の指導を模索し始めている。
どう思われますか? 裁判で和解勧告が出され、両者とも結論を急いでいるように見える。 しかし、実際は何も解決していないのでは・・・? このレポートは感動的に書かれているが、周りのもので主体的に「悪かった」と言っているものは皆無に近いそうです。 つまり、「気づけなくてゴメンね」とか、「止めることができなくてゴメンね」とか、周囲状況に対する謝罪はあるが、イジメについての直接的な謝罪はなし。 小学校を卒業して、中学校に入り、その行動についても疑問に思っている(反省しているとは思われない行動)人が多数いる。 子どもだから・・成長の過程だから・・と遠くから見ても良いのだろうか? 実態が見えないだけに不気味です。 |
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北海道夕張市立千代田中学校3年の男子生徒が、9月27日に自宅で自殺していたことがわかりました。 生徒は「キライっていうのをかくすために笑っているとかっておもったりする。まあ、そうなんだろうけどね」などとする遺書を残していたということです。 公表された遺書の中身については、主語がはっきりしないのでいろいろな可能性が考えられます。しかし、「(自殺した生徒のことを)キライっていうのをかくすために(周りが)笑っているとかっておもったりする」と解釈する余地もあり、いじめの可能性も捨て切れません。 ささいな理由で自殺することは考えにくく、自殺に至るまでの重大な経過があると考える方が自然です。いじめの可能性も視野に入れながら、原因を徹底的に解明していくことが必要です。
自殺が相次ぐ北海道の教育は・・・。 滝川の小六女児自殺事件、その後に起きた滝川の中学二年生の自殺未遂事件。 そして、夕張市立千代田中学校の中三男児自殺事件。 続いてます。 原因究明は進んでいるのでしょうか? 二度と悲しい事故は起こしたくない。 そう思い、徹底的に原因究明をし、対策を立て、二度とこういう事件を起こして欲しくない。 千代田の事件の様子がまるっきり分からない(報道されない)のが不思議です。 |
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遺言書 最近生きていくことが嫌になってきました。クラスでは「貧乏」や「泥棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。それがもう3年間も続いていて、もうあきれています。それに、毎日おもしろおかしくそいつらは笑っているのです。そう言うことでこの度死ぬことを決意しました。 私が、死んだ後の物は(弟2人の名前)で分けて下さい。机にある小判は私だと思って持っていて下さい。 (弟2人の名前)は僕の分まで長生きして、いい職について下さい。 いつも空から家族を身守っています。(原文のまま、おそらく「見守る」) さようなら いままで育ててくれてありがとう 母さん父さん By.(男子生徒の名前) ツライなぁ。。。パッと見、精神的に落ち着いた感じの淡々とした文章で、長期間にわたる言葉が主のイジメ以外では、家族関係などとても良好な感じなのに、家族や教師などにSOSを出せなかったのかなぁ?「自分の存在および未来を消去」以外の答えを見出せなかった子供の心情を想うと、なんともやるせないっす。
本当に哀しいニュースです。 何故にこうも簡単に、リセットできると思うのでしょうか? 生命の大切さ、尊厳をしっかり教えてきたのでしょうか? 教えればわかるというものではない部分もあるけど、身近な生き物を見ると、何かしか感じるだろうし、リセットなんてできないとわかるだろうし・・。 とても悲しいニュースです。 皆さんは、どう思われますか? |
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10日午後3時25分ごろ、埼玉県川口市芝の市立芝南小学校(黒巣茂校長、児童数531人)で、同校3年の男子児童(8)が4階多目的教室のベランダから転落するのを、他の児童の保護者が目撃、学校が119番通報した。男児は搬送先の病院で死亡が確認された。 川口署によると、男児は10日は普通に登校し、午後3時すぎまで2階にある自分の教室で行われていた「帰りの会」に出席。同会が終わって教室を出た直後に転落した。 男児が転落したベランダの手すりは高さ約1・2メートルの鉄製で、壊れた様子はなかった。男児は約12メートル下のコンクリートに転落した。多目的教室はかぎがかかっていなかったという。川口署は転落の原因を調べている。
まず合掌。 ご冥福をお祈りします。 この事故の原因の究明を。 余りにも不自然な事故。 疑問だらけです。 |



