プレママpoohさんの日記

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語学・夢

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一つ一つ前へ進んでいる夢へのことを書いています

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教室開始

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以前にもちらっと触れましたが、今日から自宅での英語教室開始です!経緯は「語学・夢」の書庫にあります。英会話でもなく、塾でもなく「英語教室」です。

物語をメイン教材にして、聞き取り・リピート・訳・暗記をし、それとは別のテキストでフォニックス(発音)や文法や簡単な会話もやっていくので、内容はもりだくさんです。

そんなわけで日々、期待もありますが不安なことの方が多いです。

教えることの不安はないのですが、自宅は小2から中1まで4クラスを作ったのですが、渋谷ではバイトでもうひとつ受け持っていて、一クラスなのに小6から中3を同時に個別で教えているので私のかかえる教える種類と量がかなり多くて、その両立がどうやっていけるのか不安です。とりあえず1年一周するまでは大変だろうな。

当初最初は自宅が4・5人しか集まらないだろうと見込み(本部も)私をバイトに誘ってくださいました。結局先週また一人増えて16人に。

この半月は、教材の手配とお金の計算や準備であわただしかったです。



そんな気持ちの中、お昼に宅急便が。
なんと、うちの旦那さんの兄夫婦からの花の贈り物。
新装開店じゃないけど、お祝いにくださいました!!ものすごくうれしかったです。
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上からのぞくと大きな花がたくさんみえます♪
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そして夜は、旦那さんが花束買って帰ってきてくれました。
また感激。
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花なんて誰かからもらうなんて全く思っていなかったので。
送別で花をもらうことはあるけど、何かを始めるときにもらうのは初めてです。

ブログもペースダウンすると思いますが、のんびりやって行きたいと思います。

夢への一歩の続き

ちょっと今日は私の悩み事。
写真もない愛想のない日記ですが、ちょっと書いてみます(^^)


以前もちょっと書いたことがありますが(ここにいたる経緯については語学・夢の書庫にあります)、もうすぐ自宅で英語教室を開設します。来週末に体験レッスンを設けることになりました☆
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http://www.geocities.jp/yuanyueyijp/XTJ137.gif
今、ものすごく悩むこと。 それは子供ができたときのこと。
まだ私は新婚で、子供がいません。出身は関西で現在埼玉にいるため、将来子供が出来た場合親に頼ることが出来ません。

私のもつお子さんは小学生2年生から中学生を対象にするため、時間帯が4時〜7時辺りの夕方から夜にかけてになる予定です。

託児所や保育園ではこの中途半端な時間帯をしかも2時間だけとか預かってくれるところがなさそう(大体5時でおわりとか)で、あとはファミリーサポートセンターなどを頼るか、例えば、どうしても無理な乳幼児の期間は一定期間、週末に振り替えてもらってその間主人にみてもらうか、などまだ見えない未来のことについて色々頭を悩ませています。授業自体は1時間〜2時間半ほどだから、ほんとに一時的にちょっと誰かに面倒を見てもらいたい、という中途半端な状態になるんですね。

旦那さんは協力的なので週末にもしも振り返るならその間面倒みてあげるよと快諾はしてくれたので、最悪外の機関を利用できない場合は仕方なくその手を使えることができれば使うことになるんだろうけど、それでも悩みは尽きません。


いつ始めるかというのは昔から悩んではいました。子育てもひと段落してからなのかな、などとぼんやり考え当分はアルバイトや普通の仕事で生きていこうかと考えていた矢先、幸い中学時代の恩師から話をいただき、新しいこの土地での生活にもかかわらず全てが新しくスタートできる時期に英語教室開設のチャンスが舞い込んできました。

色々考えると、例えば15年後、さあ始めようとおもっても今度は自分の親の面倒を見ないといけないかもしれないなど、そのときそのとき色々な試練が来るかもしれないとおもうといつスタートを切り出していいかわからず、今と思ったこのチャンスを逃すわけにはいかないと思ってすすめています。

調べても調べても今はどうしても明確な答えや確約できる言葉がありません。そうするつもりです、としかいえない。私は細く長くずっと続けていく決心はあります。でも保護者の方々は間違いなく気になるところではあるとおもうので、私も最善の策を練らなければと思っています。

あとは、『おしん』が出来たらそれやるしかないのかな・・・・。
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せっかくジャスコの火曜市に行こうと思ったのに、小雨が降って午後にいくことにしました。

ところで、皆さんは『夢』とか『やりたいこと』ってありますか?私は結婚して色々な今後のことを考えるのですけど、一人の人間としてこれからどうやって生きたいかなと思います。今は主婦で休憩中だけど、旦那さんと過ごす中で、将来的に転勤や子育てなど、女性は環境で色々自分の身分をかえざるを得ないのだけど、生き生きと過ごすために自分でなにかを始めたいなと思っています。その入り口が以前夢への第一歩として語った英語教室開設なのですが、もちろんいきなり思いついたわけでもなく、いたるまでの経緯はそれなりにあります。


ふと一年前を思い出すと、今頃オーストラリアにいてそろそろ帰国の準備をしていました。
ちょうど、一年の節目もあるしいつも料理ばかりじゃ面白くないので、20歳頃からの私の事をちょこっと書きますね。最近書いた夢の前の段階の話にもなります。

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1996年〜2000年
神戸の某女子大に通って、英文学科にいました。国際交流などや、人の世話をするのが好きな私。学生時代は、ボランティアしたり、すんでいた市の姉妹都市派遣青年に応募、通過して海外へ短期だったけどいったり、外へ出るのが好きでした。卒業旅行は一人で、高校時代に短期留学したときのクラスメイトのいたスイス・イタリア(シチリア)へ行きました。

でも特に『夢』がなかった私。語学を活かして何かをしたいとは思っていたけれど、いまさら語学留学する気にもなれず、漠然としすぎていて、教員免許もとったけど直ぐになる気も無く、かといって就職したい職業もなかった。みんなが『●●会社に入りたい』っていってたけど私にはそういう気持ちはありませんでした。ただ、学生時代ホテルで4年働いていたこともあって接客が好きであること、また、人と関わる仕事が好きで、相手がお客さんでも上司でも同僚でもその奉仕先はこだわりませんでした。それに気づいて、だから私は特定の業種や企業に興味がないんだとやっとこさ気付きました。

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2000年〜2004年
縁があって、法律事務所に拾ってもらって2000年の春から、弁護士秘書その他雑用もろもろ何でも屋 をやっていました。秘書は私にとっても向いていました。楽しかったと思えるからです。それでも、やっぱり煮え切らない『夢』を探していた私がいました。

同じ年の秋に今の旦那さんと付き合い始めたのですが、色々な面で自分の目標が定まらなくて彼(今の旦那さん)に相談して泣いたこともありました。彼は『まあ、あと社会人2〜3年経てばおのずから何かでてくるやろう。今はあせらんとき。数年たったら必ず何か出てくるよ』といってくれたのでそのまま過ごしました。途中から通訳ガイドの学校に通い始めたり、仕事に余裕がでてきたら習い事を始めました。
そして、彼の言うとおり、やりたいことが出てき始めました☆

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2003年の春に彼の仕事の都合で関西ー関東の遠距離に。これが一番のきっかけですね。
遠距離のときに、2〜3年後に結婚かなって相談して、それまにじゃあ、やりたいことしておこうと思って、引き算してみました。準備に1年弱、やりたいことに1年弱、準備に半年・・・・今もう動かなきゃ!!って。それでお尻に火がつきました。

アジアのリゾート地に行ってホテルででも働こうかとか、一般企業で働こうかとか色々考えました。
その末であったのが

日本語教師アシスタント

です。

はっきり言って、仲介の日本企業にバカみたいな大金を払いましたが、それしか私にはいく術がなく、行く国は快く背中を押してくれた彼のことも配慮して時差の少ないオーストラリアを選びました。これに決めた理由は
書道を長年やっていた。着物が着れる。ピアノが弾ける。英語が話せる。教員免許をもっている=教育に興味があるなど、私の要素が全て発揮できると思ったからです。この日本語教師アシスタントの存在を知ったときに感じた、心に響いた私の中の感覚は言葉に表せません。あんなに胸が熱くなったのは初めてでした。即決断しました。

さらに、ワーホリはメジャーですが、一箇所で3ヶ月しか就労できない条件や、どんな職業につけるかわからないこともあるので、それはやめて特別な日本語教師専用のビザを取りました。

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2004年春〜年末
法律事務所を退職して半月後の4月中ごろから12月まで3学期(向こうは4学期制なので)在籍しました。

アシスタントとは名目ばかりで、実際日本語教師はおらず、教材も手作り。ってことで、2週間ほど全学年の普通の授業を見学してからいきなり教壇にたちました(^^)
ボランティアで一銭ももらいませんでしたが、ホームステイ代金が通常の留学生の半額だったので一般の留学とさほど変わりない出費でした。場所はメルボルンから車で1時間、とはいえ、クルマが無ければ相当辛い土地ですね。でも海が目の前だし、少し山にはいればカンガルーやコアラがいたし、すばらしい場所でした。

私のいた学校は全校生徒450人。7学年制で5歳児から12歳児まで19クラスあって、全クラスをまわりました。一日4コマ平均でした。無給なのに、フルタイムで学校にいたので、教職員と同じようにいろんな面で扱ってもらいました。7学年のレベル別の教材を作るのは結構大変でしたね。

私は日本語教師の養成学校に行った事はありません。でも、いかなくてよかったとおもいます。まるっきり習ったことは現実としては発揮できないと感じたので。日本と教育システムも全く違って、問題点もあったり見習いたい面もあったりとても勉強になりましたね。今でも忘れられない授業の一つに、色を教えたときのこと。

色を去年に既習の子供たち。思い出すためにつくった教材

あか+あお=?

さて、皆さん何色ですか?むらさきですよね。子供も紫って言葉しっているんです。
でも

赤と青を混ぜたら紫になるってことをこの国の子供の多くがしらないのです!!!!!

衝撃。しかも、5年生とか6年生が。
同じように、赤と白を混ぜたらピンク、青と黄色は緑ということも分からないのです。
私の汗と涙のプリントは一瞬にしてパーに。
そんなことも多々あって、8ヶ月は風のように過ぎました。

私は、以前から海外に対しての憧れは特に無く、逆に自分の住む日本の素晴しさも以前にまして感じるようになりました。だから結婚式も和婚にしました。ただ、結婚前にどうしてもやっておきたかったこと、それは海外の文化や生活を長期で一度経験しておくこと。これは自分の後の人へ伝えたり教える仕事につくにあたってやっておかなければならないとおもったのです。人の考えや価値観の違い、これは教科書だけでは絶対に感じることができないからです。

海外だけでなく広く目を向けることで、自分の視野や可能性が広まって、とっても楽しいんだよっていうことを子供たちに広めたいと思っています。その入り口の一つとして言語を教えるということに焦点を当てることにしました。言葉ができればずいぶん世界が広がりますからね。
ま、そんなわけで今は充電中と言い訳しながらただの主婦でボケーっと、していますが、そろそろ動きたいなと思って、以前夢の話をしたとおり、そろそろ活動にはいります☆

とっても美しい街にいたので写真をいくつか公開します(*^^*)

街の写真です。近くの山から撮ったものと、夕焼けです。たまに燃えるような夕焼けがみれました

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野菜の名前を教える授業です。1年生2年生対象。唄と一緒に覚えました

一昨年聖子ちゃんがカレーのCMしてたメロディーにあわせた替え歌で教えました
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中学年高学年向き、ひらがなパズル。手作りです。課題をやり終えた、出来の早い子供に与えてました

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文化を教える授業で、カレンダーを作らせ風土や気候などを教えたり、書道をさせました

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ぱっと見、何の文字か書き方も理解できない子供たち。『友を書くにはアルファベットのtを書いて数字の7を書いてもう一本棒をかきます。』こう教えればどの子供も直ぐにかけるようになりました。

私の夢への一歩 その2

さてさて、今日は旦那さんが遅いらしいので、ちょっと書いてみよう。

前回、9月のある日に私の今後の道をかえる出来事がといいましたが、
出来事ととは9月の初旬に私は通勤の朝、地元の改札でばったりと中学の恩師に
出会いました。私はそのI先生とは、ことあるごとにお世話になった人です。
私のこれまでの語学に関する色々な場面にチャンスをくれた人。

私を中学のときに、とある私立高校主催の英語スピーチコンテストに選出してくれたり、
21歳の時には住んでいた市の姉妹都市派遣青年というプログラムの存在があっておしえて
くれたのも先生。市内で二人募集していたのですが、それに応募して私は受かって半月
という短いプログラムだったのですが、行きました。それと、同じ頃に同じく地域の
小中学校での心に問題を抱える生徒の相談相手のお姉さんになるボランティアが市で
初めて募集されたのですが、その時声をかけてくれたのもI先生。いつも偶然。私が20歳
の頃はその先生は教育委員会にいたこともあって、市内の色々な企画を知っていたから
ということもありましたが、きっかけをくれました。そのままその先生は教頭先生
になり、女性で教頭まで登った先生を私は尊敬していました。

I先生は英語の先生。中学の頃、忘れ物を3回したら男女問わずキスでした!!外国では
挨拶やー!って。今の時代にはありえない話。でもそのおかげでみんなは必死に忘れも
のをしないようにしていました。その人望は厚く、本当に人気のある女性の先生でした。

I先生にはごくたまに電車でばったり会ったりしていましたが、今回会ったのは1,2年
ぶりでした。先生は降りてきて私は改札に入るところ。つまりすれちがい。今I先生は
私の地元の駅の反対側の校区の校長先生に昇格されていました。お互い急いでいたので
その場で名刺をもらって、電話頂戴ね!といわれ、別れました。

私は、もう結婚して関東へ行くし、一度はゆっくり話したいなとおもって、ほどなく電話
しました(校長室に!)。その後食事をする約束に。初めて食事をすることになりました。

前置きが長かったですが、ここからが本題。
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その食事の場で、私が今でも教える仕事に興味を持っているっていう話をしたら、I先生は
「あ、そうだ。あんたにピッタリのものがある。」
といってある名刺を取り出しました
「私のいとこが東京にいるんやけど、○○英語教室っていう学校の代表取締役やってるねん。
200校くらいフランチャイズがあってね、家で教えるタイプの学校のはずやわ。成功して
大きな学校になってね。独自で築き上げた教材とかあってね、よさそうよ。しかも、この秋
に新しく人を募集するはず。HPでも新聞でもでるはずだから、一度行ってみたら?私の
紹介って言えばいいわ。あんたは私の秘蔵っ子だから、ぜひやってほしいわ」
とのこと。

ほんとうにビックリ!

ってことで、10月に結婚したのですが、1ヵ月後の今月頭に一年に一度の説明会があり、
行きました。

私は、あんまり今回あまり賃金(売り上げを収めるから、ロイヤリティっていうのね)には
興味がなくてひたすら指導方法やテキストに関心を寄せました。非常に興味を持ちました。

ただ、私以外はみんな40歳以上、子育てを終えた人ばかり。でも相談をしたら、昔は若い人
のほうが多くて、やりながら子育てする人もいるとのこと。また、私の住んでいる地域も
開設に問題はなく「いいですねえー」といわれました。
というのも、近隣にすでに教室があったら開設できないらしい。つぶしあうことになるから。

このときは本当に、旦那さんに感謝しました。私がひそかに自宅で教室を開く小さな夢を抱
いていたことを覚えていて、この新居を選ぶときも地域的に子供が増えている新しい町を
選んでくれたのです。

というわけで、私はこのチャンスは絶対に逃してはならない!!ということで、申込み、
来月から開設に向けての講習を受けに行くことになりました。

何か進展があれば続きをまた書きます。
長らくのお付き合いありがとうございました☆
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私の夢への一歩 その1

ついに始まる。
来月から、先日聞きに言った英会話教室の開設にむけての
スクーリングが。

昔から、いつかやりたかった仕事。
小学校低学年、小さな頃は看護婦さんになりたかったのですが以前書いたように私は
英会話を6歳から習い始めて中学になる頃には言語に強い興味を持っていました。
ここにいたるまでの私の教師や語学に関する思い出と経歴を書いてみよう。

大人になるにつれ教えるという仕事がぼんやりとだけどはっきり意識するように。大
学で教員免許もとったし、大学時代はボランティアで市内の担当の小中学校で心の相
談員として問題児とかかわったり、いつも語学関係や教える方向にいきたがっていた私。
社会人2年目には一年半、土曜に通訳ガイドの学校にも通っていました。

でも、私の尊敬する女性の恩師は、彼女自身が民間で一度働いてたことがあったらしく
私もまずは普通に働こうと思い、いつか最終的にたどり着けばいいかと思ってしばらく
その夢は眠らせていました。そして私はたまたま教育実習のタイミングで一般企業の
就職活動に出遅れ、年末に法律事務所に雇っていただけることが決まり、法律事務・
秘書として4年がんばりました。ここでの経験はとってもよかった。秘書はとっても
やりがいがあったし、相手から嫌味をいわれたり怒鳴られたりも沢山して神経が図太く
なりました。

法律事務所の仕事も数年たった時、現在の旦那さんが一昨年の春に転勤になって遠距離
に。2,3年以内に結婚だなと思った私は、急にお尻に火がついて今のうちに今しか
できないことやらなくっちゃ!と思って逆算してみました。結婚の準備には半年強いるな
。そして半年以上一年未満海外で何かをやりとげたい。そしてその海外の準備も半年
いるな。ってことは!!!結構時間ないやん!!と気づきました。そして彼に相談。
快く私の協力者となってくれて、友人で留学経験者を沢山紹介してくれました。その
彼の気持ちに私も本気になり、決意。時差が少ない国を選んでオーストラリアにしました。

そして、日本語教師アシスタントとして8ヶ月ですが教壇に立ちました。
7学年全19クラス、450人の5歳児から12歳児までを教えていました。
現地に日本時教師はおらず、アシスタントとは名ばかりで私が教案作成、授業の運営を
すべて行いました。8ヶ月の生活を悲しい涙も流さずやっていけたのは今の旦那さんの
おかげ。安心して打ち込めました。

昨年年末に帰国して、先月の結婚までの10ヶ月は実家で短期でいくつか仕事をしました。
私の旦那さんが春から新居に一足先に住んでいましたが、この場所を選んでくれたのは
人口が増えていること、出生率が高いことなどで私が将来子供に教える環境がそろってい
るという理由でした。それに感激した私。やっぱりやりたいとは思っていましたが、見知
らぬ土地でそんなことは簡単じゃないからなと思って、いつかの夢にしていた私。しかも
大阪でしたいくつかの仕事の上司数人から幸運にも東京での仕事の話を4つほどいただき
ました。そのうちどれかご縁があったところへ行こうと思っていました。

ところが、運命は突然。結婚1ヶ月をきった9月のある日に、私のこれからを大きく
かえる出来事がやってきました。

長くなったのでつづきは、また次回(^^)

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