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日曜日、セガレの会社でイベント出展があり天王寺公園へ行って参りました。
セガレが担当していたのがミニミニ新幹線列車の運転士。
「はい、足気をつけてね〜途中で地面に降ろしたりしないでね〜・・」とか子供
さんに一声かけながら運転しています。アンタついこの前まで言われてた立場や
のに主催者側になったのねぇ〜(笑い)。
ケガさせるなよ〜と見ているこちらはヒヤヒヤ。
嫁ハンを置いて私ゃ大坂の陣激戦地・茶臼山へ。歴史好きですが戦国時代がやや苦手
で大河ドラマ・ミーハーとして行ってきました。意外と混雑なくすいてます。
ここ冬の陣では家康が、夏の陣では幸村が本陣を構えました。
真田幸村終焉の地と伝わる「安井神社」も一心寺と25号線を隔ててすぐです。
最後の言葉は「我が首を打ち取り、どうぞ手柄にされよ・・」と伝わります。
実際活躍年代はこの時期だけとか諸説あるようですが「漢」であることに変わ
はない!
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歴史のお散歩
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歴史ファンですが、それほど見ないNHK大河ドラマ。
エンターテイメント性が強すぎると敬遠がちに。
ただし録画してまで観るのは自分の知らない、不得意な主人公と時代背景のドラマ。
戦国は少々良く解らない、というか息子や親族までも亡きものにするという、考え方
が理解しがたい。
何の為に生きていたのだろう?親や兄弟、自分の子孫を殺すほど警戒するのか?
で、「真田丸」です。大阪には馴染みの武将。夏の陣で家康の首へ切っ先をかすめる
ほど追いつめたとか。「家康憎し」の関西の土壌によく受け入れられていますよね。
真田幸村の事は全然知らなくて面白く観ています。三谷脚本(新選組!はヘンな
ドラマでした)が少々気になりますが、毎週楽しみになって来ました!
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慶応4年(1868)1月3日、新政府軍の薩摩が放った一発の大砲が合図となり鳥羽伏見の戦いが始まりました。
ここ伏見の小枝橋で大坂より京を目指した旧幕府軍15000兵に対し迎え撃った新政府軍は5000兵。
京へ入れろ!入れない!で押し問答の末、軍事衝突。
数には劣る新政府軍ですが新式欧米火器を備え、数で勝る幕府軍を撃破。
大坂へと敗走しその後は白虎隊の悲劇や五稜郭戦争へと続いていくのはご存知の通り。
目を閉じて静かに耳を澄ませば僅か150年前に新しい時代を目指した男と頑なに徳川への忠義に生きた先人たちの息づかいが聞こえてきそうです。
全く興味のない人たちを車に残して辺りを見回してみましたが
来てよかった・・・・。
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鳥羽伏見の戦い。
簡単に言うと徳川慶喜が政権を朝廷に返上した後の徳川の領地・官位・幕臣や慶喜の処遇を巡り不満を持つ旧幕府軍(会津・桑名や新選組、見廻組)と、新政府となった薩長土軍の戦い。
長く血みどろの会津戦争、函館戦争へと続く「戊辰戦争」の緒戦となりました。よく最後の内乱と言われますが、違います。
全く戦争の意義が違う西郷軍との「西南戦争が」日本最後の内乱。
大坂より京を目指した旧幕府軍が伏見・小枝橋付近で(次回レポート)新政府軍との睨み合い押し問答の末、薩摩の放った一発の大砲があたかも号砲の様に両軍がぶつかりました。
伏見の町は焼き尽くされ(あの寺田屋も全焼)ましたが250年の伝統の老舗料亭ここ
「魚三郎」は何とか戦禍を免れました。
このたびあのミシュランから☆☆を獲得したそうで玄関格子戸に銃撃戦の跡が残るこ
の料亭でお昼を頂きました。
広めの座敷に我々四人だけ。静かな中庭を眺めながら上品な京料理をいただきました。絶品のお造り、普段あまり私的に食べない煮物もすっかり完食!
お女中の行儀も洗練されていてたまにはこんな非日常な世界も文字通り「命の洗濯
」になり至福のひと時・・・。誰か芸妓さん呼んで〜。
それでは次回開戦の地「小枝橋」へ行ってみませう。
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「咲 saki」というコミック、ご存知でしょうか?
なにやら麻雀とロリッぽい漫画のコラボしたやつ。私メ全く知らないのですがセガレの部屋にやたらとこのポスターが貼ってある。
このコミックの主要な舞台がここ吉野町。ファンが集まって麻雀やったり情報交換し
ているらしい。セガレは多い月は三回も行っていた(アホなぁ・・)
ケーブルカーがあったり義経・静御前・弁慶の伝説、秀吉の吉野の花見の本陣吉水
神社(セガレの絵馬が5〜6枚!!)、もちろん世界遺産で名を馳せた吉野の千本桜言うに
及ばず。
実は少しそのセガレの就職情報に絡んだ訪問になりました、吉野。
大変セガレがお世話になっている観光お食事処「静亭」の女将さんにお土産を渡し
郷土料理に舌鼓。春と秋がベストシーズンとかで人が少なかったですが私的にはの
んびり散策出来て、お気に入り町登録させていただきます!!
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