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こんにちは、あんずです。 数作品のネタバレが含まれます、ご注意を。 二夜連続でやっていましたね、王の帰還。 指輪物語三作とも壮大なスケールのもと、イメージをくずさずに中つ国を表現する技術など、 映画自体の完成度もとても高いもののように思えました。 しかしこの映画、さらにもっともっと深いところにメッセージがあるのではないかと感じました。 まず、物語の鍵となる指輪ですが、 「欲やそれをかきたてる物」の象徴としてユニークで的確な表現であったようなおもいます。 わたしは劇場公開していたころ、CMでしか指輪物語を知りませんでしたが ファンタジーにしてはフロドが顔も手も足もどろどろの傷だらけであることに「やり過ぎじゃないの?」と感じていました。 しかし、それこそがポイントなんですよね。 話の根本は、主人公フロドが指輪を葬るための旅 すくなからず欲を持つ生き物が、その欲をふりはらわなければならない道のりだったわけですから ボロボロになるほどの死闘でなければならないわけです。 この指輪は恐ろしいもので、 どんなひとでもその指輪を手に入れてしまうともうそこに執着してしまう点です。 印象的であるのは目ばかりが大きいスネアゴル。 もう指輪の虜であり、それとの葛藤もするものの、最終的にフロドの指を食いちぎります。 さすがにリアルに指を食いちぎりはしないでしょうが、こういう人、いると思います。 忠実、まじめ、そんな印象を受けるサムでさえ指輪をフロドに返せない一瞬がありました。 ここがまた大きな注目すべきところであると思います。 つまり、だれでもそうである、という点です。 サムにとってフロドに仕えることが主軸であっても、 欲望を刺激されることで不本意ながら気持ちが偏ってゆくのです。 彼の場合、手がぶるぶると震え、自分のなかでの激しい葛藤のすえ、フロドに指輪を返すことができました。 さらには最後の最後、フロドでさえ、指輪を落とすときに躊躇が見られました。 たった一人で指輪に勝つ精神をもつ青年がそれでも最後に一瞬の揺らぎを見せる、 欲にとりつかれる恐ろしさ、むなしさを伝えるという大きな意味合いもフロドには託されていたように思います。 欲を追うことは自然なことです。 フロドもサムもスネアゴルも、正常なのです。そう思うものです。 ですがそれをもう一度見直すということがひとつの大きなメッセージで会ったのではと思います。 さらにもうひとつ、深さを感じたテーマは戦い、殺戮についてです。 この作品には戦闘シーンがたくさんでてきます。 ファンタジーの世界では欠かせないような、マントであったり弓であったり鎧であったり… それらとともにわたしたちの想像をかきたてるような世界観のもと 戦闘がなされてゆきます。 こちらがわのヒーローたちは、アラゴルン、レゴラスといい男が揃い、 兵全体もさっぱりとした印象が強く感じられます。 一方敵の醜いこと醜いこと。 目つきといい、きているものといい、お世辞にもハンサムとはいえません。 そういった物語上のいいもの、わるものがはっきりした中の戦いなので がんばれー、やっつけろーという視点でどうしてもわたしたちは見てしまいます。 しかしながら、たとえば敵が全員エルフ族のような容姿端麗で 見た感じ正義の軍のような演出がなされていたとしても、同じように戦わなければなりません。 ヒーロー側がオークのような、見るからに悪いやつだとしても、同じです。 というか、どっちがいいものでどっちがわるいものでも同じことなのです。 なぜならば、人間が戦う真の理由は 本能的な部分では「相手が自分を殺そうとしているから」。 感情的な部分では「愛を持って守るべき存在がいるから」。 いいかわるいかは根本には関係がないのです。 まず本能的に殺しあうという点ですが、もちろん筋書きはあると思います。 正義感のもと戦うことになったなどいきさつというものは必ずありますが 殺し合いの根本は、まず本能的に無抵抗でただ攻撃されるのを耐えるだけではいられないからなのです。 戦いというものは本来、本能的に行われるものなのです。 事実この真の戦いによって繰り返しによって歴史は作られました。 その傷、そのかなしみ、そういった感情をわすれてはいけません。 しかしながら前者よりもはるかに大きいものが 後者、つまり感情、愛ある大切な人を守るために戦うというのも戦いの根本です。 指輪物語では、アラゴルンはアルウェンという愛すべき人をもち メリーとピピン、サムとフロド、それぞれ愛すべき仲間のために戦いに挑みます。 大勢対大勢の戦闘シーンでわたしがすぐに思い出すのは ラストサムライでの武士 対 明治維新側 の最後の戦いのシーンです。 武士の心をかけての意味の大きい戦いだったと思います。 武士道にたいする愛着、それを信念とすることも広い意味での愛だと思います。 さらに思い出すのは、近々映画化がされる「嫌われ松子の一生」の原作「嫌われ松子の一生」です。 情につきうごかされ、愛を裏切られたことで主人公・松子はひとを殺してしまいますが その松子は数十年後、ただ遊びの延長のような気持ちで若者にあっけなく殺されてしまうのです。 この殺人のちがい。ひとを殺すときのちがい。 それが強く対比されこの作品に押し出されていたように思います。 この愛するもののための戦い。これは、賛否両論かと思われます。 これに大きく異論を唱えているのは「ハウルの動く城」です。 主人公ソフィは、ソフィや家族を守りたい一心で戦争をとめるために戦いに行くハウル自体を 戦争にゆかせないために動く城をバラバラにしてしまいます。 守るべき財産を壊してしまい、ソフィがハウルから離れないようにすることで 最終的にハウルを彼女が守るかたちを実現させます。 この作品では、女性が男性をまず戦地に赴かせないことで、 愛のために戦って死んでしまうことを防ぐという、新しい方向からの愛の形がよく表れていたと思います。 ここで指輪物語に戻りますが、 昨今ニュースでさわがれる戦争、殺人、事件と対比してどうでしょうか。 ラストでアラゴルンは先陣を切って突っ込んでゆくのですが 現代の戦争では一番の偉い人は本国に居座り、末端の兵士たちが現地に赴きます。 事件にしても、上記のようにただ遊びの延長であったり、 興味から人を突き落とすなどのニュースをきくと愕然としたりするのは それらがあまりに「戦うことの根本」からはずれてしまっているからなのではないでしょうか。 相手に殺人の意思もなく、守るべきもののための戦いでもないからではないでしょうか。 この指輪物語では、欲との精神的死闘とともに、 ひとにかぎらず「殺してしまう」ということにたいする重み、認識、意識、それをもう一度考えてほしいというメッセージがこめられているのではと、思いました。 ★ブログルポしてみました、ぜひ評価をお願いします★ |

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リングはさ、インテリアのセンスは突出してるよね、ニュージーランドのアーティストなんだけど、かっこいいやぁ、あの家具ほしくなったよ、にこり
2006/4/2(日) 午前 11:57
私も指輪物語見ました。確かに現代人に向けられたメッセージがたくさんつまった作品ですね。考えるきっかけを与えてるお話ですよね。
2006/4/2(日) 午後 4:19 [ snow-quartz ]
>ericaさん ふむふむ、録画したのでもう一度じっくり見てみますね。
2006/4/4(火) 午後 9:30
>れらさん 一見するとファンタジー一本なのかという感じがしがちですが、よくかんがえてみると深い!
2006/4/4(火) 午後 9:31
はじめまして。ブログルポから参りました。こちらの考察に異を唱えるつもりはありませんが、この作品を語るとき、是非、原作もお読みいただけると嬉しいです。「ハウル〜」は宮崎流の解釈ありきの原作と別物の作品ですが、「指輪物語」は原作そのものを忠実にと思う部分もあります。また「王の帰還」は単体の作品で切り取るものでもないと思うのです。苦しい旅ですが、ぜひ参加してみてください。
2006/5/11(木) 午前 8:53
ご意見ありがとうございます。参考になりました。シリーズ物ですものね。一通り見ましたが、今一度見てみます。
2006/6/9(金) 午前 8:53